Ⅵ
魔女の城まで後一歩――というところで大きな壁が立ち塞がってしまった。この世界で最も倒さなければならない存在である自身のドッペルゲンガーの真黒が私たちの目の前に現れたのだ。まさかこんなところでという訳でもないが城の外で待機しているとは思わなかった。これは魔女の指示なのだろうか。
「真白と真黒? 名前も似ている。ってことは、やっぱり二人は双子の姉妹なのね? いいな、双子。羨ましい。どっちがお姉さんなの?」
と、未来ちゃんは呑気にそのようなことを言うがちっとも良くない。勝手に作られて勝手に名前を文字っただけであるのでただの偽物だ。何も思いれはない。邪魔なだけだ。
「私が妹――なーんて。ってか、あら? その子この世界のこと何も知らないのね。知らぬが仏ってこと? それはそれでいいかもしれないけどいつまで経っても帰れないわよ? まぁ、私には関係ないけど」
真黒はあざ笑うように言った。相変わらずドッペルゲンガーの心は腹黒い。おまけにノリツッコミまで入れてくるところが鬱陶しい。誰が妹だ。だから嫌いだ。
「お嬢ちゃん。髪長くて可愛らしいわね。お名前、なんていうのか教えて」
「未来です。守岡未来」
って、未来ちゃんは普通に真黒の質問に答えていた。
「ふーん。未来ちゃんか。良い名前ね。ねぇ、私と一緒に遊ぼうよ」
「うん。何して遊……」
「絶対にダメ!!」
話が悪い方向に進んでいくところに私は素早く釘を刺した。私は背中に未来ちゃんを隠す。
「どうしたの? お姉ちゃん。なんでそんな怒鳴るの?」
未来ちゃんは一歩引いた感じに顔が引きつっていた。怖がらせてしまったようだ。
「驚かせてごめんね。ただ、あいつに関わったらダメ。それだけは譲れない。分かってくれる?」
未来ちゃんは無言で頷いた。
「ありがとう。悪いけど、ホースを連れてここから離れてくれる?」
「お姉ちゃんは?」
「私はあいつとケリを着けないといけないから。後で合流するから。だから――ね?」と、私はウィンクしながら念を押すように未来ちゃんに察しさせる。
「わかった。行こ! ホース」
未来ちゃんは納得してくれたのか、ホースのロープを持って来た道を引換し始めた。私の言うことはちゃんと聞くという約束を思い出してくれたのだろう。
どうか気をつけて。後で合流しよう。その為には……。
「子供一人森に送り返すなんてあんたも鬼ね。あんたと二人なんて私何されるのかな? ヤダ、怖―い。襲われるー」途中から真黒は棒読みで言う。私のことは完全にナメた態度である。襲われるのは私だってーの! だが、私はそれを返り討ちに――そう、私と同じ顔をした悪魔を排除しなければならない。でないと、幸せは永遠に訪れない。
「あの子は強いから大丈夫。それに襲われるのは私だろうけど、今度は逃げない! 正々堂々あんたに勝つ!」
私は髑髏の手袋をきつめにハメた。戦闘態勢に入った。
「ふーん。少し見ない間に若干変わったわね。以前は逃げ回ることしかできなかったのになんで? 本気で私に勝つつもり?」
「あんたに勝たないと何も取り戻せないじゃない」
私は睨みつけるように言った。
「おー怖。そういえばその手袋って何の意味があるの? 前に一度、それで私は城に送り返してくれたわよね?」
「さーどうでしょう? 送り返す場所はここだから前のようにいかないのは事実かも。それでも私は勝つつもりよ」
不敵な笑みを浮かべて挑発を誘う。勿論、確実に勝てる根拠なんて何もない。それに一度きりの非常ボタンのようなものを使ってしまったので次に負けそうになった時は大人しく負けるしかない。私の唯一の勝機といえばこの手袋で真黒に一分以上触れて浄化させることくらいだ。一分以上も無抵抗で触れさせてくれるはずもないが、これしか手段はない。
「いいね。その活きよ。じゃ、今回はどんな遊びをしてくれるの?」
相変わらず真黒は遊び感覚で私を弄び、身体を乗っ取ろうと企んでいるに違いない。こんな命を賭けた遊びに付き合っていられるか。
いや、待てよ……。これは裏を返せばチャンスかもしれない。
「いいわ。遊んであげる。相撲でもする?」
遊びの提案には裏があった。身体と身体が触れ合う遊びをすれば髑髏の手袋の効果で真黒を消し去ることができるかもしれない。それを企む。
「面白そうね。やりましょう」
真黒は乗り気だった。自信はありそうだ。
「決まりね」
私は木の枝で円を描く。相撲の土俵だ。この円から落ちれば負け。シンプルなゲームだ。
真黒との間に風が吹く。緊張の瞬間を遮るかのように。
相撲なんてやったことないけど、負けても全然良い。ただ、真黒に長い間触れられればそれで良い。
「構えて。はっきょーい……のこった!」同時に掛け声をかけた。
「覚悟!」
そして私は仕掛けた。
私は前から真黒にしがみついた。これを一分維持出来たら私の勝ちだ。
「それで勝ったつもり?」
その瞬間、胸ぐらを掴まれた私はそのまま背負い投げをされて地面に叩きつけられた。
「キャッ!」
背中に激しい痛みが走った。綺麗にカウンターが入ったのだ。
いや、これはもう相撲というよりも柔道ではないのだろうか? しかし、私の身体は円からはみ出ているので結果的には私の負けである。
「あんたの考えなんて見え見え。一生やったって勝てっこないんだから」
その言葉に火がついた。すぐに立ち上がり、がむしゃらに真黒に立ち向かっていった。
だが、そんなすぐに力が増す訳でもなく何度も地面に叩きつけられる。
それでも立ち上がるのは倒さなければならないという精神力で成り立っているといっても過言ではない。
「まだ立てるんだ。凄い、凄い。遊びにして随分本気ね。関心したわ」
「何言っているのよ。あんたと本気で戦わないと死ぬじゃない。そんなのごめんだわ」
常に全力投球しないと命がいくつあっても足りない。気を許したら即刻ゲームオーバーだ。
「どんなにあがこうと私に勝てるはずないのにどうして戦うの? ねぇ、なんで?」
真黒は本当に疑問のように質問する。意味が分からないといった感じで。
「私には守りたいものがある。その為には戦い続けないといけないの。だから私は戦う!」
「それってあんたに何にもメリットなくない?」
「メリット……ですって?」
「自分が傷付いてまで他人を守る考えが私には理解できないわ。自分以外の人物は自分を守る為の手駒に過ぎないじゃない」
「所詮、ドッペルゲンガーであるあんたに人の心なんてないわよね。人は弱くて脆い生き物なの。支え合っていかないと人間である意味がない。だから私はあんたを倒して生きて帰るの」
「哀れ。あんたの考えは綺麗ごとで理想の世界。現実はもっと残酷。如何に他人を蹴落として自分がのし上がるかが生き残る秘訣よ。この鏡の世界のように。支え合うって言うけどそんなのただ弱い者同士が支えあって強く見立てようとしているだけ。用は利用し合っているに過ぎない」
「ち、違……」
『違う。そんなの間違っている』と言い返してやりたいのにうまく言葉にできない。全身から痛みの悲鳴が上がっているのだ。
「いくら言葉で綺麗ごとを言おうと人間である限り、悪の部分が浮き出るものよ。それが例え身内だろうと。その証拠を見せてあげましょうか?」
真黒は指パッチンをして見せた。すると、辺り一帯が黒く覆われ、まるでブラックホールに飲み込まれたような感覚だった。視界が黒くなったと思ったら瞬きをした瞬間に桃色の景色に変わり、足元は雲の上のように白くてふわふわした場所に立っていた。
ここは一帯……? 私は夢でも見ているのだろうか。
「真白」
ふと、背後に私のことを呼ぶ人物が。振り返るとそこには母が立っていた。
「え? お母さん? なんでここにいるの?」
見間違えるはずはない。そっくりさんでもなんでもない。そこにいるのは間違いなく私の母に違いなかった。
「真白。あんた、また服をその辺に脱ぎ散らかしたわね? 洗濯物はかごの中に入れなさいって何度も言っているじゃない」
「え? あ、はい。ごめんなさい」
「他にも自分の身の回りの管理くらい自分でしなさい。いつもどこにいったで大騒ぎ。それに大事なコトはいつも忘れる。そんなんじゃ、この先恥ずかしい大人になるわよ。少しは将来のこと、考えているの?」
始まった。母の説教タイム。いつもこれを聞くと心をズタズタにされる。怒る時の母には手に負えないのだ。
「何回も同じことを言わせないでよ。言うこっちの身にもなってほしいわ」
「その、ごめ……」
「昔からそう、謝れば済むと思っているその捻くれた根性。その場しのぎで言っているようならいらないわ」
いつもと違う母に私は戸惑う。
「この際だから言うけど、お母さん。あんたみたいな聞き分けの悪い子供より素直で率先的な子が欲しかったわ。あんたみたいな子――いらない」
いらない。
いらない。
いらない。
その言葉が心に突き刺さった。えぐれるように。
「え? お、お母さん? なんでそんなこと言うの? 嘘だよね? 嘘だって言ってよ」
私は母にすがるように言う。優しくて私のことを可愛がってくれる母からそのような酷いことを言われるのが信じられなかった。
「真白。やめなさい」
後ろを振り返ると今度は父が見下ろすように立っていた。
「お父さん?」
「もうウンザリだ。俺はなんの為に働いている?」
「え? 何の為って私たち家族と共に生活する為じゃないの?」
「意味が分からない」
「何が?」
「俺が自分で働いて得た金だ。何故、お前の学費や食費に割り当てなければならないんだ」
「そんなの家族だからに決まっているじゃん。お父さんの娘だよ? 私」
「確かに真白は俺が造った子供だ。それは真実だ。しかし、俺は男の子が欲しかった。長い目を見れば社会に貢献できるのは男だ。それに比べ、女は高い学費を払ったと思えばろくな収入も得ずに結婚に走る。お前は俺の理想とは違う。生まれた時点でな」
父の言葉とは思えなかった。それよりも普段寡黙の父がいつも以上に喋ると思ったら酷い言葉を並べていることに驚きだ。私は生まれてきた時点で父から子供と思われていなかったのだ。
泣きそうだった。もう泣かないって決めたのに涙が抑えきれない。私の存在価値ってなんなの?
「まーしろ! こんなところで何をしているの?」
肩を叩かれた。振り向くとそこには知夏の姿があった。
「え? 知夏?」
「そんなところで何、ぼさっとしているのよ。さぁ、早く学校行こ!」
「ちょっと待って、知夏」
私は瞬時に知夏と距離をとった。
「ん? どうしたの?」
知夏は静かに言った。
「いや、なんかいつもと違うというか。なんていうかその……」
「真白さ、私のこと……どう思っているの?」
後ろ姿のまま、知夏は問いかける。
「どうって……そんなの友達に決まっているじゃない」
「果たして本当にそうかしら?」
「どういうこと?」
「一緒にいて都合がいいからじゃないの。一人でいるのは流石に周囲の目があるからあれだけど、形として一緒にいれるなら良い置物ってこと」
「私、そんなこと思っていないよ? なんでそんなこというの?」
私はあわあわと戸惑いながら言う。
「人は誰もが自分の安全を求める。生活する為に雨風が凌げる家。食べていく為に安定された収入。そして、自分にとって都合の良い人間関係の構築。自分さえ良ければ利用できるものは利用していく。私にとって学校生活をよりよく過ごす為には真白の人懐っこい逸材が必要。その為にも学校以外でも交友関係を取り留める演出をしてきた。だからこれからも都合の良い友達でいてね。真白」
バチン! と私は知夏にビンタを食らわせた。
振り向いた瞬間のゲス顔にはさすがに怒りが込み上げた。
「馬鹿にしないで。あなたは私の知っている知夏じゃない。知夏はそんなこと絶対に言わない」
「人の心の中を覗けば醜いものよ。あなたも本心を言ってみなさいよ。ほら、早く」
知夏は煽るように言う。
いつもと違う知夏に怯えてしまう。怖かった。どうしようもないくらいに。本心ってなんのことよ。私はいつでも本心で向かっているのに。
「一言で言えば――うざい」
誰かが言った。
「茅ヶ崎真白? あぁ、あの子うるさいよね。まるで心の中にある寂しさをかき消すかのように」
「寒いのよね。あぁやって無理にテンション上げているところ。ついていけないわ」
「そもそも、人柄として合わないわ。周りのテンション読まずに自分中心に突き進むところとかマジありえないわ」
「そのつもりはなくても見下すようなモノの言い方どうにかならないの?」
「一人で居たくないって変わっているよね。トイレですら傍にいなきゃ無理ってなんなの? 付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ」
「視界から消えてくれないかな。一層、死んでほしい」
「死んでも誰も困らないよ」
「一発、しめとく?」
「面白いね。青ざめる姿を想像しただけで受ける」
「ははは、いいね。いいね」
ははは、ははは。
三百六十度から笑い声が耳に突き刺さった。まるで超音波のように鼓膜が破れそうだ。耳を両手で押さえるが止む気配はない。
「消えろ、消えろ、消えろ」
私は幻聴をかき消すようにその場にうずくまって唱えた。
しかし、私を嘲笑う声は止まない。
夢だ。これは悪い夢に決まっている。
「真白さん」
肩に手を置かれ、振り向くと不敵な笑みのバージルが見ていた。
「早く死ねよ」
頭の中が真っ白になった。次の瞬間、悲鳴を上げて走り出していた。
「いやややぁぁぁ!」
怖い。逃げたい。聞きたくない。
様々な思いから出た叫びだった。
逃げても、逃げても悪魔の囁きが聞こえてくる。一生逃げ続けても逃れられないくらいに。
「うわっ」
涙で前が見えず転んでしまった。自然と痛みは感じなかった。痛いのは心だ。力が抜けて立とうする動作すらどうでもよくなってしまう。
コツン。コツン。コツン。
静かに私の前から歩いてくる人物。私は足元しか見えなかった。頭が上がらない。
「これで分かったでしょ? 人なんて自分さえ良ければそれでいいのよ」
頭を上げなくても声だけでその人物が誰なのか分かる。
「嘘よ。こんなの真黒が私を苦しめる為に作り上げた幻想よ」
「そう思うなら好きにして。ここは現実世界でも鏡の世界でもない。そう、ここはあなたの記憶から作られた世界。そして心の闇が表に出るように心が開かれた世界。悔しいならあなたも思っていることを吐き出しなさい」
私は首を横に振る。何も言いたくない。そんなことをしたらただの口喧嘩になり、何も解決しない。
「あぁそう。言いたくないなら代わりに私が言ってあげようか? あなたの心に秘めているコトを」
「そんなものないわよ」
「怖い。死にたくない。誰かを犠牲にしてでも自分は生き残りたい。一生逃げて、逃げて、逃げ続けたい。自分さえ良ければそれで構わない。そう、自分さえ良ければ。でしょ? 真白」
「違う!」
「違わない! 強がるなよ。あんたの心の叫びが痛いくらい私に聞こえてくるんだよ。素直になれよ。この嘘つきが!」
「嘘なんかついていないし」
「そう……これでもまだ言えるの?」
真黒は指パッチンした。
すると、いつの間にか私の周囲には人集りが出来ていた。まるで私を取り囲むかのように。その中には私の知っている人物も何人かいた。
「嘘つき」「嘘つき」「嘘つき」「嘘つき」「嘘つき」
全員で私に向かって同じセリフを連呼した。少しずつ私に向かって距離を詰める。
「違う」
そのように言うも、周囲の人は連呼を辞めない。「嘘つき」という単語が頭の中で支配していた。
「嫌……嫌だ」
精神が崩壊しそうだった。だったらもう一層……。
――心を無にするのよ。
ふと、どこからか声が聞こえた。聞き覚えのあるような声だけど誰か分からない。この暖かい声の持ち主は誰の者であろうか。
言われた通り、瞼を閉じて心を無にする。
すると、先程まで聞こえていた忌々しい声は聞こえなくなっていた。同時に私を取り囲んでいた人は波が去るようにいなくなっていく。
「嘘! なんで? 真白の心の精神が打ち勝ったとでも言うの?」
真黒は驚いたように後ずさりする。無意識に私と距離を置きたくなったということなのだろうか。
私は立ち上がり、真っ直ぐな目で真黒に向き合う。
「な、何よ。それで勝ったつもり? 甘いのよ。あんたがどう足掻こうと私に勝つことなんて不可能よ」
真黒は指を差しながら否定的に言う。まるで追い詰められているようにも見受けられる。
「あんた、可愛そうな子ね。なんの為に生きているのか分からないんだもんね」
哀れみのように言う私の発言に対し、真黒はジワジワと怒りが顔に出てきた。
「はぁ? 私が可哀想? 意味分からないんですけど。可哀想なのはあんたでしょ? こんな残酷な世界に来て私に殺されるんだから。哀れで惨めだわ。あはは」
「あなたは私から生まれた。作られた存在。例え、私を殺して身体を乗っ取ったとしたらどうしたいの?」
「はぁ? 何を言っているの? そんなの決まっているじゃない。あんたの身内から片っ端に根絶やしにするのよ。あんただと思って近づいてくる人間を攻撃してあんたを恨みながら死んでいく。最高の仕打ちじゃない」
「それは真黒が望んでいることではない。そのように動けっていう使命じゃないの? 自分の意思ではなく誰かの命令で動いているに過ぎない」
「本心よ。私はそうしたいと心から望んでいる。真白の全てを壊したい。それが私の願いよ」
真黒はまるで探偵に犯人であると突きつけられているかのように必死に証拠を隠そうとするようによく喋る。
「んーん。違う」
私は大きく顔を横に振った。
「本当はあなた、優しい子でしょ? あんたをそうさせているのは魔女の呪いのせい」
「何を言って……」
「自分でも気づいていないのね。その気になればすぐに私を殺せる。でも、優しさがどこかで邪魔しているんじゃない? だって私、虫も殺せないような臆病者なんだもの。私のことは私が一番分かっている。だから、私のドッペルゲンガーであるあなたのこともよく分かるわ」
「何を分かったような口を! だったら今すぐあんたを殺しておしまいにしてあげるわ」
真黒は飛び込むようなに両手で肩を掴み、押し倒した。そのまま両手で首を締められる。
抵抗しようと思えばできたが、抵抗する気にはならなかった。
「私が本気だっていうことを分からせてあげるわ。ほら、苦しいでしょ? あんたはこのまま死ぬのよ。私の入れ物としてね。はは、楽しみで……え?」
私の頬に涙が落ちた。真黒は泣いていたのだ。
「ち、違う。これは嬉し涙よ。やだやだ。こんなにも嬉しいなんて生まれて初めて」
そのように言いながら真黒は必死に涙を押さえ込もうとする。言っていることと行動が真逆のように。
私は前からそっと抱き寄せた。
「大丈夫。怖くない。怖くない。私がいるよ」
「何を言って……」
「もう、誰にも支配されなくていい。あなたは私なんだから」
「真白」
「私に心の在り方を教えてくれようとしたんだよね? 私には分かるよ。あなたが私を支配していたんじゃない。あなたは自らを犠牲にして教えようとしてくれたんだよね? あなたの役目は果たしたわ。だから、もうおやすみ」
「真白、ごめん。本当は怖かった。あなたを殺さないと私の存在が消えてなくなる。でも、私は元々居てはいけない存在。だからこの世に未練はないわ」
「私と真黒は鏡のように反射しているけど、それはただの写し絵。何も敵対視するものではなかったのよ。自分を認められない人はその瞬間に人ではなくなっている。そうでしょ?」
「そうかも。私は消えてなくなる訳じゃない。真白が真白で有り続ける限り、私も傍にいるってことね」
「ふふふ。そうだね」
「真白、ごめん。怖い思いをさせてしまって。でも仕方がなかったの。だからその……」
「いいのよ。真黒が最後に正直になってくれて嬉しかった」
「真白」
「何?」
「ありがとう。必ず元の世界に帰ってね。それまで私はずっと傍で見守っているから」
「……うん!」
その瞬間、真黒の身体は塵となって消えていった。こっちこそありがとう。真黒。私はもう何も怖くない。きっと元の世界に帰って見せる。
私は自分自身を取り戻した瞬間でもあった。
「ここは……?」
目を覚ました私は魔女の城の前にいた。夢から覚めたような感覚だった。夢が覚めるなら現実世界に戻してくれても良さそうであるが、そういう訳でもなかったようだ。
しかし、夢で見た通りに真黒の姿は消えていた。本当に消えてしまった訳ではない。私の中で生き続けているのだ。声は聞こえないけどちゃんとここにいる。
「ありがとう。真黒」
胸に手を当てて語りかけるように言う。
私はもう大丈夫。怖いものなんて何もない。
私の本当の敵ただ一つだ。頭上にある魔女の城の中にいる人物こそが私の宿敵。
ドドドドド!
突如、地面が大きく揺れる。これは地震か? その揺れは次第に大きくなる。何かがこちらに向かってくるかのように。
私は音がする正面に視線を向けた。気のせいなんかではない。確かに何かがこちらに向かってくるのには変わりなかった。黒くて大きな物体。近づいて来るにつれてその正体が見えてくる。あれはひょっとして……。
「化物?」
ドッペルゲンガーがオリジナルを取り込んだ姿に違いなかった。それはそうと、その姿は私が今まで見てきた姿よりも遥かに大きかった。全長、三メートルほどあり、四足歩行で気の狂ったような動きをする。周囲に地震を起こすような走りであった。化物は迷いもなく真っ直ぐこちらに近づいてくる。
「グオオォォォ!」
うめき声をあげながら私に向かってくる。このままではぶつかる。私は寸前のところで右に逸れた。
危ない! 一体なんなの?
すると化物は急ブレーキをして私の方に身体を向ける。目的は私なのだろうか?
「え? あれって……」
私は気になるものを見つけた。化物の顔だ。よく見ると化物は仮面を被っていた。あの見覚えのある仮面はナナシのものである。しかし、私の知っているナナシの姿とは少し違っていた。あのような大きな巨体をしていない。太ったにしては短時間で変わりすぎだ。あれは本当にナナシなのだろうか。判断がつかない。
「グオオォォォ!」
ナナシのような化物は尚も私に向かって突進してくる。狙いはやはり私なのだろうか。
「に、逃げなきゃ」
殺気を感じた私は急いでこの場から離れなければと直感で思った。
木をうまく利用し、化物との距離を取る。こちらから反撃することはできないので逃げ回ることしかできないが、なんとか逃げ切る。
「一体なんなのよ。あれ」
逃げながら化物の正体について考える。どこからどう見てもナナシのような気がするが果たしてあれは本人なのだろうか。私には判断がつかない。
仮にあれがナナシだとしたら何故私に襲いかかってくるのだろうか。同盟を組んで一緒に戦ってくれるはずなのにおかしい。
逃げ回りながら魔女の城に入る為の地下の扉を開けて中に隠れた。
呼吸を整えて冷静さを取り戻す。所詮、化物は化物であるということなのだろうか。複雑な心境であった。
「あ、未来ちゃん」
私はふと、思い出した。ホースと共に逃がした未来ちゃんの行方についてだ。あのあと無事でいるのだろうか。少し心配になってきた。
いや、待てよ……。そういえば未来ちゃんが逃げた方向からあのナナシの化物が来た。ということは……。
「未来ちゃんの身に何か起きた?」
普通に考えてどこかで鉢合わせしていても不思議ではない。いや、確実に鉢合わせをしている。私は未来ちゃんの安否を確認したい衝動にかられた。扉を少し開けて外の様子を伺う。まだ近くにナナシは私を探すように動き回っている。容易に出られない。どこかで隙をつく方法はないのだろうか。
少し考えてみる。見つからずに通り抜ける方法。
少し手間になるが、崖の反対側から抜ければ見つからずに済むかもしれない。それしか方法はない。
私は這いつくばるように匍匐前進しながらナナシとの距離を離す。どうか見つかりませんようにと神頼みになりながら移動する。
「グオオォォォ! グオオォォォ! グオオォォォ!」
ナナシは先程よりも懸命に吠え始めた。その呻き声は私の鼓膜が破れるほど耳に響いた。早くこの場から離れなければ。
一瞬の隙をついて私は自分が辿って来た道に引き返すことができた。
第一関門クリアだ。
私は呼びかけずに目で未来ちゃんの捜索に入る。声でナナシに見つかると厄介だからだ。
果たして未来ちゃんは無事なのだろうか。そればかりが心配である。
しばらく走ったところ、腰を下ろした後ろ姿の女の子を見かける。あの後ろ姿は間違いない。未来ちゃんだ。
「未来ちゃん」
私の呼びかけで未来ちゃんは振り返った。その顔は涙でグシャグシャに崩れていた。
「お姉ちゃん」
ずっと一人で寂しかったのだろうか。感動の再開といったところだ。私を見た未来ちゃんは真っ先にこちらに向かって走ってきた。見た限り、身体はボロボロになっているが至って外傷はなかった。ひとまず無事と言えるだろう。良かった。私は両手を広げる。その胸に未来ちゃんは飛び込んできた。私はそっと抱きしめてあげる。
「お姉ちゃん。怖かったよ」
「一人で行かせてごめんね。もう、大丈夫だから。怪我してない?」
「うん。大丈夫。もう会えないのかと思った」
「そんな訳ないでしょ。約束したじゃない。私がちゃんとお家に帰してあげるって」
「そうだね。ありがとう、お姉ちゃん――そして、さようなら」
「え……?」
突如、お腹に激しい痛みを感じた。私は思わず背中から倒れ込んだ。すると、お腹に一本のナイフが刺さっていると認識する。これは一体。
「ふふ。お姉ちゃん、痛いでしょ? どんな気分?」
刺された? 未来ちゃんに? なんで? まるで意味が分からなかった。何故未来ちゃんが私にナイフを刺したのだろうか。頭が回らなかった。倒れ込んだその時、ある疑問点が浮かび上がる。未来ちゃんの右膝だ。先程、落馬によって怪我をして包帯で巻いてあげたはずなのに目の前の未来ちゃんはその包帯がない。むしろ擦りむいた痕跡がなかったのだ。
「あなたはもしかして……」
口から出た精一杯の言葉だった。
「ご名答――ようやく気づいたようね。私は未来ちゃんではない。本人から作られたもう一つの生命――つまりドッペルゲンガーよ」
種明かしをするかのように、未来ちゃんのドッペルゲンガーは言い放った。
そういうことか。私はまんまと騙された。目の前に立っているこの子は私の知っている未来ちゃんなんかじゃない。未来ちゃんの見た目をした偽物である。
「いやー。本人のフリをして近づけばまんまと騙されるんだからおいしいわよね。あんた、随分この子に惚れ込んでいるんだから。この世界で人との関わりを作れば作るだけより辛くなるっていうのが分かっていないようね。無駄に関わろうとせずにほっとけば良かったのよ。自ら首を絞める行為をしたつけが回ってきたってことね。マジでウケるわ」
嘲笑うように未来ちゃんの偽物は言った。
「……本物はどこ?」
「さぁ、どこでしょう? 既にゲームオーバーしているんじゃない?」
ゲームオーバー。つまり、偽物との戦いに敗北したという意味であった。それはこの世界からも元の世界からも存在が消えたという意味である。身体だけが奪われて自分ではない誰かに好き勝手に使われるということである。
「でもおかしいわね。オリジナルがドッペルゲンガーに敗れたら黒い化物の姿になるんでしょ? あなた、なんでそのままの姿なの?」
不意を付いたかのように私は言い放った。
「確かに私たちが打ち勝てば黒い化物に姿を変える。だが、あれは本来の姿に戻るだけ。好きなタイミングでこの姿になれる。身体を乗っ取るということはこの身体は私のモノ。ちなみに私はあの醜い姿は個人的に好きじゃないの。それにあなたを欺く為にはこの姿が一番効果的でしょ?」
わずかな希望にかけてみたが、未来ちゃんが殺られたことに関しては事実であった。本当に未来ちゃんは死んでしまったのだ。私が守って元の世界に返すって約束したのにその願いは叶わなかった。
「あら、泣いているの? それはどっちの意味で? 身体の痛み? それとも悔しくて?」
「どっちもよ。それに未来ちゃんは死んでない」
「死んでいないと言えば死んでないわね。私の中で生き続けているんだから。永遠に」
「クッ。許さない。あんたたちドッペルゲンガーなんていなくなっちゃえ」
私はお腹に刺さっていたナイフを抜いた。血が大量に溢れ出てきた。
「何を早まったの? 出血大量で死ぬつもり?」
「ハァ、ハァ、ハァ。こんなの屁でもないわ」
と、言いつつも私の意識は遠のき始めていた。視界が途切れ途切れに見える。
「魔女の依頼であなたを殺せって命令なの。悪いけど死んで」
未来ちゃんの偽物は懐に隠し持っているもう一本のナイフと取り出した。そして私に向ける。
ダメだ。意識以前に私は動くことすらできない。両手には腹から出た血が飛び散っていた。何か、何かないのか。この場を形勢できる手段はないのか。このままじゃ、私も殺られる。
その時だった。地面が揺れた。地震? いや、後方には呻き声が聞こえる。
「グオオォォォ!」
ナナシだ。こんな時に限って更なる追い打ちが来るなんてついてない。
もう――どうにでもなれ。
逃げ道を失った私は諦めかけていた。もう、逃げ回るような体力なんて残っていない。死を迎えるだけだ。死ぬ時はこうも呆気ないものなのだと実感してしまう。
やり残したことは数え切れないくらいある。それなのに何も果たせなかった。無念極まりない。死を覚悟した私は無抵抗のまま、ナナシに身体を差し出す。
すると、ナナシは私を素通りし、未来ちゃんの偽物に飛び込んだのだ。巨大化した前足で未来ちゃんの偽物を踏み潰した。
瞬殺だった。その身体から血が溢れ出たり、バラバラにされるようなことはなく光の塵となって宙に舞っていったのだ。敗北した証に残ったのは緑のクリスタルだった。
倒したその瞬間、ナナシはこちらを見た。仮面でその表情は分からないが、確実に私の姿を捉えている。次は私が殺られる番なのだろうか。動けない。もう好きにしてくれ。
私は力いっぱい目を瞑った。できることなら痛みが分からないくらい一瞬で済ませて欲しい。変に焦らされると返って痛みが増すだけだ。
「ん?」
身体に至った外傷は起こらない。むしろ、治っている? 光が瞼を刺激して眩しい。何が起こっているのだろうか。気になった私はゆっくりと瞼を開ける。
「え?」
いつの間にか、ナナシの姿は巨大化から元の姿に戻っていた。それに私のお腹に両手を掲げて光線を当てている。痛くない。むしろ心地良い光である。しばらく光線を当てた後、手を下げるとお腹の痛みは消えていた。傷跡もない。ボロボロだった衣類も元に戻っていた。
「ありがとう。あなた、こんな凄い力があったのね」
「うっ……うっ……」
ナナシは何かを差し出す。その手の中を覗いてみると先程未来ちゃんの偽物を倒した証の緑のクリスタルであった。
「くれるの?」
私が質問するとナナシは大きく頷いた。
手に持って緑のクリスタルを掲げる。
「これで三つ……」
この鏡の世界を抜け出す為の条件である三つとクリスタルと自身のドッペルゲンガーを倒す目的はこの時点をもって果たされた。と、言っても全て私の力ではない。ほとんど助けてもらったに過ぎない。
「ねぇ、さっきのあの姿は何? あなた、本当にナナシなの?」
その質問には微動に反応がなかった。まぁ、教えてくれないのであればそれはそれでいいのだがなんだかスッキリしない。
「まぁ、いいわ。ナナシは私の味方なのよね?」
ナナシは頷いた。
「あなたを信じるわ。一緒に戦ってくれるんでしょ?」
「うっ……」
ナナシは突如、身体を震わせた。そして、ある一点に向かって指を差す。その方向に視線を向けて首を傾げる。
「ん? 何?」
ナナシは一時停止したかのように指を差したまま動かない。不思議に思った私は示された方向に歩き出す。
すると、茂みの奥でホースと未来ちゃんがグッタリと倒れている姿を目撃する。どちらも何故かベトベトした液体が身体を覆っていてまるで生まれたての動物のように体液のようなものが付着していた。
「未来ちゃん」
生きていたという喜びに私は駆け寄るが身体に触れるか躊躇してしまう。とりあえず左手で身体を揺さぶってみる。左手には嫌な感触がこびり付く。「うわっ」と思わず声をあげてしまうほどだ。
「んっ……」
未来ちゃんはうなされるように体勢を変えた。とりあえず生きているようだ。
「未来ちゃん? 私、真白だよ?」
「…………」
ずっと眠っていたのか、未来ちゃんの動きは鈍い。そしてようやく上体だけ起こす。
「お姉ちゃん?」
目を覚ましたようだ。特に外傷もなく無事のようだ。
「立てる? とりあえず川の方まで歩こうか」
川を探し、身体に付着したモノを洗い流す。血や粘液を一刻も早く洗い流したかったのだ。一層、お風呂に入りたいがここは森の中、贅沢も言っていられない。
「うわ。匂いもヌメヌメも全然落ないよ。もう最悪」
未来ちゃんは全身を川の中に沈めたが、液体がなかなか落ない様子だった。私も必死になって手を洗う。洗っても落ちた気配がない。
「ところで、どうして未来ちゃんはあんなところで寝ていたの?」
私は離れた後の経緯が知りたかった。
「よく覚えていない」と一言、未来ちゃんは言う。そして続けた。
「突然襲われたと思ったら目の前が真っ暗になって目が覚めたらお姉ちゃんに起こされた。
「襲われた? 誰に?」
「うーん。うまく言えないけど、黒くて細長くて変な仮面を被っていてなんて言えばいいのかな。あ! そうそうあそこにいる人みたいな感じ……」
未来ちゃんは斜め後方にいたナナシを指差したところで冷や汗をかき始めた。
「お姉ちゃん。あれよ。私を襲ったのは」
未来ちゃんは瞬時に私の背中に隠れる。今、ナナシの存在に気がついた様子である。
「あの仮面に襲われた後に気を失ったのよ。なんなのよ、あれ」
かなりの警戒心を抱く未来ちゃんに対してナナシは手を左右に振って「違う」と言いたげである。
「あれはナナシ。名前が無いからナナシなの。安心して。あの子は私の護衛のようなものだから何も危害を加えないわ」
「嫌だ。お姉ちゃん、早くあいつを追っ払ってよ」
完全に拒絶している。一体何があったのだろうか。言葉が話せないナナシに訳を聞いたところで状況を掴むのは難しい。かといって、被害にあった未来ちゃんは襲われた以外は何も覚えていないというので状況を知るには難しい。困ったことになった。
手がかりになるのは身体に付着したこのヌメヌメした液体であるが、これはなんなのだろうか。かなり手を洗ったつもりであるが嫌な感触が残っている。そもそもこれはなんなのか。恐る恐る臭いを嗅いでみる。
無臭とは言えないがほんのり食物が腐った臭いがした。やはりこれは体内から作られた胃液なのだろうか。と、いうことは……だ。未来ちゃんは丸呑みで食べられて吐き出された? ナナシに? そもそもナナシには口はあるのか。ただ仮面に隠れているだけだから仮面は剥ぎ取ればあるのかもしれない。
「ねぇ、ナナシ。ずっと気になっていたんだけど、なんでずっと仮面を被っているの? できたらその仮面、取ってみせてくれないかな?」
そのように話しかけるも、ナナシは無反応である。まるで聞こえていないのかのように。
私は興味本位でナナシの仮面に手を伸ばす。するとナナシは「グオオォォォ!」と威嚇するように声を荒らげた。私は思わず手を引っ込める。
「ホラ、お姉ちゃん。こいつ私たちを食べようとしているよ。危険!」
「ごめん。もうしないから。触られたくないって知らなくて。本当にごめんね」
私はなんとか媚びる。すると次第にナナシは大人しくなった。
「大丈夫。怖くないから。安心して」
私は未来ちゃんを落ち着かせる。
「じゃ、私と五メートル離れて。それ以上近づいたら許さないから」
ダメだ。こりゃ。
こんなのでこの先やっていけるのか心配が募る。
ホースと未来ちゃんと私は並行になって歩く。その十メートル後ろでナナシが後を追うように歩く形になった。
「ところで未来ちゃんは私と別れた後、ナナシ以外に誰かと接触しなかった?」
「しなかったよ。なんで?」
「いや、ちょっとね」
曖昧なことを言って私は目を逸らした。
未来ちゃんのドッペルゲンガーは本人を殺したと言っていたが、そもそも接触していなかったということなのだろうか。ということは、偽物は嘘を付いていたということになる。私を不安にさせる為の嘘だったのだろうか。ともあれ、嘘で良かった。一時期は本当に殺されてしまったのだと不安になっていた。私はまんまと偽物の心理戦に負けるところだったのだ。未来ちゃんがちゃんと生きていたというのが責めてもの救いである。
歩いているうちになんとか魔女の城にまでたどり着いた。ようやくここまでたどり着いたのだ。
ポケットから三つのクリスタルを取り出し、決意を固める。全てのキーは揃った。これで元の世界に帰れるんだと。
「うわー。お姉ちゃん、その綺麗なやつ何? ちょっと見せてよ」
そういえば未来ちゃんはこのクリスタルのことについては知らない。まぁ、見せるくらいならいいか、と私は三つのクリスタルを差し出す。
「はい。丁重に扱ってね。大事なやつだから」
「凄い。キラキラしている。綺麗」
未来ちゃんはいろんな角度からクリスタルを覗き込む。太陽の光に当たると反射して光輝いて見えるのだ。勿論、これはただのクリスタルではない。化物を消滅させれば手に入る苦労の欠片だ。これを三つ揃えることで魔女との約束を果たすことになる。条件を聞いた当初は不可能だと思っていたがなんとか揃えることができた。
「赤、青、緑。色もバラバラで宝石みたいだね。そういえば私もこれ、持っているよ」
「え?」
未来ちゃんは上着のポケットに手を突っ込み取り出した。その手の中にあったのは黄色のクリスタルだった。正真正銘、化物を倒さないと手に入らないクリスタルで間違いなかった。
「えっと、未来ちゃん? このクリスタルはどうやって手に入れたのかな?」
私は恐る恐る質問する。
「拾った」
「どこで?」
「最初に知らない世界に来た時に。ヒーローが怪獣を倒してくれた時に落ちていた。逃げたけど、少し時間が経ってから戻ってみるとこれが落ちていたの」
「そ、そうなんだ」
少し安心した。ひょっとしてとてつもない力で化物を倒してしまったのだと思ってしまた。でも実際拾っただけだから良かった。
「未来ちゃん。その黄色いやつ無くしたら大変だから私が預かっておくよ」
「絶対に嫌!」
未来ちゃんは頑なに拒否した。まるで親戚から貰ったお年玉を無くすと困るからお母さんが預かっておくよというようなやりとりに近い。大概子供は一度貰ったものは手放したくないものだ。その気持ちはよく分かる。もう一生戻ってこない可能性だってあるのだ。それが例え親だろうと譲れないだろう。
「分かった。その代わり、絶対に無くさないこと。いい?」
「うん。無くさない。これはお土産にするの」
「誰に?」
「うーん。考えていないけど、まぁ、この際お母さんにあげてもいいか」
未来ちゃんは仕方なくといった感じで言った。
「ねぇ、未来ちゃん。本当はここから先、私だけで城の中に入りたいと思っているの。でも、ここまで来られたのは未来ちゃんのおかげでもある。私、強ぶっているけど本当は弱虫なの。一人では何にもできないくらいに。ここから先は私には想像がつかない。恐ろしいことに巻き込まれる可能性だってある。痛い思いもするかもしれない。でも、帰る為にはここを入らなくてはならない。それでも、私についてこられる?」
「私はお姉ちゃんがいてくれたら何にも怖いものなんてない。勿論、一緒に行きますとも」
「そう、じゃ行こうか」
私は未来ちゃんの手を握った。
「ホースはここでお留守番。万が一の場合に備えて脱出する為にここにいてね」
私はホースの顎を撫でた。
ホースは「ヒヒーン」と嬉しそうである。
「ナナシ。私たちがピンチになったら助けてね」
ナナシは遠くから頷く。未だに一定の距離を保っている。
「さぁ、いよいよ魔女の城に突入よ」
私たちは決意を固めて魔女の城に入っていくのであった。




