参
「真白さん。お願いですから私の後をついて来ないで下さい」
「絶対に嫌! 穏婆のところに行くんでしょ? なら私も一緒に行く!」
バージルは困った感じで私を追い払おうとするが、それでも私は後を付いて行く。なんと言われようが私は穏婆に会って交渉してやる。
「困りましたね。あなたを連れて行くと私が責任を負うことになるので勘弁してほしいのですが」
「いいじゃない。責任取ってよ。私は困らないから」
自分でも理不尽なことを言っていると思うが、引く気なんて一切なかった。
「仕方がないですね。なら、こうしましょう。穏婆の居る場所までは連れて行ってあげます。そこからは責任を負いません。自己責任でお願いします。ご自由に穏婆に会うなりなんなりしてください。それでもいいのであれば付いて来ても構いません。どうしますか?」
バージルはお店で注意書きとして後からトラブルにならないように予めに書かれているような内容を私に突きつける。そんな脅しをかけるから大人は嫌いだ。私はそんなことで怖気づくような人ではない。
「当然、付いて行くに決まっているじゃない」
「そう言うと思いました。ただ、くれぐれも目立つ行動は謹んで下さいね」
そんなこんなで私はバージルの後を追って穏婆に会うことになった。
「ところでバージルはなんの用で穏婆に会いに行くの?」
「ドッペルゲンガーとの戦いの報告です。新たに加わった人や勝敗の行方や穏婆に頼まれた元の世界への現状といったことを伝えに行きます。これも穏婆の下僕としての仕事ですので」
「ふーん。大変ね。ところで穏婆はどこに住んでいるの?」
私は次に気になることをぶつけてみる。
「あれです」
バージルはそう言ってあるポイントを指す。そこは崖の上にある城であった。周りは森となっており、薄気味悪いくらいに辺りは暗くなっていた。カラスが鳴いている雰囲気があり、まさに魔女が住んでいるかのようであった。急に寒気がする。
「怖いのであれば帰っても構わないのですよ」
バージルは私の心の中を読んだかのように声をかけた。
「どのみち私の帰る道なんてないわ。早く行くわよ」
不安をかき消すように私はバージルよりも先に穏婆のいる城まで向かっていった。
「えーここを登るの?」
魔女がいる城の崖下までたどり着いた私はバージルにむかって嘆いた。
崖下から天辺まではおよそ三十メートルはある。マンションで言うと十階の高さに匹敵する。ちなみに私の家のマンションも十階立てで私は五階の中心部に住んでいる。この高さは見慣れたものだ。
しかし、ここをどうやって登るというのだろうか。階段のような道はない。まさか、この崖をひたすらよじ登るとでもいうのだろうか。そんなの絶対無理だ。私はここで断念せざるを得ないと言うのだろうか。
「真白さん。こっちです」
バージルは崖の反対側で手招きをしてくる。とりあえず私はバージルの元に駆け寄る。
「ここです」
そう言ってバージルは崖の一部に手を触れた。すると、地面の一部が動き始めた。開ききってから気づいた。下へと続く階段が現れたのだ。地下に続く隠し通路だった。
「行きましょう」
そう言ってバージルは地下へ続く通路を下っていった。私はそれについていく形になる。
階段を下るにつれて辺りは段々と暗くなっていく。地上の光が遠のいてくのだ。気味が悪く、これ以上行くのは本能的に嫌だと思っていた。それに何故、下に行くのか不思議なので聞いてみる。
「ねぇ、なんで上に行きたいのに下に行くの?」
前をサッサと歩くバージルにむかって私は質問を投げかけた。
「穏婆は注意深いと言いますか、警戒心が異常に強いのです。なので、外敵から身を守る為に城に入る為にはこうして回りくどい施しがされているのです」
「外敵って何よ。穏婆自体が外敵そのものじゃない」
「………………」
バージルはその返しには答えなかった。
「真白さん。着きました。ここが城に行く為の入口です」
階段を下りきってからすぐに一つの扉が姿を現す。バージルはその扉を開けて誘導した。
扉を開けてすぐに行き止まりだった。四方は鉄に覆われて何もなかった。ここは一体……?
「上へ参ります」
バージルがそう言うと足場が宙に浮いた。すぐに分かった。これはエレベーターだ。これで一気に城まで行けるということだろう。
「真白さん。二つほど約束して頂けませんか?」
上昇中にバージルは私に問いかける。
「何?」
「穏婆に会うことに関しては止めませんが、暴言を吐いたり正論を言ったりして機嫌を損ねるような発言は辞めてください。もしも、損ねてしまった場合は殺されるかもしれません。死ぬのは嫌でしょ?」
確かに死ぬのは誰だって嫌に決まっている。だが、穏婆の考えていることは私には理解できない。それでも正論を抑えろというのであれば考えてあげなくもない。直に会って気持ちを知りたい。
「わかった。で? もう一つの約束は?」
ここは
「元の世界に帰してとか帰りたいという発言は絶対に言わないこと」
「なんで?」
「簡単に言えば即死します。あくまでも真っ向勝負で戦うことを伝えれば大丈夫です。守れますか?」
「わかった。約束する」
嘘だ。約束を守るかどうかと言えば守らないかもしれない。私は非常に怒っている。こんな馬鹿げた世界を野放しになんてできない。誰かが止めなければならないのだ。穏婆は一体どんな人なのか。私の想像では古場のような老婆でひねくれた性格で話が通じない嫌味の人であると予想する。
「着きましたよ。さぁ、こちらへ」
エレベーターが止まり、扉が開く。その先には城の正面に辿り着く。この中に鏡の世界を作り上げ、私たちを閉じ込めた穏婆がいるのだ。鼓動が高鳴る。いざ、魔女との対面へ――と、思ったその時だった。バージルから予想外のことを言われる。
「では、真白さん。少しの間、私が戻ってくるまでここで待機していてもらえますか?」
「え? 一緒に会うんじゃないの?」
「私の報告を済ませないといけないので真白さんはその後でお願いします。それに穏婆の機嫌も予め知っておく必要があるので。なので、少しの間待っていて頂けませんか?」
申し訳なさそうに言うので私は嫌とは言えなかった。仕方がない。待っていてあげるか。
「わかった。早くしてよね」
「ありがとうございます。できるだけ早く戻ってくるので今しばらくお待ちを」
そう言ってバージルは一人、城の中へと入っていった。
「遅い!」
私は城の前で腕を組みながら立ち尽くすこと二十分。ずっとバージルの帰りを待っているが一向に帰ってくる気配がなく苛立ちが募っていた。ただ待つだけとは何故こうも時間の経過が長く感じるのであろうか。まだ二十分しか経過していないが、気持ち的には一時間以上も待っている感覚だった。何か暇つぶしのようなアイテムを持っている訳ではないので尚更長く感じる。ここだけ夜のように暗いので居心地としては最悪だ。カラスが何匹か木の枝に止まってカーカー鳴いているから余計に最悪である。まるで私を監視しているかのようにカラスたちはジッと私を睨んでいる。少しでも早くこんな場所から離れたい。
一層、黙って城の中へ入ってやろうかと思うが流石に人の家に黙って入るほど私は常識が無いわけではない。
することがないので、私は崖のギリギリまで近づき、城からの眺めを堪能することにした。やはり、遠くの方は昼間のように明るい。これも穏婆が施した魔法のせいなのだろうか。この場所は周囲では最も高い場所に違いなかった。ここより高い建物は存在しない。今、気づいたが見渡せない程この街は広い訳ではない。よく見えないが、壁のようなものが見えるのでやはりこの鏡の世界はほんの一部であるのだと悟る。今もどこかでドッペルゲンガーとの戦いを繰り広げているのだろうか。そう考えると私の心は傷んでしまう。こんな世界なくなればいいのに。私は強く思う。
ドカーン!
私は爆発音と共に後ろへ振り返った。城の上部からモクモクと煙が立ち込めていた。
「バージル?」
私は嫌な予感がして城の正面に向かって走り出した。不法侵入だろうと構わなかった。今は緊急事態だ。それにこの世界には法律なんてないのだから関係ない。私は正面の扉を開けて城の中へ入っていった。
「バージル!」
中に入って早々、私は大声で名前を呼んだ。
しかし、返事はなかった。爆発音があったのは上部の方だったので上に何かあるのかもしれない。そう思った私は階段を探す。
階段、階段、階段。
壁際に行くと階段ではないがハシゴが立てかけられてある。どうやら上の階に続いている様子である。私は真っ先にハシゴに手をかけて登り始めた。
上に登るが何もない。登った先には次に上に行く為のハシゴはなかったので登った先でハシゴを探さなくてはならない。その階にはいくつか扉が並んでいる。開けてみると客室のような作りになっていた。ハシゴを探していると一つの部屋だけハシゴがある部屋がある。それの繰り返しで二階、三階、四階、五階と登り続けていく。城というよりもまるで迷路屋敷のようである。城の外から見ておそらくこの城は六階まであると推測する。おそらく次のハシゴで最上階に行けると思われる。警戒心が強い魔女とは言っていたがここまで回りくどい作りにしなくてもいいのではないだろうか。たどり着くまでが辛い。ようやく最後のハシゴを見つけて上に昇る。これで最後でありますようにと願う。
上に登りきったら狭い通路になっており、その先にはゴージャスな扉が一つだけあった。おそらくあの扉の奥に穏婆がいるのではないだろうか。
扉の前に立ち、深呼吸をする。そして、ドアノブに手をかける。
「なんだい。ノックもなしかい」
突然、ドアノブが喋りだしたことにより私は反射的に手を放してしまう。驚いて尻餅を付きそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「ほぉ。生意気そうな小娘だね。まぁ、いいわ。お入り」
ドアノブが喋った後、扉は自動で開いた。扉が開いたらその奥にある扉も開き、何層にも扉が続いていた。次の瞬間、私の身体は引き寄せられた。まるでミラーゲートに吸い寄せられた時と同じように強い力で扉の奥へ奥へと身体が持ってかれる。
「うわっ!」
私の身体はある部屋で叩きつけられた。
この部屋はもしかして……と、顔を部屋の正面に向ける。
部屋の中央には王様の椅子のようなゴージャスな椅子に腰がける女の人がいた。
黒髪に髪櫛で結っていて顔は美人で綺麗な目をしている。服は紫の着物を着ていて扇子を左手に持って口元を隠している。もしかして偉そうに座っているこの人が魔女である穏婆なのだろうか。まるでモデルのような綺麗な人であった。そうだとしたら私の想像していたイメージと大分かけ離れている。
「小汚い小娘ね。私の城に何か御用かしら?」
答えに戸惑った私は視線を逸らす。すると、逸らしたその先に血まみれで倒れている人がいた。私は即座にその人物の名前を呼んだ。
「バージル!」
私はすぐに駆けつけて顔を覗かせる。
「ねぇ、バージル。何があったの? 生きているよね?」
私の問いかけにバージルは答えない。ピクリとも動かなかった。
「あんた、誰? その男の知り合い?」
椅子に座ったまま、女の人は言った。
「あなたがバージルをこんな目に合わせたの?」
私は声に怒りを込めながら言った。
「私の質問は無視って訳?」
女の人から殺意が伝わってくる。私は機嫌を損ねないように質問に答える。
「私の名前は茅ヶ崎真白。バージルは私をここまで連れてきてくれた人です」
「真白ね。今日だけ覚えといてあげる。どうせこの世界で生き残れない人の名前を覚えていても仕方のないことだから。それとその男は私の忠実なる下僕。今、その男を教育しているところだから邪魔しないでもらいたいんだけど。用が済んだらあなたの相手をしてあげるから」
「何が教育ですか! 血だらけで倒れているじゃないですか。何があったか分かりませんがこれ以上、バージルを痛めつけるようでしたら許しませんよ!」
「あんた、ムカつくわね」
女の人は不敵な笑みを浮かべて私に言う。私はその発言に寒気がした。まるで蛇に睨まれた鼠のようである。
「あ、あなたが……魔女?」
か細い声でそう言うのがやっとだった。
「ええ。私のことはその男から聞いているようね」
「穏婆――でしょ? この鏡の世界を作り出した人?」
「様を付けなさい。様を。私を誰だと心得ているの。この世界で一番偉い魔女とは私のことよ。でもおかしいわね。あなたみたいな小娘をこの鏡の世界に招待したつもりなかったんだけど。どうやってここに入ったのか聞かせてもらえない?」
「その前にバージルを助けてあげて。一刻を争う状況なの。じゃないと死んじゃうよ」
バージルは生きているのかどうかも怪しい。私は心配でたまらなかった。早くなんとかしてあげないと。
「助けたいのであれば好きにしなさい。ただ、出来れば――の話だけど」
穏婆から強い殺気を感じた。何かされそうだった。その前に早くここから逃げなければ危険である。
「バージル! しっかりして。早く医者のところに連れて行かなければ」
私はバージルの手を私の肩に回し、その重い身体を支えようとする。
「真白……さん。大丈夫です」
バージルはここでようやく声を出した。
「バージル、痛いでしょ? 今、私が医者のところに連れてってあげるからね」
「こんな姿を見せる訳にはいかなかったので先に行ったのですが見られてしまいましたね。お恥ずかしい限りです」
その言い草だと毎回、穏婆にこのような仕打ちをされているのだろうか。そう考えると私の胸が痛む。
「バージルなら大丈夫よ。いつものことだから。そうよね? バージル」
「……はい。穏婆様」
穏婆の問いかけにバージルは答える。私から見れば無理やり言わせられているようにしか見えない。
「だってさ。さぁ、続きをやりましょうか」
穏婆は扇子を片手で閉まって椅子から立ち上がった。
「ちょっと待ってください。これ以上バージルを痛めつけるのであれば私が代わりに受けます。なので、バージルにはこれ以上何もしないでください。お願いします」
「真白さん、何を」
私は自分を盾にバージルを庇う為、通せんぼをする。
「ふーん。あなたが身代わりにね」
「なんだって受けます」
私の目は揺らがなかった。
「ドッペルゲンガーについては聞いているわね?」
「聞いています」
「バージルの過去は?」
「それは……」
それは聞いていない。聞こうとしたが聞きそびれてしまったが、気になるところだった。私はちらりとバージルを見た。
「その様子だと聞いていないみたいね。いいわ。教えてあげる。彼はね、自身の手で恋人を殺したのよ」
「え……」
私は再度、バージルを見るが目を合わせようとしない。穏婆の言っていることは事実ということなのだろうか。
「殺したと言っても実際に死んでいる訳ではない。生きているけど死んでいるような状態よ」
「それってもしかして……」
「ええ。遷延性意識障害。いわゆる植物状態ってやつ。バージルは誰にも言えない秘密がある。それは何か、二重人格障害よ。これは幼い頃からの彼の悩み。普段は礼儀正しく清楚で真面目な性格の持ち主だけど、時々表に出るのよ。暴力的で乱暴で犯罪に手を染めようとする人格が。いつ、どのタイミングでその人格が表に出るのか分からない恐怖にいつも悩まされていた。しかし、成長と共にその衝動は収まりつつあった。そんな時に恋人ができた。名前は宮下百合亜。彼女は次第にバージルに惹かれるが、事件は起きた。今まで隠していた人格が暴走したのよ。その恐ろしい人格のせいで宮下百合亜は脳に大きな損傷で植物状態になった。当然、傷害罪で警察に捕まったバージルの人生は終わりを迎えた。自分が彼女を陥れた事実に悩まされたバージルはある時、ミラーゲートを覗いてしまった。その瞬間、自分の憎い人格が現れた。当然、現れた人格は本人を殺そうとする。彼女に大きなダメージを与えられた上に更には自分を殺そうとしてくる。やり返してやりたいが、力では本人では叶うはずもない。なんとか生きる方法はないかということで私に命乞いをした。『どうか助けて下さい。死ぬ以外のことではなんでも言うことを聞きます』と彼は言った。そこで私は条件を出した。一生、私の下僕になりなさい。そうすればいずれ彼女を助けてあげる。それで契約した。そうよね? バージル。彼女との大切な約束ってやつがあるのよね?」
「………………」
バージルは尚も表情が固いままだ。
知らなかったとはいえ、私はバージルに酷い事を言ってしまった。彼女の為に嫌な顔せず魔女に従っているのであればわからなくもなかった。
「身代わりになるというのであればあなたが一生、私の下僕になるって言う意味よ。それでも身代わりになるっていうの?」
「下僕になるのは無理です」
「でしょうね。なら、そこを……」
「ですが、ここを退くのも嫌です」
「なんですって?」
穏婆は眉を細めた。私の言っている意味が分からないといった様子だ。
「私は皆が幸せでいられることを望みます!」
私は自分の思いを主張した。
「ならここで死になさい」
穏婆は懐から杖を取り出す。そして、椅子に向けて杖を降った。すると椅子は動物のうめき声をあげながら動き出した。
椅子は私たちに向かって襲い掛かった。
「うわ!」
私はバージルを抱えたまま寸前のところで交わす。
「逃げなきゃ!」
私はなんとかバージルを抱えながらハシゴを使って階下に逃げる。降りるだけでも大掛かりな作業であったが、開口部は狭いので椅子の化け物が通るのには厳しいので逃げ切れたと言える。
「待ちなさい」
ふわりと穏婆は天井からすり抜けて私たちの前に現れた。まるで幽霊のように。ここから魔女の逆襲が始まるのだろうか。迂闊であった。ここは魔女の城だ。逃げ場なんてどこにもないことを今更ながら痛感した。
「茅ヶ崎真白。少し話をしましょうか」
穏婆はゆっくりと近づいてくる。その足取りは威圧感で床が抜け落ちそうなほどである。
「バージル。あなたにはこの場を退散してもらいましょうか」
穏婆は杖をバージルに掲げた。すると、バージルは忽然と姿を消してしまったのだ。
「え? バージル?」
さっきまで隣にいたはずのバージルはいなくなっていた。辺りを探すもどこにもいない。
「安心して。死んだ訳じゃないわ。ちょっと席を外してもらっただけよ」
穏婆は嘲笑うように言った。それに対し、私は黙って穏婆を睨む。
「そんな目、できるんだ。何様?」
「………………」
「まぁ、いいわ。ところであなた、この鏡の世界に来たからには私の決めたルールに従ってもらうわ。じゃないと死ぬわよ」
「ドッペルゲンガーと戦って勝たなければ元の世界に帰れない――でしたよね?」
「ええ。だけど、我はあなたのことが嫌いだから難易度を上げさせてもらったわ」
「え? どういう……」
「ちなみに我がバージルの女を助けることはできるが、助けるつもりもここから返すつもりも毛頭ない。あいつに幸せを与えるなんて贅沢過ぎる。せいぜい我の目の行き届く範囲で良いように使われて死ぬのがお似合いじゃ。ほほほほ」
穏婆は口元に手を当てながら笑い出す。その動作に私は抑えられない気持ちでいっぱいだった。
「ぐっ……がっ……」
ふざけるな。何が良いように使われて死ぬだ! そんなの間違っている! と、言い返したくて仕方がない。でも、穏婆はただの人ではない。魔女だ。
私の命も穏婆の手の内で握られていると考えれば逆らえば死ぬことになる。
「な、なんでこんなゲームを始めたんですか」
私は震える声で聞く。
「面白いから」
魔女は一言そう呟いた。本気で言っているのだと確信する。常識のある人とは到底思えない。
「我に支配されたこの世界に居たくないでしょ。元の世界に帰るには戦うしかない。戦いなさい。あなたのここでの行動は戦うしかないのだから」
「帰れる保証はあるんですか?」
「なんですって?」
魔女は聞き返した。おそらく聞き取れなかったのではなく、言葉の意味が理解できないといったところだろうか。
「仮にドッペルゲンガーとの闘いに勝てたとしても本当に元の世界に帰れるかと聞いています。あなたの目的は自分の理想の世界に塗り替えることと聞いています。もしも勝負に勝てた者がいたらそのまま素直に元の世界に帰れるなんて私には思えません。そこはどうなんでしょうか」
「約束は守るわ。嘘なんて付いていない。ただ、バージルは例外よ。我は見てみたいのよ。もう一人の自分が現れたらどんな反応をするか。それにどうやって勝てるかっていうのも見てみたい。負ければそれまでの存在だったというわけで一生をこの世界で過ごすことになる。勝てればそれなりの褒美はあげるつもりよ」
穏婆の言っていることは嘘か本当か定かではないが、どのみち私の選択する行動はドッペルゲンガーと戦う以外はなさそうである。
「どんな条件だろうと必ず勝ってみせる。私は負けない」
自然と私は言葉に出していた。逃げることができないのであれば戦うだけだ。
「そう、それよ。我はその言葉が聞きたかった。じゃ、ここで我とあなたで賭けをしない?」
賭け? いいような聞こえではない。賭けに負ければどれほどの代償を支払わなければならないのだろうか。恐らく生き地獄ぐらい残酷で不利な条件を言われるのだろうと覚悟する。
「どんな賭けですか?」
「あんたのドッペルゲンガーを倒すのは最低限の条件だけど、それともう一つ――三匹の化物のクリスタルを手に入れること。期限は十日間。もしもできなければ永遠に化物となってここで生活してもらうことになるわ」
自身のドッペルゲンガーを倒す他に新たな条件を出されてしまった。化物のクリスタルとはなんなのか。それに期限まである。十日というのは長いのか短いのか分からないがとても厳しいとだけ認識する。
「この世界で勝ったドッペルゲンガーの化物はクリスタルを所有している。奴らは手ごわいわよ。並の実力では勝てないわ。なんていったって本人との戦いに勝った強者なのだから。それでもやる? と、言ってもやる以外選択肢はないのだけど」
「やります。そして勝ってみせます」
「頼もしいわね。じゃ、探してみて。あなたのドッペルゲンガーを。検討を祈るわ」
穏婆はバージルの時とどうように私にむかって杖を向けた。すると、目の前が真っ白になって穏婆の姿が見えなくなった。




