第9話 執念と信頼
背後に佇む吸血鬼のような憎き男……宿敵、バハムが俺を見下ろし気味悪くニヤリと笑っていた……。
その顔とは真反対に声には生気が無く、唯々冷酷で無機質な声を発していた……。
「……この世界でも騒ぎを起こし立て、ましては力なき者に向けて魔物を出すなんて……!お前の目的は一体なんだ……!」
俺の気迫に驚くどころか、嘲笑するバハムにさらに怒りが増していった……。
「何、ただのゲームじゃないか……!すごく楽しいだろう……?」
「貴様ぁ……!」
「な、何この人……あれが、グレイさんの言っていたバハム……!」
「み、美咲……大丈夫だからね……お母さんが傍にいるから……!」
バハムが発せられている微かな殺気に母娘で震える手を擦り合い、恐怖から涙が溢れている美咲の前に出て庇いながら優しく微笑みかける。
「それで……グレイさんって一体何者なの……?2人して、何か家族に隠していることがあるんじゃないの……?」
「あっ……えっと……」と口ごもる美咲を庇うように制止し、
「……それは、俺の口から後で説明させてください……今は、絶対俺の後ろから離れないでください……!」
「バハム……もう一度だけ問う、貴様の目的は何なんだ……!」
俺は、バハムに顔を向けもう残ってもいない魔力をやっとの思いで絞り出し、キリッと睨みつけた。
そんな俺を嘲笑うように高らかに笑うバハムに対して無性に怒りが込みあがって来た……。
「そんな怖い顔しなさんな、グレイ・ブラン。俺は今、貴様が生きていたことに驚いているんだぞ……?この手で殺せたはずの相手がな……」
「……お生憎様だな、俺も驚愕しているよ……貴様もこの世界に飛ばされていて、また戦うことがなるとはな……」
「俺は貴様よりも頑丈にできているのでな……どこへでも生きていけるさ……」
「だがなぁ……今瀕死寸前の貴様を相手にしても、味気なくただ興醒めするだけだな……そうだな、もう後少しだけ楽しませてもらおうか……」
「そうだなぁ……後ろの女どもを人質に取って遊ぶのも良いな……娘の方を俺の女にするのも面白いな……」
「……その発言を今すぐに撤回せよバハム!虫唾が走る……!」
「はっはっはっ!何を怒ることがある?ただの冗談に決まっているじゃないか!今は……なぁ……?」
怒りから眉間に皺が寄っていたが、魔力を使い過ぎた俺は膝から崩れ落ちてしまった……。
「グ、グレイさん……!」
「はぁ……はぁ……今日は……失せよ、バハム……!相手なら必ずしてやる……!」
「ふぅん……そうだな……俺もそろそろ飽きてきたし、今日は去るとしよう。また戦おうぞ、グレイ・ブラン……」
そう言い残し、バハムは静かにどこかへと消えて行った……。
「……はぁ……やっと行ってくれた……か……」
久しく感じた緊張感に、俺は力が抜ける感覚が身体中に流れた。
「……助けてくれてありがとうございます……ですが、今の状況はまだ現実味が無いので、帰ってゆっくりと話しましょう」
強張った表情で話す真紀さんを見て、俺は何も話せずただ首を縦に振ることしかできなかった……。
「グレイさん、大丈夫ですか……そういえば、パパの仕事はどうしたんですか……?」
「あっ……そうだった……スマン、真紀さんと気をつけて帰っててくれ……!」
俺は急いで真紀さんに一礼をし、裕二さんの元へと慌てて戻った。
だが、裕二さんの顔は戸惑っていたり、怒るどころか俺の心配からか安堵した表情を見せてくれた。
「いやぁ、菅井さんから聞いたときは驚いたよ。急に職場を飛び出して帰ってこないからね。でも、まさか嫁さんを助けてくれていたとは……何か礼をしないとな。」
俺が驚いた表情をしていると、戻る前に真紀さんから俺に助けられたと連絡があったと説明をしてくれた。
「いえ、急とはいえ仕事を投げ出してしまいすみません……罰は何でも受けます……」
「罰も何もないよ……ただ、帰ったら少し大事な話をしよう。まずは残り少ない仕事を手伝ってくれ……!」
「……!はい、何でもやります……!」
夕方5時過ぎ、仕事が終わった俺は裕二さんと自宅に戻り、俺は少しだけ横になり休憩した。
時計が21時を指し、家族が揃う中どう切り出そうか躓きリビングを静寂が包む中、先に口を開いたのは父・裕二さんだった。
「まずは、今回の事件について感謝しよう……ありがとう、グレイ君」
「いや……俺は何も……むしろ仕事を抜け出してしまって本当に申し訳ないです……」
テーブルに頭を擦り付けるくらい委縮していると、美咲のお婆ちゃんが優しく撫でてくれた。
「そんなに謝らないの、貴方は誇ることをしたんだから……ね?」
「そうだよ、実際に嫁が証言してくれたんだ、君を信じたい。だからこそ、グレイ君……君は一体何者なんだい?」
俺は、この時が来ることを分かっていたはずなのに、なぜか緊張してしまった……。
(もう、隠すことは難しい……意を決するしかない……!)
「実は……その、俺はこの世界とは違う別の世界から飛ばされて、この世界にやってきました……」
裕二さんは驚くこともなく、唯々優しい表情で聞いてくれていた。
「美咲は……知っていたのよね……?」
「あ……うん、黙っていてごめんなさい……」
「まぁまぁ、こんなこと誰かに話せることでもないし、良くないとは思っても仕方がないことよ」
「母さんの言うとおりだ……正直、言いたいところはあったが今2人の口から聞けて感謝しているんだ」
お婆ちゃんと裕二さんが聞いてくれるだけで、俺も美咲も少し気持ちが楽になっていた……。
「グレイさんは、その……人間ではないのよね……?昼に見せた姿からして……」
真紀さんがそう言うと、丁度よく風でカーテンが揺れ、外から欠けてはいるが月が覗いていた。
「……今から、本来の姿を出します……驚くと思いますが、見ててください……」
庭に出て、優しい月明かりが髪に触れると浴びたところから徐々に姿を変えていった……。
「……これが本来の姿です……」
「まさか、噂の狼男……!」
「驚いたな……狼男の噂はあったが……そうか、君が……実際に見てみると……鳥肌ものだな」
裕二さんは感心していたが、真紀さんは俺の姿を見て腰が抜け、椅子から崩れ落ちてしまった。
「ママ……!大丈夫……!」
「すみません……、やっぱり怖いですよね……」
「あ、いえ……ただ、拍子抜けしてしまって……ごめんなさい……」
「あら、すごいかっこいいわねぇ……死んだ爺さんに似てすごい男前じゃないの!」
「いや、お婆ちゃんそれは違うと思うよ!?」
俺の姿を見ても驚かないどころか、興味を示しているお婆ちゃんに開いた口が塞がらないでいると美咲がツッコんでいた。
「あの、何で怖がらないんですか……?俺、結構勇気行ったんですけど……」
「確かに、怖くないと言えば嘘に聞こえるさ。でも、君はうちの家族を助けてくれたんだから怖がったりしないよ」
「きちんと教えてくれてありがとう」
正体を見たらきっと怖がる、もしかしたら追い出されるんじゃないかと騎士団長らしからぬ不安があった。
でも、それも杞憂に思えてしまい今はただ美咲と出会ったことに心から感謝をしていた。
(美咲が優しい性格なのは、この家族のおかげなんだな……)
「良かったね、グレイさん……!」
「あぁ……美咲もありがとうな……」
美咲は何が何だかわかっていないようだったが、俺は笑って誤魔化した。
「さて、話せるだけでいい……君の世界について教えてくれないか……?」
俺は、拙いながらに自分の世界について語りつくした。
まだ、状況がつかめていない真紀さんも少しづつ俺の話に興味を示してくれていた。
(あぁ、早く元の世界に戻りたい……この世界について、話したいな……)
そう、俺は心の中で思いながら今は美咲達を守り切ることを決意としてさらに胸に刻んだ……。
「……俺が、お前を易々逃がすわけないよなぁ……?……俺の執念はお前を求めているぞ……」
すぐ近くで、バハムの脅威が近づいていることも知らずに……。




