第九話 センチアール
敷設型デバイス「センチアール」は、我が国の産官学、業種の垣根を越えた技術者の尽力により完成した技術の結晶である。
1メートル弱四方のサイズ、モニュメントとしての堅牢な筐体の内部に、通信衛星を利用した超高速通信機器、地盤の微振動を利用した最新の自家発電システム、陸海空それぞれに独立した通信網傍受センサー… その他、搭載された機能を挙げればきりがない。
中でも特筆すべきは、情報を統合分析し、必要な通知を自動で発信するAIエンジンの搭載である。
AIシステムのチーフエンジニアは「こいつに盛り込まれた数々の技術を並べると『統合型センサー・ネットワーク技術分析応答エンジン』と言ったところですねぇ。英訳するとSensor Intelligence Networked Temporal Inference Analysis Response Engine なので、その頭文字を取って『SENTIARE』。『センチアール』と呼びましょう。」と笑った。
彼を含め技術者たちはこの洒落たネーミングを相当気に入った様子だ。プロジェクト全体に浸透したこともあり、その名を正式な名称として採用した。
海底や地中のケーブルから読み取れる微弱な電気信号、海中のソナーセンサー、各種人工衛星の通信など、センサーが収集した多様な断片情報を統合分析し、推論エンジンにより情勢を読む。
分析した情勢の確度と重要性に応じて、我が国が取るべきタスクを提案し、実施した場合予測される成果と、その成功確率を表示する。
望む結果を入力すれば、そのために実施すべきタスクと成功確率を返す。
あくまで望む結果を入力するのは人間、行動するのも人間だ。
計画の発案段階で私が要望した機能を実現し、結果的にその想定を大きく超える性能を持つこととなったセンチアール。その開発は、出だしから難航を極めた。
私が各所への取り次ぎを行うよう協力を求めた空自も、そこから紹介されたJAXAも企業も研究機関も、どこからも当初は一様に同じくその場で断りの返事を告げられた。
「不可能だ」という言葉を何度聞かされたことか。
しかし持ち前の粘り強さが功を奏した。
何度もしつこく食い下がり、各所から人員を募り、プロジェクト「センチアール」はゆっくりと動き始めた。
しかし一旦動き始めたプロジェクトは加速度的な進捗を見せ、それは目を見張るほどだった。
私は製造するデバイスに求める仕様を発案しただけだったが、相手は一流の技術者たちだ。
これが国家戦略上の重要な用途に関わるものであると理解することは、容易いことだったのかもしれない。
私の役職を見れば、サッカーワールドカップでのCPに関連するものだと容易に想像がつく。
我が国がこの大会を機に、世界の歴史に名を刻むような動きを計画している。それを理解し、誰も口には出さなくともその胸の内では燃えていたに違いない。
まるでお互いのプライドをぶつけ合うように、それでいて困難に挑むことを楽しんでいるかのように、プロジェクトチームは密かに躍動した。
戦後我が国が成し遂げた高度成長。
日本を焦土から技術大国へと至らしめた先人の努力とその思いを、彼らプロジェクトチームの技術者もまた、その背に背負っている。
こうして我が国の技術、その各分野の頂点が力を合わせて完成した「センチアール」の性能たるや凄まじい。
茨城県霞ヶ浦に設置した一台のセンチアール試作機が、テスト運転の段階で驚くべき結果を出した。
傍受分析結果からアジア予選最終戦の中国戦について、一定程度の敗北の可能性があることと、敗北の場合中国が高確率で沖ノ鳥島をCP指定することを予測したのだ。
この予測に計画の反対派はあからさまな冷笑を隠さなかったが、桐原総理は大胆な対応を決断した。
対抗措置としてセンチアールが提案した「沖ノ鳥島の岩礁認定を容認」を実行したのだ。
これには政府内部からも強い反対意見が出たが、結果的にセンチアールの予測が見事に的中した。
中国の思惑を先回りして、日中間の長年の懸案のひとつをCPの平和的実例へと昇華させたことは、想定し得る最良の決着である。
この結果を受けて、センチアールの性能を疑う意見は聞こえなくなった。
試作機に多少の改良を加えたセンチアール実用機を最大敷設可能数の10機、新たに製造するためには、想定を超えてかなりの追加予算を必要としたが、その秘匿輸送費、敷設作業人件費なども含め十分な金額が充当され、準備は着々と進められた。
外見上は地味でシンプルな記念碑だ。それを我が国は一昨日、複数箇所同時に敷設した。
このことが桐原総理の会見によりメディアに報道されると、世論は分かれた。
「日本らしい平和のアピールだ」
「少なくとも軍事基地を作るよりはましだ」
との意見もある一方では批判も多い。
「日本は平和のアピールが過ぎる」
「島国の日本は陸の国境が欲しいのか」
「平和維持が目的なのにデザインにその気が見られない」
メディアの否定的な論調の質問に対しても、桐原総理は温厚な表情を崩すことなく当たり障りのない応答を見せた。
我が国の真の目的が世間に知られるわけにはいかない。
センチアールは単独でも大きな成果を期待できるが、複数台で連携することでその能力を相互に補完強化させる特性を持つ。チームプレイが得意なのだ。
各地点で収集された情報を相互に照合することで、単独では得られない情報を炙り出す。
これにはセンチアールそれぞれの敷設地点が重要になる。
国内では、霞ヶ浦の試作機のほか、北海道道東の北方観測地点と種子島の情報管制センターにおいても、それぞれすでに実用機の敷設運用を開始し、その連携の精度が証明されている。
これまで決勝トーナメントで我が国が勝利した南アフリカの希望峰、ベルギーのヘンク、オランダのキュラソーは、いずれも計画遂行のために選定したセンチアール敷設候補地点であった。
もっともベルギーについては、朝倉が勝手に試合後の会見の場でケヘルアレナを指定したのだが。
朝倉はベルギー戦前に「勝ったらどこをCPにするんですか?ヘンクはどうですか?」などとしつこく私に聞いてきた。
オランダとの国境が近く、地下通信網の要所となっているヘンク、ケヘルアレナスタジアム跡地は、ベルギー国内におけるセンチアール設置予定地点としてブリュッセル、モルに次ぐ第三候補だった。
私ははじめのうちははぐらかしていたが、あまりのしつこさに折れて「ヘンクも悪くないな」と答えると朝倉は「よっしゃ」と決意を固めた。
あの試合の朝倉のプレイは鬼気迫るものがあった。
それが勝利の一因だと考えれば、勝利が必須条件であるこの計画の進捗に好影響であったともいえる。
センチアールの稼働成果を見ても十分だ。
この3地点でセンチアール実用機の運用を開始して間もないが、試作機も含めた国内の3機と連携し、合計6機ですでに相当量の情報傍受解析、分析が進行している。
私は我が国が求めるこの先の世界のあり方を入力し、取るべきタスクが返されるのを待つ。
私が、我が国が望む結果ーー 核廃絶とその後の新しい秩序の構築に向けて。
そんな中、準決勝日本対モロッコの試合が始まった。
試合前にタリク事務総長が対策を宣言した通り、我が国の新ディフェンスシステム、サイドフリーズに対して、モロッコチームの明確な対策が見られた。
モロッコのアタッカーが固定された最終ラインの先へ侵入をしてボールを受ける場面が何度か見られる。
これまで鉄壁と見られていた日本の守備を切り裂く、これまでとは違う戦況に観客は大いに沸いた。
ロビーのモロッコスタッフは自信を持った様子で戦況を見ている。
やはりその分析力は侮れない。
何らかの方法で我が国の最終ラインを炙り出し、敢えてマークマンと競争の場面を作る。
単純な競争になればあとは走力とボディの強度。球際の強いモロッコのアタッカー陣だ。何度かに一度はボールが通る。
確かに、ボールは通る。しかし、その場面はことごとく潰された。
キーパーの飛び出しによって。
私がこの作戦を発想した一番の目的は、「突破を許さない」ためではない。
オフサイドというルールそのものに感じた違和感、「防衛方策を明確化する」ためである。
陣地の最後方に残る守備の要塞、ゴールキーパーは、オフサイドラインが前後すると3次元での位置どりを強いられる。
これでは具体的な防衛方策を事前には立てられず、咄嗟の判断や勘に頼る部分が生じる。
結果的にゴールキーパー自身の位置も流動させるか、局面によってはスペースを放棄して相手チームに与えることとなる。
それに対し、最終ラインを固定して自軍領地を明確化し、平面的に状況を見られるようにすること。
それこそが最も優先される目的であった。
領地のラインを固定すれば、キーパーの位置からピッチを平面の盤面として見ることができる。
ボール保持者、敵アタッカー、そして味方マークマンの配置を分析することで、抜け出すアタッカーとその位置をワンテンポ早く特定できるのだ。
この判断方法やケースごとの位置どりについても、データを分析してゴールキーパーに徹底的に叩き込んである。
モロッコは持ち前の体の強さもあり何度か日本ゴールに迫る場面を作るが、ゴールキーパーの絶妙な飛び出しによりシュートに至る前に止められる。
サイドを突破された時のクロスに対する対応も想定済みである。
序盤は優勢に見えたモロッコであったが、次第にその勢いは弱まり、試合が後半に入ると、流れは日本に傾いていた。
ロビーで戦況を見守っていたモロッコスタッフ、その中から一名、タリク事務総長が日本スタッフチームの中の私に近づいてくる。
「ウドー、少し話をさせてくれ。」
「もちろんです、タリク事務総長。」
今朝は私をロビー隅に引き込んだタリク事務総長だったが、今は周りにいる人たちにもお構いなしだ。
「君はこれで満足なのか?」
「システムのことですか?それとも?」
「うむ、システム、あれは見事だ。あれについてはもはや聞いても仕方がない。私が聞きたいのは外交のことだ。」
「外交は私の業務範囲外です。」
「解せんな。」
訝しげな表情を浮かべる。
「世界初のCPにより中国に国の要所を譲ったかと思えばそこを岩礁に変えた。世間ではあれを危機管理と褒める者もいるが、私に言わせれば狂気の賭けだ。」
この洞察力。やはり侮れない人物である。
「試合もそうだ。結果に一切の遺恨を残すまいとする意図が見られる。大会日程を通して選手全員に細かいところまで配慮を指示しているな。ジャパンはまるで全員が外交官だ。」
なるほど、我が国が外交をしていると言ったのはこのことか。
朝倉をはじめ選手たちは皆このワールドカップが特別なものであることを感じ取り、進んで国を、世界を背負ってくれている。それがタリク事務総長にも見えたのだろう。
「気持ち悪いほど過剰に紳士的かと思えば、今度は批判を覚悟でCPに急いで敷設工事を開始した。あれは何だ?まさかただのレリーフではあるまい。何を狙っている?」
この男もまた、今回のワールドカップに彼らなりの使命を背負って臨んだはずだ。
寝る間も惜しみ勝利に執着した。しかしその並外れた分析能力を持ってしても、我が国のサイドフリーズを破るに至らなかった。
そして潔く私に我が国の意図を尋ねに来た。
彼らの目的が何かは問題ではない。この男の並々ならぬ熱意。これには応えねばなるまい。
私は一度視線を下に落としてから、再びタリク事務総長の顔を見据え直して答えた。
「先ほど満足か、とお聞きになりましたね。足りません。多ければ多い方が望ましい。」
私の回答に手で頬髭を撫でる。
「CPが、か?…なるほどな。我が国に勝利してひとつ増えたとしてもまだ足りぬというわけだな。」
私の反応を探るように見つめる。
「謙虚な国だ。単に欲でCPを欲しがるわけではあるまい。それでお前の、ジャパンの目的は一体何なのだ。」
「タリク事務総長、ここに集う国で平和を望まないものがありましょうか。」
それが答えではあるまい、その先を言え、表情がそう言っているようだ。
「世界の秩序は変革を求めています。私たち日本は平和国家の責任を背負い、世界を真の平和へ向けて変革させます。」
「変革?ジャパンが変革を求めるというのか?」
「変革するこの先の100年を平和にするために、これまで100年の秩序を変えるのです。それが目的です。」
少し思案するような表情を浮かべる彼に私は更に問いかけた。
「タリク事務総長、これまでの100年の秩序は何ですか?」
彼は一瞬にして表情を驚愕へと変えた。
「ウドー、貴様…本気か?」
私は黙ったまま彼の目を見据える。
「これまでの秩序が何か…と問われれば…私は『核』と…答える。」
「…その通りでございます。」
本気かとの問いに対する答えとも、彼の回答に対する答え合わせともなく、私はそう応じた。
タリク事務総長は少し口を開き、震える手で私を指差した。
聡明な男だ。私たち日本が核廃絶とその後の新しい秩序の構築を計画していることを、その重さを瞬時に理解したのだろう。
何かを言おうとしているが言葉が出ない。そんな表情だ。
その時、歓声が爆発した。
その耳をつんざく音にも、私は反応することなくタリク事務総長を見つめた。
揺るがない。モロッコが何を目論んでいたとしても、その目論見の可否がどうであっても、私は、日本は核の支配を終わらせ、世界に新しい秩序をもたらすのだ。その決意を、この視線に込める。
タリク事務総長はしばらくその場に立ち尽くしたが、何かを決意したように、くるりと背を向けモロッコスタッフの集団に戻った。
タリク事務総長がスタッフに何か耳打ちすると、数名が慌てた様子で何か言い合いをはじめた。
彼らはそれぞれ通信を行い、周りでその様子を見守るものもいる。
それは歓声に包まれる試合の最中、スタジアムとは別の世界で起きている出来事のように見えた。
ロビーの大会スタッフがその様子に気づき、何事かトラブルが起きたかと近づいたが、通信を終えた人物が一言二言話すと言い合いはすぐに収まった。
試合はアディショナルタイムに日本の劇的な得点が決まりそのまま終了した。
1対0で日本の勝利である。
決勝進出の快挙。
日本スタッフも歓喜に沸く。
ロビーも喧騒の中にあった。
その中、タリク事務総長が予告することもなく会見台に立った。
メディアは試合の劇的な決着に歓喜する会場とモロッコ重鎮の会見、どちらを撮影するか一瞬迷う。
一点を見つめる鋭い目線。タリク事務総長は周りに構うことなく会見を開始した。
「モロッコ王国は、我が国と日本の素晴らしい戦いに最大の敬意を表する。」
その言葉に人々は反応してどっと湧いた。
何社かのメディアが会見に気づきマイクを向ける。
フィールドの大画面にも彼の顔が映し出された。
私はこのタリク事務総長の行動に意表を突かれた。
もしも我が国の計画を阻止するつもりならば、モロッコにとっては今が最大のチャンスだ。
タリク事務総長のロビーでの振る舞いから、モロッコにも何らかの思惑があったことは明白だ。
試合は日本との準決勝で敗戦に終わったが、その思惑を果たすために、我が国の計画を阻止しようとしても不思議はない。
例えば私との会話をリークして、敷設したセンチアールについての調査を求めたら、それが「平和のモニュメント」と認められない可能性がある。
また、CP自体に異議を唱え、計画の進捗が滞ったら、他国は急いで対策を講じるだろう。
そうなれば、私が、我が国がその威信をかけて成そうとしている核廃絶への道が絶たれることになりかねない。
タリク事務総長は、我が国が核廃絶を目的とすることを聞き驚いていた。あの様子だ。全くの想定外だったのだろう。
サッカーワールドカップが、いきなり世界の変革の起点になるかもしれない。
我が国が決勝に進出することが決定し、その可能性が無視できないほどに高まった。
誇り高いモロッコ王国が我が国の計画を阻止したとしても、国際社会の支持は十分に見込める。
いま、計画実現の鍵は完全にタリク事務総長の手中にある。
しかし、私としてもここで計画を終わりにするわけにはいかない。
私は政府通信端末を取り出し、身構えた。
この会見でモロッコがどのような行動に出るのか、その場合こちらがどのように対応すべきなのか。
タリク事務総長のこれまでの言動が脳裏を巡る。
思えば彼にはもっと深い理解を求めるべきだった。
私は自分の決意を表すことを優先するあまり、計画の遂行について慎重さを欠いていた。
こういう時、桐原総理ならもっと上手く相手を納得させることができたのかもしれない。
後悔と焦り。そんな感情が一瞬で湧き上がる。
しかし今さら会見を止めることなどできない。
私は桐原総理を見た。
桐原総理は私の目線に気づき、小さくうなづいた。
そしてタリク事務総長は口を開いた。
「世界平和への誓いを祈念して、我が国が保持するCP権を全て日本に譲渡する。以上だ。」
言い終わるや、彼は会見台から降りた。
歓声にかき消されてよく聞こえなかったメディアがきょろきょろと左右を見る。
発言をマイクに拾った音声担当はヘッドホンから聞こえた内容に驚きの表情で顔を見合わせる。
「今CPを譲渡と言ったのか?」
日本のスタッフは私を含めて皆戸惑っていた。
会場を出ようとするタリク事務総長が私の前で立ち止まった。
しかし私の方を見ることもなく出口の方を向いたままだ。
「国王は核廃絶を望んでおられる。国王の望む物を手に入れて献上するのは私の役目だ。」
そう言うとギロリとした目で私の方を向き
「必ず手に入れよ。」
ひと睨みして、また出口の方を向くと真っ直ぐにロビーを出て行ってしまった。
混沌の中、日本の決勝進出が決定した。




