第二話 コペンハーゲン議定書
ベネルクス紛争は全世界に大きな衝撃を与えた。
ルクセンブルク関連金融ハブ機能が麻痺、世界各国からの残高照会にもルクセンブルクの返答はなかった。
このことが特に小国、中堅国にとって直接的な脅威となる。
南米コロンビアでは、サッカーワールドカップの開催権を放棄したことで露呈した財政の逼迫に重ねて、ルクセンブルク籍UCITS型投資ファンド経由の国際運用を行っていた運用資産が事実上消滅した。
チリ・ペルーなど数国も類似の状況により財政が破綻した。
南アフリカでは国際分散投資資金が凍結。
これによりアフリカ大陸全体の資金枯渇に直結し、ジンバブエ、モザンビークの財政が壊滅的な破綻を来たし困窮した市民による政権打倒の動きが内戦に移行する兆しを見せた。
中東では産油国の財政平均ファンドが凍結、複数国において国境付近での緊張が増す。
EIB欧州投資銀行の不全はバルカン半島の経済状況悪化を招き、周辺の緊張が増大する。
これら以外にも同時に多数勃発した全世界的な経済の崩壊は、多くの人々の暮らしを逼迫させ、困窮は各国内外に緊張をもたらした。
サッカーワールドカップ代替ベルギー大会はオランダ・ベルギー戦を最後に中断を余儀なくされ、その後わずか半年で世界は混乱を極めた。
この混乱を原因にして、同年年末には国連をはじめ多くの国際機関が機能不全に陥った。
中堅国、小国は自暴自棄とも呼べる動きを見せ始める。
これに対し大国はこの状況に国際会議を開くこともできず憂慮の表明を繰り返すのみで、直接の介入を避け一歩引いた立場をとっていた。
特に核保有国はまるで金縛りにでも遭ったかのように押し黙って静観していたが、事態は加速度的に悪化する。
世界が手をこまねいている中、現実主義者として知られるアメリカのリーズ大統領は「FIFA責任論」を展開する。
「紛争のきっかけを作ったFIFAが国際機関として紛争解決に尽力すべきである」との主張である。
とは言えFIFAは国際サッカー連盟。スポーツ組織であって政治的な決定権を持たない。
そのことを承知の上でリーズ大統領はFIFAに対し、中断した決勝トーナメントの続き、「サスペンデッド」を行い、その場でサッカーを通じた交流を名目とした国際会議を開催するよう公式に要請した。
FIFAはこれを受諾する代わりに、サスペンデッド開催までの間アメリカにルクセンブルク関連の経済的損害を肩代わりするよう要請、リーズ大統領は中国、ドイツ、日本に協力を取り付けこれを了承した。
FIFAは、混乱の最中にも中立を保っていたデンマークにサスペンデッドを開催するよう要請し手続きを整えた。
驚くべきことに、世界の緊張はこの動きにより幾分かの「緩み」を見せた。
サッカーというスポーツの特性なのだろうか、人々はサスペンデッド開催を歓迎し、期待を持って注目しているように感じられる。
これに最も頭を悩ませたのはリーズ大統領である。
当初はFIFAの国際機関としての機能を増大させ、それをコントロールして自国の意図を反映させることを目論んでいたが、こと世界のサッカー文化に対してはアメリカ一国で統制できるほどの度量はない。
世界がサッカーそのものへの期待を示すことで自ずとFIFAそのものが主権を保持することとなる。
こうしてベネルクス紛争勃発からちょうど一年後の2043年、デンマークにおいてサスペンデッド開催が決定した。
ベルギーは国情もありサスペンデッド出場を辞退。
機能する最も公平で最も平和的な国際組織としてFIFAが名乗りを上げ、ルクセンブルク関連の経済救済を全面に打ち出したこともあり、世界の混乱は表面的に一旦平穏を取り戻す。
世界はサスペンデッドに一縷の望みを託しているように見えた。
FIFAとデンマークはその期待に答え、やり残した決勝トーナメント全試合を円滑に実施した。
さらに決勝戦の同日にコペンハーゲン、パルケンスタジアムにおいて、各国首脳による臨時の国際交流会議を設置。
オンライン参加を含めると195カ国の首脳、即ち世界のほぼ全ての国が参加する歴史上最大の国際会議となった。
会議会場に設置されたモニターには、決勝の試合が終わったスタジアムの客席に、色とりどりのユニフォームを着た観客が集まり、それぞれの言葉で「平和、平和」のチャントを叫んでいる様子が、画面いっぱいに映し出されている。
その一方で会議会場は沈黙の重たい空気が流れていた。
一縷の希望であったサスペンデッドは終わった。だが世界の問題は何も解決などしていない。
仮にルクセンブルクの経済を付け焼き刃的に立て直したとして、人類史上最も理性的と見られていたあのベネルクス同盟があっという間に崩れたことは「国際間の約束には真に効力があるのか」という根本的な疑念を孕むようになった。
この場で平和を誓うだけなら簡単だ。ただしそれが守られるとはもう誰も信じない。
そう、世界は「保証」を求めているのだ。平和を維持するための。
各国の首脳はそれをよく理解していて、発言をとまどった。沈黙が続く。
張り詰めた空気に対し中国の劉世安国家主席は、まるでそれが退屈だと言わんばかりに試合会場を映すモニターを指差してこう切り出した。
「それで、この争いで勝者は何を得た?」
会議室が呆気に取られる。
「争いごとは何かを欲して始まるものだ。サッカーはどうだ。金か?何を欲する?」
アメリカ、イギリスなど席上のいくつかの国はこの空気を読まない発言に呆れた表情だ。
劉国家主席はお構いなしに続ける。
「欲しいのならくれてやればいい。ほんの少しなら。国家同士の争いごと、それで欲しいものは何だ?それは領土だ。」
席上の首脳は互いに顔を見合わせる。
回りくどい物言いをする劉国家主席の主張をまとめると、こうだ。
・次回のサッカーワールドカップを予定通り開催せよ。
・決勝トーナメントの対戦において、勝利国には相手国の領土を1平方メートル割譲して受け取る権利を与えよ。
・そうすれば両国の友好の「保証」となるであろう。
・領土を取られたとしてもたったの1平方メートルだ、国際間の平和が得られると思えば国勢に影響はあるまい。
・割譲した土地には勝った国が平和のモニュメントでも立てれば良い。
滑稽だ。滑稽に見える。しかし…
しかし、これなら少なくとも次の大会までの間、紛争を抑えることに対しては「保証」となり得るかもしれない。
現にサスペンデッド開催を決定してからというもの、この半年間世界は比較的平穏であった事実を思えば、サッカーにはもしかしたらこういった力があるのかもしれない。
もとよりこのまま、何も成果のないままでこの臨時国際会議を終えれば、再び世界を混乱に陥れることになるかもしれない。
発言を終えた劉国家主席は背もたれに身を預け会場を見渡す。
各国の首脳は互いの顔を見合わせて、ぽつりぽつりと意見を交わし始めた。
「確かに平和への保証が必要だ…」
「しかし領土とはあまりに突飛な…」
「侵攻ではなく友好の証として…」
だがその中に明確な否定を言う者は見られない。
ざわめきが概ね肯定的な意見に収束を見せ始めると、リーズ大統領が劉国家主席に向けて発言した。
「国の領土をサッカーの景品にするのか?」
苦々しい表情のリーズ大統領に向かい、劉国家主席が問い返す。
「領土が嫌ならアメリカは何をくれる?まさかミサイルとは言うまい?」
会場は静まり返る。誰かが唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
数秒の沈黙を置いて日本の桐原総理大臣が挙手した。
「国とは領土でもカネでも武力でもありません。国は人です。」
遮るように劉国家主席が発言する。
「ならばなおさらだ。1平方メートルでいいではないか。人の命と比べたら安いものだ。」
リーズ大統領はゆっくりと目を伏せ、口を開く。
「人の命に比べられるものなど…何もない。」
この後劉国家主席に反論する者はいなかった。
彼の突拍子もない提案にでもすがりたくなるほど、当時の国々のリーダーたちは追い詰められていたとも考えられる。
数時間後、リーズアメリカ大統領、桐原総理大臣をはじめとする大国の首脳が次々に支持を表明したことにより、この馬鹿げた提案に多少の修正を加えた条約案はほぼ全会一致で承認された。
コペンハーゲン議定書。
Copenhagen Protocol、通称「CP」。
狂気のルールがここに成立した。




