第7話 小休止
晴天の下、街道を外れて歩くエドガーに、背後からアリシアが尋ねる。
「ねぇ、どうして街道を歩かないのかしら。少し歩きづらいわ」
エドガーは振り返らずに答える。
「町を経由すると迂回することになる。このまま進めば、二日は短縮できるからな。野宿になるが、耐えてもらう」
「野宿……ねぇ、それって大変なことなの? 今朝だって森の中で寝たわよ?」
「何日も続けば不快になってくるし、疲れもたまる。あんたの体力じゃ、三日が限度だろうさ」
アリシアがむくれながらエドガーを睨み付けた。
「私、そこまでか弱くはなくてよ? ところで、お風呂はどうしたらいいのかしら。汗をかいてしまって気持ち悪いわ」
「ククク……ほれ見たことか。宿に着くまでは川で身体を拭け。手拭いくらいはあるだろう?」
ふぅ、と小さく息をついたアリシアが答える。
「旅って大変なのね。次の町まで何日かかるのかしら」
「このペースなら、三日だろうな――そろそろ昼だ。休憩するぞ」
手近な岩を見つけたエドガーが荷物を下ろし、岩の上に腰掛けて携行食糧を取り出した。干したパンと肉、そして水筒を口にするエドガーを見て、アリシアも真似をするように岩に腰掛ける。
「えーと、私の荷物にも……あった!」
携行食糧の革袋を取り出したアリシアが、パンを手でちぎって目を見開いた。
「固い! なんでこんなに固いの?!」
「日持ちするように水分を抜いてある。かじりついて水筒の水でふやかせ」
言われた通りにアリシアはパンに小さな口でかじりつき、水を口に含んで口を動かしていく。なんとかパンを飲み込んだアリシアが、自分が噛み切った跡をまじまじと観察していた。
「……いろんな工夫がしてあるのね。バターも入ってなければ塩気もない。でも、旅にはこれが必要なのね?」
「塩気は干し肉で取れ。適度に取らんとばてるぞ。それと飯より水を大事にしろ。水が尽きると人間は身体がもたん。飯は食わんでも数日は問題がないが、水は命に関わる」
アリシアが周囲を見回し、遠くから聞こえてくる水音に耳を立てた。
「――だから、さっきから川沿いを歩いてるのかしら」
エドガーがフッと笑みをこぼして干し肉を噛み千切った。
「ご名答だ。旅をするなら川から離れるな。離れるなら水を充分に補充してからにしとけ」
アリシアはパンを少しずつ小さくしながら、エドガーの顔を見つめていた。エドガーはそれに気が付くと、フッと顔をそらして水筒から水を飲む。
「……なんだ。何を見ている」
「いえ、どうしてそんなことを教えてくださるのかなって」
「あんたが一人でも旅をできるようにしているだけだ。頭が悪いわけじゃないようだからな」
「それはどうして? ヴィンタークローネまで案内してくれるのでしょう?」
「……俺の身体は呪いに蝕まれている。いつまで持ちこたえられるかわからん。俺が倒れたら、俺を放って先に行け」
アリシアはニコリと微笑んで首を横に振った。
「そんなことになったら、ちゃんと看病してあげるわ。これでも聖魔法を少し使えるの。ちょっとした呪いくらいなら、緩和できるはずよ」
エドガーがアリシアに振り向いて目を細めた。
「聖魔法を……? なぜ、公爵令嬢のあんたが」
「ラインハルト殿下たちが苦戦して帰国したときに、一緒について行きたかったの。聖女ほどの力はなくても、聖魔法があれば少しはお役に立てると思って。これでも魔力は強い方だから、弱い魔物くらいなら浄化できるわ」
エドガーがフンと鼻を鳴らしてパンを噛み切っていく。
「……この呪いを解呪しようなどと思うなよ。あんたの手に負える呪いじゃない」
「ええ、わかったわ。エドガーのいうことなら、そうします」
「……変なお嬢さんだ」
エドガーはアリシアに見守られるように食事を済ませると、一人で立ち上がって告げる。
「あんたはここに居ろ。少し野暮用を済ませてくる」
アリシアが小首をかしげてエドガーに尋ねる。
「野暮用って……どちらに?」
エドガーがニヤリと笑みを作って答える。
「お花摘みだよ、お嬢さん」
それを聞いたアリシアが、頬を赤く染めてうつむいた。エドガーはそれを確認すると、大剣を背に担いでアリシアから離れ、森の茂みへと消えていった。
「……そうよね、人間なのだから、当然あるわよね。――私、どうしようかしら?! エドガーに言える?! 無理な気がするわ!」
一人で悶えるアリシアは、秋風を受けながら昼の日差しを浴びていた。
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森の茂みの中で、隠れ潜んでいた男たちが目で合図を送り合う。
「頭、あれは高く売れますぜ」
「馬鹿野郎、見りゃわかる。連れの男が離れてるうちに、手早くさらうぞ」
立ち上がった男たちの背後から、エドガーが声をかける。
「悪いが先約がある。屑どもにくれてやれる女じゃないんだ」
突然の声に驚いて振り向いた男たちを、エドガーは大剣で薙ぎ払うように切り伏せた。うめき声を上げることもなく絶命した男たちを見下ろし、エドガーは手に持った大剣の刃に目を向ける。刃は血を浴びると赤く輝き、魔力の脈動が喜ぶように周囲に伝わっていた。
「……魔王の魔剣、か。食らえば魂ごと命を奪われる。クラウスたちにこれを見舞う日は、いつになるのやら」
エドガーは大剣を鞘に納めたあと、森の中からアリシアを眺めた。
「このペースだと、ヴィンタークローネまで二週間はかかるかもしれんな。私の命、持ってくれよ……」
エドガーはアリシアに背を向け、元来た道へと戻っていった。
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ゴルテンファルの王宮では、王の執務室でローゼンガルテン公爵が直談判を続けていた。
「陛下! どうかお考え直しください! 今派兵しても、我が国に益はありませんぞ!」
国王が椅子に座りながら、胡乱な眼差しを公爵に向ける。
「くどい。決定事項だ。軍を編成しなおせば時間がかかる。防衛軍をそのまま北に向かわせれば、編成の手間が省けるだろうが」
「なぜ北に攻め入るのですか!」
「ヴィンタークローネには港、海路がある。内地にある我が国にとって、港を得ることがどれほど大切か、わからん貴公ではあるまい」
「港などなくとも、我が国は豊かではありませんか! これ以上の何をお望みなのか!」
国王がため息をついてペンをペン立てに戻した。
「ローゼンガルテン公爵、そんなことよりマティアスとアリシアの縁談はどうなったのだ。進めておけと命じたはずだが」
公爵が口を引き結んで国王を見つめた。
「……領地に使いの者を出しております。返事はまだ届いておりません」
「なぜ返事を待つ? 貴公が命じれば済む話だろうに」
「アリシアの、娘の意向を無視はできません。結果的に断れぬとしても、娘の意思を確認したいと思っております」
国王が鼻で笑って答える。
「無駄だ。迅速に話を進めよ。それとも貴公、王家に逆らう意向がある――そう受け取っても構わぬか」
「いえ……決してそのようなことは……」
「ならば従えばよい。クラウスと聖女アネットの婚姻も間近だ。兄弟が同時に伴侶を得る。実にめでたいではないか。貴公も領地に戻り、縁談の準備を進めよ。近いうちにマティアスをそちらに向かわせる」
公爵が眉をひそめながら、渋々と頷いた。
「……かしこまりました、陛下」
王の執務室を辞去した公爵が、部屋を出てから小さく息をついた。
――アリシア、すまない。余り時間は稼げそうにない。なるだけ急いでくれ。
ローゼンガルテン公爵は窓の外に祈りを込めた眼差しを向けたあと、力なく廊下を歩き出した。




