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愛しの第一王子殿下・改訂版  作者: みつまめ つぼみ


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第3話 品格

 大講堂にクラウス第一王子一行が姿を現した。それぞれが三年間の激しい戦いの旅で、傷んだ衣服を身にまとっている。沈黙したままのクラウス王子が、ゴルテンファル国王の前に辿り着き、口を開く。


「父上、魔王を討伐して参りました」


 ゴルテンファル国王が厳かな顔で(うなず)いた。


「ご苦労、長旅の疲れをゆっくりと癒すがよい。――それで、ラインハルト王子はどうなったのだ」


 クラウス王子の顔が歪み、拳を握りしめた。その手に聖女アネットが優しく手を添える。


「……魔王との戦闘の最中(さなか)、ラインハルト殿下は魔王の手により、命を落としました」


 それまで静かに見守っていた大講堂の招待客たちに、再びざわめきが広がっていく。『ヴィンタークローネ王国でも並ぶ者がいない剣士』とうたわれたラインハルトの死は、大きな衝撃となって届いていた。その中に、アリシアの姿もあった。


 ワイングラスを取り落としたアリシアが、呆然とクラウス王子の顔を見つめる。三年経過して十七歳となったクラウス王子は、背も伸びて男らしさを増していた。そんなクラウス王子に寄り添うように立つ聖女アネットも、十五歳となった今では立派な女性に見える。背後に控える宮廷魔導士ルーカスだけが、三年前と変わらぬ姿で国王に頭を下げていた。


「そんな……ラインハルト殿下が……死んだ?」


 アリシアの(つぶや)きは貴族たちの喧騒でかき消されていく。貴族たちも、クラウス王子と聖女アネットの距離感に違和感を覚え、眉をひそめていった。


 国王が貴族たちを手で制し、静まり返った大講堂で告げる。


「そうか、それほど厳しい戦いだったのだな。ヴィンタークローネ王国へは報せを走らせねばなるまい。幸いあの国には第二王子がいる。王家を存続させることは可能だろう」


 クラウス王子が小さく(うなず)き、顔を引き締めて国王に告げる。


「それと、父上にご報告があります。私は聖女アネットと愛し合っております。よってローゼンガルテン公爵令嬢アリシアとの婚約を破棄し、アネットを妃としたく思っております」


 ――なにそれ、どういうこと?


 困惑するアリシアの前で、聖女アネットがクラウス王子の手に手を絡めた。国王は二人の顔を見て答える。


「よかろう、魔王討伐の褒賞として許可しよう。――ローゼンガルテン公爵、構わぬな?」


 様子を(うかが)っていたローゼンガルテン公爵は、厳しい顔で(うやうや)しく頭を下げた。


「……わかりました。婚約破棄を受諾いたしましょう」


 国王が腕を振り上げて声を張り上げる。


「今夜は魔王討伐の祝宴とする! 皆の者、英雄たちに乾杯!」


 それまで魔王軍に対する恐怖で委縮していた貴族たちは、グラスを手に取り次々と「乾杯!」と声を上げていく。楽団の演奏が再開された大講堂でアリシアは一人、呆然と立ち尽くしていた。





****


 帰路の馬車の中で、ローゼンガルテン公爵と共に乗り込んでいたアリシアは流れる涙をハンカチで(ぬぐ)っていた。


「いくらなんでも、あんまりじゃありませんか?!」


 ローゼンガルテン公爵は力が抜けた顔で、小さく息をついて答える。


「魔王討伐とクラウス殿下の婚姻、その二つを祝う場になってしまったな。三年間待ち続けたお前の立つ瀬がないというものだ」


「そういうことを言っているのではありません! ラインハルト殿下が命を落とされたという訃報の直後ですわよ?! それを祝賀ムードで空気を塗り替えるなど、人として恥を知るべきだと問うているのです!」


 アリシアの(いきどお)った言葉に、公爵は困ったように眉をひそめた。


「そう言ってやるな。彼らも不安で押しつぶされそうだったのだ。その不安が消えた今、ラインハルト殿下の命を(いた)むという考えに至れないのだろう――アリシア、そろそろ泣き止みなさい。おまえには悔しい思いをさせたが、私が必ず新たな縁談を組んで見せる」


 アリシアが公爵を睨み付けるように目を向けた。


「私一人くらい、ラインハルト殿下の死を嘆いても(ばち)は当たりませんわ! 喪が明けるまで、次の縁談など不要です!」


 泣き止まぬアリシアの肩に手を置いた公爵が、小さく息をつく。


「三年間待たされたおまえの婚約を破棄され、この国の貴族たちの品性まで疑う場になってしまった。良識派の貴族など、私以外にはもう残っていないのかもわからんな。――だが、このままではマティアス殿下との婚約を勧められることになりかねない。おまえはその話に(うなず)けるのか?」


「――絶対に! お断りいたします!」


 アリシアの渾身の叫びを受け、公爵も静かにうなずいて応えた。





****


 それからアリシアは社交場にも出ず、公爵邸の中で喪服に身を包んで過ごしていた。マティアス第二王子からの面会も拒絶し続け、一カ月が経過した。そんなある日、ローゼンガルテン公爵邸を訪れる人影があった。ズタボロのマントを羽織った、旅の剣士だ。フードを目深(まぶか)に被って顔を隠した男の背には、禍々しい空気を漂わせる巨大な大剣が背負われていた。


 公爵邸の門番たちが男を見咎め、槍を突き付ける。


「何者だ! 用件を言え!」


 フードの奥から男が答える。


「……アリシア公爵令嬢にお会いしたい。『ラインハルト王子の遺品を拾った』と伝えてはもらえないだろうか」


 門番が眉をひそめて答える。


「遺品? 何を拾ったというんだ? 見せてみろ」


「それはできない。これは魔王城跡地で拾ったもの。迂闊に触れば何があるかは分からん」


 男の言葉に、門番たちが一歩距離を取った。


「そ、そんなもの! お嬢様にお渡しできるわけがないだろうが!」


「だが、渡せなくても現地の状況を伝えることはできる。彼の遺言だ。それくらい伝えさせてはもらえないか。俺の名はエドガー、旅の剣士だ」


 門番たちが顔を見合わせ、声を潜めた。


「……どうする?」


「お嬢様はふさぎ込んでおられる。これをきっかけに吹っ切れるかもしれん」


「そうか……ではお嬢様に確認を取ってくる」


 (うなず)いた門番の一人が、槍を下ろして公爵邸の中へと駆け込んでいった。





****


 自室で窓の外を眺めていたアリシアの元に、イザベルが近づいてきて告げる。


「お嬢様、お客様がお見えです」


 アリシアは振り返らずに答える。


「マティアス殿下ならお帰り頂いて」


「いえ、その……『エドガー』と名乗る旅の剣士です。なんでも『ラインハルト殿下の遺品を持ってきた』と」


 ――ラインハルト殿下の?!


 電撃を受けたように振り返ったアリシアが、イザベルの肩を掴んで答える。


「すぐにお通しして! 私は応接間に行くわ!」


 (うなず)くイザベルを残し、アリシアは足早に部屋を後にした。





****


 応接間でソファに腰掛けるアリシアは、そわそわと体を動かして扉が開くのを待っていた。従僕がドアをノックしてドアを開けると、その背後から背の高い男性がフードを目深(まぶか)に被ったまま入ってくる。同時に兵士たちが部屋の中に入ってきて、男の周囲を固めた。


 アリシアはソファから立ち上がって男を見つめた。


「あなたが、『エドガー』? ラインハルト殿下の遺品を持ち帰ったというのは、本当?」


 男――エドガーがゆっくりと(うなず)き、周囲の兵士たちに顔を向けた。


「それは間違いないが、人払いを頼めないか。他人には聞かせたくない」


 兵士たちが声を上げようとしたのを、アリシアが手で制した。


「……構わないわ。みんな、外に出ていて頂戴」


 そばに控えるイザベルが声を上げる。


「お嬢様! 危険です! 相手は身元もわからない男なのですよ?!」


 アリシアはゆっくりと首を横に振って笑みを浮かべた。


「そんなことないわ。殿下の遺品をわざわざ持ってきてくれる人が、悪人の訳がないもの」


「お嬢様! それは過信というものです! 万が一のことがあったら、どうなさるおつもりですか!」


「その時はその時よ。私に人を見る目がなかっただけ。――お願い、イザベル。後生だから」


 アリシアの真剣な眼差しを受け、イザベルが眉をひそめて(うなず)いた。兵士たち、そして侍女たちを引き連れ、最後にイザベルが応接間のドアを閉める。


 二人きりになった応接間で、アリシアはソファに腰を下ろしてエドガーに告げる。


「あなたもお座りになって? 殿下の話、キチンと聞かせてもらうわ」


 エドガーが(うなず)き、アリシアの正面のソファに腰を下ろした。背中から外した大剣をソファに預け、懐から小さな革袋を取り出し、それをアリシアの前に置いた。


「俺が魔王城跡地で見つけた遺品だ。受け取ってやれ」


 アリシアの視線が、その小さな革袋に向けられて固まった。


 ――これが、殿下の遺品。


 アリシアの手がゆっくりと動き、革袋の口を開いていく。逆さにした革袋から、ころんとくすんだ銀の耳飾りが転がり出てきた。それを見たアリシアの顔が、驚きで固まった。


「まさか……死の間際まで持っていてくださったの?」


 アリシアの手が、自分の左耳に付けている銀の耳飾りに伸びていった。それを耳から外し、革袋から出てきた耳飾りを見比べる――間違いなく、一対の耳飾り、その片割れだ。


 エドガーがアリシアの様子を見ながら告げる。


「『この耳飾りを届けてくれ』というのが、残されていた遺言だった」


 アリシアは大粒の涙をこぼしながら、耳飾りを胸に抱いた。











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