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愛しの第一王子殿下・改訂版  作者: みつまめ つぼみ


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第2話 急を告げる報せ

 聖神教会の聖堂の中、亜麻色の髪に光を反射させながら、アリシアが一心に祈りをささげていた。目の前にあるシラユリのつぼみが、アリシアから放たれる光に照らされてゆっくりと花弁を開いていく。その様子を見守っていた初老の男性が、嬉しそうに頷いた。


「そこまで。見事です、アリシア様。これであなたも聖魔法の課程を修了されました」


 閉じていた目を開いたアリシアが、微笑んでシラユリを見つめる。


「これ、私が? 聖魔法ってすごいのですね」


 初老の男性――ベイヤー司祭がシラユリを手に取り、アリシアに手渡した。


「聖神様の奇跡のお力をお借りする魔法ですからな。ですが代償に使用者の生命力を使用します。花を芽吹かせる程度なら軽い疲労で済みますが、人の命を救おうとするなら、相応の覚悟が必要になります。努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」


 シラユリを受け取ったアリシアが、ポツリと(つぶや)く。


「覚悟、ですか。それは命を失うこともある、ということですか? 聖神様の奇跡なのに?」


「聖神様のお力は、人の身には強すぎるのです。寝込む程度で済めばよいのですが、命を落とすことも珍しくはありません。神の祝福を受けた聖女であれば、大抵の奇跡は起こせるのですがね。アリシア様は加護を受けておられぬ身、決して無茶をいたしませんように」


 アリシアが真剣な面持ちで頷いた。


「……はい、わかりました。ベイヤー司祭、あれから何か情報は入ってきていませんか?」


 ベイヤー司祭が小さく息をつき、首を横に振った。


「一年前にグリューンフェルト王国が陥落して以来、新しい情報は途絶えています。魔王軍の様子を見に行って生きて戻った者はいません。国境では厳重な防衛線が張られていますが、そこから先は……」


「そうですか……わかりました。三年間、ありがとうございました」


「アリシア様に聖神様の祝福があらんことを」


 ベイヤー司祭に見送られ、胸を張ったアリシアは聖堂を後にした。





****


 聖堂の外に待機していた馬車から、一人の侍女が下りてきてアリシアに近づいた。


「アリシア様、お疲れさまでした。先ほど使者が参って、これを――」


 侍女が差し出した手紙を、アリシアは怪訝な目で見つめた。


「……王家の封蝋、またマティアス殿下なの? イザベル、内容は?」


「はい、王宮で開かれるお茶会への招待状です」


 アリシアは封筒の中から便箋を取り出して目を走らせた後、疲れたように息をついた。


「第二王子の身分で、やることがお茶会だなんて。少しはお兄さんを見習ったらどうなのかしら。イザベル、お断りの手紙を出しておいてもらえる?」


 黒髪の侍女――イザベルが戸惑いながら答える。


「よろしいのですか? もう三度目ですよ? このままでは王家との関係が――」


「私はクラウス殿下の婚約者。いくら同い年でも、マティアス殿下のお茶会には応じられないわ。今は何が起こってもいいように備えておくべきよ」


 深々と頭を下げるイザベルの脇を通り、従僕の手を借りてアリシアは馬車に乗り込んだ。続いてイザベルが乗り込むと、従僕が馬車のドアを閉めて発車の支度を始める。


 窓の外をぼんやりと眺めるアリシアの口が、小さく動く。


「私の愛しい第一王子殿下、どうか生きて帰ってきてください」


 その小さな祈りを乗せて、馬車はローゼンガルテン公爵家へ向かって走り出した。





****


 ハルフター山脈の奥深く、森の中では四人の人間が人型の魔物たちと対峙し、剣を合わせていた。


「おいラインハルト! こっちを助けろ!」


 腰が引けているクラウスに代わり、魔物を切り倒したばかりのラインハルトが割り込むように剣を振り下ろす。人型の魔物、その急所を切り裂いた途端、その傷口から黒煙のような霧が飛び出し、ラインハルトを襲った。クラウスが飛び退くように逃げる中、ラインハルトが目を見開いて叫び声を上げる。


「はーっ! ――くそ、忌々しい! 死後の呪いなど、私に効くものか!」


 裂帛(れっぱく)の気合で霧をかき消したラインハルトは、残った二体の魔物に向かって剣を構えた。息を整えながら、背後で控えるクラウスたちに告げる。


「クラウス! ルーカス! アネット! おまえたちも少しは戦え!」


 アネットが渋面を作って答える。


「え、嫌よ! あんな呪い、私たちが受けたら命を落とすわ! クラウス様だって、この間寝込んだばかりじゃない!」


「そうだそうだ、あんなもんを二度も三度も食らってたまるか!」


 ルーカスが目を細めながら呪文を詠唱し、火球を作り出して魔物にぶつける――が、魔物は意にも介さず火球を叩き落した。


「……見ての通り、私の魔法では歯が立ちません」


 ラインハルトが周囲に聞こえるほどの舌打ちをして剣を構え直す。


「ならば構わん! 足だけは引っ張るな!」


 即座に走り出したラインハルトと、二体の魔物たちの剣が火花を散らした。





****


 夜の森の中、疲れ切ったラインハルトは焚火のそばで毛布にくるまり、泥のように眠っていた。その寝顔を観察するように横目で見たクラウスが、小さな声で告げる。


「……ルーカス、今襲ってはダメなのか」


「まだまだ、魔王を倒すまでは我慢なさってください。陛下の命は『魔王討伐後にラインハルト殿下を亡き者にすること』。魔王が健在では、我が国が危ぶまれますからな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるアネットが、クラウスの肩にしなだれながら告げる。


「ほーんと、便利な道具よね。よく働くし、負けないし。でもさすがに魔王は無理なんじゃない?」


 クラウスがアネットの肩を抱き返しながら答える。


「それならほどほどに加勢をしてやるさ。だがヴィンタークローネ王国を陥落させるのに、この男は邪魔だ。こいつさえいなければ、残るのは幼い第二王子のみ。あとは魔王討伐で士気を上げた我が国の兵士たちと、第一王子を失い士気を落としたヴィンタークローネの兵士たちで総力戦になる。こいつは王国軍でも一軍を預かる身、放置はできん」


 チラリとアネットがラインハルトを見たあと、唇をクラウスに重ねた。


「――悪い人ね、クラウス様」


「俺が悪いんじゃない。父上が悪いのさ。俺は仕方なく命に従ってるだけだ。それよりアネット、お前の母国が滅んだという噂、本当だったらどうする?」


「グリューンフェルトのこと? 滅んでいたらそれまでよ。ゴルテンファル王国で英雄としてあがめられる人生も、悪くないんじゃない? その時は――王子様のお嫁さん、なんていいかもね?」


 再び唇を重ねたクラウスとアネットが、楽しげに立ち上がり森の奥へと歩み出した。ルーカスが焚火に薪をくべながら告げる。


「お愉しみは結構ですが、敵地の中だということをお忘れなきように」


「ああ、わかってるさ」


 そう言い残したクラウスとアネットの姿が、森の茂みの中に消えた。漏れ聞こえてくる嬌声を聞きながら、ルーカスが小さく息をつく。


「やれやれ、色ボケ小僧が。まぁ、今回の任務が無事完了すれば、私の栄達も叶う。せいぜい踊ってもらうとしよう」


 パキンと弾けた焚火から、穢れを(ぬぐ)い去るように火花が散っていった。





****


 数か月が過ぎ、ゴルテンファル王国も秋を迎えた。社交シーズンになった王都は、毎夜のように夜会が開かれていく。そんな日々の中、公爵令嬢であるアリシアも夜会の支度をするため、憂鬱な顔でドレッサーの前にいた。


「国王陛下直々の招待状だなんて……今回ばかりは断れないじゃない。マティアス殿下ったら、そこまでして私を連れ出したいのかしら」


 髪を結うイザベルが、苦笑を浮かべながら答える。


「クラウス殿下の消息が知れません。マティアス殿下を保険に、とお考えなのでしょう。王家には他に男子もおりませんし……」


「それはわかってるわ。でも、訃報があったわけでもないのに気が早すぎない? せめて様子見に行く人たちはいないのかしら。情報がなさ過ぎて飢えてしまいそうよ」


「夜会で相手をすれば、マティアス殿下も満足されるかと。今日一夜の我慢ですよ――さぁ、できました」


 イザベルの手がアリシアから離れ、アリシアも鏡の前で髪の様子を確認していく。


「んー、さすがイザベルね。ふぅ、マティアス殿下のために身支度をするなんて、なんて屈辱かしら」


「アリシア様、それは外では――」


「言わないわよ。私だって馬鹿じゃないわ」


 開け放たれたドアを従僕が手で叩いた。


「失礼します。マティアス殿下の先触れが参りました」


 アリシアが従僕に振り向いて笑顔を向けた。


「ええ、わかったわ。ありがとう」


 従僕が去ると、アリシアが憂鬱そうに立ち上がり、イザベルに告げる。


「疫病神が来るらしいから、応接間に行くわね」


 無言のイザベルの前を通り過ぎ、アリシアは部屋の外へと出た。





****


 迎えに来たマティアス第二王子の馬車の中で、アリシアは距離を取るように窓際に張り付いていた。神経質そうな顔つきのマティアスは、その様子を下卑(げび)た笑みで見つめている。


「いつまでも強情を張らず、私と婚約を結びませんか。兄上はもう帰ってはこない。王家に残った私とあなたで、この国を支えるのです」


 アリシアは窓の外を見つめながら答える。


「まだそうと決まったわけじゃありませんわ。殿下の生死が明らかになるまで、私は婚約者をやめるつもりはありません」


「またまた、白々しい。あなたも兄上が生きてはいないと分かっているでしょう? 魔王軍に対抗するためにも、王家の血筋を絶やしてはなりませんよ」


「それなら、どなたか別のご令嬢と婚約されてはいかがかしら。私は先約済みでしてよ?」


「私と年の近い令嬢など、あなた以外には――」


 アリシアは晒した肩に伸びて来たマティアスの手を、手袋で包んだ自分の手で払いのけた。


「……殿下? 兄の婚約者に気軽に触れるのは、品がなくてよ?」


「……チッ、お高く留まりやがって」


 ――そういうところですわ。私が生理的に受け付けないのは。


 密かなため息をつくアリシアたちを乗せ、馬車は王宮の夜会会場へと向かっていった。





****


 華やかな夜会が開かれる大講堂で、貴族たちは不安を振り払うかのように酒を飲み、踊りに明け暮れていた。魔王軍が隣国を攻め落としてから一年、相手に動きがないとはいえ、彼らも生きた心地がしないのだ。隣国からの難民対応、新たな戦争に備える増税、どの領主も、頭痛の種ばかりを抱えていた。


 アリシアは壁にもたれ、誰とも踊らずにワイングラスに口をつけていた。マティアスの誘いも断り、ただ静かに時間が過ぎるのを待っている。彼女の性格を知る周囲の貴族たちも、アリシアを遠巻きにするようにして夜会を過ごしていた。


 ――早く、早くお帰りになってください。


 アリシアはワイングラスに祈りのような眼差しを落としていた。


 そんな空気の中、突然大講堂の扉が開け放たれ、一人の兵士が駆け込んできた。ざわめきが広がる大講堂に、兵士の絶叫が轟く。


「だ、第一王子クラウス殿下、ご帰還!」


 その一言で、会場の貴族たちのどよめきがさらに大きく広がっていく。


 目を見開いたアリシアも、兵士を凝視して言葉を噛みしめていた。


 ――帰ってきてくださった!


 だが兵士からは、続けてもう一報が告げられる。


「ど、同時に! ラインハルト殿下、討ち死に! 生還はクラウス殿下! ルーカス様! 聖女アネット! 三名のみです!」


 アリシアの見開いた目が、凍り付いたように兵士を射抜いていた。

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