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愛しの第一王子殿下・改訂版  作者: みつまめ つぼみ


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第15話 彼女の意思

 アリシアは応接間でソファに座り、侍女から紅茶を給仕されていた。カップに口をつけたアリシアが思わず目を見張る。鼻に抜ける緑風草グリューナー・ヴィントの香りと共に、紅茶の風味が口に広がっていく。


 ――いい茶葉ね。ただの伯爵が飲むようなお茶じゃない。そして王家剣術指南を抱える城塞都市。


 背後に振り向いたアリシアが近くの侍女に尋ねる。


「ここから王都は近いのかしら」


「はい、馬車で一日ほどでございます」


「そう、ありがとう」


 ニコリと微笑んだアリシアが、再びカップに口をつける。


 ――となれば、ここは王都の最終防衛ラインね。重要拠点を任される伯爵、上位貴族の上澄み、といったところかしら。


 黙って紅茶を飲むアリシアの元に、エドガーがワイエンマイアー伯爵と共に戻ってきた。


「待たせたな、話がついた。こいつはワイエンマイアー伯爵、あんたの身元を引き受けてくれることになった。公爵令嬢のような贅沢(ぜいたく)はできないが、平民のような暮らしをすることもない。こいつは顔が広いからな。下位貴族との縁談でも組んでもらうといい」


 ワイエンマイアー伯爵が優しく微笑みながらアリシアに告げる。


「ヘルムート・ワイエンマイアーと申します。ローゼンガルテン公爵家のご令嬢と伺っておりますよ。平民になったということですが、我が伯爵家で身柄を預かり養子といたしましょう。なるべく手を尽くし、あなたに相応(ふさわ)しい男性を紹介すると約束いたします」


 アリシアはソファから立ち上がって会釈をした。


「私はアリシアですわ。公爵家を捨てた私に、家名はありません。養子だなんて、身に余る光栄ですわ。そんなことをなさって、ワイエンマイアー伯爵のご迷惑にならないのかしら」


 ワイエンマイアー伯爵がニコリと微笑んだ。


「大丈夫、あなたは所作も教養も、充分に備えていらっしゃるはずです。我が家の養子となるのに問題はありませんとも」


 アリシアがエドガーを見て尋ねる。


「それでエドガーは、私を伯爵に預けてどうなさるおつもり?」


 エドガーはフードを目深(まぶか)にかぶったまま答える。


「……俺にはやり残したことがある。あんたを伯爵に預けて、これで安心してやり残したことに専念できる」


「ゴルテンファル王国に、戻られるつもりですのね?」


 エドガーは黙って口を引き結んだ。アリシアはそれを見て、ワイエンマイアー伯爵に微笑んで告げる。


「人払いをしてくださらない?」


 伯爵は黙って(うなず)き、従者たちを部屋の外へと追い出した。





****


 アリシアとエドガー、ワイエンマイアー伯爵だけになった部屋の中で、ソファに腰掛けたアリシアがエドガーを見つめた。


「そろそろ、すべてを打ち明けてくださってもよい頃合いだと思うのだけれど。まだ黙ってらっしゃるの? ――ねぇ? ラインハルト殿下」


 エドガーは雷に打たれたように顔をこわばらせた。


「……何の話だ? 王子は死んでいたと伝えただろう。俺は確かに死体を見た」


 アリシアはニコリと微笑んで答える。


「私を舐めてらっしゃるの? 三年間も殿下をお待ちしていた、私を。呪いを受けて醜く変わり果てていようと、そのお顔を見間違うはずがありませんわ。そのお声も、何度も夢の中で繰り返し聞いたもの。私が殿下を分からないと、本当に思ってらしたの?」


 エドガーは困惑したように硬直したまま、絞り出すようにアリシアに尋ねる。


「……いつから、ですか」


「殿下が耳飾りを届けてくださった、あの日からですわよ?」


 エドガーがフッと笑みをこぼし、観念したようにフードを下ろした。フードからこぼれたプラチナブロンドと共に、その顔全体を覆う紫色の痣が明るみに出る。醜く変わり果てた顔を見て、アリシアが涙ぐんで口を押えた。


「ああ、私の愛しいラインハルト第一王子殿下。お会いしとうございました」


 エドガー――ラインハルト王子は不機嫌そうに顔をしかめた。


「やめてくれ。今の私の顔は呪いで醜く成り果てている。本来、アリシア嬢に見せるようなものじゃない」


 アリシアがゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、どのようにお変わりになられようと、ラインハルト殿下はラインハルト殿下ですわ。そのお顔を見せていただいたということは、すべてをお話しいただけると思っても構いませんか」


 ラインハルト王子が小さく息をついて答える。


「……あの日、魔王城で決戦がありました。私は死闘の末に魔王を討ち果たしましたが、その死後の呪いに捕らわれました。聖女アネットに解呪を頼みましたが、彼女たちは私を嘲笑(あざわら)いながら去っていきました。この国を攻め落とす算段を口にしながら――それを聞いた私は、このままでは死ねないと強く思ったのです」


「クラウス王子たちは、魔王の呪いを受けなかったのですか?」


「彼らは遠くで観戦していただけです。呪いを受けるはずがありません」


 アリシアが呆れたように口を開けた。


「……それで英雄として凱旋して、あの人たちに恥という概念はないのかしら」


 ラインハルト王子が凶悪な笑みでテーブルを見つめながら答える。


「奴らにそんなものがあるはずがない。彼らにあるのは、己の欲望のみです」


 アリシアはラインハルト王子の顔をまじまじと見つめながら尋ねる。


「なぜ、聖女アネットは解呪を拒んだのでしょう。それは彼女の務めだったはずですわ」


「聖女ですら命懸けでなければ解けない強力な呪いです。私には『王位を寄越すなら考えてもいい』とさえ言ってきました。あの女にあるのは、自分の身のことだけですよ」


「酷い話ですわね……でも、殿下はこうして生きて戻られました。彼らの謀略も、これまでですわ」


 ラインハルト王子が凶悪な笑みのまま(うなず)いた。


「そう、これまでだ。あいつらの思い通りになどさせるものか。父上には仔細を伝えてある。対策は終わっている。あとは俺がクラウスをこの手で討ち取れば、それですべてが終わる。魔王の魔剣で苦しみながら死ぬがいい」


 アリシアがため息をついて告げる。


「殿下? 少し冷静になられて? クラウス王子の命なんて、簡単には狙えませんわよ? 護衛をどうやって突破するというのですか」


「ゴルテンファルの兵士たちなど、俺の前では紙くず同然だ。障壁になどなりはしない」


「殿下……あなたは本来、もっと健やかで明るい精神を持った人。呪いに(むしば)まれて、心が少し病んでおいでではおられませんか? 三年前のご自分を思い出してください」


 ラインハルト王子は(ばつ)が悪そうにアリシアから顔を背けた。


「……そうかもしれません。彼らに裏切られた傷に呪いがしみ込み、もう以前の自分を思い出せないくらいです。今も胸の内にあるのは、彼らへの憎しみのみ。この恨みを晴らせるのなら、我が身など惜しくはありません」


「ラインハルト殿下、そんな殿下がなぜ、私に耳飾りを届けてくださったの? ここまで私を送ってくださったのは、なぜなのかしら? 本当にそのお心にあるのは、彼らへの憎しみだけなのですか?」


 ラインハルト王子は戸惑うように、アリシアの耳に輝くイヤリングを見つめ、眉をひそめて答える。


「それは……その耳飾りだけが、私の心の支えでした。クラウスの婚約者だったアリシア嬢からお借りした耳飾り――それを持っているだけで私は、疲れを忘れることができました。私を三年間支え続けてくれた大切な耳飾りは、せめて持ち主であるあなたに返すべきだと思ったのです」


 アリシアが満足げにニコリと微笑んだ。


「もう今は、クラウス王子との婚約は破棄されてしまいましたわ。ですからもう、あなたの想いを遮るものは、なにもありませんわよ? それでもなお、あなたは復讐で人生を終えてしまわれるおつもりですか?」


 ラインハルト王子が苦悩するように眉をひそめた。


「しかし、彼らへの恨みを忘れることもまた、今の私には難しいように思えます。これもまた、魔王の呪いなのかもしれません。ですがあなたという気がかりをワイエンマイアー伯爵に預けることができた以上、もう心残りは――」


 アリシアが優しく人差し指でラインハルト王子の口を塞いだ。


「殿下、私の聖魔法でその呪いの解呪に挑ませていただけませんか」


 ラインハルト王子が慌てて立ち上がり、声を上げる。


「それはダメだ! 正当な聖女アネットですらこの呪いを解呪できるか分からない! あなたでは命を落とすことになるだけです!」


 アリシアも立ち上がり、ラインハルト王子を見上げながら微笑んだ。


「聖女が命を賭けた祈り、それだけがその呪いを浄化できるのでしょう? どのみちラインハルト殿下が亡くなられてしまえば、私にも生きる意味など見いだせません。侵攻してくるゴルテンファル王国に対抗するためにも、この国には殿下のお力が必要なのです。どうか私を、解呪に挑ませてくださいませ」


 力強いアリシアの言葉に、ラインハルト王子は呆気に取れたまま、その瞳を見つめていた。









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