第14話 伯爵が住む町
朝日を浴びたアリシアたちを乗せた馬が、大きな城塞都市に向かって街道を駆けていく。町の入り口が見えるとエドガーは馬の脚を緩め、ゆっくりと近づいていった。馬の上でアリシアがエドガーに尋ねる。
「ここがワイエンマイアー伯爵の町なの?」
「そうだ。この中に伯爵邸がある。あんたを伯爵に預ければ、俺の心残りも一つ消える」
アリシアは思いつめた顔でエドガーの胸に額を押し付けていた。
「……エドガー、思い直すことは――」
「できんな。これは俺が生きる理由そのものだ」
アリシアの視線が、フードから覗くエドガーの頬に向けられる。
「その呪い、少しずつ広がっている気がするわ。このままではあなた、長くは持たないわよ? それよりも私に解呪をさせてもらえないかしら」
「あんたじゃ無理だ。聖女でも命懸け、ただ聖魔法が使えるだけのあんたじゃ無駄死にするだけだ」
「……それでも、あなたが少しでも命を長らえるなら、私はそれで構わないの」
エドガーはまっすぐ前を見ながら答える。
「下らん考えを起こすな。あんたが魔法を使おうとすれば、俺が止める――あんた、なんだって俺なんかのためにそこまでする」
「……なんでかしら。エドガーにはここまでたくさん助けていただいたわ。そのご恩を返させて欲しい――それでは、いけない?」
「ダメだな。その程度の理由で賭けていい命を、あんたは持っていない」
アリシアは頑なな態度のエドガーを前に、視線を落として黙り込んだ。
****
城塞都市の入り口にアリシアたちが差し掛かると、衛兵たちがエドガーの姿を見た途端に槍を構え、周囲を取り囲んだ。隙のない布陣、訓練された動きに、エドガーが小さく舌打ちする。
「チッ、なんで俺たちが取り囲まれねばならん」
「お待ちしていましたよ」
城門の中から壮年の男性が姿を見せた。笑顔を浮かべる歴戦の戦士然たる姿に、エドガーの表情が変わる。
「……トラントフ。なんで、あんたが出てくる」
「事情はある程度伺っております。そちらのお嬢さんにお怪我を負わせたくなければ、大人しくついて来ていただきたい――構いませんね?」
アリシアが壮年の男性とエドガーの顔を交互に見つめた。
「今、『トラントフ』って聞こえたわ! エドガーのお知り合いなのかしら?」
壮年の男性がアリシアに丁寧なお辞儀をして答える。
「私はワイエンマイアー伯爵の部下、エドガー・トラントフと申します。一介の騎士爵ではありますが、王家の剣術指南を務めておりました」
アリシアは目を見開いたまま会釈を返した。馬上のエドガーは罰が悪そうに吐き捨てる。
「そんな余計なことは言わんでいい――ついて行けばいいのか」
「物分かりがよろしいようで結構です――ではこちらへ」
壮年の男性――トラントフが踵を返し、城門の奥にある馬車に向かって歩き出していく。エドガーは馬から降りるとアリシアを丁寧に馬から降ろし、衛兵たちに馬を預けた。城門を潜るエドガーの隣をアリシアが歩いていく。
「……そう、名前を借りていらしたのね」
「なんのことだ? 俺は『エドガー・トラントフ』、今はそれでいい」
エドガーは黙って馬車に乗り込むと、アリシアに手を差し伸べて馬車に招き入れた。やがて馬車のドアが閉まり、馬が走り出していく。石床の上を走る車輪の音を響かせながら、無言の馬車は伯爵邸へと向かっていった。
****
馬車が伯爵邸に着くと、壮年のトラントフが告げる。
「私の案内はここまでです。ここから先のお話は、ワイエンマイアー伯爵となさってください」
エドガーは小さく頷くと、開け放たれたドアから先に外に出て、アリシアに手を差し伸べる。アリシアは迷うことなくエドガーの手を取り、馬車から降り立った。アリシアたちを待っていたように伯爵邸の前には、一人の身なりがいい老人が立っていた。
「よくぞ参られました。お話は中で伺いましょう」
頷くエドガーが老人と並び、伯爵邸の中へ歩いていく。アリシアは少し距離を置いてあとをついていった。アリシアが玄関を潜ると、ワイエンマイアー伯爵が告げる。
「お嬢さんは応接間でお待ちください。私は彼と話があります」
優しい笑顔を向ける老人に、アリシアは微笑みながら頷いた。先導する侍女に付き従うように廊下を歩くアリシアを見届けたあと、エドガーが小声で告げる。
「……ワイエンマイアー伯爵、これはどういうことか」
「陛下から急使が来ましてね。今回のあらましは、ある程度は。陛下からは『殿下を思いとどまらせろ』と命を受けております」
エドガーは深いため息をついて答える。
「……私の思いは変わらん。願いを曲げる気はない」
「まぁまぁ、立ち話も問題があります。まずは私の部屋へ」
頷いたエドガーを連れ、ワイエンマイアー伯爵が廊下を歩き出した。二人はアリシアとは別方向の廊下に向かい、姿を消した。
****
人払いが済まされた執務室で、ソファに座るワイエンマイアー伯爵が告げる。
「ラインハルト殿下、まずはご生還、おめでとうございます」
フードをかぶったままのエドガーが大きく鼻を鳴らした。
「何がめでたいものか。魔王の呪いでいつ果てるともわからぬ身だ。私が生きていることを下手に漏らせば、人心を惑わしかねない。事実の開陳は慎重に運べ――それより、私が連れている令嬢だが。名をアリシアという。ゴルテンファル王国ローゼンガルテン公爵のご令嬢だ。私が今こうしてこの場に居られるのも、すべて彼女のおかげ。私のせいで亡命などを決意までさせてしまった。これ以上、彼女に迷惑をかけたくない」
ワイエンマイアー伯爵が楽しげに笑みをこぼした。
「皆まで言わずとも、心得ておりますとも。亡命ということであれば、我が伯爵家で養子に引き取りましょう。見たところ妙齢のご様子。我が伯爵家なら、王家に嫁ぐことも可能です。殿下がお望みなら、そのように事を運びますよ?」
「馬鹿なことを言うんじゃない。私はこれからクラウス王子を討ち果たしに行かねばならん――この命が尽きる前に、な。間に合うかは神が知るだろう。だが一太刀でもクラウスに浴びせねば、気が収まらん。幸い、奴は前線にいるはずだ。戦いの混乱に乗じれば、隙はある」
ワイエンマイアー伯爵の眉がひそめられた。
「殿下……少しは頭をお冷やしください。敵軍の中に切り込むなど、死にに行くも同然ですぞ」
「すでに死んだ身だ。アリシア嬢をおまえに預けられた今、もう思い残すのはクラウスへの復讐のみ。それが果たされぬことも理解している。だが止まれんのだ。おまえにはアリシア嬢に良縁を手配してやって欲しい。私からの、最後の手向けとして」
「……彼女は殿下が生きていることをご存じで?」
エドガーは小さく首を振った。
「伝えていない。彼女は私が死んだと思っている。ここで『生きていた』と伝えても、私の命は長くは持たない。死の悲しみを二度も味わわせるなど、人のやることではない」
しばらく部屋の中を沈黙が支配した。ワイエンマイアー伯爵は大きく息を吐きだし、ゆっくりと頷いた。
「……わかりました。殿下の最後の願いとして、私が責任をもって彼女に良縁を手配いたしましょう」
「頼む。私にとって、とても大切な人なんだ。彼女の幸福だけが、私の心の支えだった」
ワイエンマイアー伯爵の目が細められ、ゆっくりと立ち上がった。
「では参りましょう。あまり長く淑女を待たせてもいけません」
頷いたエドガーが立ち上がり、ワイエンマイアー伯爵と共に部屋を後にした。




