第13話 祝宴
夜の宿、その食堂は賑やかな喧騒に包まれていた。
「魔王討伐、万歳! ラインハルト殿下、万歳!」
客たちが銘々に酒を飲み交わし、楽しげに唄声を上げながら笑顔で杯を空けていく。その様子を不思議そうな顔で見回していたアリシアが、近くの客に尋ねる。
「ラインハルト殿下が、帰ってこられたの?」
赤ら顔の客は陽気な声で答える。
「なんだあんた、知らんのか。ゴルテンファルじゃ、王子が帰還したらしい。王都じゃお祭り騒ぎだったと商人たちが言っていた。それならラインハルト殿下のご帰還も間もなくだ! 我らの殿下に乾杯!」
杯を突きつけられたアリシアが、苦笑を浮かべながら手で押し返した。
「私はお酒は結構よ。それより、ラインハルト殿下の人気はすごいわね」
「当たり前だろう? あの若さで国内随一の剣の冴え! 王国軍精鋭部隊の部隊長まで務めてらっしゃる! 三年前は不足していた実戦経験も、魔王討伐でみっちり積んでこられたはずだ! もう我が国に怖いものなどないのさ!」
饒舌な客が視線をエドガーに向けて杯を突き出した。
「よう、根暗なあんちゃん! あんたも酒を飲め! 祝宴だ!」
エドガーは黙ってうつむいて答える。
「……俺はいらん。あんたらの楽しみを邪魔したくない」
「そうかー? 変わったあんちゃんだなー。まぁいい! めでたい夜に細かいことは言いっこなしだ!」
そう言って赤ら顔の客は自分の席に戻り、仲間内で騒ぎ出した。店内は同じような客たちで溢れている。誰も彼もが楽しそうで、その様子をアリシアも楽しげに見守っていた。
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食事を終えたアリシアたちは部屋に戻ると、ベッドに腰掛けて息をついた。
「すごい騒ぎだったわね。それにラインハルト殿下、部隊まで任されていたの? 私、初めて知ったわ。若いのにすごいわね」
「……名前だけさ。三年前なら十五歳。第一王子が先陣を切れば、それだけ士気が上がる。戦場経験が乏しい若輩者ができることなど、その程度だ」
「あら! それが大事なんじゃない! 兵士たちが戦う気になる、勝てる気になるというのは大切なことだとお父様が仰っていたわ。時にはそれで勝敗が決まるとも」
エドガーがフードの奥で口角を上げた。
「――そう、とても大切な要因だ。だからこそ、今のこの状況がある」
アリシアが小首をかしげてエドガーを見つめた。
「どういうこと? なぜ今の状況が――あっ! なぜ民衆がラインハルト殿下の訃報を知らないのかしら?! 一か月前、ゴルテンファル国王は『訃報を報せる』と言っていたはずよ?! 一カ月経ってクラウス王子たちの帰還が知られてるのに、なぜ殿下の訃報が知られてないの?!」
エドガーがアリシアに向けて手で制しながら告げる。
「声を落とせ。周りに聞かれる――おそらくだが、開戦するまで訃報を隠しておくつもりなのだろう。軍が衝突する直前に王子の訃報を報せる算段なのだろうさ」
アリシアが眉をひそめて尋ねる。
「それがどんな意味を――そうか、突然ラインハルト殿下の訃報を知らされれば、兵士たちが動揺するわね。どんな死だったのか、その情報が真実だったのか、知っているのはクラウス王子たちだけ。相対する敵軍だけが最も情報を持っている状態。知りたい相手はこちらに刃を向けて襲い掛かってくる。素直に教えてくれるわけがないわ。ラインハルト殿下の人気は確かなもの、それが逆に士気を落としてしまうのね」
エドガーが小さく手を打ち鳴らして答える。
「お見事。よく自力で辿り着いたな――士気の差が勝敗を分ける。前哨戦は苦戦を免れまい。だがヴィンタークローネ王国の兵士たちは精強だ。一度は崩れても、簡単にゴルテンファル王国軍の侵攻を許すまい。戦線が膠着したまま冬を迎えれば、ヴィンタークローネの士気を立て直す時間を稼げる。あとはゴルテンファル王国軍がどれだけ早く動くか次第、だな」
アリシアが拳を握りしめてベッドから立ち上がった。
「こうしてはいられないわ! 私が王都に向かって、早く殿下の真実を伝えないと! エドガー、宿を引き払って出発しましょう!」
「おいおい、この寒空で夜を明かす気か? あんたの頼みでも、それには応じられん。おとなしく今夜はベッドに入って疲れを癒せ。明日にはワイエンマイアー伯爵の元へ着く。あんたを伯爵に預けたら、俺もお役御免だ」
アリシアの静かな眼差しが、エドガーのフードの奥を見つめた。
「……エドガー、あなたはその後、どうするおつもり?」
「やり残したことがある。俺のこの命が呪いに負けてしまう前に、そのやり残しを片付けたい。ここまでよく命が持ちこたえたと、自分でも驚いているくらいだ。今から間に合うかは分からん。だが必ず願いは果たしてみせる」
エドガーの手が大剣を引き寄せ、強く鞘を握りしめた。大剣からはエドガーの怒気に呼応するように邪悪な魔力が脈打っていく。
「……ねぇエドガー。思い直すことはできないのかしら」
「それはできん。今の俺は、そのやり残しを果たすために生きている」
「でも、その『願い』があなたを蝕んでいるように感じるわ。その大剣も、手放した方がいいのではなくて?」
エドガーはしばらく沈黙したあと、大剣を壁に立てかけた。そのままベッドに横になると背中越しにアリシアに告げる。
「明日も早い。あんたも早く寝ておけ」
それっきり、エドガーはアリシアの声を無視するように毛布を頭から被った。アリシアは何度か声をかけたが、ついには諦めて自分もベッドに横たわる。
「……ねぇエドガー。聞いているんでしょう? 私にあなたの呪いを解呪させてはもらえないかしら。そんな強い呪いを解呪できる保証はないけれど、弱めることくらいはできるかもしれないの」
エドガーは何も答えなかった。アリシアは視線をエドガーに向けたあと、ため息をついて彼の背中を見つめた。部屋の明かりが消えるまで、アリシアは彼の背中を見守り続けた。
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ヴィンタークローネの王宮、その執務室にいた国王の前に、兵士が敬礼をしながら現れる。
「陛下、失礼します。国境から急使が参りました」
国王が机から視線を上げると、兵士が懐から手紙を差し出し、机の上に置いた。国王は封筒を確認し、封蝋を見て目を見開く。
「――これは?! 王家の封蝋?! ならばラインハルトが帰国したのか?!」
「……いえ、仔細は分かりません。使いの兵士も多くを語らず、ただ『手紙を託された』とだけ」
国王の手が慎重に封筒を開封し、中の手紙に目を通していく。当初は困惑した様子の国王の表情が、次第に怒りに染まって赤黒く変わった。震える手で手紙を握りしめる国王が、やにわに立ち上がり声を上げる。
「今すぐ兵を編成せよ! 急ぎ南部に防衛線を張れ! アテシュ子爵に使者を出し、陣頭指揮をとらせよ! それとワイエンマイアー伯爵に使いを出せ! ラインハルトが現れたら、決して逃すなと!」
混乱する兵士が国王に尋ねる。
「殿下が、ご帰還なさったので?! いえ、それよりも南部防衛線とは、どのような意味ですか!」
「ゴルテンファル王国軍がこちらに向かっている! 国土を守れ! 侵攻を許すな!」
その言葉で兵士は己の職務を理解し、最敬礼したのちに慌てて踵を返し、駆け出した。兵士の足音を耳にしながら、ヴィンタークローネ国王が悔しげに歯を噛みしめる。
「ラインハルト……無謀な真似は思いとどまれよ」
国王はすぐに気持ちを切り替えると、手紙を大切そうに懐に入れ、執務室を後にした。




