協業の成果
PCを使って順番にわかっている事を整理していくと、幾つか疑問点が出てきたが、筑摩に言われた通り自ら危険なことは出来ないので、どうしようかと姉妹で相談した。
結局矢島に相談することにした。
沙流が矢島に電話をし、二回ほど呼び出し音が鳴った後、一時間ほどで折り返しの連絡がある。
矢島に相談しても本当に大丈夫なのか、若干の不安もあったが、まずは山形が午前中に漏らした内容を伝えてみる。
すると、「やはりそうか。なんか口裏を合わせているような気がしたんですよね」と反応し、
「そうすると守衛も怪しいですね」とすぐに謎解きのパズルの次のパーツを示してくれた。
そして、矢島が姉妹を訪ねた事を筑摩警部が勘付いたかもしれないと言うと、
「ははは」と意外にもあっけらかんとした感じで笑った。
「私も今朝、別件で筑摩さんから連絡を受けたのですが、そんな感じでした、バレているなって。あの人は有名な刑事だそうですよ。超優秀だという評判です」
それに姉妹は少し光明を見出した。
矢島は次に
「疑わしい人への直接の捜査は刑事の仕事だと思いますが、そうなると拓真さんが何かを残しているかもしれないので、自宅のPCを調べることはできますか?」と聞き、姉妹は承諾した。
矢島は四時ごろに訪れた。
拓真が自宅でのデスクワーク用に使っていた、リビング端のPCに椅子を寄せて三人で向き合った。
矢島は美人姉妹に囲まれて少し照れくさそうな様子だったが、姉妹は軽く無視をした。
李祐が手帳に記載したログインパスワードを入力すると、すんなりと“Windows11”が立ち上がった。
デスクトップは比較的綺麗に整理されており、矢島は
「いかにも優秀な研究者のデスクトップですね。私のPCのデスクトップとは“えらい違い”だ」と言いながら、どんどんPC上のデータを調べていく。
ほとんどの文書がフォルダーに整理されているが、開けては閉じてを繰り返した。
次は『音響』『兵器』『研究』というキーワードでハードディスク内のデータに全検索をかけた。
残念ながら重要そうなデータや“やり取り”は見つからなかった。
ただ、Google Chromeの検索履歴で『音声で幻覚・妄想』に関する研究を、拓真が盛んに検索していたことが分かる。
「重要なデータはクラウドにアップロードしているかもしれませんね」
矢島はそう話しながら、クラウドファイル『OneDrive』に他のファイルネームとは異なる、_だけのフォルダーを見つけた。
「多分、何か不測の時のためにあまり目立たないようにしたのでしょう」とコメントしながら、そのフォルダーの中身を次々に確認していく。
ついにそのフォルダーの中に拓真自身の論文のような文書を見つけた。
冒頭のサマリーには、「絶望と安楽死を想起させる事が、音響設備とコンテンツの組み合わせで可能」だと宣言し、さらに「この組み合わせを数分間続けると、昏睡状態に近い状況になる」と記述されていた。
矢島は「これだ!」と大きな声をあげた。
「この研究を実現させる方法を拓真さんは見つけて、何らかのトラブルが生じたんでしょう!」
実はその事例に、李祐には心当たりがあった。数年前ある湖畔での出来事だ。
「二人で湖畔を歩いている時に、不意に拓真が「死ぬならここが良いな」と話すので、李祐はそれを批判的にコメントしたが、実は自分も同じような死を連想していた」
それを、沙流と矢島に話すと
「それは何年前のことですか?」と矢島が質問し、
「確か、二、三年前のことです。高井沢の研究所の近くの別荘エリアの湖の畔です」
「そうか、その頃からある程度研究が進んでいて、完成させる研究をしていたんでしょう・・」
「じゃあ、その技術を使って昏睡させられ、知らぬ間に持ち込まれた七輪で、一酸化炭素中毒になったという事でしょうか?!」と沙流が結論のような推論を言った。
三人は大きく頷いた。
李祐が「どうしますか?」と尋ねるとすぐに矢島は
「筑摩さんに報告しましょう!彼なら何とかしてくれるでしょう」
「そうですね。早速、携帯に電話しましょうか?」と李祐が言うので、矢島は驚いた表情で
「えっ、李祐さんは警部の携帯の番号を知っているのですか?」
「はい、教えてくれました」と李祐が爽やかに答えると
「かああ、あの人はこういうこともあると読んでいたんじゃないかな? だから、我々の交流を見逃して、ある意味泳がせていた」と矢島はボサボサの髪の毛を意味なく梳かしながら少し悔しそうに
「なるほど、油断のならない人ですね」と感心する。
三人は苦笑を浮かべながらも、すぐに筑摩に連絡をした。
筑摩はざっと話を聞いて、
「わかりました。すぐにそちらに向かいます」と言った。決して怒っているふうではなかった。
三十分ほどで筑摩と富樫が到着した。
すぐに、筑摩は拓真のPCを確認し、ネットの検索履歴とクラウド上の文書を確認した。
「これは、かなり筋の良い情報ですね。一酸化炭素中毒を引き起こすプロセスが成立するかもしれません」
「ところで、今日、研究所総務の山形さんがこちらを訪れませんでしたか?」と筑摩は李祐に尋ねた。
「はい、遺族手当等のお話で」と言うと、筑摩は
「はは、それだけですか?」と突いてきたので、李祐はこの人に嘘は通じないと思い、
「研究所のある人のあの日の行動がおかしいと言っていました」
「なるほど、ある人のですね。それで、矢島さんに連絡をしてこのPCを調べたと言う事ですね」と矢島の方を見て澄ました顔で聞くと、矢島は思わず笑って、ボサボサ頭に両手を置いて、降参のようなポーズで
「筑摩さん、まあそんなところです」と白状した。
筑摩はその後、クラウドの別のフォルダーの中にさらに気になる文書を見つけた。
なんと『研究所長宛ての手紙』だった。
姉妹を含めて全員がその手紙の内容を、息を飲むように読んだ。
読み終わると皆が「はあー」と絶望的な溜息をついた。
短い手紙だったが、これが“真相”だと誰もが理解した。
筑摩ははっきりと断言した。
「この手紙が“ある人たち”の手元に残っていれば、決定的な証拠になります」
しかし筑摩は
「皆さん、情報提供には感謝いたします。でも、ここからは本当に危険ですので、くれぐれも注意してください」
「明日からは、お二人には県警から一人“身辺警護”をさせますので、外出の際はその者に必ず伝えてください。宜しいですか?」と姉妹に向かっていつもより声を低くして注意をする。
姉妹は拓真が命を狙われた理由を理解したせいで、不安な様子で大きく頷いた。
しかし、矢島は深刻な場の雰囲気を壊すように「私にも警護が付くのですか?」と聞くので、富樫が呆れたように
「あなたは、自分の身は自分で守ってください。だって、警備がついたら仕事にならんでしょう?」
「はい、おっしゃる通り」と剽軽な言い方をしたので、その場は和らいだ。
筑摩はPCデータをUSBにコピーすることの許可をもらい、データをダウンロードして、懐に入れた。
そして、筑摩は特に次の捜査のことや、犯人に関する事は何も言わず、今日も仏壇に手を合わせて、また一言何かを呟いてから帰っていった。
姉妹は、心からの礼と真相究明をお願いする意味で、深くお辞儀をした。玄関の外で“サラサラ”といつもの風と葉擦れの音が聞こえた。




