海堂親子への捜査
その日の夜に李祐に山形から電話が入り、警察が執拗に所員に聴取をしているが、会社が疑われるとマスコミが嗅ぎつけて、遺族への特別補償ができなくなると研究所長の海堂玄が心配しているらしい。李祐たちの動きを牽制する、半ば脅しのような電話であった。山形はさも親身になっているような語り口で、「今は事件なのか事故なのか、そうでないかの捜査が続いているので、おとなしくしている方が得策だと思いますよ」と李祐に告げてきた。通話を終えて、沙流に内容を伝えると、
「山形さんはきっと海堂所長に脅されたのよ。怖い人たちね」と李祐の目を見つめながら話すと、李祐は案外に強気で
「ふん、馬鹿にしてるわね。遺族手当なんかで誤魔化されないわ!」と李祐はいつもの沙流のような口調になって憤慨していた。この姉妹は二人揃うと怖いものなしのようだ。
翌日も日中は何事も起きなかったが、この日の朝も警察が守衛の遠山を訪れ、何事もなかったのかを確認するので、遠山は自分の立場に急速に不安を感じた。彼にはもう一つ警察に内緒にしていることがあった。それがこの事件にどう関わるのかが理解できていなかったが、研究所総務の山形に経費削減のために、五時以降は研究所の空調を停止するように指示を受けていた。それは所長の意向で、つい先週から実施していたのだが、それと事件との関係が彼には理解できないのだ。そのような不安を抱えたまま、夜になっても一台の車が駐車場に駐車しているのに気がついた。それが海堂虎次の自家用車であることを確認できたので、自分の不安解消になると思い、清水刑事にすぐに連絡を取った。海堂所長や山形の機嫌を損ねたくはないが、警察に目を付けられるのはもっと怖かったので、警察へのただの点数稼ぎのつもりだった。
遠山の連絡を受け、清水刑事と筑摩警部たちは二台の警察車両に分乗して、密かに守衛所に寄った後に駐車場の出口側に車を停車させた。静かに暗闇に中に身を顰め、海堂虎次が自家用車に戻ってくるのを待った。虎次は頭に懐中電灯を点けて暗闇の中を駐車場に戻ってきた。何かを抱えているようだったので、刑事たちは一斉に飛び出して虎次の自家用車の場所まで走り寄った。虎次はその気配と靴音に驚き、一瞬身構えるが自分の車にたどり着く前に、刑事たちに取り囲まれた。
清水が大声で怒鳴った。
「警察だ!海堂虎次、その手にしているものは何だ?」虎次は段ボール箱を持ったまま、そこで立ち止まり、動きを止めた。数人の警官にライトを当てられ眩しそうにしていたが、
「あんたらは何だ!誰の許しを得て、我が社の敷地に立ち入っているんだ!」と相手が警察だと分っていたが、震えた声で精一杯の恫喝をした。清水刑事がなんら躊躇いもなく
「まずは、その手に抱えている物を確認させて頂こうか!」と言って刑事たちに確認させた。少し抵抗したが、多勢に無勢と思い諦めたようだ。刑事たちが段ボールの中身を確認するために、ライトを当てると先日は使用していないと言ったメーカーの音響機器で、楽器店にあった沙流がリストアップした機器と同じモデルだった。筑摩が頷き、刑事二人が虎次の両脇を抱え拘束した。清水が
「海堂虎次、署まで同行してもらおうか」と告げた。
その晩、高井沢警察所の留置所に海堂虎次が勾留された。翌朝から筑摩と清水が交代で聴取を続けた。聴取の途中に次々に新たな証拠や実態が判明し、聴取の中で問い詰めていくと、海堂虎次は部分的に犯行を認める供述を始めた。
しかし、彼の供述は犯行を全面的に認めるものではなく、このままでは彼を実行犯として起訴するには不十分だった。彼の供述のポイントは
・犯行の動機は拓真のパワーハラスメントへの意趣返し
・使用した機器の特性を活かして、ただ音楽を効果的に聞かせただけ
・七輪は誰が持ってきたかは知らないし、火をつけたのも自分ではない
・機器の武器・兵器使用に関しては何も知らない
であり、不法な研究をしてそれを殺人に使用したことも、一酸化炭素中毒による殺人をした事も自供したとは到底言えない内容だった。
そして、拓真と虎次の研究室への”ガサ入れ”つまり『捜索差押令状』の承認がおりた。すぐに捜査員が研究室を訪れ、総務の山形の立ち合いのもと、拓真と虎次のPCとデスク周りとロッカーを中心に押収物を次々に段ボール箱に積み込み、警察車両に積み込んだ。研究所長の海堂玄はこの様子を意外に冷静に所長室から眺めていた。そこに、総務の山形から連絡があり、警察が面会を求めているとのことで、海堂玄はそれを了承した。
山形に案内されて所長室を訪れたのは筑摩警部と富樫警部補と清水刑事だった。彼らは挨拶の後、海堂から手で示された所長室のソファに座った。筑摩がまず
「山形さん、所長さんとだけお話ししたいので、申し訳ありませんが席を外してもらえますか」と山形に退室を求めた。山形はむしろ助かったと思ったのか、そそくさと逃げ出すように退室した。山形の退室を確認すると筑摩は意外に優しい口調で、
「所長さん、色々と大変でしょうが、ご協力を頂いて大変恐縮です。研究所内での事故死や息子さんの逮捕も続いてご心労もさぞかしおありでしょう?」と話を始められ、少し戸惑いつつも
「いいえ、こちらこそ警察の方にご迷惑をおかけいたしていまして、本当に申し訳ありません。息子はほんの出来心で悪戯のつもりでやったのでしょうな。随分、沢渡君にはいじめられていたようなので」と虎次の証言と口裏を合わせているのは明白だった。
「でも、随分物騒な研究をされているのですね?」
「物騒?私は音響機器メーカーとして、視聴者に気持ち良くなって頂くための研究を指示しているのですが、それのどこが物騒なのですか?」と反対に聞いていきた。
「ほう、使い方によっては人を不快にさせたり、眠らせてしまったり、最悪の場合気絶させてしまうこともある研究に、危険性はないとおっしゃるのですか?」
「それは、利用目的によるので、危険な利用に関しては沢渡君が勝手に暴走していたと認識しています」と完全にシラを切る作戦のようだ。筑摩は突然“爆弾”のような発言をした。
「中東の某国からの依頼をある商社経由で受けていたのは、沢渡さんだと所長さんはおっしゃるのですか?」海堂は一瞬固まった様子だったが、
「ええっ、それは何の話ですか?私は全く知りませんが・・」と続けるので、筑摩はスマホの画像を海堂の方に向けて表示させた。そこには、ある中東の空港で男と面談する海堂の姿が映っていた。
「これは、海堂さん、あなたですよね?」と詰めると海堂は明らかに顔を歪めて、
「こ、これは・・。ああ、そうだ、以前から取引のある商社から招待を受けて旅行で行った時に、誰かに盗撮でもされたのでしょうな。これが何だと言うのですか?」筑摩はメガネを人差し指で支えた後ににっこりと笑い、
「日本の諜報組織を舐めてはいけませんよ、海堂さん!彼らの捜査は進んでいて、あなたを特定して捜査する段階みたいですよ。次は、国家が相手ですね、覚悟はされていますか?」と筑摩が珍しく静かではあるが、迫力のある声質で詰めると、さすがの海堂も「ふぅぅぅ」と息をつき、ソファに沈み込むように項垂れた。海堂は数日前から彼にこの話を持ち込んだ某商社の担当者から、諜報機関が動いているようだから、言動に注意するようにアドバイスを受けていた。
筑摩はその少し白髪が目立つ頭に向かって
「なぜ、沢渡さんの殺害を計画したのですか?」と尋ねた。
「あいつは、途中で抜けようとしたのですよ。そんな危険なことだとは思っていなかった!なんて言い出して・・。依頼者や利用目的なんて、お前には関係ないと言ったら、公表すると言い出したんだよ」
「だから口封じをしようとした?」
「そうだ!一体いくらの研究費を出してもらっているのか知っているのか!と説得しようとしたのには耳を貸さなかった。公表して研究所をやめると言い出したので、やるしかなかった」とほぼ犯行を認める供述を始めた。筑摩はある程度話を聞き出すと、清水刑事に逮捕を命じた。筑摩は、海堂の“国家反逆罪に関する”捜査はまだこれからだったが、進んでいると言ったのは言い過ぎだったと少しばかり反省していた。誰だって、国家相手に戦うなんて出来ないだろうとの筑摩にしては珍しい“ハッタリ”だった。実際には、外為法違反(刑事罰)の適用に関しては、法人の場合は重い罰金刑となるため、そんなに簡単に進まないことは筑摩も知っていたが、海堂には効果があると思ったのだ。あまり好ましくない手法だと反省しているように、メガネを外してレンズをハンカチで拭った。
一方で、父海堂玄が逮捕されたことを伝えられた虎次は、それで怯むことはなく殺人の実行犯であることは否定し続けた。そこで、筑摩と清水はまだ全てを語っていない遠山への聴取を、任意で警察署に呼んで行った。遠山も海堂親子が逮捕されたことを知っていたので、彼らに気を使ったのか、言いくるめられていたのか、幾つかの証言を覆した。清水は
「遠山さん、研究室に置いてあった七輪をあなたが部屋の外に運び出したのは聞いたけど、その時七輪が熱かったので近くにあった雑巾で掴んだと言ったよね。でも、あの七輪は陶器製だから外側はそんなに熱くならなかったんじゃないの?」と前回は有耶無耶にした部分を中心に質問を始めた。
「いや、熱いかなあと思って雑巾を使って部屋の外に運び出したんですけど、実際に熱かったかどうかは分かりません」
「ふうん、なるほど。その時、雑巾で外側の表面を拭き取った跡がついていたけど、それはどうしてかな?わざわざ、その時に拭き取る理由はあったの?」
「いえ、ちょっと汚れていた気がしたので、ついちょっと」
「七輪はあんたが持ち込んだのじゃないの?」
「いいえ、私はそんなことしていません。そんなことしたら、私が殺人をしたことになるじゃないですか!私には沢渡さんを殺すような理由はありません」
「そうだよね、あんたに彼を殺す動機がないのはわかっているけど、誰かに頼まれて七輪を外に運び出して、雑巾で拭いたのじゃないの?」と問い詰められると、彼の特徴で観念すると俯いて肩を落とすポーズになった。そして、呟くように
「その時私と一緒に現場に立ち会っていた総務の山形さんに指示されました」
「何と指示されたの?」
「危ないから、七輪を運び出してくれと、それと熱いと思うから雑巾で掴んだ方が良いよ。それと汚れを拭いておいて、と言わました」
「じゃあ、七輪を置いたのも山形さん?」
「いえ、あれは・・ああ、そうだ!今、思い出しました。先週、虎次さんが今度BBQをするのでと言って、倉庫から出して研究室の外の庭においておきました。練炭と一緒に。ああ、まさか、そんな・・」と遠山は今になってその七輪が犯罪に利用されたのを理解した様子で、慄くような表情になっていた。きっと、この男は少し鈍いのだろう。
清水刑事は遠山は知っていることは全て話すだろうと確信し、
「遠山さん、あんたは沢渡さんが倒れていた研究室に入ったとき、空気がムッとしていたと言ったけど、空調は効いてなかったの?」と質問の内容を変えた。すると、遠山は
「空調は管理センター側で止めました。総務の山形さんから所長の指示で経費削減のため、五時以降は空調を止めるように言われていました。まさか、こんな事になるとは思っていなかったので、指示通りに空調を止めました」
さらに、清水は
「ところで音響の設備はあんたが管理しているのかい?」と尋ねると
「緊急時の全館放送は私がする事はありますが、普通は『音響室』で管理しています。その担当者は総務部門と沢渡さんの研究室です。海堂さんも良くあそこに出入りしています」
「海堂所長の息子の虎次のことだね?」
「はい、そうです」
その後、総務の山形への聴取で山形はなぜ七輪の外側を遠山に拭かせたのかを白状した。彼は、この一連の不可解な事件に関わっているのは海堂親子だと疑っていたようだ。だが、もしかしたら本当に拓真の自殺だった場合に、彼の発言が原因で海堂親子から恨まれて、研究所を追い出される恐怖を感じていた。そのため、何となく海堂親子に有利になるように振る舞い、証言していたのだという。




