最後の決め手
そして、海堂虎次のデスクの引き出しから押収した中に、研究所の『音響室』の鍵と、沢渡拓真から海堂玄に宛てた手紙が出てきた。
拓真はメールではなくプリントした手紙で、自分の意思を海堂玄に訴えていた。
それを海堂玄は息子虎次に渡し、犯行を指示したのだ。
<沢渡拓真の手紙>
海堂所長殿
前略
私のような若輩者を主任研究員に取り立てて頂き、ありがとうございました。
そのご期待に沿えるように私なりに努力をしてきたつもりですが、
現在、取り組ませていただいております研究テーマについては、
今後、更なる取り組みは私には出来ないと結論を出しました。
本テーマは私の研究者としての矜持にも日本人としての常識にも反するもので、
様々な視点でその正当性や意義を検討してみましたが、本テーマを本研究所で
続けることには断固として反対いたします。
先日もご意見を差し上げましたが、もし受け入れていただけない場合は
本件をその分野の専門家に相談し、今後の対応を善処して頂く所存です。
私は日本人として、同盟関係のない国家の依頼を受けて、危険な兵器に
繋がるような機器の開発に向けた研究に協力することは出来ません。
所長におかれましても、これまでの輝かしいご実績に汚点を残すような
殺人兵器にも繋がるような研究からの撤退を強くご提案いたします。
明日の夕刻までにご翻意いただけない場合は、
然るべき行動を不本意ながら採らせていただきます。
敬具
第四研究グループ
主任研究員 沢渡拓真
筑摩は海堂玄への聴取の中で、海堂虎次のキャビネットから押収した中に含まれていた、上記の手紙を提示した。
「海堂さん、これが沢渡拓真を殺害しようとした動機につながる手紙ですね。あなたは、『あいつは途中で抜けようとした』とおっしゃいましたが、彼には目的や依頼主に関する事は後から伝えたようですね?」
海堂玄はすっかり覚悟を決めたのか、
「ああ、そうですよ。あいつは今更辞められると思っていたようなので、全てを話してもう後戻りできないと説得しようとしたけど、駄目だった。綺麗事ではビジネスなんて成り立たないのに、馬鹿な奴だよ」と嘯くので、珍しく筑摩は少し声を荒げて
「海堂さん、武器商人をしたいのなら、この国を出てからにしたらどうですか?日本は戦争を放棄し、専守防衛を旨とする国家なのですから。私が沢渡さんと同じ立場なら、同じことをしたと思いますよ。ただ私はあなたに殺されたりはしませんが・・」と横にいる清水でさえ、いつもと違う不気味な怖さを筑摩から感じた。
海堂虎次の方も父の証言や遠山と山形の証言と幾つもの物証が出てきて、外堀を埋められていることを自覚して、実行犯としての自白を始めた。
海堂親子の供述と幾つもの証拠品、そして関係者の証言から、海堂親子の殺人での起訴が決定した。
それを、李祐と沙流の姉妹は李祐の家で筑摩と清水達から聞かされた。
李祐は肩を揺らして嗚咽を漏らし、数分間涙を流し続けた。
沙流は姉の背中をさすりながら、「これで少しは拓真の無念を晴らすことが出来た」ように感じていた。
刑事達はその様子を身動きもせずに見つめていた。
帰り際に筑摩は拓真の位牌に向かって、初めて周りにも聞こえる声で
「拓真さん、貴方の事件は解決し、約束通り犯人を逮捕しましたよ」と報告をした。
刑事達が帰るとき、姉妹は玄関先に出て、刑事達に深々とお辞儀をして
「本当に有り難うございました」とハッキリとした声で礼を伝えた。
李祐が刑事達を見送った後、辺りを見渡すと、庭の樹木の葉はかなり紅葉が進み、はらはらと散り、すっかり涼しくなった風が穏やかな音をさせていた。
李祐は少し上を向いて、大きく深呼吸をした。
彼女の髪を秋の風が優しくなびかせた。
警察と検察は次の外為法違反での捜査に移った。
こちらは、県警の捜査二課が担当し、防衛省の研究組織や警察庁や外務省の担当官も合流し、大規模な捜査となる。ここには、矢島の高校の同級生のあの大熊も合流した。
筑摩と清水たちの手から離れた頃に、夕方に筑摩と清水と末永が李祐姉妹を訪れた。
同じ日に示し合わせたように、矢島が姉妹を訪れていた。
拓真の『四十九日』までに事件の全容が分かり、姉妹は悲しみは消えないながらも、少しホッとした様子だ。
姉妹はお世話になった三人の警察官と一人のジャーナリストの訪問とあって、せめてものお礼のために高井沢でも有名なケーキ屋に急いで出かけ、幾つものお菓子を買い込みコーヒーや紅茶でもてなした。
訪れた四人も最初は未亡人となった李祐への遠慮もあったが、事件が解決した安心感もあって、だんだん気さくな雰囲気となっていった。
若い末永刑事は
「李祐さんと沙流さんのご姉妹は、お二人が揃うとまるで探偵のようですね」と冗談を言うと
沙流は大きく頷きながら
「ええ、今度から名刺に私立探偵と併記しようかしら」と乗ってきたので、
「沙流!調子に乗って。やめなさい、危ないことは」と李祐が止めにかかると
何故か清水まで
「何か危険な臭いがしたら、末永に連絡してください」と何かを企んだ様子で加わる。
末永はまんざらではない様子で「ええ、大丈夫です」と乗って来る。
今度は矢島が少し妬いたように
「李祐さん、その時は私でも結構ですよ。刑事さんは忙しいでしょうから・・」と、美人の未亡人に対する競争が早くも始まったようだった。
筑摩はにっこりと笑いながら、メガネを指で押さえ、事件の経緯と今後のことを連想するような目つきで、この善人たちの小さな喧騒の外にいるようだった。
その後、李祐は半年後にピアノ教室を再開し、生徒達もほぼ元のように戻り、穏やかな生活に戻りつつあった。
彼女の家からはかつてのようにピアノの『静かな』音色が一日中響くようになった。
野外では鳥の楽しげな囀りと、樹木の残った葉が風に揺られ“サラサラ”という涼しげなハーモニーを奏でている。
沙流も信濃市の自宅に戻り、時折姉の様子を見に来てはいたが、姉の落ち着きを取り戻した様子に安心していた。
矢島は海外の赴任地に戻り、そこで何と小規模なテロに巻き込まれ、軽い怪我を負い日本に帰国した。
そして、いつの間にか高井沢に住むようになった。
筑摩はその後、李祐の住む高井沢の近隣で発生した事件の捜査に奔走し、県域を跨いだある凶悪犯罪の解決に貢献していた。
「静かなる音」を最後までお読みいただきまして有り難うございます。
短編ではありますが、丁寧に、心を込めて書いてみました。
感想やコメントを頂ければ嬉しいです。
今年は、もう一つ長編(予定)作品に取りかかっています。




