楽器店での検証
李祐と沙流姉妹の車に先導されて、清水が運転する筑摩警部を乗せた警察車両が、後をついていく形で目的の楽器店に到着した。
店長は長い髪を後ろで束ね、いかにも音楽関係者っぽい格好をした中肉中背の男だった。
彼は刑事達の後ろに沙流の姿を見て驚いた。
今日はお客さんではないようだ。
事情を筑摩がごく簡単に説明し、店長は提示された半導体チップを確認し、
「ああこれは、確かにうちでも扱っている機器に取り付けられているのと同じかもしれません」と、陳列されている商品の中で比較的高額なアンプを持ち上げて運んできて、カウンター横の楽器メンテナンス用の台の上に乗せて、さっさと裏のパネルを外して彼らに見せた。
「ここの部分にあるチップだと思います」と指さす部分には、彼らが持ってきたチップと全く同じサイズのチップがセットされていた。
筑摩はニコリと笑い
「これは簡単に取り外せるのですか?」
「ええ、慣れた人なら出来ると思います」
「この部分を取り替える目的は何ですか?」
「それは、沙流さんもご存知だと思いますが、楽曲のアレンジをアプリでいちいち指示しなくても、複数パターンで繰り返し使えることだと思います」
筑摩はさらに店主に尋ねた
「これをセットして音を確認することは可能ですか?」
「ええ、可能ですが、どんな設定なのかが分からないので、実際に音を出す前に、モニターで確認した方が良いと思います。とんでもない音が出てくる可能性がありますから」
店主の意見に、沙流は大きく頷いている。
筑摩は丁寧な言い方だが、拒否は出来ない表情で
「なるほど、大変お手数ですがこれをセットして、モニターで確認してもらえますか?」
「分かりました。きっと、大事なことなんでしょうね。協力します」
と、すぐに店主はアンプへのチップの交換作業を数分かけて慎重に実施し、機器の裏のパネルをネジで締めて台の上に戻した。
それを見て沙流がスマホを持ち出して、「音源はこれでお願いします」と店主に見せると、店主は曲名を見て少し顔をしかめて
「これは、グノシエンヌですね。随分不吉な音源ですね。分かりました、やってみましょう」とブルートゥースでの接続をして、楽曲をスタートさせた。
モニターには通常では使わない低周波の音が表示される。
「これは、普通ではない音ですね。長く聞くと聴覚に影響を及ぼすかもしれません」と店主が動揺した様子で話すのに呼応して沙流が大きく頷く。
それを聞いて
「短時間だったら大丈夫ですか?」と筑摩が店長に尋ねると
「ええ、それなら大丈夫でしょう」と合意してくれたので、実際にやってみることにした。
万が一のため、清水刑事と李祐には店長から渡された耳栓をつけることにして、店長自身も耳栓をして筑摩と沙流で視聴することとした。
店長が真剣な表情で
「じゃあ、始めます。十秒で止めます」と言って左手の人差し指で、スタートの合図をした。
アンプとスピーカーは接続されていて、微かな音が流れた。
沙流はその音を聞いてすぐに眉を顰めて反応した。
筑摩にはあまりその音が聞こえない様子だった。
すぐに、店長が音を止めて二人に尋ねた。
「どうでした?」と尋ねると、筑摩は首を振り、沙流は
「耳鳴りのような音程で、微かに胸が沈むような音が聞こえました。私は大丈夫ですので、もう少し長く流してもらえますか?」と言い、筑摩の顔を窺うと頷いたので、店長は初回より長い二十秒ほど音を流して止めた。
筑摩は相変わらず首を捻るようにしていたが、沙流は先ほどよりも眉を顰めて音に聞き入った。
音が止まると、沙流は
「これは、催眠術のような効果がある音域です。つい、悲しくなり、気持ちが沈んでいくような音が、はっきりとは聞こえないのですが、直接心に響いてきました」
それを聞き筑摩は
「私には断続的な耳鳴りのような音がした気がしましたが、ほとんど聞こえなかったですね。沙流さんのような専門家で耳の良い人には聞こえるのでしょう。でも、これを使えば催眠術のような効果を、周りには気付かれずに対象の人に与えることが可能なようですね」と感想を述べた。
李祐や清水と店長は今ひとつ納得がいっていない様子だったので、役割を入れ替えて再度実施した。
今度は、李祐と店長にはその微かな音と効果は確認できたが、清水は首を捻った。
それを見て筑摩は澄ました顔で
「私や清水さんのような “《《音の凡人》》” には効果がないようですね」と発言するので、清水は「ぷっ」とつい噴き出し笑顔で頷いた。
他の人たちは捜査中の刑事のジョークに、遠慮気味に薄笑いを浮かべながらもチップの効果は確認したようだ。
筑摩が楽器店での検証結果をまとめるように
「いずれにしても、引き続き警察内の専門家に分析を依頼しますが、拓真さんはこの事を秘密にしたかったのでしょうね」
「この 『《《静かなる音》》』 が不幸をもたらすことを知っていたのでしょう!」
「これでターゲットが定まりました。でも、どうやってこの音を聴かせたのでしょうか?」と店長に尋ねると、彼は真顔で首を捻る。
ここでも沙流が
「館内放送のような設備を使ったらどうでしょうか?」と意見を出すと、店長が
「感度の良い設備なら可能でしょうね」と付け足す。
筑摩はそれに頷きつつ、自分でもう一つの疑問を一緒に解決した様子で
「なるほど、音響設備と空調のコントロールは管理センターの管轄ですね」と呟いた。
筑摩はすぐにここでの話は終わりとばかりに、店長に礼を言って店を出た。
「李祐さん、沙流さん、ご協力に感謝します。また一歩近づきましたよ。後は警察にお任せください」と筑摩は先程までと違い、厳しい目つきで姉妹に告げて、最後に姉妹を振り返り
「必ず、自白させます!」と一言、皆に聞こえるように宣言した。そしてその場で解散となった。




