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あぁ!君こそ恋愛スナイパー  作者: 川合 佑樹


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第7話

 次の日の朝、聖エルミア学園の教室は、いつものように生徒たちのざわめきで満ちていた。

 窓辺から差し込む柔らかな陽光が、机の上に新しいノートを照らし、黒板のチョークの粉が空気に舞う。

 だが、ヒビキの目には、何かが違う。

 男子生徒たちの肩がわずかに落ち、足取りが重く、笑い声の端に疲れた息が混じる。

 一人の男子が鞄を机にドサリと置いた。

 そして、ため息をついて頰杖をついた。

 隣の男子が肩を叩いた。

「おい、昨日また夜更かしか?」

「夜更かし……まあ、そんな感じかな……」

 隣の男子が目を細め、低く続ける。

「お前も? 俺もだよ……」

 ため息をついた男子が首を振る。

「マジかよ。俺もだ……」  

 少年は窓際の席で、周囲を観察した。

 皆、目元に薄いクマを浮かべ、肌の艶が失われている。

 ただ、日常生活は回っているようだ。

「ねえ、今日の昼ごはん、何にする? 食堂のカツ丼、久しぶりに食べに行かない?」

 女子の一人が隣の席の友達に声をかけ、笑顔でメニューを広げる。

 友達が目を輝かせて応じる。

「いいね! 私、デザートにプリン追加しちゃおうかな」

 女子たちがおしゃべりに花を咲かせ、男子も遅れて返事をする。

「ああ……カツ丼か。まあ、いいけど……なんか、食欲わかねえな」

 女子が振り返り、笑って突っつく。

「なに? 男子みんな、寝不足ぅ?」

 死にそうなほどの疲労ではない。

 授業のベルが鳴り、担任の先生が資料を配り始める。

 ルルはノートを広げ、鉛筆を軽く噛みながら、ちらりと少年を見る。

「ヒビキ、確かにみんな朝から元気ないね」

 その声は小さく、周囲を気にする。

 彼はペンを机に置き、短く頷く。

「運動部以外も似たような表情をしている。昔の戦場で見た、連日の行軍で精気を削られた兵士たちに近い。奴隷労働者ほど極端じゃないが……」

 ルルは椅子を少しずらして少年に寄りかかる。

「じゃあ、みんなに話を聞いて来るね!」

 そう言い残し、ルルは立ち上がる。

 休み時間のチャイムが鳴ると同時に、彼女は軽やかな足取りで男子たちの輪に飛び込む。

「ねえ、どうしたの? みんな元気ないじゃん! 何かあったのぉ?」

 ルルの明るい声が教室に響き、男子の一人が苦笑しながら肩をすくめる。

「いや、別に……ただ、なんか眠いんだよな。最近」

 別の男子が加わった。

「お前もか? 俺も昨日、変な夢見てさ……」

 ルルは輪の中心にしゃがみ込み、目を丸くして聞き役に徹した。

 少年は席からその様子を眺め、唇をわずかに動かす。

「ルルは凄いな……あんなに自然に溶け込んで、情報を引き出す。俺には真似できない芸当だ」


 お昼のチャイムが鳴り、屋上庭園の扉が軋む音を立てて開く。

 ヒビキは先にベンチに腰を下ろし、弁当箱を膝に置いていた。

 風が花壇の葉を揺らし、遠くの校庭から部活の掛け声が微かに届く。

 ルルが息を弾ませて階段を駆け上がり、サラを連れて現れる。

 サラは制服のスカートを押さえながらベンチに座る。

「待たせたわね。ルルが急に『ヒビキが待ってる!』って引っ張るから」

 ルルはベンチの端に飛び乗り、鞄からメモ帳を取り出す。

「ごめんごめん! でも、情報集めたよぉ。みんなに聞いて回ったの!」

 少年は弁当の蓋を開け、箸を差し出しながら頷く。

「で、何か分かったか?」

 ルルはメモを広げ、指でなぞりながら報告を始める。

「うん、今回集めた中で特に一致するものが多かったのが、夢を見るってこと!」

 サラが箸を止める。

「夢?」

 ルルは身を乗り出し、声を少し低くする。

「夢の中で、金色の髪の女が現れるんだって。甘い匂いがして、体が浮遊感に包まれるみたい。女の声が囁いて、胸が熱くなるんだけど、目が覚めると虚無感が残って、朝から体が重いんだって」

 少年は箸を置き、腕を組む。

「金髪の女……。もしかして集団催眠か? 誰かが意図的に夢を植え付けている可能性がある」

 サラが弁当の卵焼きを突く。

「だとして、何の目的で?」

 ルルがメモをパラパラめくり、目を輝かせる。

「部活の戦力を削るためとか? ライバル校のイタズラかも!」

 サラは箸を置き、ルルを軽く睨む。

「そんな漫画や小説みたいなことある? そもそも部活やってない子だって同じ症状を訴えてるのよ?」

 ルルは頰を膨らませ、ベンチから立ち上がってジェスチャーを交える。

「じゃあ、もっと怖い話? 幽霊の仕業とか!」

「幽霊って……そんなわけないじゃない」

 サラが少年に視線を移す。

「あなたはどう思う? 何か……アイデアある?」

 少年は空を見上げる。

「まだ情報が少ない。だが、夢の内容が共通なら、外部からの干渉だ。金髪の女の描写を詳しく聞くべきだ。匂いや声の特徴、夢の場所……一つでも手がかりがあれば、……追跡の糸口になる」

 三人は弁当を片付けながら、さらに質問を重ねた。

 ルルが拳を握った。

「じゃあ、明日みんなに聞き込み続行!」

 サラが頷いた。

「私も協力するわ。学級委員として、放っておけないし」

 だが、特に答えは出ないまま、チャイムが鳴った。

 サラが立ち上がり、トレイを積み重ねる。

「とりあえず、ここは解散ね。放課後また連絡するわ」

 ルルがサラの腕を軽く引き、笑顔で手を振る。

「うん! サラ、ありがとねっ!」

 少年はベンチから立つ。

「一旦、今日の依頼を達成させよう。異常が広がる前に」

 ルルはメモを鞄にしまい、頷く。

「そうだね! がんばろー!」


 放課後の校舎裏、木陰の茂みが風に揺れる中、ヒビキとルルは息を潜めていた。

 今日のターゲットは美術部の男子と隣のクラスの女子だった。

 羊皮紙にはこう記されていた。

「校舎裏のベンチで、偶然の出会い」

 少年は木の幹に背を預け、拳銃を内ポケットから滑り出させた。

 ルルが双眼鏡を構え、周囲の気配を確かめる。

「ターゲットの男子、接近中。スケッチブックを抱えて、ベンチに向かってる。距離五十メートル、風なし。女子は遅れてるけど、予定通りよ」

 少年は男子のシルエットを捉える。

 だが、その目は既に若干虚ろだ。

 肩が落ち、足取りがふらつき、ベンチに腰を下ろすと、ぼんやりと空を眺める。

 まるで魂が抜けた人形のよう。

 依頼の影響か、それとも夢のせいか。

「男子の様子、夢の影響出てるわね。目がぼんやりしてて、足元おぼつかない……ラブラブパワーで少し元気出してあげないと」

「……そういう考え方もあるのか」

 ルルの声が耳元で響く。

「男子、座ったわ。女子が来る……今よ!」

「確認した。撃つ」

 少年の指が引き金に掛かる。

 女子がベンチに近づき、スケッチブックを見る瞬間。

 パスッ!

 消音器のくぐもった音が、木々の葉ずれに溶ける。

 弾丸は女子の胸に沈む。

 彼女の視線が男子に絡みつく。

「えっと……あの、絵、綺麗ですね。私も、こんな景色、好きなんです。急に、話したくなって……お邪魔でした?」

 男子はゆっくり顔を上げ、虚ろな目で彼女を見つめる。

 効果はある。

 手がスケッチブックを置いて彼女の指に触れる。

「うん……いいよ」

 二人はベンチに寄り添い、肩が触れ合う。

 ルルが拳を軽く握る。

「命中確認! 見て、男子の目、少し輝き出したわ!」

「……もう少し、見届けよう」

 だが、男子の目が、まだどこか虚ろだ。

 成功はしているのに、喜びの色が足りない。

 まるで、義務のように恋に落ちているようで……やるせない。

「成功だけど……なんか、切ないわね」

 ルルが拳を緩め、ため息をつく。

 少年は拳銃を鞄にしまい、木陰から出る。

「撤収だ……」

 ルルが後を追い、肩を並べて校門へ向かう。


 夜のマンション、キッチンからスパイスの香りが漂う。

「恋のラブラブ、あいらぶゆ~。愛のラブラブ、はなまる~」

 ルルがエプロンを付け、鼻歌を歌いながら鍋をかき回した。

 彼女がカレーを盛り付ける。

 湯気が立ち上り、皿にライスが山盛りになる。

 ヒビキはテーブルに着き、スプーンを手に取るが、いつも通りの食卓にどこか空気が重い。

 ルルが向かいに座り、スプーンでカレーをすくい上げる。

「できたよー! 今日は辛めでっ、あっ辛っ」

 一口頰張り、満足げに頰を膨らませる。

 少年はカレーを皿に広げ、ゆっくりと混ぜる。

「……ありがとう」

 だが、スプーンの動きが遅い。

「今日の依頼は、なんというか……歯切れが悪く感じたな」

 少年はスプーンを置き、グラスに水を注ぐ。

「成功はしてるはずなのに、ラブパワーが薄い気がした」

 ルルは頰杖をつき、銀髪を指でくるくる巻く。

「そうね……もしかしたら彼も夢の被害者だったのかも」

 少年はグラスを回し、水面に映る自分の顔を見つめる。

「ルル、今回のような症状は、どこか……人外の力を感じるんだが、何か心当たりはないか?」

 ルルの表情がわずかに曇り、スプーンを皿に置く。

「そうねぇ、心当たりはないわけじゃないのだけれど……うっすらと、魔の匂いがしてるかもしれないわ」

「魔の匂い?」

「夢の女の描写、悪魔のサキュバスに似てるのよね。男子の精気を吸う、夢魔みたいな」

「サキュバス……聞いたことあるな」  

 ルルは椅子を少し引き、膝を寄せて上目遣いに見上げる。

「私たち天使は天界からの使い。魔は悪魔、地獄から来るわ。……でも、そんなはずはないの。悪魔は地獄の門によって固く閉ざされているから、こちらから呼ばない限り出てくることは不可能だわ」

「天使の次は悪魔か……呼べば出てくるのか?」

 ルルは首を振る。

「天上から監視されていて、基本的には人間には不可能なの。だから、悪魔の仕業じゃないと思うんだけれど……もし、人間が門の隙間をこじ開けようとしてるなら、間違いなく発見されているはずだわ」

 少年はスプーンを再び手に取る。

「そうか。いずれにせよ、明日サラと相談だ。ルル、情報を神界に問い合わせろ。細かいことでもいい」

 ルルは頷き、カレーをもう一口。

「うん、任せて! 一緒に解決しようね、ヒビキ」

 食卓の灯りが、二人の影を優しく伸ばす。

 少年の目が細まり、カレーの辛さが、胸に熱く広がる。

 学園の影は、静かに深みを増していた。

 果たして、金髪の女の正体は――二人の新たな戦いが、夜の闇に幕を開ける。


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