第6話
数日が経ち、ヒビキとルルは、羊皮紙の山を少しずつ減らしながら、ミッションをこなしていた。
毎朝、マンションのキッチンでルルがトーストを焼きながら羊皮紙を広げ、指を鳴らす。
「今日のターゲットはこれよ! がんばろー!」
「……早朝から張り切ってるな」
少年がコーヒーをすすりながら、テーブルに広げられた紙を指で数える。
ルルがトーストを皿に盛り、少年の前に置く。
「えへへ、今日のは屋上庭園で、図書委員の男子と美術部の女子からね! なんかロマンチックな組み合わせよねぇ。想像しただけでワクワクしちゃう!」
少年はトーストにかじりつき、頷く。
「ロマンチックねぇ……」
少年は鞄に消音拳銃を忍ばせた。
「じゃあ、昼休みに屋上集合!」
ルルがウィンクを寄せた。
昼休み。
二人は階段を駆け上がり、死角からターゲットを狙った。
一件目は屋上庭園で、図書委員の男子と美術部の女子を狙撃。
少年はベンチの影にしゃがみ、消音拳銃を内ポケットから滑り出させる。
ルルが双眼鏡を構え、耳元で囁く。
「ターゲット、接近中。男子が絵を褒めてるわ。距離三十メートル、風なし。心臓クリア!」
少年の指がストックを握り、銃口が静かに女子の胸を捉える。
パスッ!
消音器のくぐもった音が、風に溶ける。
弾丸が弧を描き、心臓に沈む。
女子が本を落として男子の腕に寄りかかる。
「あっ、ごめんなさい……あの、今から美術室に一緒に行かない?」
「えっ……うん」
二人はベンチに腰を下ろし、肩を寄せ合う。
ルルが双眼鏡を下ろし、飛び跳ねる。
「見て見て! もう手繋いでる! 成功よ!」
少年は拳銃をしまう。
「……次は食堂だな。昼飯の時間も迫ってる。急ごう」
「はーい! 任務の合間にカレー食べよ!」
二人は階段を降り、昼休みの喧騒に紛れる。
二件目は食堂で、隣のクラスのカップル予備軍を。
ルルがトレイを手に列に並び、ヒビキに目配せ。
「ターゲット、テーブル三番。男子が食券を買って席に着いたわ。距離二十メートル、混雑で干渉なし」
少年は壁際に立ち、鞄の隙間から拳銃を覗かせる。
ルルがカレーの皿を運びながら囁く。
「今よ! 女子がスプーン落とした瞬間、心臓狙って!」
「視界クリア。撃つ」
パスッ!
弾丸が飛ぶ。
食堂の喧騒を掻い潜り、女子の胸に溶け込む。
彼女が男子の隣に滑り込む。
「あ、あの……君の隣、いい?」
男子が目を丸くしスペースを作る。
「お、おう! 一緒に食べよ」
笑い声が弾ける。
ルルがテーブルから双眼鏡代わりのスマホを覗き、ニヤニヤ。
「甘い雰囲気、最高!」
少年はトレイを片手に近づき、ルルの肩を叩く。
「ほら、これ食って次に行くぞ」
「わーい! 一緒に食べよ、ヒビキ!」
二人は食堂のドアを押し、廊下でハイタッチ。
四日目。
ターゲットは体育館のクライミングウォール近く。
ヒビキは拳銃を内ポケットに忍ばせ、ルルと体育館の控え室に潜入。
ルルに見張りを任せ、無線を耳に付けドアの隙間から覗く。
ケンタがロープを巻き、ミキに手渡す。
「これ、持ってて。落ちないように支えてくれよ」
ミキが頷き、ロープを握る手がわずかに震える。
「うん、任せて! ケンタくん、がんばって!」
少年は控え室の棚に身を寄せ、拳銃を抜く。
ルルが無線デバイスから囁く。
「距離五十メートル。風なし。心臓クリア。ケンタが登り始める今よ!」
「了解。……撃つ」
銃口がミキの胸を静かに捉える。
息を止め、指が引き金に掛かる。
パスッ!
弾丸が飛び、ミキの心臓に溶け込む。
ミキがロープを強く握りしめ、ケンタの足元に倒れ込む。
「ミキ、大丈夫か!?」
ケンタが慌ててロープを放し、彼女の肩を抱く。
「ケンタくん……もう、我慢しなくていいよね……?」
彼女の手がケンタのジャージを掴み、二人はウォールの足元で抱き合う。
唇が触れ、柔らかなキス。
ルルが小声で喜ぶ。
「よし、成功! 撤収するわよ!」
だが――その時。
体育館の扉が軋み、赤い影が滑り込む。
サラだ。
彼女の足音がコートに響く。
視線がウォールの喧騒を一瞥し、ゆっくりと控え室の方へ移る。
少年の背筋が凍る。
戦場の本能が目覚め、手が無意識に拳銃を握りしめる。
銃口がサラの胸を捉え、引き金が引かれる。
パスッ!
弾丸がサラを貫く。
光の粒子が彼女の制服を染め、心臓に沈む。
「えっ、ヒビキ!? なにっ? えっ?」
サラが慌ててドアを押し開ける。
彼女は倒れない。
ただ、鋭い瞳で少年を射抜く。
「……あんた、何やってんのよ。これ、玩具?」
彼女は素早く近づき、拳銃を奪い取り、銃身を指でなぞる。
「サラ、待て! これは……えっと、小道具で、間違えて……ごめん、本当に!」
神の弾丸の効果が、効いていない。
煙の匂いが微かに残る銃口を、鼻でクンクンと嗅ぐ。
「いいから。……でも、びっくりしたわよ。ドッキリグッズでも、こんなの人に向けないでよね。まったく。放課後まで預かっておくからね。……あぁもう」
サラは拳銃を鞄にしまい、踵を返して体育館を出る。
背中が、微かに震えているのが見えた。
足音が遠ざかり、扉が閉まる音が響く。
少年は壁に寄りかかる。
「効かない……なんでだ? いや効かない方が良かったのか?」
ヒビキとルルは屋上庭園のベンチに座り、桜の残骸を眺める。
彼が首を傾げる。
「確実に当たったはずだが……何も起きなかった。というか、効いてたらどうなってたんだ……」
ルルは瞳を細める。
「……神の弾丸は、基本的に人間には効くはずよ。もし効果が出てたら、運命の相手でなくても、今頃ヒビキにべったりになってるはずなんだけど」
「べったりって……」
「そりゃもう! 組んずほぐれつ!」
彼は掌を見つめる。
「そうか……効かなくて良かったのかもしれないな……」
少年はベンチの背もたれに肘を乗せ、空を見上げる。
雲がゆっくり流れ、体育館の喧騒が遠くに聞こえる。
ルルが彼の肩に寄りかかる。
「ヒビキの焦ってる所も好きよ。でもサラも撃たれたのに、意外と反応薄いのね。案外ヒビキと相性良かったりして」
「……俺に恋愛はまだ早いよ」
「えー、そんなことないよぉ!」
ルルが頰を膨らませ、二人はベンチで肩を並べる。
風が桜の残骸を舞い上げ、足元に積もる。
放課後。
校門近くのベンチで、サラが待っていた。
赤い髪が揺れ、鞄から拳銃をそっと返す。
その指が銃身に触れ、わずかに止まる。
「これ、返しとくわ。なんかすごい本格的だし……大切なモノなんでしょ? こういうの。次は見つからないようにね」
少年は拳銃を受け取り、コートにしまう。
「あぁ……怖がらせてしまって申し訳なかった」
彼はサラの顔を真っ直ぐ見つめる。
彼女は赤い髪を指で梳く。
「ううん。いいの。……それでさ。あぁいうの好きなの?」
「……あぁいうのって?」
「その……スパイごっこみたいなやつ」
「あー……それは……そうだな」
「その……迷惑ついでに一つお願い聞いてもらっていい?」
その指がスカートの裾を握りしめる。
彼は体を少し引いて、ルルをチラリと見る。
ルルが校門の影から覗き、親指を立てて頷く。
「なんだ? その……」
少年の声が低く、喉が乾くのを感じる。
サラは声を抑えて語る。
「初めに案内した時、言ったでしょ? 休み明けに男子が疲れが取れないって」
「あぁ。俺も見ていてそう感じるな」
「それが増えてきてるの。部活にも影響出てて……この間、付き合い始めたサッカー部のキャプテン、ユウトも……サヤカに泣きつかれたのよ。『そばにいても最近ぼーっとしてるし、もう好きじゃなくなったのかな』って」
「それで……どうしたいんだ?」
「どうしたいって……。それは……解決したいんだけど」
彼女はベンチの背もたれに手を置き、赤い頰を夕陽が染める。
サラの瞳に、わずかな揺らぎが宿る。
「サヤカは私の友達だし。なんとかしてあげたいけど、私もよく分かんなくって。私も頑張るから、手伝ってくれない?」
「……分かった。俺も調べてみるよ」
サラの唇が、ほっと緩む。
彼女はベンチの端を指で叩いて笑みを浮かべる。
「ありがとう、ヒビキ!」
声に弾みが加わり、赤い髪を後ろに払う仕草が軽やかだ。
二人は一瞬、視線を交わす。
「それじゃあ、また明日ね」
サラは踵を返しベンチから離れる。
背中が、夕陽に長く伸びる。
彼女の足音がアスファルトに響き、徐々に遠ざかる。
校門の影に差し掛かると、一度だけ振り返り、少年に小さく手を振る。
指先が夕陽を掴むように輝き、唇が無言の「がんばって」を形作る。
ルルが影から飛び出し、少年の腕を掴む。
「ヒビキ、どうだった? なんかいい感じじゃなかった?」
彼は校門を振り返り、呟く。
「ずっと見てたの知ってるからな」
少年はルルの頭を軽く撫で、苦笑を浮かべる。
「てへ……バレてた」
「バレてたよ。……それでどうする?」
ルルが腕を絡め、目を輝かせる。
「恋愛探偵団! 結成だぁ!」
「いや……そういうことじゃなくて」
風が桜の残骸を巻き上げ、二人の足元に舞う。
羊皮紙の山がまだ残る中、学園の影が静かに忍び寄っていた。
夕陽が校舎を赤く染め、新たなミッションの幕が、ゆっくりと開く。




