第4話
チャイムが鳴り響き、教室の空気が一気に緩んだ。
初日の午後は、授業のない自己紹介タイムで終わっていた。
生徒たちのざわめきが波のように広がり、友達と肩を並べて廊下へ流れていく。
ヒビキは席からゆっくり立ち上がる。
隣のルルが肘で彼を突つく。
「ねえ、ヒビキ。放課後だよ! なんかワクワクしない? 学園探検タイムだね!」
彼は小さく首を振り、鞄のストラップを直す。
「探検か……。そうだな、情報収集をするか」
二人が教室を出ようとすると、担任の先生が扉のところで手を挙げた。
「おーい、ヒビキ君、ルルさん。ちょっと待ってくれ」
先生の後ろから、赤い髪の少女が現れる。
肩まで伸びたストレートの赤髪が揺れ、制服のスカートをきっちり膝下で揃えた立ち姿は、完璧な優等生のそれだ。
名札には「知瑠」とある。
「学級委員長の知瑠サラです。転校生のお二人はまだ学校に不慣れだと思いますので、今日は私の方で学園の案内をさせていただきますね。よろしくお願いします」
ルルが目を輝かせ、ぱっと手を振る。
「わぁ、委員長さん! よろしくねっ。サラさんって呼んでいい? 赤い髪、すっごく綺麗! 私、ルル! こっちがヒビキ!」
「え、髪? ……まあ、えと、ありがとう。さ、行きましょう」
彼は無言で頷き、ルルの後ろを歩き出す。
三人は廊下を進み、まず校舎の中央棟へ。
サラが足を速め、説明を始める。
「まずは図書館よ。こっち」
エレベーターで三階に上がり、ガラス張りの扉を開けると、広大な空間が広がる。
本棚が天井まで積み上がり、窓からは校庭の緑が一望できる。
生徒たちが数人、テーブルで本をめくり、静かなページの音が響く。
サラが本棚の端を指さし、声を低く抑えて説明する。
「蔵書数は十万冊以上。電子書籍コーナーもあるわ。勉強に集中したいなら、ここがおすすめ。貸出もできるけど、期限を超えたら怒られるから気を付けてね」
ルルが目を丸くし、棚に駆け寄って背伸びをする。
「わー、すごい! これ全部本なの? ヒビキ、ほら見て! ファンタジー小説がいっぱい! 私、恋愛もの探そっかなっ」
彼は棚の影から一冊を抜き取り、表紙を静かに眺める。
「……確かに、静かでいいな」
サラが軽く咳払いをし、穏やかに続ける。
「次は体育館に行きましょう。ついてきて」
外へ出て、グラウンドを横切り、体育館の扉を押し開く。
バスケットコートが二面広がり、ステージ付きの多目的ホールが併設され、遠くで部活の生徒たちが汗を流している。
バレーボールの弾む音と、掛け声が活気づいて響き渡る。
サラがコートのラインを指でなぞり、淡々と説明を加える。
「体育館は最新設備が揃ってるわ。エアコンも完備。クライミングウォールや卓球台もあって、雨の日でも運動できるの。部活動も活発よ。でも、勝手に使ったら注意されるから、予約はちゃんと取ってね」
ルルがぴょんと跳ね、バスケットゴールを見上げて手を叩く。
「きゃー、楽しそう! ヒビキ、一緒にバスケやろ!」
彼はゴールのネットを軽く触る。
「……二人でバスケはできねーだろ」
「えー、じゃあサラも入って三人でやろう! スポーツ得意そうじゃない?」
サラが二人のやり取りを見て、軽く微笑む。
「次は食堂よ。急ぎましょう」
校舎に戻り、地下へ降りる。
食堂は巨大なホールで、カウンターがずらりと並び、生徒たちの行列がゆったりと進んでいる。
メニューは和洋中からデザートまで揃い、香ばしいカレーの匂いが優しく漂う。
サラがトレイを指さし、声を少し張る。
「定食は三百円からよ。栄養バランスも考えられてるし、アレルギー対応も完璧よ」
ルルがメニュー表を覗き込み、少年の腕に自然と絡みつく。
「お腹すいたー! ヒビキ、一緒にカレー食べよ?」
ヒビキはルルの頭を軽く撫でる。
「……お前、本当に食いしん坊だな」
サラが淡々と続ける。
「次は屋上庭園。階段よ」
階段を上り、屋上へ。
そこは意外なオアシスで、ベンチと花壇が並び、街の喧騒が遠くに聞こえるだけ。
生徒のカップルが数組、夕陽を眺めている。
サラがベンチを指し、髪を払う。
「屋上は憩いの場よ。騒ぎ過ぎないように、みんなのマナーを守ってね」
ルルがベンチに腰を下ろし、少年の手を引っ張って座らせる。
「わぁ、最高! ヒビキ、ここで一緒に本読も?」
彼は抵抗しつつも指を絡る。
「……今、必要かこれ?」
サラが二人の様子を見て、軽く首を傾げる。
「……それじゃ、案内はこれでおしまい。質問ある?」
案内が終わり、校舎の玄関に戻る。
少年が足を止め、サラの目を真っ直ぐ見つめる。
「笑わないで聞いてくれるか」
「何よ、改まって。言ってみなさいよ」
彼は一瞬、ルルをチラリと見てから続ける。
「幼稚かもしれないが、俺は学校の七不思議みたいなものが好きでな。この学校で、最近不思議なことは起きてないか。特に恋愛関係で」
サラが目を瞬かせ、赤髪を耳にかける。
「恋愛関係って……特にないわよ。普通の学園だもの」
少年の肩がわずかに落ちる。
「そうか」
ルルがサラの袖を優しく引く。
「少しでも変なことがあったら、教えて欲しいなぁ。サラさん、優しそうだし!」
サラが頰を緩め、指を顎に当てる。
「少しでも……そうねぇ。なんか、休み明けのわりに男子で疲れが取れないって言ってる子は多かったかなぁ。でも、男子なんてみんな運動してるし、休みだからって夜更かしとか、徹夜で宿題終わらせてたとか、そういうものかなって思ってるけど」
少年の口元に影が差す。
「そうか。ありがとう。参考になるよ」
サラが首を傾げ、二人の背中を見送る。
「あなたたち……ちょっと変わってるわね。まあ、これで案内はしたから、また明日ね」
ルルが少年の腕に寄り添い、小声で囁く。
「ヒビキ、なにかわかったの?」
「いや……まずは手近な所から解決していこう」
彼は頷き、校門をくぐる。
風が桜の残り香を運び、学園の夜が静かに幕を開ける。




