表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あぁ!君こそ恋愛スナイパー  作者: 川合 佑樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/24

第23話

 ヒビキはベッドでゆっくりと目を覚ました。

 いつもの天井が視界に広がり、淡い朝陽がカーテンの隙間から差し込み、白いシーツに柔らかな影を落とす。

 枕の感触が頰に馴染み、かすかな洗剤の匂いが鼻をくすぐる。

 体を起こすと、そこは見慣れたマンションの寝室だった。

 壁の小さなひび割れ、机上の埃っぽいランプ、すべてが昨日のまま。

 少年は額に手を当て、深く息を吐いた。

「……嫌な夢だったな」

 喉が乾き、かすれた声が部屋に溶ける。

 夢の残滓が胸に重くのしかかり、爆風の熱さと闇の冷たさが、指先まで疼くように蘇る。

 ベッドの端に腰を下ろし、足を床に着ける。

 冷たいフローリングが現実を確かめさせる。

 立ち上がり、寝巻の裾を払う。

 クローゼットを開け、制服のシャツを引っ張り出す。

 袖を通し、ボタンを一つずつ留めていく。

 鏡に映る自分の顔は、いつも通り無表情。

 ネクタイを緩く結び、肩を軽く回す。

「……あれ? 今日は何曜日だ?」

 首を傾げ、部屋の時計に目をやるが、針は止まっている。

「……まぁいいか」

 肩を竦め、ドアノブを回す。

 廊下の空気が流れ込み、かすかな朝食の香りが漂う。

 ダイニングへ向かう足音が、静かな部屋に響く。

 ダイニングの扉を開けると、そこには三つの人影が深く頭を垂れて並んでいた。

 ルルの銀髪が朝陽に輝き、エナの金色が柔らかく揺れ、サラの赤い髪が肩に落ちる。

 テーブルには湯気の立つコーヒーカップが三つ、冷めたトーストが皿に残る。

 少年の足音が止まり、息を飲む。

「えっ……」

 三人は同時に顔を上げ、ルルが叫んだ。

「本当に申し訳ありませんでしたああああああ!」

 ルルがテーブルに突っ伏すように頭を下げ、エナが優雅に腰を折り、サラが体を低くする。

 部屋が一瞬、沈黙に包まれ、コーヒーの湯気が静かに立ち上る。

 少年はドア枠に寄りかかり、目を瞬かせる。

「お、おい……何だよ、急に」

 ルルが顔を上げ、瞳を潤ませて少年の手を掴む。

 指に温かい感触が伝わる。

「ヒビキ! ごめんね、ごめんね! 私、もっと早く気づくべきだったの! エナ様の計画も、私のせいで……!」

 彼女の声が途切れ、肩が小さく震える。

 エナが静かに立ち上がり、金色の髪を耳にかけながら一歩近づく。

「落ち着いて、ルル。まずは座って話しましょう。あなたも、ヒビキくん」

 エナの声は穏やかで、手を差し伸べて椅子を引く。

 サラがテーブルを叩き、赤い髪を乱暴にかき上げて座り直す。

「そうだよ、ルル。泣いてる場合じゃねぇだろ。ヒビキ、座れよ。説明すっから」

「わっわかったよ」

 彼は椅子に腰を下ろす。

 テーブルの木目が掌に冷たく、コーヒーの苦い香りが鼻を刺激する。

 ルルが隣にぴたりと寄り添い、袖を軽く引っ張る。

「……で、何だよこれ」


 時間は昨日に戻る。

 屋上での爆発が、すべてを変えた。

 轟音が空間全体を揺らし、コンクリートの破片が雨のように降り注ぐ。

 炎の舌が燕尾服の裾を焦がし、煙が視界を覆う。

 ルルが翼を広げて飛んできた頃には、もう遅かった。

 倒れたヒビキの姿が、屋上の縁に転がる。

 胸元が埃で汚れ、息が止まった体が静かに横たわる。

 そして、心臓マッサージをするサラの姿があった。

「くそっ……聞いてねーぞっ……こんなのっ!」

 その赤い髪が汗で額に張り付き、掌が少年の胸を強く押し込む。

 リズムが乱れ、息が荒い。

「戻って来いよ、バカ!」

 サラの掌の動きが激しくなる。

 肘を伸ばし、体重を乗せて押し、離す。

 ルルが屋上に降り立つ。

 翼が収まり、髪が風に乱れる。

 目を見開き、足が止まる。

「いったい何を……!」

 ルルが駆け寄り、少年の肩に手を置く。

 冷たい肌の感触に、息を飲む。

 サラが顔を上げ、赤い瞳をルルに据える。

「いいから人工呼吸でも天使の力でも何でも使え! 死ぬぞ、コイツ!」

 サラの拳が再び胸に沈み、骨の軋む音が微かに響く。

 少年の使用する武器はすべて非殺傷である。

 それは彼自身にも同様であった。

 しかし、大量の手榴弾による衝撃波は、高校生の心臓を止めるには十分すぎたのだ。

 ルルは膝をつき、少年の顔を覗き込む。

 涙が一筋、頰を滑る。

「そんな……いや……!」

 ルルが少年の頰に触れる。

 冷たい感触が、胸を締めつける。

 サラの声が鋭く響く。

「泣いてる場合か! 早くしろ!」

 ルルはハッとして体を起こし、少年の頭のすぐそばにへたり込む。

 膝がコンクリートに擦れ、翼の影が微かに広がる。

「でも……私は……」

 そして、口が触れ合おうとする。

 ルルの涙が少年の頰に落ちる。

 温かな雫が、冷たい肌を濡らす。

「ごめんね……さよなら……ヒビキ」

 ルルの声が囁きのように漏れ、二人の唇が運命の糸を紡ぐ。

 柔らかな感触が広がり、ルルの息が少年の唇に溶け込む。

 その瞬間、ルルの伝送機が震える。

 ポケットから青白い輝きが迸り、暗い帳を貫くように、天から光が差す。

 柱のように降り注ぎ、屋上を照らし、煙を払う。

 少年の胸が微かに動き、息が戻る。

 心臓の鼓動が弱く、しかし確実に響き始める。

 ルルの唇が離れ、涙が混じった息が吐かれる。

 サラが拳を止め、息を飲む。

「……生き返った……!」

 ルルの手が少年の胸に置かれ、光の粒子が体に溶け込む。

 鼓動が強くなり、少年の瞼がわずかに動く。


 時間は現在に戻る。

 ルルがテーブルに肘を突き、声を震わせて続ける。

「……ということなの」

 ヒビキはコーヒーカップを握り、湯気を眺める。

 指が白くなり、熱さが掌に染みる。

「ということなの、って……俺、死んだのか!?」

 声が低く、喉が詰まる。

 エナが静かに頷き、金色の髪を指で梳く。

「そうなるわね」

 サラがテーブルを軽く叩き、赤い髪を後ろに払う。

 少年は拳を見つめる。

「そうか……」

 少年はカップを置き、ルルの手をそっと握る。

 ルルの指が絡み、温かさが伝わる。

「てか、お前らは何でここにいるんだ」

 ルルが唇を噛み、言葉を探す。

「それは……」

 エナが椅子を引いて立ち上がり、窓辺に寄る。

 朝陽が金色の髪を輝かせ、影が床に長く伸びる。

「それは私が説明するわ」

 少年の目がエナに向く。

 体を少し前傾させて、声を低くする。

「そもそもお前は誰なんだ」

 エナは窓ガラスに指を這わせ、外の街並みを眺める。

 息を吐き、ゆっくり振り返る。

 琥珀色の瞳が少年を捉え、唇が静かに動く。

「私は……神よ」

 少年は手をルルの膝に置いた。

「……そうか。続けてくれ」

 エナがテーブルに戻り、椅子に腰を下ろす。

 指を組み、声を穏やかにする。

「あなたはルルをどういう存在だと思ってる?」

 少年は首を傾げる。

「どういう? 天使じゃないのか?」

 エナが頷く。

「そう。天使よ。そして神の代行者」

「あぁ。俺もそう聞いている」

「本来、そういう存在が人に仕事を任せるなんてことはあり得ないの」

「まぁ……そうだろうな」

 エナの瞳がルルに移り、優しく微笑む。

 ルルが体を縮こまらせる。

「……それで、彼女は簡単に言うと、神界で反逆者状態だったの」

 ルルが少年の手を強く握る。

「……ごめんなさい」

 サラがルルの背中を軽く叩き、赤い髪を揺らして笑う。

「ばーか」

 エナが言葉を続ける。

「でも、あなたのおかげで、依頼は恐ろしいほどに早くこなされていったわ。でもね、それでも彼女の存在を許さない者はいた。私はそれを止めるためにほんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとうに、必死に頑張ったわ」

 ルルの肩がびくっと揺れる。

「……ありがとうございます」

 サラがルルの頭を軽く小突く。

「ばーか」

 エナの声が少し速くなり、手をテーブルに置き、指を一本ずつ折りながら続ける。

「男神に祈願して、三天使に指示を出して、リリスの旦那にお願いして、それでもリリスに無理やり現界してもらって、表向きは操る権限を得て、ルールに抵触しないように曖昧な指示を出して、代償に精気を吸う許可まで誓わないと行けなかったし、指輪まで行使して神の罰の執行に見せかけないと行けなかったし、その精気はルルに還元しないといけなかったし、ルルがリリスに勝たないと行けなかったし、神のバランスを回復させないと正当化できないし……と、頭が痛くなる日々だったわ」

 ルルの瞳が潤み、唇を噛む。

「……」

 サラがルルの肩を叩き、声を張る。

「ばーか」

 少年はエナの目を見つめ、ゆっくり頭を下げる。

「……ありがとうございます。ルルのために頑張ってくれたんですね」

 エナが笑む。

「でもね、私の計画は、これでも世界にゆがみを生みかねないとても危険なものだったの。あなたのあの行動で全て変わってしまった」

「それは……どういう」

 エナがルルとヒビキの間に指を差し、ゆっくり振る。

「ルルを助けたいと願ったあなた。そして最後にあなたを守りたいと願ったルル。この二つの自己犠牲が奇跡を生んだのよ」

 少年はルルを見る。

 ルルは目線を逸らす。

 サラがテーブルに肘を突き、声を低くする。

「天使ってのは、基本見てるだけで、人間に直接手を下したり、ましてや一人の命のためにルールを捻じ曲げるなんてことあっちゃいけねぇ。それは神の領分だ。特に愛の天使が一人を愛するなんてのはなぁ、ルル」

 ルルの声が小さく漏れる。

「……だって……それは」

 エナがルルの肩に手を置き、優しく撫でる。

 指が軽く沈み、声を柔らかくする。

「あなたへの口づけ。本来であれば即刻堕天してもおかしくない行動でした。しかし、それを覚悟してでもあなたの命を救おうと思ったのです。それは許されるべき行いです」

 少年の目がルルに向き、息を飲む。

「ルル……お前」

 エナが声を静かにする。

「そして、あなたはルルのために自らの命を危険にさらした。その行いで、神があなたたちを救済する理由ができたのです」

「理由……ですか」

 少年の指がルルの手を離れ、体をエナに向ける。

「その……つまり、俺とルルは、これまで通り過ごしていいんですか」

 エナの瞳が優しく細まり、頷く。

「……あなたたちがそれを望むなら」

 少年はルルの手を再び握り、肩を寄せる。

「そうですか……じゃあ、いいです。細かいことは」

 ルルの指が強く絡む。

「ヒビキぃ……」

 少年はエナとサラを見る。

「俺は多くを望みません。元々終わってるような人生でしたから。でも天使がいて、悪魔がいて、神がいて、そんな神が俺の人生を許すというのなら、もう少し楽しんでみたいです。できれば彼女と一緒に」

 ルルが少年の胸に強く抱きつく。

「ヒビギぃ……」

 エナが微笑み、立ち上がる。

 サラの肩を軽く叩き、扉へ向かう。

「わかりました。では後はお二人で。サラ、行きましょう」

 少年は椅子を引いて立ち、エナに頭を下げる。

 体を折り、声を低くする。

「エナ先輩、ありがとうございました」

 エナが振り返り、金色の髪を指で払う。

 唇を緩め、目を細める。

「エナでいいわ」

 ルルが立ち上がり、エナの手に自分の手を重ねる。

 涙が頰を伝い、声を震わせる。

「エナざば……ありがとうございました」

 ルルが泣きじゃくりながら頭を下げる。

 エナがルルの頭を優しく撫で、指を軽く振る。

「ふふっ、あなたも……エナって呼んでくれるかしら?」

 ルルの瞳が輝き、頷く。

 体を起こし、声を強くする。

「あいっ……」

 エナが扉に手をかけ、サラを振り返る。

 サラが肩を竦め、赤い髪を後ろに流す。

「それじゃお邪魔したわね。また会いましょう」

「じゃーなっ」

 エナとサラが扉を開け、去っていこうとする。

 エナが扉を閉めるその瞬間、振り返り、指を口元に当てる。

 笑みが広がる。

「あっ、それとルル。もうキスしても堕天はしないみたいよ。ほほほ」

 ばたん。

 扉が閉まる音が響き、部屋に静けさが戻る。

 ルルがハッとして振り返る。

 少年と目が合う。

 沈黙の時間が流れる。

「怖かったよぉ……」

 ルルの声が小さく、足音を忍ばせて少年に近づく。

 体を寄せ、袖を掴む。

 少年はルルの肩を抱き、指が背中を撫でる。

「ごめん」

「本当に怖かった。死んだかと思った」

「……ごめん」

「私は天使だもん。簡単に死なないもん」

「……そうだな」

 ルルが少年の胸を軽く叩き、声を張る。

「もうあんな無茶なことしないで」

 少年がルルの手を握る。

「……わかった」

「……って」

「……え?」

 ルルが息を吸い、声を震わせる。

 指が少年の襟を掴み、体を寄せる。

「……愛してるって言って」

 少年の目が柔らかくなり、ルルの頰に手を当てる。

 親指で軽く撫で、声を低く、しかし温かくする。

「あぁ、もちろんだ。愛している、ルル」

 ルルは泣きながら少年に飛びつき、体を強く抱き締める。

 そして二人は幸せなキスをした。

 唇の鼓動が同期する。

 ルルの手がヒビキの背中を掴み、時間が止まるように静かになる。

 朝陽が二人の影を優しく伸ばし、部屋に温かな空気が満ちる。

 キスが離れ、ルルが息を弾ませて少年の胸に顔を埋める。

 少年はその髪を撫でる。

 街の喧騒が遠くに聞こえ、穏やかな朝が続く。

 静かな部屋に、かすかな風が吹いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ