第22話
ヒビキの指がスナイパーライフルの引き金に食い込み、屋根の縁からサラの胴体を冷徹に捉える。
風がわずかに燕尾服の裾を揺らし、銃身の冷たい金属が掌に食い込む感触が、戦場の記憶を呼び起こすように鋭い。
ズドン!
乾いた銃声が闇のヴェールを裂き、弾丸が弧を描いてサラの胸元へ向かう。
サラの体が、まるで予知したかのようにわずかに傾く。
弾丸は空気を引き裂き、彼女のメイド服のエプロンを僅かに掠め、地面に食い込む。
土塊が飛び散り、芝生に小さな穴を抉る中、サラの唇に嘲りの笑みが浮かぶ。
「もう目が慣れちゃったわ。すまねーな」
彼女の声は甘く響き、足を軽く滑らせて体勢を整える。
「今のはわざと外したんだよ」
少年の声が屋上から低く響き、銃口を微かに調整する。
そこへ、ルルが影のように滑り込む。
「隙ありっ!」
サラの脇腹へ拳を叩き込む。
拳の衝撃が空気を震わせ、ゴンッという鈍い音がグラウンドに響く。
「ぐうっ」
ルルの青い瞳に炎が宿り、体重を乗せた一撃がサラの体をわずかに浮かせる。
サラの体が空中で回転し、吹き飛んで行く。
少年の声が屋上から響く。
「ルル! 援護する。勝ち目はあるか!?」
彼の指がアサルトライフルに切り替わり、銃口をサラへ向け直す。
闇のヴェールが視界を歪める中、連射の準備を整える。
ルルは少年に振り返る。
唇を固く結んで声を張る。
「勝てるけど……ちょっと難しいかも!」
彼女の翼が微かに震える。
「俺にできることはあるか!」
少年の声が低く、しかし切迫感を帯びて響く。
アサルトライフルのストックを肩に押し当て、照準を微調整する。
指先が引き金を撫でる。
ルルが立ち上がりながら叫ぶ。
「この空間が――」
だが、言葉を言いかけた瞬間、サラの体が爆発的に動く。
「隙ありってな!」
地面を蹴る衝撃音と共に、その膝がルルの脇腹を抉るように突き上げる。
ルルの体が横へ吹き飛ぶ。
「きゃあっ!」
彼女は芝生を滑るように転がる。
サラが嘲るように笑い、足を優雅に踏み鳴らす。
「戦いの最中に敵から目を離すなんて、ずいぶん余裕だなぁ!」
瞳がルルを捉え、ゆっくりと近づく。
「ルル!」
少年の叫びが屋上から迸る。
少年は即座にアサルトライフルを乱射し、牽制の弾幕を浴びせる。
ダダダッ!
銃口が火を噴き、弾丸の雨がサラの周囲を薙ぎ払う。
地面に穴が無数に広がり、芝生に穴が連なる。
「だから、それは見飽きたっての」
サラは体を低く沈め、足さばきのみで全てを避ける。
そのステップは舞踏のように軽やかで、弾丸が掠めるたび、メイド服の裾がわずかに揺れるだけ。
赤い髪が風を切り、唇に余裕の笑みが浮かぶ。
「それとも、ダンスのお相手をご所望か?」
少年の歯が軋む。
「ちっ、化け物め……!」
少年の息が荒く、銃身が熱を帯びて掌を焼く。
照準を追いかけるが、サラの動きが予測不能に速い。
「おいおい、レディに向かって失礼だな」
彼女は足を滑らせてルルに迫る。
ルルが地面から跳ね起き、息を切らして叫ぶ。
「ヒビキ! みんなを銃で撃てば愛の力で起きるかもしれない! そうすれば夢の力を失ってサラを弱体化できるわ!」
ルルの声に力が宿る。
「神の弾丸で、みんなの心を繋ぐの!」
「分かった、やってみる!」
少年は即座に屋上を移動し、校内を上から見下ろす。
スナイパーライフルのスコープを覗き込み、グラウンドから校舎内までを一望する。
倒れた生徒たちの群れが、闇のヴェールに覆われて静かに横たわる。
数百、いや千人単位の人数。
現実が突きつけられる。
少年の息が止まる。
「この人数を……一人で……」
スコープ越しに、無数の体が広がる光景が、胸を締めつける。
時間――ただそれだけが絶望的に重い。
指が引き金を離れる。
その時、校舎の階段を駆け上がる足音が響く。
重く、しかし速いステップ。
サラの体が屋上に上がり、赤い髪を翻して現れる。
メイド服の裂けた裾が舞い、虚ろな瞳が少年を捉える。
ヒビキが振り返り、即座にショットガンとアサルトライフルを構える。
「来るな!」
サラがゆっくりと近づき、唇を舐めるように笑う。
「遅いぞ人間」
その足音がコンクリートを叩き、屋上の柵が微かに揺れる。
サラは二つの銃の先端を握り、少年を横に振り回した。
彼は銃から手を離し、床に転がりその勢いのまま柵に叩きつけられる。
柵が変形するほどの力に少年は咳き込んだ。
サラはショットガンを少年に向ける。
しかしその銃口を下げ銃同士を叩きつけ、破壊した。
彼が振り返り、即座にスナイパーライフルを構える。
しかし、叩きつけられた衝撃で引き金が壊れ、乾いたカチッという音だけが響く。
サラの笑いが広がる。
「おいおい、もう手詰まりか? 残念だな、これからが楽しいってのに」
「ルル……は……どうした?」
声にわずかな震えが混じり、屋上の闇が少年の影を長く伸ばす。
サラがニヤリと笑い、爪を軽く鳴らす。
「さぁ、どうしたのかな」
「……生きているのか」
少年の声が低く、拳を握りしめる。
サラの瞳が細まり、嘲るように首を傾げる。
「さてねぇ……」
サラの足が一歩近づき、コンクリートに影を落とす。
「ちっ……!」
少年の歯が軋み、腰から拳銃を抜く。
銃身をサラへ向け、照準を合わせる。
サラが手を広げ、余裕の笑みを浮かべる。
「まだやる気か? いいぜ、最後までやろう」
少年の目が細まり、拳銃の銃口を自身のこめかみに当てる。
冷たい金属が肌に食い込み、空気がひりつく。
サラの瞳が見開き、一瞬の静寂が屋上を包む。
「何をする気だ……?」
少年の唇が、静かに動く。
「天使だの悪魔だの、昔は信じられなかった。だが……こう現実を突きつけられると、まぁちょっと面白くなって来てたんだが……ルルがいないなら、もう吹っ切れた。俺は九百九十九人の命を奪ったらしい。最後は俺一人で締めるのも悪くないさ。……それにお前は悪魔なんだろう? 俺はどうせ地獄行きだ。……あの世で出会ったら、真っ先にお前を殺してやるから覚悟しろ」
声は低く、しかし決意に満ち、指が引き金をゆっくり引き始める。
サラの表情が歪み、叫びが迸る。
「おい、やめろおおおお!」
サラの体が爆発的に少年に迫り、魔力を増し髪が赤から金へと移り変わる。
屋上のコンクリートが波打ち、柵が軋む音が響く。
その瞬間――少年の唇が弧を描く。
「ばーか」
燕尾服の前を素早く開き、胸元に隠していた大量の改造手榴弾を起動させる。
「はぁ!?」
ピン抜きの金属音がカチッと響き、信管が即座に作動。
「さよならだ、人生」
屋上が爆音で響き渡る。
ドカン!
轟音が闇のヴェールを震わせ、炎と煙が一瞬で広がる。
手榴弾の破片がコンクリートを削り、柵が曲がりながら飛散。
サラの体が衝撃波に飲み込まれ、後方へ吹き飛ぶ。
少年の体も爆風に煽られ、屋上の縁から転がり落ちる。
意識が遠のいていった中、ルルの笑顔が脳裏に浮かぶ。
耳元で、かすかな風のささやきが聞こえる。
「ヒビキ……」
闇が視界を覆い、爆煙がすべてを飲み込む。




