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あぁ!君こそ恋愛スナイパー  作者: 川合 佑樹


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24/24

第24話

 学校に行くと、何もなかったかのように文化祭二日目が行われていた。

 一般からの入場者で校庭はさらに賑わいを見せていた。

 ヒビキは執事服に身を包み、燕尾服の裾を軽く払いながらテーブルを回っていた。

 白い手袋がトレイを滑らかに支え、客の女子たちに紅茶を注ぐ仕草は、昨日より洗練され、彼女たちの頰を赤らめさせる。

 少年が低く抑えた声で尋ねた。

「お嬢様、ミルクをお入れいたしましょうか」

「あ、はい! お願いします。……あの、連絡先の交換とかって……」

 女子の一人が頰を押さえ、隣の友達に囁く。

「こらっ、抜け駆けしないの!」

 すると、女子の一人がスマホを構え、叫んだ。

「もう一枚、ポーズください!」

 周囲の歓声が沸く中、少年は小さく頭を下げ、ネクタイを指で整えた。

「ありがとうございます。次はスコーンもお試しください。ルルの特製ですよ」

 少年が静かに微笑み、トレイを傾けて紅茶を注ぎ終える。

 女子たちが声を上げた。

「きゃー!」

 スマホのシャッター音が響いた。

 ルルもメイド服で忙しなく動き回り、フリルのエプロンを翻しながらトレイを抱え、厨房とテーブルを往復する。

 銀髪がおさげに揺れ、客の注文を素早く捉えた。

 ルルが明るく声をかけ、トレイを優雅に回した。

「ご主人様、特製スコーンセットはいかがですか? クロテッドクリームがふわふわですよ!」

 女子客が手を叩き、叫んだ。

「ルルちゃん、可愛すぎ!」

 ルルはウィンクを返し、軽く一回転して笑顔を振りまいた。

 足取りは軽やかだった。

 クラスメイトの男子が割り込んで、言った。

「ルル、次は俺の注文とってよ!」

 ルルはくすくす笑いながらかわした。

「順番をお待ちくださいませ~」

 男子が肩を落とした。

 周りの男子が割り込んだ。

「次は俺だ!」

 ルルが笑いながらトレイを回し、注文をメモする。  

 サラも変わらず忙しそうにカウンターを仕切り、赤い髪を耳にかけながらポットを運んだ。

 トレイを片手に厨房へ指示を飛ばし、声を張った。

「追加の紅茶、急いで!」

 頰にインクの跡が残り、制服の袖がわずかにめくれ上がるが、動きはきびきびとして、客の列をスムーズにさばく。

 少年と目が合うと、軽く肩を竦める。

「ふう……今日も大盛況ね、ヒビキ」

 サラが小さく息をつき、少年にだけ聞こえる声で囁く。

 彼はトレイを置いて一息つき、窓辺に寄りかかる。

 外の喧騒を眺めながら、独り言のように呟く。

「本当に……すべてうまくいったんだな」

 燕尾服の襟を指でなぞり、昨日の一連の出来事を思い浮かべる。

 爆風の熱さ、闇の冷たさ、そしてルルの温かな唇の感触――すべてが遠い記憶のように感じる。

 だが、胸の奥に残る疼きは、確かに現実だった。

 時間が経ち、午後のピークが過ぎた。

 少年はサラと一緒に休憩を取ることにした。

 ルルはまだ中で忙しそうにトレイを回し、客の笑い声に混じって明るく応じた。

「ルルちゃん、笑顔くださーい!」

「はい、ルルちゃんですっ!」

 ルルがくるりと回ってポーズをとる。

 少年はサラに目配せし、二人で教室を抜け出す。

「サラ、先に休憩とろうか」

「そうね。ルルには悪いけど」

 廊下は入場者の波でごった返し、壁際に寄りながら歩く。

 先に口を開いたのはサラだった。

 彼女は少年の横顔をちらりと見る。

「全部聞いたわ」

 声は低く、しかしはっきりとした響きで廊下に溶ける。

 少年の足がわずかに止まる。

「えっ……何を?」

 サラは歩みを緩めず、肩を軽くぶつけながら続ける。

「私だったのね。事件の犯人」

 言葉を吐き出すように言い、拳を軽く握って前を向く。

 足音が少し速くなり、廊下の角を曲がる。

 少年の目が細まり、追うように歩を速める。

 手袋の指がネクタイを無意識に撫でる。

「……それって、どういう意味だ?」

 サラは腕を組んだままヒビキを振り返る。

 瞳に影が差すが、唇を固く結んで声を抑える。

「大丈夫よ。隠さなくてもいいわ。リリスに全部聞いたから」

 サラの指がスカートの裾を軽く握る。

 廊下の喧騒が遠くに聞こえ、二人の間に静かな間が流れる。

 少年は一歩近づき、声を低くする。

「そうか……その、なんていうか」

 言葉を探すように手を挙げ、すぐに下ろす。

 サラの肩に触れそうになり、慌てて引っ込める。

 サラは壁から体を離して歩き出す。

「はぁ……あんたはいいわね。相方が天使で」

 声に羨望と苛立ちが混じり、足音が少し乱れる。

 少年は並んで歩き、苦笑を浮かべる。

 手袋を外し、ポケットにしまう仕草で時間を稼ぐ。

「あー、うん。それも知ってるんだな」

 サラは頷き、拳を軽く振って続ける。

「なんか定期的に精気ってのを吸わないと、私は死んじゃうみたい。本当に迷惑な話よね」

 言葉の端に自嘲が混じり、壁際に寄って足を止める。

 少年の目を真っ直ぐ見つめる。

 少年が声を低くする。

「……それって、セ……」

「責任取ってね」

 声が少し上擦り、拳がスカートの裾を強く握る。

 廊下の喧騒が二人の緊張を包むように響く。

 少年の目が見開き、体をわずかに引く。

 手を挙げて言葉を探す。

「えっ、でも……」

 サラがより一層睨み、赤い髪を乱暴に払う。

 すると、サラの声色が代わる。

 低く、からかうような響きが混じり、唇が緩む。

「本当に初心だなぁ、こいつは」

 少年の背筋が凍る。

 体を固くし、声を低くする。

「おまえ……リリスか」

 サラの唇がニヤリと弧を描いた。

「おう……お前、見かけによらずむっつりか?」

 声がサラのものから遠ざかり、からかうような笑いが漏れる。

 廊下の風が二人の間を吹き抜ける。

「はぁ!? 何言ってんだよ!」

 サラは指を振って続ける。

 体を軽く前傾させて、少年の反応を楽しむように目を輝かせる。

「お前が心配してるようなことにはならねーよ。俺は受肉した人間の肉体レベルに合わせて精気を取るんだ。こいつだと、たまに手でも握ってやれば十分回収できる。まぁ、お前が望むのならそれ以上……あるわけないでしょ!」

 言葉の最後で声を高くし、叫びに変わった。

 少年は確認するように呟く。

「……サラか」

 サラの瞳が元に戻り、拳を軽く振る。

「はぁ……とにかく、ルルには許可取ってあるから……たまにお願いね。もう、先に行くわ!」

 そう言うと、サラはドカドカと足音を響かせて廊下を進んでいく。

 赤い髪が角を曲がるまで揺れ、背中が遠ざかる。

 少年は独り言のように呟く。

「一体何なんだ……」

 すると、視線の先に人影が現れた。

 エナがこちらに手を振っていた。

 少年が歩み寄ると、エナは微笑み、指を軽く振る。

「ヒビキ、良い格好ね」

 彼は足を速め、エナの前に立つ。

 燕尾服の袖を軽く払い、声を低くする。

「あの……エナせ……エナ、まだこの世界に?」

「ふふふ。色々あって、もうちょっとだけね」

 体を少し傾け、廊下の喧騒を眺める仕草で続ける。

 少年はエナの瞳を真っ直ぐ見つめ、言葉を慎重に選ぶ。

「さっきリリスに聞いたんですが……その、サラが……」

 エナは頷き、指を口元に当てて微笑む。

「えぇ、知っているわ。私が提案したんだもの」

 一歩近づき、少年の肩に手を置き、優しく撫でる。

 少年の目がわずかに見開き、体を引く。

「その……彼女はずっとあのままなんですか……」

 エナは続ける。

「そうね……ヒビキはどうしてこの学校に来ることになったか、覚えてる?」

「それは……この学園で運命の人をくっつけるために」

「それは副次的なものよ」

 声を少し低くし、少年の腕を軽く叩く。

「……別の目的が?」

「この学園にはたくさんの人がいるわ。でもそれだけだと、あのようなエラーは出ない」

「エラーって……まさか」

 エナは首を振り、金色の髪を軽く振る。

 指を少年の胸に当て、優しく押し返す。

「いいえ。私が引き起こしたことではないわ。すべては女王の気まぐれよ。あなたを救ったのも……。そしてこれから起きる出来事も全て」

 声を柔らかくし、少年の瞳を覗き込む。

 彼の拳が握られ、声を張る。

「俺に何をしろと」

 エナは微笑み、指を少年の頰に軽く触れる。

「あなたは神に魅入られた存在。そしてこの奇跡を受け入れなさい。愛を。恋を。運命を。紡いでいくのです。それがあなたの贖罪なのだから」

 そう言うと、エナは体を翻し、金色の髪を残像のように残して姿を消す。

 空気がわずかに揺れ、廊下に静けさが戻る。

 少年が手を伸ばし、声を上げる。

「待って……!」

 だが、すでに跡形もなくなっていた。

 少年は独り立ち尽くし、独り言のように呟く。

「……贖罪って」


 夕暮れの校庭は、キャンプファイヤーの柔らかな橙色の光に包まれていた。

 薪の爆ぜる音が低く響き、炎の揺らめきが周囲の生徒たちの顔を優しく照らす。

 遠くで文化祭の余韻が残る笑い声が混じり、風が煙の甘い匂いを運んでくる。

 ヒビキはベンチの端に腰を下ろし、膝に肘を乗せて炎をじっと見つめていた。

 エナの言葉が、頭の中で繰り返し反響する。

「それがあなたの贖罪なのだから」

 その言葉は、炎の揺らめきのように、静かだが確実に心の奥を焦がしていた。

 贖罪――そんな重い響きが、少年の胸に初めて温かな重みを与える。

「お待たせ!」

 軽やかな声が背後から響き、少年の肩がわずかに緩む。

 ルルが息を弾ませて駆け寄り、ベンチの隣にぽすんと腰を下ろした。

「ふう……今日は最後まで人がいっぱいだったねぇ」

 ルルは膝を揃え、両手をスカートの裾に置いて、炎を覗き込む。

 二人の肩が、ほんの少し触れ合う距離。

 ルルの体温が、風の冷たさを忘れさせるように伝わってくる。

 少年は胸の鼓動が少し速くなるのを感じた。

 静かな時間が、ゆっくりと流れた。

 炎が二人の横顔を交互に染め、薪の細かな爆ぜる音が、言葉の代わりに会話をするようだった。

 ルルは時折、指でベンチをなぞり、少年は膝の上で拳を軽く握ったり開いたりする。

「ねえ、ヒビキ……文化祭、楽しかった?」

 ルルが炎を見つめたまま、ぽつりと尋ねる。

 文化祭の喧騒が遠くに聞こえる中、ここだけが二人だけの世界のように、穏やかで、しかしどこか切ない空気が満ちていた。

 少年の視線が、炎の奥で揺れるルルの瞳に、ふと絡まる。

 ルルの青い瞳が、火の温かさを映して輝いている。

 少年は何を思ったのか、ゆっくりと体を傾け、ベンチに横になるように体を預けた。

 そして、ルルの膝にそっと頭を載せる。

 柔らかなスカートの感触が、頰に優しく触れる。

 ルルの指が無意識に少年の髪に触れる。

 温かな太ももの感触が、少年の緊張を溶かすように広がり、炎が二人の影を長く伸ばす。

 少年は炎の揺らめきを眺めた。

「……どうしたの、急に」

 ルルは指先で少年の前髪を優しく梳く。

 ルルの心臓の音が、膝越しに微かに伝わり、少年の耳に届く。

「この学園ってさ……」

「うん」

「キャンプファイヤー好きすぎだよな」

 少年の顔に薄い微笑が浮かぶ。

 少年は膝から手を伸ばし、炎の近くの空気を軽く掻く仕草をする。

 熱気が指先に触れ、遠くの生徒たちの輪郭がぼんやりと浮かぶ。

 ルルはくすっと笑い、少年の髪に指を絡めて、優しくマッサージするように動かす。

「そうだね。体育祭でも締めくくりでやってるし」

 ルルの声が明るく、膝の上で体を少し揺らす。

 ルルの指が、少年の耳の後ろを軽くくすぐり、炎が二人の笑みを映す。

 遠くで生徒たちの歌声が上がり、風が薪の煙を運んでくる。

「でもこうして眺めてるとさ……」

「うん」

「なんでみんなが見てるのか、なんとなくわかる気がする」

 少年の視線が、炎の奥で揺れる生徒たちの輪に注がれる。

 ルルは少年の言葉を待つように、膝の上で体を固くする。

「……なにかあったの?」

 ルルの声が優しく、指が少年の髪を優しく梳き続ける。

 ルルの瞳が、少年の横顔をそっと探る。

 風が二人の間を吹き抜け、薪の爆ぜる音が静寂を強調する。

 一瞬の静寂が訪れた。

 少年の息が止まり、炎の揺らめきが二人の影を長く伸ばす。

 ルルの手が、少年の頰に軽く触れ、温かな親指が涙の跡を探るように撫でる。

 遠くの歌声が、かすかに耳に届く。

「……エナに会ったんだ」

 少年の声が、ようやく漏れる。

「何か言ってた?」

 ルルの指が止まり、少年の肩を軽く握る。

「……愛を紡ぐことが贖罪なんだってさ」

 少年の言葉に、ルルの瞳がわずかに見開く。

「あの方……あの人らしいね」

「でも、俺は愛とか……知る前に日本から連れ去られて、それでルルと出会って、イマイチ実感がなくて」

「うん」

「でもこうして横になって、ルルを感じて、ぼーっと炎を見てるとさ、俺の人生にも意味があったんだなぁって」

「うん」

「でも贖罪ってのがまだよく分かってないけど、でも……」

「……でも?」

「出会う前の弾丸より、今の弾丸の方が、重いわりに軽いんだ。それはきっとルルが支えてくれてるからなんだろうなって。だから、俺はこの気持ちを愛だって思う事にするよ」

 少年の言葉が終わり、静かな微笑みが浮かぶ。

「……うんっ」

 ルルの指が少年の掌を強く握り、膝の上で体を寄せる。

 少年の顔に、温かい水がぽたりと落ちてくる。

 それはルルの涙で、膝枕の感触に混じって、頰を伝う。

「ルル?」

 少年の声が優しく、顔を向けようと体を起こす。

 だが、ルルの手が少年の頭を優しく押さえ、膝に押し戻す。

「いばは……だべぇ」

 ルルの声が鼻を詰まらせ、涙が次々と頰を滑る。

 ルルは片手で目を拭い、もう片方の手で少年の肩を軽く叩く。

 膝の上で体が小さく震え、炎が涙をキラキラと輝かせる。

「ふふっ、ルルは泣き虫だなぁ」

 少年の笑いが低く響き、膝枕のまま体を起こしてルルの頰に手を伸ばす。

 親指で優しく涙を拭い、指先がルルの唇に触れる。

「……ぞんなごとないぼん」

 ルルの声がむくれ、鼻をすすりながら少年の胸を軽く叩く。

 だが、その手はすぐに止まり、代わりに少年の燕尾服の襟を掴む。

 二人は無言で顔を寄せ、ゆっくりと唇を重ねた。

 柔らかな感触が広がり、ルルの手が少年の背中に回る。

 少年の指が銀髪を梳き、温かな息が混じり合う。

 遠くの生徒たちの歌声が、祝福のように響き、風が二人の頰を撫でる。

 キスが離れると、ルルは少年の胸に顔を埋め、くすくすと笑いを漏らす。

 少年は彼女の肩を抱き、炎の向こうで揺れる生徒たちの輪を眺める。

「これからも、よろしくな、ルル。……愛してる」

 少年の声が低く、ルルの髪に息を吹きかける。

 ルルは頷き、体を起こして少年の腕に絡みつく。

「うん! 私も、愛してるよ!」

 二人はベンチに寄り添い、炎の温もりに身を委ねる。

 文化祭の夜風が優しく吹き、遠くの星が瞬く中、学園の物語は、新たなページを優しく開いた。

 愛は――それは、永遠に広がる光だった。


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