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あぁ!君こそ恋愛スナイパー  作者: 川合 佑樹


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18/24

第18話

 文化祭本番の昼、聖エルミア学園は活気と熱狂の渦に包まれていた。

 校庭では屋台の煙が立ち上り、焼きそばの香ばしい匂いが風に乗り、焼き鳥の串を回す男子生徒の掛け声が飛び交った。

「焼き鳥ほっかほかの焼きたてだよー! お客さん、いかがですかー!」

 小さな子供の声が混じった。

「わーい、美味しそー! 一個くださぁい!」

 校舎の窓からは、隣のクラスのバンド演奏が低く響き、ギターの歪んだ音色とドラムのビートが廊下を震わせていた。

「次はあの曲いくぜ! みんな、盛り上がれー!」

 観客の歓声が返ってきた。

「うおおお!」

 生徒たちは制服の袖をまくり、肩をぶつけ合い、笑い声を上げて駆け回った。

 そんな喧騒の中心で、ヒビキのクラスのメイド&執事喫茶は大盛況だった。

 黒板に書かれたメニューが客を誘い、テーブルはたちまち埋まった。

 女子たちがフリルのエプロンを翻し、トレイを高く掲げた。

「いらっしゃいませ、ご主人様!」

 男子たちが燕尾服の裾を払いながら紅茶を注いだ。

 サラがカウンターから指示を飛ばした。

「追加のスコーン、急いで!」

 その中、少年は特に引っ張りだこだった。

「ヒビキくん、次はこっちで写真! ほら、執事ポーズで!」

 一人の女子生徒がスマホを構えた。

 彼女の隣では、クラスメイトの男子が割り込んだ。

「俺も一緒に!」

 男子が少年の肩に腕を回した。

 彼は軽く頭を下げてネクタイを直した。

「かしこまりました。お嬢様、ご主人様。どうぞ、こちらへ」

 少年の声は低く抑えられ、手袋の指でメニューを差し出す仕草が、客の女子たちをキャーキャー言わせる。

 シャッター音が連発する。

 少年は壁際に寄りかかり、ポーズを取る――片手でトレイを支え、もう片方の手で軽くお辞儀。

 燕尾服の黒が陽光に映え、クールな表情が女子たちの心を掴む。

「わー、ヒビキくん、完璧すぎ! これ、ネットに上げていい?」

「構いません。ただし、喫茶の宣伝を忘れずに」

 少年の返事に、周囲がどっと沸く。

 サラがトレイを抱えて近づき、赤い髪を耳にかけながら笑う。

「ヒビキ、休憩なしで大丈夫? お客さん、どんどん増えてるわよ」

「問題ない。紅茶の追加、持ってきてくれ」

「了解! でも、水分補給くらいしなさいよね」

 サラが厨房へ駆け戻る。

 少年は次のグループの客に囲まれ、テーブルを回った。

 写真撮影の合間に、注文を取った。

「ミルクティー二つとケーキセットを」

「了解しました、少々お待ちを」

 手際よくカップを運び、トレイを回す動きは、まるで戦場でのポジション取りのように正確だった。

 そんなどさくさの合間を縫うように、クラスメイトたちが次々と少年を狙って撮影を仕掛けてきた。

 ユウトが突然背後から飛びついた。

「おい、ヒビキ! 俺とツーショットしようぜ!」

 ユウトが叫びながらスマホを構えた。

 彼は体を捻り、ユウトの腕を軽く払ったが、肩を竦めてポーズを取った。

「……邪魔だな。早く撮れ」

 シャッター音が響き、ユウトが満足げに拳を握る。

「ヒビキ、ありがとな!」

 次にサヤカがトレイを片手に近づいた。

 サヤカが上目遣いに頼んだ。

「ヒビキくん、私のも……お願い」

 ヒビキはトレイをテーブルに置き、彼女の隣に立った。

 軽く手を差し伸べる仕草で応じた。

「お嬢様、こちらへどうぞ」

 サヤカの笑顔が弾けた。

 周囲の女子たちが囃し立てた。

「サヤカ、ずるいー!」

「みんなでグループショットもしよ!」

 サヤカが頰を赤らめ、皆を巻き込む。

「これでクラス史上最高の思い出になるね!」

 ルルは厨房の影からそれを見守り、エプロンの裾を握りしめていた。

 ルル自身も、客の合間にヒビキの袖を引っ張り、飛びついた。

「ヒビキ、私とも撮ろうよ! メイドと執事のコンビで!」

 彼はルルの腰に軽く手を回し、カメラ目線で微笑んだ――珍しく柔らかな表情だった。

 彼女がスマホを構え、パシャリとシャッターを切った。

 ルルが言った。

「えへへ、これ最高! 後でプリントして部屋に飾っちゃお!」

 クラスメイトの輪が広がり、笑い声がテーブルを包んだ。

 サラが紅茶のポットを運びながら苦笑した。

「みんな、仕事に戻って!」

 撮影の嵐は続き、少年の燕尾服は汗で少し湿り、しかしその疲れさえ、クラスの熱気に溶け込んでいた。

 やがて、午後のピークが過ぎ、客足が少し落ち着く。

 少年がテーブルを拭き、残りのカップを片付けた。

 少年がネクタイを緩めた。

 サラがカウンターから声をかけ、手を振った。

「ヒビキ、ルル、少し休憩して。外も見てきてよ、文化祭なんだから」

 ルルがエプロンを外し、フリルのカチューシャを直しながら少年の腕に絡みつく。

「ねえ、ヒビキ! 文化祭回ろうよ! ずっと喫茶で張り付いてるのもったいないよぉ。屋台のクレープとか、食べ歩きしよ!」

 少年は鞄を肩にかけ、彼女の手を軽く握り返す。

「そうだな。行こう」

 二人は教室を抜け出し、廊下の喧騒に飛び込む。


 校庭へ出ると、屋台の列が人だかりを作り、たこ焼きの鉄板がジュージューと音を立てる。

 ルルがヒビキの手を引っ張り、クレープ屋台の前に立つ。

 甘い生クリームと苺の香りが漂った。

 店員の兄ちゃんが声を上げた。

「いらっしゃい! 何味?」

「チョコバナナで! ヒビキは苺でいい?」

 彼女が財布を出し、少年は肩を竦めて頷く。

 店員が笑う。

「お似合いのカップルだね! 特別にホイップ多めでサービスしとくよ!」

 ルルが頰を赤らめ、少年の袖を引っ張る。

「えへへ、ありがとう! ヒビキ、聞こえた? 世界一のベストカップルだって!」

「そこまでは言ってないだろっ」

 出来上がったクレープを受け取り、二人はベンチに腰を下ろす。

 彼女がクレープを一口かじり、頰を膨らませて少年に差し出す。

「あーんして? ほら、甘くておいしいよ!」

 少年は少し躊躇し、周囲の生徒たちをチラリと見るが、彼女の笑顔に負けて口を開く。

 柔らかな生地とチョコの甘さが広がった。

 彼女が笑った。

「えへへ、よかった!」

 少年は自分のクレープを折り、ルルに返した。

「お前も食えよ。半分こ」

「……あーんってして欲しいなぁ」

「えっ」

「してほしいなぁ」

「……あーん」

 ルルが目を輝かせ、ぱくりと頰張る。

「んー、ヒビキのあーん、特別おいしい!」

 二人は交互に食べさせ合い、笑い声がベンチに響く。

 生クリームが彼女の唇に少しつき、少年が指で拭う。

 ルルが体をよじった。

「ひゃああああ!」

「ルル、声でかいぞ」

「でも、幸せすぎて我慢できないよぉ」

 屋台の喧騒が、二人の小さな世界を優しく包む。

 その時、校舎の方から低く響くギターの音が聞こえてきた。

 歪んだリフとドラムのビートが、校庭のざわめきを掻き消すように広がる。

 ルルが耳を澄ませ、ぱっと立ち上がる。

「わっ、ライブだ! ヒビキ! 行こ!」

 ルルはクレープの最後の一口を頰張り、少年の手を強く引っ張る。

 彼は残りを急いで食べ、彼女の後を追う。

「待て、走るなよ。転ぶぞ」

 二人は人ごみを掻き分け、校舎裏の野外ステージへ向かう。

 ステージ周りはすでに大勢の生徒で埋まり、旗が翻り、ペンライトが揺れる。

 バンドのボーカルがマイクを握った。

「みんな、盛り上がってこーぜ!」

 歓声が爆発した。

 ルルがステージ前方に割り込み、両手を挙げて飛び跳ねる。

「きゃー! ヒビキ、ほら、一緒に!」

 ルルの体がリズムに乗る。

 少年は彼女の隣に立ち、最初は腕を組んで見ていたが、ビートの波に体が自然と揺れ始める。

 肩を軽く上下させ、足で地面を叩く。

「……悪くない」

 彼女が少年の腕に絡みつき、体を寄せて叫ぶ。

「でしょ! もっと揺らしてこぉ!」

 二人は肩をぶつけ合い、笑いながらステージの熱気に溶け込む。

 周囲の生徒たちが輪を作った。

 ルルが手を振った。

 すると、隣の女子が加わった。

「一緒にジャンプ!」

 小さなモッシュが始まった。

 少年はルルの腰を軽く支え、ジャンプの着地で体を安定させる。

「危ないぞ、ルル」

 ルルが息を弾ませた。

「ヒビキがいるから大丈夫!」

 音楽の振動が胸に響く中、二人の距離は自然と近づいていた。

 すると、突然の暗転。

 ステージの照明が一瞬で落ち、歓声がざわめきに変わった。

「え、何? 機材トラブル?」

「落ち着けよ、すぐ直るだろ……」

 ルルが少年の袖を握り、体を寄せた。

「ヒビキ……」

 彼は即座に周囲を睨み、腕をルルの肩に回す。

「静かに」

 数秒の闇の後、スポットライトが壇上に灯った。

 そこに立っていたのは、黒装束に身を包んだ集団――フードを深く被り、顔を覆う影が不気味に揺れる。

 十数人、静かに並ぶ。

 周囲の生徒たちは興奮気味に手を叩き、誰かが叫んだ。

「わー、演出すげー! コスプレバンド?」

 スマホのフラッシュが光った。

 ルルが小さく息を飲み、少年の耳元で囁く。

「ヒビキ……あれ、ビーチの連中よ。間違いない」

 彼の目が細まり、鞄の隠しホルスターに手をかける。

「ああ。奴らだ。ルル、俺の後ろにいろ」

 二人は体を低くし、人ごみの影に紛れる。

 集団のリーダーらしき男が、マイクを前にゆっくりと歩み出る。

 フードの下から、低く抑えた声が響く。

「……永遠の夜が、始まる」

 言葉の端に、冷たい嘲りが混じる。

 観客席が一瞬静まり、拍手が起きかけるが――その瞬間、空調のダクトから白いガスが噴出された。

 シューという音が広がり、霧のような煙がステージから観客席へ流れ込む。

 前方の生徒たちが煙を吸い込んだ。

「おー煙幕! すげぇ……なぁ……」

 次々と膝から崩れ落ちた。

 バタバタと体が倒れ、悲鳴が混じり始める。

「え、なんか変だぁ……体がぁ……」

「うわ、頭クラクラする……誰か、助け……」

 後方の生徒たちがパニックに陥り、出口へ殺到する。

 少年は彼女の手を強く握り、即座に立ち上がる。

「ルル、出るぞ!」

 二人は人ごみを掻き分け、扉へ向かう。

 少年がドアノブを回すが、ガチャガチャと音がするだけで開かない。

 鍵がかかっている。

「くそっ、ロックされてる!」

 彼女が後ろを振り返り、声を震わせる。

「ヒビキ、ガスが来てる! みんな、倒れていくよ……!」

 前方の生徒たちが次々と床に崩れ、咳き込みながら体を震わせる。

 黒装束の集団が壇上で哄笑し、短剣を掲げる。

 少年は小型銃を素早く抜き、扉のロック部分に照準を合わせる。

 連射――プシュッ! プシュッ! プシュッ!

 弾丸が金属を削り、錠が砕ける音が響く。

 彼は銃をしまい、肩で扉を蹴り開ける。

 軋む音とともにドアが弾け飛び、外の空気が流れ込む。

「今だ、ルル!」

 少年はルルの腰を抱え、廊下へ飛び出す。

 彼女が少年の胸にしがみつく。

「ヒビキ、ありがとう……!」

 二人は廊下を駆け、校舎の外へ出る。

 だが、校庭の喧騒は遠く、近くの通路や階段では生徒たちが次々と倒れ、床に崩れ落ちている。

 屋台の列が静まり、焼きそばの鉄板が無人ですぅすぅと煙を上げる。

 ただ、静かな異常が広がっていた。

 少年は彼女を壁際に寄せ、銃を構えて周囲を睨む。

「……奴らの仕業だ」

 彼女が青い瞳に決意を宿す。

「ヒビキ……どうする?」

 二人は互いの手を握り、倒れた生徒たちの間を慎重に進む。

 文化祭の熱狂は、一瞬で闇に飲み込まれていた。


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