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あぁ!君こそ恋愛スナイパー  作者: 川合 佑樹


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第16話

 朝の陽光が、障子を優しく染め始めていた。

 山間の温泉宿の客室は、静かな湯気の余韻に包まれ、遠くで波のささやきが聞こえる。

 ヒビキはベッドの上でゆっくりと目を覚ました。

「あぁ……もう朝か」

 昨夜の戦いの痛みが、肩に薄く残るが、ルルに癒された体は、意外に軽い。

 夏の空気が、部屋に柔らかく満ちていた。

 室内露天風呂の湯気が、窓辺に立ち上っている。

 小さな庭園風の浴槽で、水面が朝陽にきらめく。

 そこに、銀髪の少女が浸かっていた。

 ルルだ。

 背中をこちらに向け、膝を抱えて湯に浮かぶように座っている。

 濡れた髪が肩に張り付き、湯気がその輪郭を柔らかくぼかす。

 少年の息が、一瞬止まる。

「ルル……?」

 その声に、彼女がぴくりと肩を震わせ、振り返った。

「ヒビキ! 起きた? おはよう」

 ルルの笑顔が、無邪気に弾ける。

 湯船の縁に肘を乗せ、体を少し傾ける。

 少年の視線が、無意識にルルの肩から首筋へ滑る。

 湯気の向こうで、白い肌がぼんやりと透ける。

 慌てて目を逸らした。

 心臓が、わずかに速まる。

「す、すまん……」

 声が低く、喉が乾くのを感じる。

 彼女は湯を軽く叩いて水しぶきを上げる。

「大丈夫だよ、水着着てるから。ほら、見て見て」

 ルルは湯船から少し体を起こし、ビキニの肩紐を指でつまんで見せる。

 淡い青の生地が、湯に濡れて肌に張り付き、昨日の海辺を思わせる。

「いや……その」

「ふふ、照れてるの、可愛い」

 彼女の頰が、湯の熱さか、それとも別の理由か、ピンクに染まる。

 彼女は湯船の縁に手をかけ、少年を誘うように首を傾げる。

「ほら、一緒に入ろ。朝風呂、気持ちいいよ」

 少年はベッドから立ち上がる。

 外の庭園は、浜辺の青い海を遠くに望む。

 波が穏やかに寄せ、砂浜に白い泡を残す。

 昨夜の影の集団、短剣の閃き、血の匂い――まるでなかったかのように、平穏だ。

 太陽が地平線からゆっくりと昇り始め、空を橙から金色へ染めていく。

「そうだな……。入るか」

 少年は鞄から黒い水着を取り出し、着替えを済ませる。

 素早く浴衣を脱ぎ、水着姿で露天風呂の縁に近づく。

 湯気が顔を撫で、硫黄の優しい匂いが体を緩める。

 彼女が湯船の端を空け、笑顔で手を振る。

「ほらっ来てっ!」

「今行くよ」

 少年は足を湯に沈め、ゆっくりと体を浸す。

 熱い湯が筋肉をほぐし、肩の痣が湯に溶けるように疼きを失う。

 二人は並んで座り、膝が軽く触れ合う。

 湯気が二人の間を優しく隔て、朝陽が水面を金色に輝かせる。

 彼女が湯を掬い、少年の肩にそっとかける。

 水滴が傷跡を伝い、温かく滑る。

「ヒビキの傷……もうほとんどないね。よかった」

 ルルの指が、優しく痣に触れる。

 天使の残り香が、湯に混じって甘く広がる。

「あぁ。ルルのおかげだ。ありがとう」

 少年は目を細める。

 太陽が完全に昇り、海面をきらめかせる。

 浜辺は静かで、昨夜の砂に残る足跡さえ、波に洗い流されたようだ。

「……綺麗だな」

 声に、わずかな感慨が混じる。

 彼女は少年の肩に頭を預ける。

「……そうだね」

 ルルの息が、湯気に溶けて少年の耳に届く。

「……お前もな」

「……えっ」

 温泉の湯気が、二人の頰を優しく撫でるように立ち上る。

「そういうの……ズルいと思いまぁす……」

「……うん」

 体が温まったせいか、それとも湯の熱さだけが理由か――二人の顔が、ゆっくりと紅潮した。

 湯船の水面が、二人の息遣いに合わせて微かに揺れ、静かな波紋が広がる。

 二人は言葉少なに、太陽の昇るのを眺める。

 彼女の手が、少年の掌にそっと重なる。

 指が絡み、湯の温もりが、二人の絆を静かに深める。

「次は、文化祭だね」

 彼女が囁く。

 少年は彼女の手を握り返し、頷く。

「ああ。楽しみだ」

 朝陽が、海を金色に染め上げる。

 昨日の影は、遠くの波間に消え、夏の約束だけが、湯煙に残った。

 二人は笑い合い、湯船から上がり、浴衣に袖を通す。

 縁側で、朝食の湯豆腐を分け合いながら、次の冒険を夢見る。

「ヒビキ、ふーふーして」

 少年が箸で豆腐をルルの口元に運び、息を吹きかける。

「ふーふー……お前、子供みたいだな」

 ルルが豆腐を頰張り、満足げに頷く。

「ヒビキにふーふーしてもらえるなら、子供のままでもいいかもぉ」  

 温泉の湯煙は、二人の心を、優しく蒸し上げるように温めた。

 夏の記憶が、静かに、次の宴を待つ。


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