述懐
昔話を書きました。
練習を終えたレストランを出て、日が傾きかけた茜色の帰り道を、バス停に向かって一緒に凪と並んで歩き出した。
「雪華は結構アニメがすきなんだね」
凪がからかい気味に言った。さっきのレストランのことをだろう。
そう、小・中学とも友達とも遊ばず、ずっとピアノの練習をしていた。
そして、残った時間は一人でDVDでアニメを見ていた。そこには自分では体験しない、冒険や友情などのファンタジーの世界が、一方的に目の前の映像が映し出されていたものをただ眺めた。でも、そこに流れてきた曲にはとても興味を惹かれた。
「オタクではないから、ただ好きな曲が多かったから」
少し苦い思いになり、慌てて話を切り返すため質問をした。
「凪はバイオリンはいつから始めたの」
「ここ2,3年前から、だからまだまだ雪華に追いつかないし、もっと練習をしないといけない」
「えっそうなの、初めてから2年なんて思えない、十分上手よ」
「ありがとう、でもがんばるから」
凪は、微笑をうかべ答える。
「叔父と暮らすようになってから、バイオリンを勧められたからなんだ」
ポツリポツリと凪が遠くを見ながら話し出した。
「あいつに迫られて、中学入ってすぐにぐれた僕を捨てて、若い男と外国に行ってしまってから、親父に親権に代わったんだ。親父も再婚して別の家族がいるから一緒に暮らすのは難しいっていうことになり、親父の弟で独身の直樹さんに引き取られた。直樹さんがすぐにしたことは、一緒にお寺の修行に行った。滝行や座禅、作務でなかなか厳しかったな。直樹さんも俺の保護者になるから鍛えないと言って付いてきてくれた。無茶するよな、あの人も」
どこか遠い目になり、訥々と話した。
「精神が鍛えられたよ。親に捨てられたではなく、僕自身が親と距離を置くといった感じに思えた。やさぐれてもしょうがないと思えた。何かしたいと相談したんだ。そしたら、直樹さんから健全な趣味を持てと言われた。親父に嫌がらせで高いバイオリンをせがんでみた。そうしたら親父も罪悪感があったのか、買ったくれたよ。親父は金で解決しようとした。だから、悔しくて練習したんだ」
凪の過去を詳しく聞くのは初めてだった。
自分事なのに淡々と語る、夕日があたりオレンジに染まる横顔を見て、その表情が悔恨なのか、哀惜かわからず、一瞬歩みを止めた。
(普通の親は、無償で愛してくれるというのにね)
ゆっくりとまた歩き始めた。
「本当だね、親の愛って私には夢物語みたいと思ってしまう。そういう感情はあることは理解できる。でも本や映画の世界のような気がして。向こう側で起こっている出来事みたいに感じるの」
私もオレンジ色をした空を見上げながら独り言のように返した。
「明けない夜は無いと、和尚に言われたよ」
夜が明ける直前のうっすら明るくなり始めた空が頭に浮かんだ。
「僕たちは、親のせいで小さなころに、何もわからないまま暗闇に放り出された。でも、生きているからそのまま暗い世界で生きていくか、夜が明けた光の中に踏み出すかを選ぶことができる。夢ではなく現実を生きていかなといけない」
「私もそう思う。このままの私ではいけないと思ったの。ヒーローが救い出してくれるのは、おとぎ話だけだもの。私は隣にいてくれる人に会いたいと思ったから、この学校に来たのかもしれない」
笑顔で凪を見た。凪も優しい微笑みをうかべて頷いた。
「私、最近はうれしいことばっかり、初めて琴葉みたいな友達も出来たし、作った料理をおいしいと言ってくれたり、凪ともデュオしたり、今日なんてお客さんに演奏聞いてもらった」
「えっ 雪華はこれまでボッチだったの」
「うん、小学校時代は短い髪でヒョロヒョロ、男の子とよく間違えられていたし、目が変な色だったからよくいじめられた。女子中学校では、根暗だったから友達出来なかったの」
「だから目を前髪で隠しているの?」
「自分でも嫌いなの、変でしょ」
「僕はきれいと思う」
「おおお、凪君 どうした!お世辞はいらないよ」
「・・・雪華は、女の子でかわいいって話」
茜色の夕日が当たっているから、私の顔が真っ赤になっているのは誤魔化せる。
「今日は初めて男の人とレストランで食事はしたの、これってデートみたいだね」
凪にやり返そうと前を向いて早口で言った。しかし、凪からの返答はなかった。
学校行きのバスが見えてきた。
「あっ バスが来たよ。早く行こ!」
雪華はバス停へ走り出した。
あとからついてくる凪はポツリとつぶやいた。
「僕は光を見つけた」




