第8章 死別
目を覚ますと、亮介がライフルの手入れをしていた。彼はちょうどその手入れを終え、勢いよく荷を担ぐ。
「王子にキスして起こす役はいねえぞ?」
彼はそう言いながら小部屋を後にした。体を起こすと、先程起きたばかりであろう竜二が寝具を片付けていた。
「城崎と宮本は入り口で待ってるらしい」
それを聞いた泰志は掛け布団を勢いよく剥がし、遅れまいと荷をまとめはじめた。
入り口に速足で向かった泰志と竜二は、入り口で待つ秀、愛、亮介に若干の申し訳なさそうな雰囲気を出しながら合流した。
「おはよう。分担して運ぶ用に資料分けておいたけど分かった?」
愛は自身の荷物を見せながら明るく二人に問いかけた。
「ああ、竜二に聞いたから」
資料の持ち出しのことは、愛と秀から亮介へ、亮介から竜二へと伝えられ、最後に泰志に伝えられたことで、皆がそれぞれ革命軍の資料を持ち歩くこととなった。
これはすなわち、この先の戦闘で誰かしらが生き残りさえすれば、その人物が資料の存在と内容を把握・伝達できるという策だった。
全員合流したことをきっかけに、一行はゆっくりと歩み始めた。
「この資料の存在がもし革命軍に知られていたとしたら、俺たち全員間違いなく"お尋ね者"だな」
竜二は少しばかりにやけながら、冗談混じりで泰志の側に寄り語りかけた。その時、一瞬竜二は速足になったことで少しだけバランスを崩し、泰志を軽く押すような形になった。泰志は、大丈夫かというような表情をしながら軽く返事を返した。
その時だった。遠くから一瞬で高い音が近付いて来たかと思えば、その音を出す物が一瞬にして竜二の左胸上部を貫いた。つまずく彼の様子を見ていた泰志は目の前でその様子を見る形となった。
一発の弾丸だった。竜二の体を貫いたそれは、少し離れた地面に砂煙を立てて突き刺さった。それと同時に、弾に押し倒されるように竜二は地面へと崩れ落ちた。叫びたいほどの痛みにも関わらず、彼は声を出す間もなかった。秀、愛、亮介の三人は、高速で地面に突き刺さった弾の音を聞き竜二の方へ顔を向けた。
「スナイパーだ!」
秀はそう叫ぶと、瞬時に愛と亮介に目で合図を送る。二人は素早く銃を構え、弾の飛んで来た方へ後退しながら一斉に銃撃し始めた。その間に秀は、呆然と立ち尽くす泰志の腕を叩きながら竜二のもとへ駆け寄る。彼の行動により目を覚ましたかのように体に力を入れた泰志は、彼と共に竜二の肩に腕を掛け建物内へ後退していく。愛、続いて亮介も銃撃をやめそれに続くように駆け出した。
「たぶん千メートルは離れてる!」
先に建物内へ戻っていた三人に向けて、愛は少し息を切らせてマガジンを交換しながら言った。後に続くように亮介が駆け足で一行に合流する。秀は泰志と共に竜二を運んだ後、すぐさま建物内の状況を確認しに向かい、他のメンバーとは少しだけ離れた位置に居た。泰志は唸りながら苦しむ竜二の側で彼の容態をただ見守りつつ、彼の体から流れ出る蛍光液を見つめていた。彼の中にもまた、この世界の者たちと同じものが流れていることを泰志は目の当たりにした。
一通り建物内を確認し終えた秀は、眉間にしわを寄せ思い詰めた表情で合流する。
「囲まれてる」
その一言に、愛と亮介は気持ちを落ち着かせるように、大きく息を吸った。しかし泰志にはその言葉は届いていない。息も絶え絶えな竜二から意識を逸らせずにいた。
「裏手は?」
「別のやつの気配がした。全体の人数は多くないだろうが、そう簡単には抜け出させてくれそうにない」
愛が微かな望みをかけて言った言葉は、すぐに秀によって打ち砕かれた。
「この感じ…どこかのサウスポーが言ってなかったか?」
亮介は焦る気持ちを抑えるようにつぶやいた。以前に秀が語っていた、革命軍精鋭部隊の戦術。相手の身動きを封じ、確実に仕留めていく。まさしく彼らは、その"第一段階"の渦中に身を落としていた。
その時建物正面入り口側から、何か重い鉄の塊のようなものが迫ってくる音がした。三人は武器を素早く構えつつ、その音に意識を集中させた。しかし次の瞬間、何かに気付いた亮介が突如として叫ぶ。
「裏手だ!」
それと同時に彼は、他のメンバーとは反対方向に体を向け発砲する。そこには一本の刀を手にしてこちらへ距離を詰めてくる少女の姿があった。
彼は急いで発砲したために、迫り来る脅威に対して照準が定められなかった。彼女の刃が亮介に振り下ろされるその瞬間、横から間に入る者の姿と、鋭い物同士がぶつかり合う高い音が響き渡った。秀だった。
彼は少女と、顔と顔がぶつかり合うほどの距離で激しく攻撃を受け止めている。亮介が体勢を立て直し、再び彼女に照準を合わせようとした時だった。今度は愛が叫ぶ。
「伏せて!」
それと同時に彼女は秀と対峙する少女とは別の方向へ発砲し始めた。彼女の放った弾丸を、攻撃対象はことごとく弾き返す。鉄の鎧に身を包んだ大柄な少年。森の中で一行を襲撃した彼は、再びその姿を現した。
愛はマガジン内の全弾を使い切ったことに気付かず、ほんの一瞬視線を彼から外した。その時森で聞いた時と同じ、徐々に回転を早めるガトリングの嫌な音が響き始める。気を取られていた彼女は、ハッとした後に泰志と倒れる竜二の体を強引に押し込み廃材の裏に身を隠した。
激しい轟音とともにかつて浴びた銃弾の雨が、再び一行を襲う。秀と対峙していた少女は瞬時に秀から距離を置き後退した。
一行はかろうじて身を隠すことに成功し、降り続ける豪雨が通り過ぎるのを待つ。
しかしそれは、明らかに以前よりもゲリラ豪雨のごとく過ぎ去った。一行はその不自然な現象に疑念を持ちながらも、体を乗り出しその原因を確かめずにはいられなかった。
ミニガンを構える大柄な少年の姿が、決して広くはない出入り口を、より小さく狭き門に変えている。彼の付近には森で遭遇したナックルダスターの少年が、姿を見せずともその存在感と威圧感で、近衛兵のごとき役割を果たしていた。
正面入り口側は封じられた。森での戦闘では彼らを攻略できなかった一行。その時以上に不意をつかれた上に、負傷した竜二という存在を抱えたために、今回の攻略は絶望的と言える状況だった。
「清田、トリガーに指掛けとけって言ってるだろ」
姿の見えぬ者の冷徹なその声は、いとも容易く歩く要塞の姿勢を制御する。鋼鉄に身を包んだその巨体は、どうやら清田と呼ばれているらしい。
不穏な静けさの中、秀と亮介は裏口側に突破口を探し始める。そこには流れ弾を避け身を隠した刀使いの少女ただ一人。不意をつかれた先程ならまだしも、存在と戦法を知った今、二人がかりであれば文字通り堅牢な正面よりも突破は容易と踏んだ。
秀は彼女が退いた位置を把握していたため、亮介に手と視線を用いてそれを共有する。二人はタイミングを合わせ一斉に行動に移す。
亮介は清田の射角に入らぬよう彼女が身を隠す遮蔽物へと素早く回り込み弾を浴びせる。彼女はたまらず彼とは反対側へ身を移した。しかしその背後には真っ直ぐに刃が迫る。彼女はそれを読んでいたかのように華麗に身を翻し、刀でそれを打ち払う。しかしそれは秀が握るにしては明らかに力無く床に落ちた。投げナイフだった。彼女は何かに気付いたように上を見上げる。そこには高所という彼女の視界と意識の無かった位置から切りかかる秀の姿があった。彼女の刀がその刃を受けるにはあまりにも時間が足りなかった。
秀の刃が彼女を捉えようとしたその瞬間、複数発の弾丸が彼らの意識の外の位置から放たれた。それは清田のような数による破壊ではなく、精密さによる守りの意思を持っていた。
秀は内一発をちょうど手にしていたナイフに受けて体勢を崩した。咄嗟に回避行動を取り後退した刀使いの少女の元いた位置に膝をつき彼は体勢を整える。守りの弾の発射元に亮介は目を向けた。多弾倉でそのスラリとした長身の銃口が独特であるM96ピストルが、今度は彼を捉えていた。
放たれた高速の弾は、照準を合わせようとする亮介へ容赦無く突き刺さる。右脇腹にそれを命中させられた彼は、痛みで口元を歪ませ、膝から崩れ落ちる。しかしなおも合わせた照準をずらすまいとする彼は、残った力をライフルに込める。しかしその努力は虚しくも少女の一太刀によって切り裂かれた。亮介の体に一本の鋭い蛍光色の筋が刻まれる。彼は声を発する間もなくそのまま地面に崩れ落ちた。
泰志はその一連の流れがあまりにも一瞬のことであったために、感情を言葉にすることさえできなかった。秀は崩した体勢を支えるように壁に身を預けながら亮介が倒れる姿を見せつけられた。彼は怒りと悔しさの入り混じった手を勢いよく地面につき姿勢を起こした後、投げナイフを連続してピストルを持つ者に投じる。右腕と右脇腹にそれを受けたその人物は手に持ったピストルを地面に落とす。
「長瀬!」
刀使いの少女はそう叫ぶと、彼にとどめを刺そうとする秀に勢いよく斬りかかる。再び二人の刃が、先程よりも激しく音を立ててぶつかり合う。秀の目には仲間を失うまいとする決意が、兵器と思わせるほどの眼差しとして宿っていた。彼の気迫と力に彼女は押される。しかしまたしても、彼の刃は届かなかった。
彼の闘志に力を与える心臓部を一発の冷たい弾丸が貫く。
秀は彼女の刃を受けきる力を失い、押し倒されるように地面に崩れ落ちた。彼の体もまた、亮介に同じく蛍光液をゆっくりと流し出しながらも糸の切れた人形のようにぴくりとも動かなくなった。
「だめ!」
清田の射角に入ってしまうことから、身動きの取れないでいた愛は、命を失い消え始める二人の姿を見て叫んだ。苦しみ意識を失いかける竜二の姿と、命を奪われた二人の姿を見て、ようやく体に力を入れる術を得た泰志は、秀を撃ち抜いた弾丸が放たれた方へ、構えた銃を勢いよく、しかし慣れないように向けた。そして彼は一瞬にして込めた力を抜かれる。
狙撃ライフルを構え、こちらを見下ろす真由美の姿がそこにあった。




