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少年戦争  作者: Mittsu
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初志

 少しの荒々しさが込められたような日本語の中に、その文字は何度か姿を現していた。その異様さに引き付けられた二人は、そのページを始めから読み進めることにした。


 "革命軍の行動目的は、『MOTHER』によるこの世界の完全統率の仕組みを、『MOTHER』そのものは根幹のシステムとして残しつつ作り変えていくことを主とする"。短く簡潔にまとめられているはずのその文章の内容を、二人はまるで理解できなかった。何度か始めから読み直しても結果は同じ。続きを読み進めようにも、最初の一歩からつまづいてしまった。


 「法律…か何かか?」


 竜二はかろうじてひねり出した仮説をいかにも自信なさげな表情でつぶやいた。泰志は黙って考える表情をしたまま何も答えない。


 その時だった。泰志の背後から首元に刃が突きつけられる。彼はその刃が放つ冷たさを首筋で感じ取り、正面を向いたまま身動きが取れなくなった。その刃を見た竜二は驚き振り向こうとするが、背後から後頭部に銃口を突き付けられた。二人の頭の中は、吹雪吹き荒れる雪国のごとく真っ白になった。


 「動くな」


 それはどこか加工されたような、意図的に変えられた音のように不自然な声だった。


 万事休す。二人はゆっくりと震える手を頭の横へ持ち上げた。


 「迷子の王子様御一行はこちらかな?」


 その人物は、先程よりもわざとらしさが際立つおかしな声で語りかけながら竜二の後頭部から銃口をゆっくり離した。二人は何かに気が付いたように後ろを振り向く。秀と亮介だった。秀は無表情のまま少しだけ力を込めてナイフを鞘にしまった。一方の亮介はにやにやと口元に笑みを浮かべながら後ずさりしている。二人は一瞬だけ彼に対し不快な感情を抱いたが、それもすぐに安堵へと変わった。二人は肩を下げ大きく息を吐いた。


 「死にたくなかったら警戒心だけは捨てるな」


 秀は二人と目を合わせることなく、彼らの立つ机のそばに歩み寄った。二人はぐうの音も出ないという表情で少しだけうつむく。


 「てっきり死んだかと思ったぜ。あ、そう思ったのはお前らの方だったか?」


 亮介の軽口も、二人の中では先程の気持ちの直後だと何となく愛おしいもののように感じられた。


 「探したよ二人とも」


 愛はそう言いながら部屋に入ってきた。ふうと息を吐きながら、彼女は低く構えていた拳銃をホルスターに収める。


 「で、何見てたんだよ。年頃の男子がこそこそ見るものってことは…あれか?」


 「はいはい、"脳内ムフフな男子"はお呼びでないよ」


 部屋に入ってきて早々、愛はいとも容易く亮介を受け流し、二人の立つ机のそばに歩み寄る。微かに冷や汗の感触の残る二人は、早速伝家の宝刀のコンビネーションを見せつけられた。


 「これって…」


 黙々と資料に目を通す秀を横目に、愛は驚きを抑えつつつぶやいた。


 「こんな詳細な資料、どこの誰が書き残したんだ」


 秀も、声のトーンは変わらずもいつもより少しだけ早口に口を開いた。それを見て、俺にも見せろと亮介が速足で資料のもとへ歩み寄る。


 「"MOTHER"…」


 愛のそのつぶやきには、初めてその存在を知り得たと同時に、持っている何らかの知識と結びついたようなものが込められていた。


 「かなり古いもののようだが、当時の革命軍幹部や部隊、陣地の配置がかなり詳しく記録されている…。だが何か違和感が…」


 秀が言うには、資料には主に革命軍の内部情報が記されている様子だった。机上に広げられた地図も、殴り書きのようなメモを見る限り、その陣地についての詳細が記されていた。しかし秀は、あまりにも詳しい内容の資料を目にし、喜ぶわけでもなく何か別の感情にさらされていた。


 「これ書いたの革命軍のやつなのか?そうだとしたら不用心すぎて笑いが出るな。まあ今ここで笑ったらやられる可能性大だけど」


 「…そうか」


 亮介の言葉を聞き何かに気付いたように秀は顔を上げた。


 「どうしたの? 城崎くん」


 いつもの姿とは異なる秀の様子に興味を持った愛が彼の方を見て問いかけた。


 「この資料、"革命軍内部の人間にしか知り得ない情報"を、まるで"革命軍と敵対する人間"が書いたような書き方がされている」


 泰志と竜二は、すぐには彼の言うことが理解できなかった。


 「…スパイってこと?」


 愛は、耳を疑うような表情でつぶやいた。


 「それはないだろ。なんたって陣営が変わったら記憶が消えるんだからよ」


 亮介は妙に冴えた感じで愛に向かって言った。


 「私は一緒の陣営だけど五十嵐くんの記憶を消したいよ」


 愛は資料を読み進めながらわざとらしくため息をついて言った。久方ぶりの彼女の反撃に反応できず、亮介は「おい」とだけ気付いたように返す。その後一行は、しばらく黙って資料に目を通したところで愛が口を開いた。


 「暗くなってきたし、今日はここで一旦休もっか」


 その言葉を聞き、一行は資料を一旦机上に置き、小部屋の中に寝具を展開し始めた。泰志と竜二は、心なしか慣れた雰囲気を出しながら三人の後に続く。


 なおも警戒が必要なエリアではあるものの、建物内ということもあり、一行は小さなランタンで室内を灯し、それを囲むように休息していた。小さくいびきをかく亮介を見かねた愛は、彼の掛布団の端を掴み、その顔を隠すように雑に放り投げた。秀は資料を手に無言で膝を立てて座り込んでいる。泰志と竜二は疲れているにもかかわらず、緊張感とこの世界の謎に対する気持ちが溢れ眠れないでいた。


 「…"MOTHER"って何なんだ?」


 静かに揺れるランタンの火を眺めながら、泰志はつぶやくように言った。それに反応するように愛と秀は彼に視線を向ける。


 「私も詳しくは分からないんだけど、"この世界に大きく関わる存在"って聞いたことがある」


 愛は静かにそう言うと秀へ視線を向けた。秀もそれを感じ取ったかのように続けて口を開く。


 「この資料を見るに、どうやら俺たちが争っている原因はこの"MOTHER"が関係しているんだろう。ここでは当たり前のように記載されているが、今となっては生き残り達もみんな消えて、誰も真実を知らないんだろう。戦う理由が分からないのも納得だな」


 彼は持っていた資料を傍らに置き、火に目線を向けながら言った。


 泰志は彼らの話を聞きながら、ふと真由美のことを思い浮かべていた。彼女は母親の死をきっかけに姿を消した。そんな彼女が混沌としたこの世界で自分のことを忘れていた。それは愛や秀、亮介と同じくこの世界に来る前のことを忘れたがために起きてしまったこと。だとすると今の彼女は、自分にとって恐ろしい存在にはなりつつも、母親の死という出来事によって受けた傷から解放されているのではないか。彼は揺れる火に彼女の心中を重ねてそれをじっと眺めていた。しかし今になって思えば、双眼鏡越しに見た彼女の表情は、今までに見たこともないほどに強張っていた。その時には特に感じていなかったが、彼女のことを考えたことでその記憶は呼び起こされた。"忌まわしき記憶"から解放されても、彼女の心の傷は癒えることなく今も鋭い弾丸となって放たれているのか。彼は不意に、自身の無力さを実感していた。


 そんな中、竜二が口を開く。


 「この世界の成り立ちとか仕組みについて何か分かれば、遠藤を連れ戻す方法が分かるかもしれないな…」


 泰志は火を見つめながら小さく返事する。しかし彼の心中では見つめるランタンの火のごとく、一つの望みが見え始めていた。彼女の心中は分からない。しかしこの世界の真相を探ることでその答えが見つかるかもしれない。見えない彼女の心中と対峙するには、彼はそんな希望の灯を灯さずにはいられなかった。


 「…生き延びよう。…生きてあいつに直接確かめよう」


 泰志は火を見つめ続けていた目を逸らしながらそうつぶやいた。


 「なんか、可笑しい」


 そんな二人を見て愛はくすっと笑みを浮かべた。


 「前の記憶を持ってるだけでも変なのに、その子のこと必死に追いかけてるなんて」


 微かな火に照らされた彼女の笑みの中には、何か他の感情も入り混じっているようにも見えた。


 「ほんとに不思議…」


 彼女は小さな声でそう言いながら体を丸めるように膝を抱えて座りこんだ。彼女の瞳には揺れる火が優しく反射している。その姿はまるで、彼女も泰志と同じように微かに光る火の中に思いを寄せているようだった。そんな姿をふと泰志は見つめる。すると彼女は彼に優しく微笑みかけた。


 「まあ、いざという時は私がそなたたちの盾となってあげよう」


 冗談交じりに小声でにやけながら、彼女はランタンの火を消した。

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