檄書
「あの二人には見覚えがある」
そう口を開いたのは秀だった。激しい銃撃でボロボロになった木を見つめながら彼はナイフを鞘に収める。
「どこで見たの?…もしかして前に部隊が壊滅させられた時?」
愛は途中から嫌な予感をさせながら、恐る恐る問いかけた。それに対して彼は視線を一度愛に向けた後、ああと頷いた。
「あの二人の連携によって相手の身動きを封じてから、遠距離からの狙撃と接近戦で確実に崩しに来るのが奴らの部隊の戦法だった」
泰志と竜二は、「狙撃」と聞いた瞬間真由美を思い浮かべる。彼女に狙われた記憶とその時の彼女の冷徹な眼差しが脳裏によぎる。
「確かにサウスポーの言う通りの戦法だったけどよ、その"仕上げ"の奴らは現れなかったぜ?」
激しい戦闘の直後だったからか、珍しくまともな言葉を発する亮介を見て、愛や泰志たちは一瞬何が起きたかというような視線を亮介に送る。しかし、確かに彼の言う通りだった。もしその場に「仕上げ」の役割が居たならばと考えた一行は、一瞬恐怖にかられた。その後その恐怖は、なぜ彼らは現れなかったのかという疑問に変わった。
「さっきの二人も含めて、まだ付近に革命軍が潜んでいる可能性が高いわね。慎重に進まないと」
愛の言葉を聞いた一同は、無言で姿勢を正し、臨戦態勢をとりつつ歩を進め始める。
「あの二人の跡を追って行けば良いんじゃないか?」
泰志は言うか迷った挙句、意を決して口を開き提案した。しかしそれは三人によって一蹴される。
「奴らは明らかに意図して退却した。その真後ろを辿るのは、誘いに乗るようなものだ」
「うん。上川くんの気持ちも分かるけど、ここはあえて別の進路からあいつらの行き先を探るのがベストだと思う」
立て続けに秀と愛に諭されたために、泰志は少しだけ身が縮こまった。そして最後に亮介が口を開く。
「お姫様に早く会いたいのはわかるけどよ、ちょい焦らすくらいがちょうどいいぜ?」
ただでさえ恥ずかしさが込み上げて来ていた泰志は、亮介のくだらない軽口でさえ傷口に塩を塗られたようにさらに塞ぎ込んだ。
竜二は彼の様子を見て、これまでに沸いていた謎の自信が崩れていくのを感じた。
一行は、二人が撤退したであろう進路を迂回するように進む。秀は前方、愛は右手、亮介は左手へ主に目を向けるようにして歩いていた。泰志と竜二は、彼らに遅れを取るまいと、それぞれ銃をぎこちなく構え、辺りをきょろきょろと見まわし始めた。竜二は、覗き慣れないライフルのスコープを、覗き込む目に何度かぶつけながらもそれを使って周囲を確認していた。そして、ふと進行方向斜め前方を向いて言った。
「なんか…建物がある」
声が小さかったために、それは近くを歩いていた泰志しか聞き取れていなかった。
「どうした竜二?」
その泰志の反応が耳に入ったことで、一行は足を止めた。
「向こうに廃屋みたいな建物が見えるんだよ」
「人影は?」
竜二がスコープを覗きながらゆっくり説明をすると、秀がすかさず質問した。竜二は少しの間覗いた後「ない」と少し自信なさげに答えた。
「私にも見せて」
竜二の様子を見た愛は、彼に体と顔を寄せるようにしてスコープを覗き始めた。彼は戸惑いながらもライフルを持つ手は動かさぬよう支えていた。
「少なくとも建物周囲には人影はないね」
愛はそう言うとスコープから顔を離し離れ際に「ありがとね」と竜二にささやくように伝えた。彼女が離れた後も、竜二は少しの間誰も覗く者のいないライフルを構えたまま立ちすくんでいた。
「奴らの進路からはだいぶ反れている。近くで直接様子を見てみよう」
秀はそう言いながら建物の見えた方向へと茂みをかき分け歩き出す。その後に続くように四人はゆっくりと歩き出した。
建物が茂みの間から視認できる距離までたどり着いた一行は、身を隠しながら再度その周囲の状況を確認し始めた。廃工場のような建物には人影は見当たらず、その気配すらもない。秀や亮介は周囲の高所にも確認の目を向けているが、泰志と竜二には、それが何を意味するか分かってはいなかった。
二人は一通り確認を終えると、手で待てと合図し、秀から姿勢を低くしたまま建物の方へ移動し始めた。泰志と竜二は、それを不思議そうにかつ心配そうに見つめる。建物近辺の廃材の山までたどり着き身を隠した秀は、建物内部を確認した後、他のメンバーに合図を送った。それを皮切りに、まずは愛が秀を真似るようにして進み始める。その様子を眺めていた二人に、亮介は何をしているんだと言うように手に持ったライフルの角で二人の背中をつついた。それに触発され慌てて姿勢を低くし、慣れない様子で泰志、竜二の順で進み始めた。
二人が廃材の山にたどり着こうという時、秀は一足先に建物内部を壁際から鋭いまなざしで観察していた。二人に続いて亮介がたどり着くと同時に、彼はナイフを持った手で合図を出した。二人はその意味が理解できずに動かないでいたが、愛と亮介がそれぞれ複数ある廃屋の入り口側へ進み始めたために、それを追うようにしてぎこちなく進んだ。
少し時間を置いた後秀がメンバーに視線を送り、愛と亮介はそれに合わせるように武器を構えた。泰志と竜二も合わせて構えようとした時、三人は一斉に建物内へ素早く進み、武器を構えながら建物内を警戒しながら進み始めた。二人は構えるのを止め、置いて行かれまいと食らいつくように駆け出し追跡する。
建物内は廃材や動かない工場機械が所々にあり、それを盾にするように一行は内部状況を確認していく。廃材は高く積み上げられ、天井からは今にも落下してきそうな朽ちた機械がぶら下がっている。奥に進むごとにその朽ちようは顕著になっており、それを気にして恐れるように泰志と竜二は視線を上側に向けて歩いていた。
しばらくそうしていた二人は途中でふと周囲の物音が消えたことに気が付いた。三人の姿が見えない。二人は慌てた様子で周囲をきょろきょろと見回すも、姿も気配も感じられなかった。その時ばかりは、二人は自分たちの一瞬の気の緩みを呪った。声を出して呼ぼうにも、安全の確保できていない見知らぬ場所でするにはあまりにも危険だということは彼らでも理解できていた。かといって無作為に進むこともかえって状況を悪くするのではないかと思うと、彼らはあたりを見回すこと以外できなかった。
二人は焦りの表れた表情で互いに顔を合わせる。
「進もう…」
泰志は不安げなトーンで小さくつぶやいた。竜二は不安感を持ちながらも、他に成す術がないために彼に賛同するほかなかった。
二人は近過ぎるほどに互いに体を寄せ、おぼつかない足取りで歩き続ける。辺りの物陰や高台が、これまでにないほどに恐ろしく見え、彼らの歩みを一層遅くする。しかし、泰志はふと目をやった場所に小部屋の入口のような朽ちた扉を発見し歩みを止めた。それに反応できず体を軽くぶつけた竜二は、何事かと眉間にしわを寄せた表情で彼の方を見た。そんな竜二を背に、泰志はその場で目を細めじっと扉の方を観察する。その様子を見た竜二も何かあるのかと同じ方向を見つめだした。
やがて泰志は竜二へ視線を向けた後、無言のまま彼の同意を得たかのようにその扉の方へ進みだした。正気かと思いながらも、竜二は彼に翻弄されるようにその後を追う。
扉の前にたどり着き二人は足を止めた。
「入るのか?」
ついにしびれを切らした竜二が泰志の方を見ながら問いかける。
「開けた場所よりも安全な気がする」
朽ちて隙間のできた扉を覗き込みながら泰志は答える。竜二は不安げな表情を残しつつもどこか納得したように鼻からすーっと息を吐きだした。
泰志は扉の取っ手に手をかけ、少しずつ力を込めて引いていく。錆びついた音が一瞬小さく響き、彼は動きを止めるも、もはやこれしかないとかまわず引いた。ようやく通り抜けられるほど開いた後、ぎこちないクリアリングのようなものをした二人はゆっくりと部屋の内部に足を踏み入れた。そこは、先程までいた廃材の散らばる空間とは異なる雰囲気を漂わせていた。埃のかぶったデスクの上に、書類と大きな地図が広げられていた。部屋に入るや否やそれを見つけた二人は、安全確認を放り出すかのようにそこへ歩み寄っていく。
二人は地図と書類の前に立った。埃をかぶり何が書いてあるのか読み取れなかったために、泰志は今までの小さな動きの反動と言わんばかりに大きく手を振りその埃を払いのけた。竜二はその音を気にする様子もなく埃が取り除かれ露になっていく物に目を奪われていた。
「ちゃんと日本語だな…」
書類と地図を眺めていた竜二は、一足先にその書面の文字が目に留まり小さくつぶやいた。
「工場の稼働記録…か?」
最後の埃の塊を払い書類に目を向けながら泰志が言った。地図には何やらメモ書きのように荒い筆跡で所々に文字が書かれている。一通り眺めた後泰志は付近の書類を手に取った。
"革命軍戦力分析図"。荒い筆跡でひときは大きく記されたその文字を見た二人は互いに顔を見合わせ、クリップで止められた書類をめくっていく。初めのページには、「革命軍の行動目的」と記され、それに続いて長々と文章が綴られていた。二人は、「解放軍を滅ぼすため」とでも書いてあるのだろうと一瞬読み飛ばそうとしたが、一つの見慣れぬ単語が目に入りそれをやめた。
"MOTHER"。




