第33章 哀音
泰志も愛や竜二たちと同じように、革命軍の少年たちによって縄で縛り上げられた。手首に食い込む縄の痛みに、思わず顔をしかめる。
「遠藤! こいつらに説明してくれ! 俺たちは争う気はないって!」
竜二は必死の形相で真由美に訴えかけた。しかし、彼女はまるでその声が届いていないかのように、無表情のまま泰志に向けていた冷たい眼差しを竜二へと移した。
その反応に、竜二は一瞬言葉を失う。
「裏切者が。遠藤さんを敵に売っておいて、何訳の分からないことをほざいてるんだ」
竜二の叫びに苛立った革命軍の少年が、彼の腹を蹴りつけた。竜二は苦痛に顔をゆがめ、体を折り曲げる。
「待ってくれ……! 俺たちは、本当に……!」
それでも竜二は必死に言葉を紡ごうとした。しかし、周囲にいた少年少女たちまでが彼を取り囲み、その声を遮るように暴行を加え始めた。
「やめて!」
愛がたまらず叫ぶ。しかし、その声は彼らを止めるどころか、怒りの矛先を彼女へと向けさせてしまった。
「お前もこいつらの仲間だろ!」
少年の一人が愛に詰め寄り、乱暴に突き飛ばした。両手を縛られた愛は体勢を崩し、その場に倒れ込む。それでも彼女は顔を上げ、竜二への暴行をやめるよう訴え続けた。
「やめろ! 二人は何もしてないだろ!」
泰志も声を張り上げたが、革命軍の少年たちは聞く耳を持たなかった。泰志は歯を食いしばりながら、ナイトと田原へと目を向ける。ナイトも既に激しい暴行を受けたらしく、体のあちこちに傷を負っていた。普段なら容易に抵抗できるはずの彼が、今は縄で縛られたまま身動き一つ取ろうとしない。その理由を考える余裕も、今の泰志にはなかった。
一方の田原は、この世界では珍しい大人という存在であるためか、一部の革命軍の少年少女たちから物珍しそうな視線を向けられていた。彼らは田原を取り囲み、顔を覗き込んだり、互いに何かを囁き合ったりしている。田原は困惑した表情を浮かべながらも、黙ってその場に座り込んでいた。
そして真由美は、そんな光景をただ静かに眺めていた。竜二が苦しげな声を漏らしても、愛が必死に訴えかけても、その表情は少しも変わらない。泰志には、その沈黙が何よりも恐ろしく感じられた。
「もうその辺にしておいたら?」
ようやく真由美が口を開いた。その声は驚くほど静かだった。しかし、その一言で革命軍の少年少女たちの動きが止まる。竜二と愛を取り囲んでいた者たちも、田原を物珍しそうに眺めていた者たちも、一斉に真由美の方へと振り向いた。
「遠藤さん、このやけにおとなしいクローンと妙な大人は基地に連れ帰って調査するとして、他の三人はこの場で殺しても構いませんか?」
革命軍の少年がそう尋ねると、周囲の者たちは一斉に銃を構えた。泰志たちに向けられた銃口には、一切のためらいも感じられない。泰志の目の前にも、黒い銃口が突きつけられた。その奥に広がる闇を見つめながら、彼は思わず息を呑んだ。
「馬鹿なこと言わないで。こいつらは『解放者』。この世界や解放軍について情報を持ってる。まとめて連行してリーダーの前に突き出す」
真由美は淡々と言い放った。その声には怒りも迷いも感じられず、銃を構えていた少年たちでさえ、一瞬顔を見合わせた。
やがて彼らは銃を下ろし、真由美の指示に従い始める。そんな彼女の姿を、泰志は呆然と見つめていた。
あのとき、MOTHERの前で記憶を取り戻した真由美は、あふれ出す悲しみに耐えきれず、その場に崩れ落ちた。泰志と竜二は、そんな彼女を両側から支えた。あの瞬間、ようやく三人の間にあった隔たりが埋まり始めたのだと、泰志は信じていた。しかし、今の真由美の眼差しには、あのときの面影すら感じられなかった。
彼女の記憶は、本当に戻っていたのだろうか。いや、確かに戻っていたはずだ。あのときの彼女の涙も、震える声も、決して偽りではなかった。それなのに、どうして。
彼女の抱えてきた悲しみを、自分も少しは背負えたつもりでいた。もう一度、幼馴染として向き合える日が来ると信じていた。だが、目の前にいる真由美が何を考えているのか、今の泰志にはまるで分からなかった。
「ほら、立て。さっさと歩け」
革命軍の少年たちが泰志たちを乱暴に立たせ、歩くよう促した。これから自分たちは、革命軍のリーダーのもとへ連行されるのだろう。
田原をMOTHERのもとへ送り届ける。そのために奏と亮介は施設に残り、自分たちを逃がしてくれた。それなのに、今度は自分たちが革命軍に捕らえられてしまった。泰志は唇を噛みしめ、縄で縛られた両手を強く握りしめた。二人が命を懸けてつないでくれた希望が、再び遠ざかっていくように感じられた。
しかし、真由美が少年たちを見届けようと振り返った、その時だった。
突如、木の上から一つの人影が飛び降り、彼女の背後に降り立った。
「動くな」
低い声とともに、鋭いナイフが真由美の首元へと突きつけられる。その刃は、昇りゆく朝陽を受けて鈍く煌めいていた。
秀だった。
泰志は思わず目を見開いた。昨夜、仲間たちから離れて木に背を預けていた秀の姿が脳裏をよぎる。どうやら彼は、革命軍の接近をいち早く察知し、木の上に身を隠していたらしい。
「そいつらから離れてもらおうか」
秀は真由美の背後に立ったまま、低い声で告げた。
革命軍の少年少女たちは一斉に動きを止め、互いに顔を見合わせた。誰も銃を下ろそうとはしなかったが、真由美の首元に突きつけられた刃を見て、少しずつ泰志たちから距離を取り始める。
しかし、真由美だけは違った。
「無駄よ。あなたたちは、誰一人無傷ではここを切り抜けられない」
その声には、恐怖も焦りも感じられなかった。
秀はわずかに眉をひそめた。背後からナイフを突きつけられているというのに、真由美は身じろぎ一つせず、まるで自分がこの場の主導権を握っているかのように振る舞っている。
その首元では、刃が触れた箇所から蛍光液が一筋、静かに伝っていた。
「お前の命は残り一つ。それがどういう意味かは分かるだろう」
秀は革命軍の少年たちにも見えるように、真由美の首元を覆っていたスカーフをめくった。そこには、心もとなく光る一本のラインが刻まれていた。
少年たちは彼女の残された命が一つであることを知っていたようだった。しかし、改めてその事実を目の当たりにすると、互いに顔を見合わせ、戸惑いを隠せない様子を見せた。
それでも、当の真由美は少しも動じなかった。
「殺すなら殺せばいい。今更死ぬことなんて恐れてない」
真由美はまっすぐに前を見据えたまま、言い放った。その声には一切の迷いが感じられない。
予想外の反応に、秀は思わず息を呑んだ。彼女は自分の命が残り一つであることを理解しているはずだった。それなのに、まるで脅しなど意味をなさないとでも言うように、平然とした態度を崩さない。
革命軍の少年たちは、銃を構えたまま互いに顔を見合わせた。泰志たちもまた、秀と真由美の間で何が起きているのか理解できずにいた。
秀は真由美の耳元へ顔を寄せ、彼女にしか聞こえないほどの声で囁いた。
「おい、どういうつもりだ……。お前は仲間じゃないのか?」
その問いかけに、真由美は何も答えなかった。
ただ、ゆっくりと片手を背中へと回した。
その動きを目にした瞬間、秀の表情が変わった。彼女が何をしようとしているのか、何かを察したかのように目を見開く。
しばらくの間、二人はそのまま動かなかった。
やがて、乾いた音が足元に響いた。
秀の手から、ナイフが地面へと落ちていた。
彼は真由美の拘束を解き、ゆっくりと一歩後ずさった。その表情には、怒りとも困惑ともつかないものが浮かんでいた。
「余計な手は出さないで。木堂のところへまとめて連行して」
秀を取り囲む少年たちに向かって、真由美は冷静な口調で告げた。
少年たちは一瞬不満げな表情を浮かべたものの、彼女の指示に従い、秀を縄で縛り上げた。こうして秀もまた拘束され、一行は革命軍の基地へと連行されることになった。
秀がなぜ抵抗をやめたのか、泰志には分からなかった。真由美が背中へ手を回したあの瞬間、彼は何かを察したようにナイフを手放した。いったい何を見たというのだろうか。問いかけようにも、革命軍の少年たちに急かされ、ただ歩き続けるしかなかった。
真由美は列の後方を歩いていた。泰志は何度か振り返ったが、そのたびに彼女は視線を逸らし、決して目を合わせようとはしなかった。
やがて一行は、MOTHERの施設からほど近い場所に築かれた革命軍の基地へとたどり着いた。
その位置を確認した泰志の脳裏に、かつて目にした両陣営の理念を記した記録がよみがえる。革命軍はMOTHERによる統率を重んじ、そのもとで世界を発展させようとしていたはずだ。
そう考えれば、MOTHERの施設の近くに拠点を構えていることにも納得がいった。
基地の内部には、張り詰めた空気が漂っていた。通路には武装した少年少女たちが行き交い、泰志たちの姿を認めると、誰もが険しい表情を浮かべる。中には足を止め、あからさまな敵意を向けてくる者もいた。
どうやら『真由美を解放軍に売った』という話は、革命軍の中では既に広く知れ渡っているらしい。
泰志は隣を歩く竜二に目を向けた。彼もまた、周囲から浴びせられる視線に戸惑いを隠せない様子だった。しかし、二人には誤解を解くための言葉を交わすことさえ許されなかった。
やがて一行は、基地の上層、その奥深くに位置する指令室へと連れていかれた。
室内にいた少年たちが、一斉に泰志たちへ視線を向ける。彼らの表情には、道中で見かけた少年少女たちとは異なる落ち着きがあった。誰一人として騒ぎ立てることなく、ただ静かに一行の様子を見定めている。
そして、その中央には、ひときわ大柄な少年が腰を下ろしていた。
周囲の少年たちが彼を取り囲むように立っていることからも、この場所で彼が特別な立場にあることは明らかだった。
「よく来たな、解放軍と、それに付く裏切者。……そして、『解放者』」
木堂はそう言うと、泰志に向かって不気味な笑みを浮かべた。
どうやら革命軍の間でも、『解放者』という存在は知られているらしい。泰志がそのことに驚いていると、木堂はゆっくりと彼の方へ歩み始めた。
周囲の少年たちは誰一人として口を開かず、彼が近づくにつれて自然と道を開けていく。木堂はそんな彼らに目を向けることもなく、まっすぐに泰志の前へと進んだ。その腰では、鞘に収められたククリ刀の金具が、歩みに合わせて小さな金属音を立てていた。
「こいつが『解放者』ねぇ……」
木堂は泰志の前にしゃがみ込むと、値踏みするようにその顔を覗き込んだ。
「木堂。例の大人とクローンはどこへ連れて行ったの?」
その時、指令室の入口から聞き覚えのある声が響いた。
泰志が顔を上げると、遅れて入ってきた真由美が木堂に視線を向けていた。彼女は泰志たちには目もくれず、まっすぐに木堂の方へと歩いていく。
「おお、遠藤。無事だったか。てっきり死んだものかと思ったぞ」
木堂は立ち上がると、先ほどまでの不気味な笑みを浮かべたまま、真由美へと歩み寄った。しかし、真由美は彼の言葉にも表情一つ変えなかった。ただ冷ややかな視線を向けたまま、その場に立っている。
泰志はそんな彼女の姿を見つめていた。自分たちに対してだけでなく、革命軍のリーダーである木堂に対しても、彼女の態度は変わらない。それなのに、木堂も周囲の少年たちも、誰一人として不思議そうな顔をしなかった。少なくとも彼らにとっては、今の真由美の姿こそが、見慣れたものなのかもしれなかった。
「あいつらはどこに?」
目の前へと歩み寄ってきた木堂に対し、真由美は問い詰めるように尋ねた。
「まあ落ち着けよ。あいつらなら地下牢に入れてある。今は様子を見ているところだ」
地下牢。その言葉を聞いた真由美は、わずかに顔を伏せた。しかし、木堂はそんな彼女の様子を気に留めることもなく、愉快そうに言葉を続けた。
「それにしても、お前がここまで成果を出してくれるとはな。解放軍基地への奇襲攻撃を提案した時も驚いたが、まさか自分で実行に移し、成功させるとはな」
その言葉に、泰志と竜二は思わず顔を見合わせた。彼らがこの世界にやってきた頃、解放軍と革命軍の間で起きていた激しい武力衝突。その発端となった奇襲攻撃を提案し、実行したのは、ほかならぬ真由美だったのだ。
愛もまた、信じられないものを見るように真由美へ視線を向けた。あの襲撃によって解放軍が受けた被害は、決して小さなものではなかった。しかし、真由美は何も言わなかった。
「しかも今度は、おかしな大人にクローンまで連れてきた。おまけに、我らが忌むべき存在……『解放者』までな」
木堂はそう言うと、再び泰志へと視線を向け、不気味な笑みを浮かべた。
「忌むべき……?」
泰志は小さくつぶやいた。MOTHERによって選ばれたはずの解放者が、なぜ革命軍から忌み嫌われているのか。MOTHERによる統率を重んじる彼らの思想を思い出すほど、その言葉は泰志の胸に引っかかった。
「分かった。後の尋問はあなたに任せる。案内役を寄越して」
真由美は淡々と告げると、木堂に背を向けた。泰志は思わず彼女の名を呼びかけそうになった。しかし、真由美は何事もなかったかのように歩き始める。泰志たちがその背中を見つめる中、彼女は一度も振り返ることなく、指令室を後にした。
扉が閉まる音とともに、秀は口を開いた。
「上川が『忌むべき存在』というのはどういうことだ? MOTHERはこいつを解放者として迎え入れたんだろう?」
それは事実だった。MOTHERが望んだ目的はまだ果たされていない。しかし、泰志をこの世界へ招いたのはMOTHER自身であり、彼との対面を喜んでいたことも確かだった。
「はは。よし、それじゃあここで、『解放軍の能天気ども』に、俺直々に講義でもしてやろうか」
木堂はそう言うと、再び椅子に腰を下ろし、片肘を肘掛けに預けた。
「お前の言う通り、『解放者』はMOTHERが望んで寄越した存在だ」
そこで木堂は一度言葉を切った。先ほどまで口元に浮かんでいた笑みが、ゆっくりと消えていく。
「しかし、この世界のことを真に考えている俺たちにとっては、『世界を破滅に追いやる悪魔』そのものなんだよ」
木堂は怒りを込めた声で言い放ち、泰志を鋭く睨みつけた。
泰志は思わず周囲を見渡した。革命軍の少年たちは、誰一人として木堂の言葉に異を唱えようとしない。目の前に立つ幹部たちもまた、泰志に厳しい視線を向けていた。彼らにとって、解放者とはそれほどまでに忌むべき存在なのだろうか。
MOTHERが自ら選び、この世界へ招いたはずの自分が、なぜ世界を破滅させる存在として扱われているのか。泰志には、まだその理由が分からなかった。




