衷情
「暗闇でどれくらいものが見えるか?」
扉が正常に動作することを確認し終えたナイトは、泰志からの唐突な問いに不思議そうな表情を見せた。
「なんか嫌らしいことでもする気か?」
亮介は、薄暗い中でもはっきりと分かるほどのにやけ顔を見せる。しかし、当の泰志は彼の冗談には目もくれず、ナイトの答えを待っていた。
「長時間いれば多少は慣れるが、明かりがないことには容易に行動はできない」
「分かった!」
泰志はその返答を聞くや否や、再び秀たちのいる方へと駆け出した。
「なんだあいつ?」
亮介とナイトは不思議そうに顔を見合わせた後、慌てて彼の後を追った。
やがて秀のもとへ駆け寄った泰志は、息を整える間も惜しむように口を開いた。
「城崎、ちょっと考えがあるんだ」
「考え?」
「ああ。この施設の照明を全部消したら、どうなると思う?」
秀は一瞬眉をひそめたが、すぐに泰志の意図を察したように周囲を見渡した。
「……なるほど。やつらの視界を奪うつもりか」
「そういうことだ。田原さんの話じゃ、変異体の目は人間と大して変わらないらしい。ナイトにも確認したけど、暗闇じゃまともに動けないって」
泰志は頭上に並ぶ、薄暗く心もとない照明へと目を向けた。
「だったら、足枷のケーブルを切る直前に、この辺りの照明を全部壊してしまえばいい。やつらが動き出しても、こっちの姿が見えなければ、逃げ切れる可能性はあると思う」
「確かに、悪くない考えだな」
秀は顎に手を当て、しばらく考え込んだ。しかし、その表情にはまだ迷いが残っていた。
「だが、俺たちも何も見えなくなるぞ。それに、やつらが音を頼りに追ってこないとも限らない」
「それは分かってる。でも、ここまでの通路はほとんど一本道だっただろ? それに、亮介の暗視ゴーグルがある」
泰志が振り返ると、遅れて到着した亮介が自分を指差した。
「俺?」
「ああ。お前が先頭に立って、みんなを誘導してほしいんだ。暗視ゴーグルなら、少なくとも俺たちよりは暗闇の中を進めるだろ?」
「まあ、そうだな。ただ、完全に真っ暗だと、こいつだけじゃ厳しいかもしれないぞ」
亮介はゴーグルに手を添えた。
「それでも、何もないよりはずっといい。ライトもあるし、どうしても必要になったら使える」
「だが、明かりをつければ、こちらの居場所を知らせることにもなる」
ナイトの指摘に、泰志は小さく頷いた。
「だから、できるだけ使わない。みんなで離れずに移動すれば、何とかなると思う」
秀は改めて通路の奥へと目を向けた。確かに、施設の構造は単調で、分岐もない。暗闇の中でも進む方向さえ間違えなければ、入口まで辿り着くことは不可能ではないだろう。
もっとも、それは変異体が視覚以外の方法で自分たちを捉えられないという前提に立った作戦でもあった。足音や物音を頼りに追跡してくる可能性は否定できず、田原を連れて全員が無事に逃げ切れる保証もない。
「……賭けにはなるな」
秀は静かにつぶやいた。
「ああ。でも、何もせずにあいつらと正面から戦うよりは、ずっと可能性があると思う」
泰志の言葉を聞いた秀は、もう一度照明を見上げた。薄暗い光が、静まり返った通路を頼りなく照らしている。
「分かった。その案で考えよう。ただし、照明を消すタイミングと、田原さんを連れて逃げる手順は慎重に決める必要がある。少しでもずれれば、俺たちの方が暗闇に取り残されることになるからな」
泰志は力強く頷いた。
やがて、一行は田原を囲むように集まり、秀を中心に決定した作戦の最終確認を始めた。
「まず、田原さんの足枷だが、枷そのものを取り外すのは難しい。だから、繋がっているケーブルを直接切断する。これは木ノ本、お前に頼みたい」
「分かった」
奏は短く答え、刀の柄に手を添えた。
「ただし、切断するのは照明が消えるのと同時だ。あらかじめ刃をケーブルに当てておいてくれ。暗闇になってから位置を探している余裕はない」
秀の言葉に、奏は静かに頷いた。
「次に、田原さんの移動だ。足枷は残ったままだし、暗闇の中を自力で走ってもらうのは危険すぎる。だから、ナイトに運んでもらう」
「承知した」
ナイトは田原に目を向ける。田原は少し申し訳なさそうに微笑んだが、異議を唱えることはなかった。
「ケーブルを切断してから、変異体が動き出すまでには四、五秒ほどの猶予がある。その間に、できる限り広間の出口まで移動する。そこから先は、音を立てないよう慎重に進む」
秀は通路の方へ視線を向けた。すでに田原のいる広間の手前に設置された二つを除き、通路の照明はすべて破壊されていた。残された二つの照明は変異体から十分に離れた位置にあり、その破片が直接やつらに当たる心配もない。
「その二つは、俺と亮介で壊す」
泰志が口を開いた。
「俺たちが所定の位置から同時に撃つ。それを合図に木ノ本がケーブルを切って、ナイトが田原さんを抱えて走り出す。そういうことだな?」
「ああ。照明を破壊したら、お前たちもすぐに合流してくれ」
秀は頷くと、今度は亮介に目を向けた。
「暗闇の中では、お前が先導役だ。入口まで全員を誘導してほしい」
「任せとけ。ただ、真っ暗だとゴーグルでも見えにくいからな。そこは勘弁してくれよ」
「分かってる。無理に急ぐ必要はない。入口まで辿り着いたら、ナイトの肩に触れて合図してくれ。声を出すよりは安全だろう」
「了解」
「合図を受けたら、ナイトは田原さんを下ろして扉を開ける。俺は最後尾について、全員が離れずに移動できているか確認する。万が一、変異体が追ってきた場合も、できる限り時間を稼ぐつもりだ」
秀はそう言って、腰に携えたナイフへと目を落とした。
「でも、外にもまだクローンがいるんだよな」
泰志の言葉に、一同の表情が引き締まった。
施設の外には、依然として多数のクローンが残されている。仮に三体の変異体をやり過ごして入口まで辿り着いたとしても、そこから先の安全が保証されているわけではなかった。
「外に出たら、崖の上にいる三人の援護を受けながら離脱するしかない。今はまず、田原さんを連れてこの施設を抜け出すことに集中しよう」
秀の言葉に、一同は頷いた。
暗闇によって変異体の視界を奪えたとしても、音を頼りに追跡してくる可能性は残されている。照明を破壊するタイミングがずれれば、奏がケーブルを切断する前に視界を失うこともあり得た。さらに、田原を抱えたナイトが暗闇の中で足を取られれば、それだけで脱出は困難になるだろう。
それでも、正面から三体の変異体と戦うよりは、はるかに生還の可能性が高いはずだった。
成功の保証など、どこにもない。しかし、田原を含めた全員を生きて外へ連れ出すためには、これが彼らにできる精いっぱいの作戦だった。
全員が所定の位置についた。泰志と亮介はそれぞれ残された照明へと照準を合わせ、奏はケーブルの上で刀を振り上げる。互いの準備が整ったことを確認すると、泰志と亮介は顔を見合わせ、静かにカウントを始めた。
「さん、に、いち……!」
二つの銃声が、静まり返った施設内に響き渡った。しかし、照明はどちらも消えなかった。二人とも初弾を外したのだ。
間髪入れずに再び銃声が響く。今度はほとんど同時に二つの照明が砕け散り、通路を照らしていた最後の明かりが失われた。
その瞬間、奏は渾身の力を込めて刀を振り下ろした。あらかじめ狙いを定めていた刃は、暗闇の中でも正確にケーブルを捉え、一撃で断ち切る。そのまま床へと叩きつけられた刀の先から、微かな火花が散った。
その一瞬の光の中で、ナイトが田原を抱え上げる姿が浮かび上がった。
運命の五秒間。
一行は一斉に入口方向へと駆け出した。足元を確かめる余裕などない。暗闇に包まれた通路では、一寸先すら見通すことができず、ただ記憶に残る通路の形と、仲間たちの足音だけが頼りだった。靴底が床を擦り、荒い呼吸が闇の中に重なっていく。
やがて、走り出した足がようやく床の感触を掴み始めた、その時だった。
背後から、低く重い唸り声が響いた。
ケーブルを断ち切ってから、まだ三秒も経っていない。
予想よりも、あまりに早い。
一行の頭の中は、目の前の漆黒の闇とは対照的に、瞬く間に真っ白になった。予想外の事態に、誰もがすぐには反応できず、歩調を緩めるのが遅れた。
次の瞬間、床が鈍く震えた。
何か巨大なものが、ゆっくりと動き始めている。
重い足音が一つ響くたびに、床を通して振動が伝わってきた。その音は決して速くはなかったが、確実にこちらへと近づいているように感じられた。
進むしかない。やつらには、こちらが見えていないはずだ。そう信じるしかなかった。
泰志は足を止め、背後から響く地響きの間隔を確かめた。そして、その振動に自分の足音を紛れ込ませるように、慎重に歩き出す。
しかし、先ほど唸り声が聞こえた瞬間、反射的に振り返ってしまったことが災いした。
前がどちらなのか、分からない。
視界を埋め尽くす闇の中では、通路の形も、壁の位置も、すぐ近くにいるはずの仲間の姿さえ確認できなかった。自分が進んでいる方向が正しいのかどうか、その確信すら持てない。
やがて、最初の地響きとは異なる間隔で、もう一つ重い足音が響き始めた。さらに少し遅れて、三つ目。三体すべてが動き出したのだ。
重なり合う地響きが施設全体を震わせる。泰志は息を潜め、耳を澄ませた。自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。仲間たちがどこにいるのかも分からず、声をかけることさえためらわれた。
それでも、地響きの合間には、時折、靴底が床を擦るような微かな音が聞こえてくる。仲間の誰かが発したものなのだろう。
泰志はその音を頼りに、ゆっくりと足を踏み出した。
正しい方向へ進んでいるのか、それとも自ら変異体へ近づいているのか。確かめる術はなかった。
ただ、どこまでも続くように思える漆黒の闇の中を、進み続けるほかなかった。
しばらく進んだだろうか。先ほどよりも地響きが心なしか遠ざかったように感じられた。それまでほとんど聞き取れなかった仲間たちの立てる音も、少しずつはっきりとしてきた。目の前からは、微かに衣服の擦れる音と、女性らしい息遣いが聞こえてくる。おそらく、ナイトに抱えられた田原のものだろう。
少なくとも、進む方向は間違っていなかったらしい。泰志はわずかに安堵し、前方の気配を頼りに歩き続けた。
その時だった。
突然、目の前で甲高い金属音が響いた。ナイトに抱えられていた田原の足枷から、断線した際に緩んでいた金属部品が外れ、床へと落下したのだ。
暗闇の中では、その小さな部品の位置さえ分からない。足を止めるのが遅れた泰志は、落ちたばかりのそれを思い切り蹴り飛ばしてしまった。
金属片は甲高い音を立てながら床を滑り、何度も跳ねては通路の奥へと転がっていく。一瞬で収まるはずだった音は、静まり返った施設内にいつまでも反響し続けた。
次の瞬間、背後から響いていた地響きが、急激に大きくなった。
低い唸り声が重なり、床を震わせる足音が次々と迫ってくる。
居場所を知られた。
「走れ!」
亮介の叫び声とともに、前方の闇の中で銃声が響いた。彼は施設入口の方向へ銃口を向け、進路上に仲間がいないことを確かめる余裕もないまま、やや上方へと発砲した。
銃口から放たれた閃光が、一瞬だけ通路を照らし出す。
壁の輪郭と、前方を進む仲間たちの姿が浮かび上がった。
泰志はそのわずかな光を頼りに進む方向を確かめ、全力で駆け出した。再び視界は闇に閉ざされたが、もう迷っている余裕はなかった。
「あと少しだ! ナイト!」
秀の叫び声に応えるように、ナイトが田原を抱えたまま先頭へと躍り出た。背後では三体の変異体が地響きを立てて迫っている。その振動は、もはや足元だけでなく、身体全体に伝わってくるほどだった。
やがてナイトの手が、通路の突き当たりにある壁へと触れた。
入口だ。
彼は素早く田原を下ろすと、事前に確認していた開閉装置の位置を手探りで確かめ、操作を始めた。
幸い、装置は正常に反応した。
重い駆動音とともに扉が動き始め、わずかに開いた隙間から外の光が差し込んでくる。長く暗闇にいた一行にとって、その光は目を細めずにはいられないほど眩しかった。
「少々揺れますが、我慢して」
ナイトは田原にそう告げると、再び彼女を抱え上げ、開き始めた扉の隙間から外へと駆け出した。
しかし、そこにも安全な場所などなかった。
施設の周囲には、依然として無数のクローンがひしめいていた。ナイトの姿を認めるや否や、彼らは一斉に槍を構え、襲いかかってくる。
ナイトは田原を抱えたまま身を翻し、迫りくる槍を次々とかわしていった。
その時、崖の上から乾いた銃声が響いた。
竜二と真由美だ。
二人は施設から飛び出したナイトたちの姿を確認すると、入口付近へと狙撃を開始した。次々と放たれる弾丸が、迫りくるクローンたちの動きを阻んでいく。
「早く!」
ナイトに続いて外へ出た亮介が、振り返って叫んだ。彼は施設の入口へ向けて銃を構え、暗闇の奥から迫ってくる巨体に向かって引き金を引いた。
しかし、弾丸は硬い装甲に弾かれ、甲高い音を立てるばかりだったために、亮介は舌打ちする。
続いて、秀が入口から飛び出した。そのすぐ後を泰志が追う。
二人とも息を切らし、背後を振り返る余裕すらなかった。秀は最後尾で仲間を確認するはずだったが、変異体の接近と突然の銃撃によって隊列は乱れ、今はただ目の前の仲間を逃がすことで精いっぱいだった。
それでも、どうにか全員が脱出できたはずだった。
しかし、扉はなおも開いたままだった。
「外から閉められないのか!?」
秀は息を荒らしながら振り返った。
その時、開いたままだった扉が、重い駆動音を立ててゆっくりと閉まり始めた。
誰かが内側から操作している。
一瞬、安堵しかけた秀だったが、閉じていく扉の向こうに人影があることに気づいた。
薄暗い施設の内部に、一人の少女が立っていた。
「……木ノ本?」
秀の表情が凍りつく。
そこにいたのは、奏だった。
彼女は外へ出ようともせず、閉まりゆく扉の内側に佇んでいた。その視線は秀たちには向けられていない。
ただ、暗闇の奥から迫りくる変異体を、まっすぐに見据えていた。
秀は咄嗟に投げナイフを放った。刃は閉まりゆく扉の隙間へと滑り込み、金属同士がぶつかる甲高い音が響く。直後、扉が小さく震え、閉鎖動作を停止した。どうやら、異物を検知した安全装置が作動したらしい。
わずかに開いた隙間から差し込む光が、奏の背中を細く照らしていた。
「おい! 木ノ本! 何してる! 開けて出てこい!」
秀はこれまでに見せたことがないほど声を荒らげ、扉へと駆け寄った。両手を扉に押し当て、力任せにこじ開けようとする。しかし、重い扉はびくともしない。
その叫びに気づいた泰志が振り返る。そこには、必死に扉を叩きながら奏の名を呼び続ける秀の姿があった。
だが、奏は振り向かなかった。
それどころか、背後から聞こえる秀の声を振り切るように、迫りくる変異体へとゆっくり歩き出した。
やがて、扉の隙間から差し込むわずかな光の中に、三体の巨体が浮かび上がった。低い唸り声が重なり、床を伝わる振動が奏の足元を震わせる。
奏は立ち止まると、流れるような動作で刀を鞘から抜いた。低く響く唸り声の中に、刃が空気を切り裂く高い音が混じる。
背後では、なおも秀が彼女の名を叫んでいた。
「本当は……怖かった」
奏は、誰に聞かせるでもなく小さくつぶやいた。
「あなたと刃を交えるのが……」
その声は、扉の向こうにいる秀には届かない。目の前の変異体から視線を逸らさないまま、奏は自分自身に言い聞かせるように言葉を続けた。
「強いとか、弱いとかじゃない。あなたの強さに並ぼうとしていた時、私は……もう、この世界でしか生きていけないような気がした」
戦うことに慣れ、強さを求めることが当たり前になっていた。いつしか、戦いのない世界で生きる自分を想像することさえ、怖くなっていたのかもしれない。
奏の足が、小さく震え始めた。
「約束……果たせなくて、ごめん」
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
背後からは、扉を叩く鈍い音と、秀の叫び声が絶え間なく聞こえてくる。奏は一度だけ目を伏せると、震える手で刀の柄を握り締めた。
「ここから出られたら……約束、果たせるかな……」
誰に問いかけるでもないその言葉は、薄暗い通路の中に静かに消えていった。
その時だった。
「やっと本音喋ったな」
不意に、すぐ横から聞き慣れた声がした。
奏は驚いて顔を上げる。いつの間にか、隣に一人の少年が立っていた。
亮介だった。
彼は扉が完全に閉まる前、秀たちが奏に気を取られている隙に、開口部から施設内へと駆け戻っていたのだ。扉が停止した後も、そのまま暗がりを進み、奏のもとへと近づいていた。
亮介はいつものように、かすかににやついた表情を浮かべていた。
「あなた……! どうして……」
奏は驚きを隠せない。
「『家に帰るまでがデート』だからな。最後まで付き合うぜ」
亮介は軽口を叩きながらも、ライフルを構えた。その手は、かすかに震えていた。
奏はしばらく彼の顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、微かに微笑んだ。
「キモい……。でも、ありがとう」
そう言って、彼女は再び刀を構えた。
「早く!」
ナイトが泰志と秀に向かって叫んだ。
しかし、秀はなおも扉を叩き続けていた。何度も奏の名を叫び、わずかな隙間から中を覗き込もうとする。その肩を泰志が掴み、必死に引きはがそうとした。
「城崎! もう行くぞ!」
秀は抵抗した。扉を叩く手を止めず、喉が張り裂けんばかりに叫び続ける。
だが、周囲ではクローンの攻撃が激しさを増していた。崖上から響く銃声に混じって、槍が地面を叩く音が次々と迫ってくる。泰志は秀の腕を強く引き、半ば引きずるようにして扉から遠ざけた。
それでも秀は、最後まで顔を扉へと向け続けていた。
その目に、奏の姿が映ることはなかった。
一方、扉の内側では、奏がわずかな隙間から差し込む光の向こうを見つめていた。そこには、泰志に引かれながら遠ざかっていく秀の姿があった。
奏はその姿を、忘れまいとするように目に焼き付けた。
やがて、秀の姿が見えなくなると、奏は静かに振り返った。
隣には、ライフルを構えた亮介がいる。
二人は言葉を交わすことなく、目の前に立ちはだかる三体の変異体を見据えた。
恐怖が消えたわけではない。奏の握る刀も、亮介の構えるライフルも、わずかに震えていた。それでも、少なくとも今この瞬間、二人は自分たちの選択を悔いてはいなかった。
ただ一人、二人の決意を知らない秀だけは、遠ざかっていく扉から、いつまでも目を逸らすことができなかった。




