第29章 門戸
泰志と亮介は、必死の形相で前方を埋め尽くすクローンの大軍へと駆けていく。幾重にも重なる敵の影。そのわずかな隙間から、目指す施設の入り口がかろうじて覗いていた。しかし、走っても走っても、その入り口が近づいているようには思えない。
二人の存在に気づいたクローンたちは、唸るような声を上げながら槍を構え、一斉に襲い掛かってきた。泰志と亮介は即座に銃口を向け、迫り来る敵に銃弾を浴びせる。怯んだクローンの体を押し倒し、足を止めることなく突き進んでいく。しかし、一体を倒せば、その背後からまた新たなクローンが現れる。銃声が響くたびに敵は地面へ倒れていくものの、目の前を埋め尽くす大軍には、まるで減った様子がなかった。
その時、泰志の左側から無数のクローンが群れを成して襲い掛かってきた。視界の外からの急襲に、銃口を向ける余裕すらない。泰志が反射的に身をすくめた瞬間、視界の端に鋭い光が走った。
奏の刀が、流れるような軌道を描いてクローンたちの間を駆け抜ける。間髪入れずに繰り出される斬撃に、敵は次々と体勢を崩して地面へ倒れ込んだ。黒く艶めく髪が舞うように揺れ、その切っ先が次の敵へと向けられる。しかし、倒れたクローンの背後からは、すでに新たな槍の穂先が迫っていた。
「止まるな!」
奏は襲い来るクローンから視線を逸らすことなく叫んだ。その鋭い声に、恐怖で鈍りかけていた泰志と亮介の足が再び動き出す。泰志は奥歯を噛み締め、震える指でトンプソンの引き金を引き続けた。
二人の背後からも、次第にクローンたちが距離を詰めてくる。しかし、その槍が二人に届くよりも早く、別の槍が敵の進路を遮った。ナイトが長い歩幅で追撃してくるクローンたちを迎え撃ち、次々と薙ぎ払っていく。大きく踏み込みながら槍を振るうその姿は、敵の勢いを正面から押し返すようだった。やがて二人の背後にぴたりとつくと、その速度に合わせながら追撃を封じ続ける。
亮介もまた、焦りを顔に浮かべながら、目の前のクローンたちに銃弾を浴びせていた。普段なら冷静に判断できるはずの距離も、今は目の前に迫る槍の穂先を追うだけで精一杯だった。敵を倒すことよりも、とにかく前へ進まなければならない。その一心で引き金を引き続ける。
しかし、突然銃声が途絶えた。
何度引き金を引いても、銃口から弾丸が放たれることはない。弾倉が空になっていたことに気づいた亮介は、慌てて腰へ手を伸ばした。だが、そのほんの一瞬の隙を見逃すほど、クローンたちは甘くなかった。正面から迫る敵が槍を構え、無防備になった亮介へと突き出そうとする。
「任せろ」
短い声とともに、亮介とクローンの間へ秀が滑り込んだ。身を低くして槍の間合いへ踏み込むと、右手のナイフを素早く振るい、敵の攻撃を封じていく。さらに左手に握ったナイフで迫る別のクローンを退け、わずかな隙間を縫うように次々と敵を倒していった。その動きには一切の迷いがなく、以前は自由に動かせなかった右腕も、今では左腕と寸分違わぬ速さで動いていた。
背後から別のクローンが迫ると、秀は即座に身を翻し、投げナイフを放った。鋭い一撃が敵の動きを封じ、その間に亮介は新しい弾倉を装填する。
だが、秀が退けたクローンの向こうには、まだ数え切れないほどの敵がひしめいていた。倒しても倒しても、次々と迫り来る槍の群れ。その圧倒的な物量を前に、五人は互いの背中を守りながら、ただひたすら施設の入り口を目指して突き進んでいった。
息を切らし始めた泰志と亮介の目の前には、不思議な光景が広がっていた。これから突破しようとするクローンの大軍。その中で、何体ものクローンがすでに地面に倒れ伏していたのだ。目の前の敵に対処することで精一杯だった二人は、ふと進行方向の奥へと目を向ける。すると、そこではクローンたちが次々とひとりでに倒れていく光景が広がっていた。
彼らは狙撃されていた。
数百メートル離れた崖上から、真由美と竜二が絶え間なく銃弾を送り込んでいたのだ。二人は照準を合わせ、引き金を引き、次の標的へと銃口を向ける。その一連の動作には一切の無駄がなく、まるで精密な機械が正確な動きを繰り返しているかのようだった。次々と倒れていくクローンの間に、わずかな隙間が生まれていく。泰志と亮介はその隙を逃さず、さらに前へと駆け出した。
しかし、その狙撃に気づいたクローンたちの一部が、崖上へと視線を向けた。やがて数体が群れから離れ、二人の潜む高台を目指して勢いよく駆け出していく。その後ろからも次々とクローンが続き、崖の側面に広がる斜面を一斉に駆け上がり始めた。
「来るぞ宮本!」
スコープを覗いたまま竜二が叫ぶ。その声に愛は息をのみ、素早く周囲を見渡した。斜面を駆け上がってくるクローンたちの姿が目に入る。先頭の敵はすでに崖の上へと迫っており、その背後にも無数の影が続いていた。
愛はすぐさま拳銃を構え、二人の狙撃手を守るように前へ出る。やがて崖上へ到達したクローンたちは、なおも崖下に照準を合わせ続ける竜二と真由美の姿を捉えると、槍を構えて一斉に駆け出した。
乾いた銃声が響く。
愛の放った銃弾が先頭のクローンを捉え、その体が地面へ倒れ込む。しかし、その背後からは別のクローンが次々と押し寄せてきた。愛は必死に引き金を引き、迫る敵の勢いを食い止めようとする。銃声が響くたびにクローンは倒れていくものの、その数は一向に減る気配を見せない。額から汗が流れ落ち、拳銃を握る手にも次第に力がこもっていく。
それでも愛は一歩も退かなかった。自分がここを離れれば、竜二と真由美は狙撃を続けられなくなる。二人の銃声が途絶えれば、今度は崖下を駆ける泰志たちが危険にさらされる。そう理解していたからこそ、愛は迫り来る敵に銃口を向け続けた。
しかし、無情にも拳銃の銃声が途絶えた。
「装填!」
汗を流しながら愛が叫んだ瞬間、真由美が即座に反応した。彼女は崖下への狙撃を中断すると、素早く体の向きを変えてスコープを取り外し、迫り来るクローンたちへ銃口を向ける。短く響く銃声とともに先頭の敵が倒れ、続くクローンたちも次々と足を止めた。
その間に愛は慌ただしく弾倉を交換し、再び拳銃を構える。間髪入れずに銃声が響き始めたことを確認すると、真由美は何も言わずに崖下へと向き直った。そして再びスコープを装着して覗き込み、泰志たちの進路を塞ぐクローンへと照準を合わせる。
その間も、竜二の狙撃が途絶えることはなかった。三人は互いに多くの言葉を交わすことなく、それぞれの役割を果たし続けていた。
そんな中、真由美はスコープ越しに、戦う奏の姿を見つめていた。刀を振るい、次々とクローンを退けていくその姿を、ただ黙って追い続ける。
不意に、隣から聞こえていた銃声が途絶えたことに竜二が気づいた。スコープから目を離し、真由美の方へと顔を向ける。彼女は引き金に指をかけたまま、じっと何かを見つめていた。やがて真由美は小さく息をつくと、再びクローンへの狙撃を開始する。竜二はその横顔をしばらく見つめていたが、何も言わずに自らも銃口を崖下へと向け直した。
一方、泰志と亮介は、地面に転がるクローンの体を避けながら、必死に前進を続けていた。足元を確かめる余裕すらなく、時折つまずいては大きく体勢を崩す。それでも二人はかろうじて踏みとどまり、速度を落としながらも施設の入り口を目指して進んでいく。荒い呼吸が喉を震わせ、銃を握る手には汗が滲んでいた。
その時、二人の足元が突如として巨大な影に覆われた。
顔を上げると、目の前には複数の巨大変異体が立ちはだかっていた。そのうちの一体が低い唸り声を上げながら、無数の槍が絡み合った巨大な塊を頭上高く振り上げる。
「勘弁しろって!」
亮介が叫ぶと同時に、二人は左右へ身を投げ出した。直後、轟音とともに槍の塊が地面へ叩きつけられる。まるで大木が根を下ろすかのように無数の穂先が地面へ深々と突き刺さり、その衝撃で周囲の土砂が跳ね上がった。地面を伝わる振動に足を取られながらも、泰志と亮介はすぐさま立ち上がり、巨体の足元を縫うように駆け抜けていく。
変異体は二人を目で追い、地面に突き刺さった槍の塊を引き抜こうとした。巨大な腕に力がこもり、穂先が地面を抉りながら少しずつ持ち上がっていく。しかし、再び攻撃を繰り出そうと体の向きを変えたその瞬間、崖上から放たれた銃弾が脚部を捉えた。
巨体が大きく揺らぎ、片膝を地面につく。体勢を立て直そうと槍の塊を支えにするものの、その動きは一瞬だけ鈍った。
奏と秀は、その隙を見逃さなかった。
二人はほとんど同時に地面を蹴ると、変異体が支えにしている槍の塊へと飛び乗った。奏は刀を構えながら軽やかに駆け上がり、秀は突き出た槍の柄を足場にして素早く高度を上げていく。変異体が二人の存在に気づき、巨体を揺らして振り払おうとするが、すでに二人はその頭部へと迫っていた。
奏が先に踏み込み、鋭い斬撃を繰り出す。変異体が顔を背けたその反対側から、今度は秀がナイフを振るった。互いに言葉を交わすこともなく、異なる方向から攻撃を重ねていく。巨体は低い咆哮を響かせながら腕を振り回すものの、二人はその動きをかわし、さらに攻撃を加えた。
やがて変異体は大きく体勢を崩し、地響きとともに地面へ倒れ込んだ。
しかし、奏と秀はその場に留まることなく、すぐさま次の敵へと向かっていく。互いの動きを横目で確かめるように視線を交わしながら、競うようにクローンたちを退けていく。その動きには不思議なほどの一体感があったが、二人の表情に親しげな様子は見られなかった。
「まるで競い合っているようですね」
泰志と亮介の後方を守りながら、ナイトはそうつぶやいた。
やがて、あれほど遠くに感じられた施設の扉が、ついに目の前に現れた。クローンの大軍に埋もれ、わずかにしか見えていなかったその扉が、今は手を伸ばせば届きそうな距離にある。泰志と亮介は荒い息を繰り返しながら、最後の力を振り絞るように駆け寄った。
その時、二人の後方を守っていたナイトが素早く前へ出る。しかし、扉の前に立った彼の動きが一瞬止まった。重厚な両開きの扉には、左右をまたぐように何重もの鎖が巻きつけられていたのだ。互いに絡み合った鎖は複雑に重なり、扉を固く封じ込めている。
泰志と亮介は一瞬だけその光景に目を奪われたものの、すぐさま身を翻して銃を構えた。背後からは、なおも無数のクローンが押し寄せてきている。二人は息を整える暇もなく、迫る敵に向かって銃撃を開始した。
「よっぽど閉じ込めておきたいやつだったんだな!」
亮介は額から汗を流しながら、次々と迫るクローンに銃弾を浴びせる。その少し先では、奏と秀が左右に分かれて敵を迎え撃ち、二人のもとへクローンを近づけまいと戦い続けていた。しかし、いくら倒しても敵の数が減る気配はなく、次第にその距離は縮まりつつあった。
「MOTHERが初期のクローンにやらせたのだろう。やつらはほんの少しだけ知能があった」
ナイトはそう答えながら、鎖を手繰り寄せるようにして状態を確かめる。長い年月を経たのか、その一部は赤茶色に錆びつき、表面が腐食していた。しかし、幾重にも重なった鎖は容易には外れそうにない。
「叩き切る。離れて」
ナイトは二人にそう告げると、扉からわずかに距離を取り、槍を大きく振りかぶった。次の瞬間、渾身の一撃が鎖へと叩き込まれる。甲高い金属音が響き渡り、衝撃で鎖が激しく揺れた。しかし、いくつかの表面が砕けただけで、扉を封じる鎖はまだつながったままだった。
ナイトは再び槍を振り上げる。二撃目が鎖を捉え、錆びついた金属の破片が周囲へ飛び散った。それでも、何重にも絡み合った鎖は簡単には断ち切れない。
その間にも、泰志と亮介の銃声は絶え間なく響いていた。奏と秀が敵の進路を塞いでいるものの、わずかな隙間からクローンが次々と迫ってくる。泰志は必死に引き金を引きながら、背後で繰り返される金属音に耳を澄ませていた。扉はもう目の前にある。それなのに、あと一歩がどうしても届かない。
「まだかかりそうか!?」
迫り来る大軍を前に、泰志はたまらず叫んだ。しかし、ナイトは答えない。ただ鎖を見据え、槍を握る手にさらに力を込めた。
そして、三度目の一撃が振り下ろされる。
鋭い金属音とともに、ついに鎖の一部が断ち切られた。続けてナイトが槍を振るうと、支えを失った残りの鎖も次々と緩み、重々しい音を立てながら地面へ崩れ落ちていく。
「開くぞ! 手伝え!」
ナイトはそう叫ぶと、扉の片側へと体を移した。その声を聞いた泰志と亮介は、迫るクローンに最後の銃撃を浴びせると、すぐさま反対側の扉へと駆け寄る。二人がかりで取っ手を握り、渾身の力を込めて引いた。
しかし、長い間閉ざされていた扉は、まるで地面に根を張っているかのように動こうとしない。
「くそっ……開けよ!」
泰志が歯を食いしばり、さらに力を込める。亮介も隣で声を上げながら扉を引き続けた。反対側ではナイトがその強靭な腕で扉を引き、重厚な金属が低い軋み声を上げ始める。
やがて、左右の扉の間にわずかな隙間が生まれた。
そこから乾いた砂埃が舞い上がり、長く閉ざされていた空間の奥に暗闇が覗く。三人はなおも力を緩めず、扉を引き続けた。重々しい音を響かせながら、その隙間は少しずつ広がっていく。
そしてついに、固く閉ざされていた施設の扉が開かれた。




