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少年戦争  作者: Mittsu
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第28章 関門

 コアから上層へと戻り、施設を後にした一行は、田原絵美子が幽閉されている場所を目指していた。施設を出る際、MOTHERが彼らに言葉をかけることはなかった。ただ、広間に浮かぶ淡い光だけが、去りゆく一行を静かに見送っていた。


 必要な手助けはした。あとは自分たちで何とかしろ。一見すると、そう突き放されているようにも感じられた。しかし、不安定に明滅を繰り返すその光は、何かを伝えようとしているようにも、あるいは自らの内で思考を巡らせているようにも見えた。


 施設を離れてからというもの、一行は度重なるクローンの襲撃に手を焼いていた。以前通った道を引き返しているはずなのに、周囲の様子は明らかに変わっていた。かつては散発的に姿を現す程度だったクローンたちが、今では一度撃退しても、さほど間を置かずに次の集団が襲いかかってくる。まるで、何かに駆り立てられているかのようだった。


 この世界に生じている異常は、もはや誰の手にも負えないところまで進行しているのかもしれない。泰志はそんな不安を抱きながら、空になった弾倉を取り外し、新たな弾倉を装填した。


「遠藤、大丈夫か?」


「ええ」


 短い返事を受け、泰志は真由美の様子をうかがった。彼女の表情からは、かつて自分たちに向けられていた激しい憎悪こそ感じられなくなっていたものの、そこには依然として、拭い切れない悲しみの影が残っているように見えた。だが、その奥で彼女が何を考え、何を思っているのかまでは、泰志にも読み取ることができなかった。


「きりがない……」


 竜二は小さくぼやきながらも、次々と姿を現すクローンに照準を合わせ、迷うことなく引き金を引いていた。その射撃には無駄がなく、狙いを定めてから発砲するまでの動作も滑らかだった。


 その様子を横目に見ていた泰志は、竜二の狙撃の腕が初めの頃とは比べ物にならないほどに上達していることに気が付いた。自分の知らぬ間に、革命軍の一員として戦闘経験を積んできたこともあるのだろう。しかし、それ以上に、度重なるクローンの襲撃に対処するうちに、嫌でも身に付いてしまった能力なのかもしれない。


「もう少しだ。気を抜かずに進もう」


 ナイトはそう告げると、手にした槍を収めることなく、周囲へと鋭い視線を走らせた。わずかな物音にも反応し、いつ襲撃を受けても対応できるように身構えている。普段は冷静な彼でさえ、一瞬たりとも警戒を解こうとはしなかった。


 襲撃を退け、銃を構えながら周囲を警戒していた亮介の足元に、傷を負いながらも這い寄るクローンがいた。それに気が付いた亮介が、とどめを刺そうと照準を合わせた瞬間、頭上から振り下ろされた刀が勢いよくクローンの体を貫いた。


 亮介が顔を上げると、そこには刀の柄を握り締めた奏の姿があった。彼女はクローンが動かなくなったことを確かめると、刀を力強く引き抜き、刃に付着した蛍光液をひと振りで払い落とした。そして、そのまま流れるような動作で鞘へと収めた。


「集中して」


 奏は亮介の顔を見ることなく、冷静な口調で言った。


「失礼。誰かさんに見とれちゃって」


 亮介はにやつきながらライフルの銃口を下げたものの、周囲への警戒は怠らなかった。


「……キモい」


 奏は進行方向へと歩き出しながら、吐き捨てるように言った。


 彼女の視線の先には、クローンを倒し終えた秀と愛の姿があった。二人の周囲には、無数のクローンが折り重なるように倒れており、その体から流れ出た蛍光液が地面のあちこちに広がっていた。


「城崎君、前よりも動きが速くなってるね」


 愛は拳銃を構えたまま秀へと顔を向け、笑顔を見せた。


「右手もあるからな。この感覚、すっかり忘れてしまっていた」


 秀はそう答えると、右手の中でナイフを軽く持ち替え、確かめるように手首を動かした。かつては思うように動かすことさえできなかった右手が、今では何の違和感もなく自分の意思に応えている。その感覚がまだ信じられないのか、秀はしばらくの間、手元のナイフを見つめていた。


 その光景を、奏は無表情のまま眺めていた。何かを言うわけでもなく、ただ秀の右手に視線を向けている。やがて彼女は何事もなかったかのように顔を背け、一行の進行方向へと歩き出した。


 一行は次なる襲撃を警戒しながら、足早に移動を再開した。いつどこからクローンが現れるとも知れない状況に、誰もが周囲へと注意を向けている。施設を出た頃にはまだ残っていた余裕も、度重なる襲撃によってすっかり失われていた。


 やがて、一行は目的地である田原絵美子の幽閉場所を見下ろせる崖の上へとたどり着いた。全員が姿勢を低くし、眼下の様子をうかがう。


 そこには、以前訪れた時とは比較にならないほどの数のクローンがひしめいていた。施設の周囲だけでなく、そこへ続く道にまで無数の影が行き交い、わずかな隙間さえ見つけることが難しいほどだった。


 田原絵美子の幽閉場所は、確かに目の前にある。しかし、そこへ至るまでの道は、まるで一行の到着を待ち構えていたかのように、無数の敵によって埋め尽くされていた。


 その中には、MOTHERの施設前で遭遇した変異体を思わせる巨体も何体か混じっていた。以前戦った個体ほど厚い装甲板には覆われていないものの、異様に発達した腕と、地面を踏みしめるたびに揺れる巨体からは、その一撃がどれほどの威力を持つのか容易に想像できた。


「かなり厳しいな……」


 泰志は地面に身を伏せたまま、眼下に広がる絶望的な光景を前に、思わず本音をこぼした。その言葉に反論する者はいなかった。数々の戦闘を経験してきた彼らにとっても、目の前の状況がいかに困難であるかは、否定しようのない事実だった。


「作戦会議だな」


 亮介はいつものようににやついていたものの、その額からは微かに汗が流れ落ちていた。


 泰志は改めて仲間たちの顔を見渡した。近接戦闘を得意とする秀、奏、ナイト。近距離から中距離での戦闘を担う自分と亮介、愛。そして、遠距離からの援護を得意とする真由美と竜二。異なる戦闘能力を持つ八人が、今ここに集まっている。


 しかし、彼らには決して無視できない問題があった。三つの命の対象外であるナイトを除き、七人全員に残された命は、もはや一つしかないということだ。ここで命を失えば、再び立ち上がることはできない。コアに保存されたとしても、再び誰かが命を差し出してくれる保証など、どこにもなかった。


 それぞれの能力をどう組み合わせ、いかに危険を抑えながら突破口を開くか。仲間の誰一人として失うわけにはいかない今、その判断こそが、この困難な状況を乗り越えるための鍵となるはずだった。


「とりあえず、狙撃手の古谷君と遠藤さんは遠距離からの援護担当で決まりかな?」


 愛は仲間たちの表情を見回した後、竜二と真由美へと視線を向けた。誰もが納得するであろう合理的な提案だったが、その場の空気を覆したのは、意外にも真由美の一言だった。


「私は突入する」


 その場にいた全員が、一瞬言葉を失った。長距離からの狙撃を得意とする真由美が、無数のクローンがひしめく敵陣へ自ら飛び込もうとしている。狙撃銃を扱う彼女にとって、それがどれほど危険な選択であるかは、誰の目にも明らかだった。何か秘策でもあるのかと考える余裕すらないほど、その提案はあまりにも予想外のものだった。


「遠藤……それは……」


 真由美の隣に腰を下ろしていた竜二は、思わず彼女の横顔を見つめながら、言葉をかける。しかし、真由美は竜二の方を振り向くことなく、ただまっすぐに眼下の敵陣を見据えていた。その横顔には、何かを固く決意したかのような揺るぎない意志が感じられた。


「それはだめだ」


 皆が困惑する中、秀は真由美の目をまっすぐに見つめ、はっきりと言い放った。真由美はその言葉に反応し、鋭い視線を秀へと向ける。その眼差しには、まるで敵意にも似た強い感情が宿っていた。しかし、秀はそんな彼女の様子にも動じることなく、言葉を続けた。


「お前の腕は俺たちが一番理解している。それをみすみす失う訳にはいかない」


 突き放すような口調とは裏腹に、その言葉には真由美の実力を認め、仲間として必要としていることが表れていた。


 真由美はそれ以上何も言わなかった。秀から視線を外し、再び眼下の敵陣へと目を向ける。その表情には、微かな悲しみが浮かんでいるようにも見えた。それは自分の提案を否定されたことへの落胆とも受け取れたが、彼女の表情に漂う悲しみは、それだけでは説明できないように思えた。


 真由美がそれ以上反論する様子を見せなかったことで、一行は再び作戦の話し合いへと戻った。


「俺とポンコツ君の二人で、施設の入り口までの道を切り開くとしますか。宮本にはスナイパー組の守りでも担当してもらうかな?」


 泰志は思わず亮介の顔を見た。いつの間に自分まで突入役に加えられたのか。抗議しようと口を開きかけたものの、当の亮介は相変わらずにやついている。


「え! 私も前衛に行こうかと思ってたんだけど……」


「いくら遠距離っつっても近付かれたらひとたまりもねぇからな」


 思いがけず真剣な表情でそう告げた亮介に、愛は一瞬目を丸くした。しかし、その言葉に反論の余地がないことを悟ると、静かにうなずいた。


「じゃあ、私たち三人は、突入する二人を護衛する」


 話し合いの輪から少し離れた場所で身をかがめていた奏は、困惑する泰志に一瞬だけ目を向けた。


「お! 俺のこと守ってくれるの?」


 亮介はここぞとばかりに顔をにやつかせ、期待に満ちた視線を奏へと向けた。


「私は解放者を守る。ただそれだけ。あなたのことは割とどうでもいい」


「『割と』っていうのが逆にリアリティがあって嫌なんだけど……」


 回を重ねるごとに切れ味を増す奏の反撃に、亮介はまた一つ、余計な傷を負うことになった。


「それでいこう」


 ナイトと秀は奏の意見にうなずき、互いに視線を交わした。過去に因縁を持つ秀と奏だったが、少なくとも今は、同じ目的のために行動することに異論はないようだった。


 泰志が奏の表情を確かめようと目を向けると、彼女の視線は、うつむいたままの真由美に向けられていた。そこに当てつけや敵意のようなものは感じられない。奏が自分を守ろうとしていることに疑いはなかった。しかし、真由美を見つめるその横顔には、単なる護衛の決意だけでは説明できない何かがあるように、泰志には思えた。


「各自、位置に付くぞ」


 秀は身を起こし、仲間たちの顔を見回す。その言葉に促されるように、一行はそれぞれ決められた役割に従って分かれ、移動を開始した。


 竜二と真由美は、施設の入り口正面を見下ろせる崖の上に陣取り、狙撃姿勢で地面に伏せた。愛は崖下から姿を発見されないよう、二人の背後で身をかがめながら周囲を警戒している。彼女一人で両者を護衛できるよう、竜二と真由美も互いに距離を取りすぎない位置に伏せていた。


 一方、突入役の泰志と亮介、そして護衛を担当する奏、秀、ナイトの五人は、施設の入り口から百数十メートルほど離れた岩陰に身を潜めていた。近くまで来ると、クローンの数の多さや、群れの中に混じる変異体の異様な大きさが、より一層際立って見えた。


「あんなやつ見たことない」


 変異体を初めて目にする秀は、岩陰からわずかに身を乗り出し、その巨体を見つめた。


「完全に倒そうとしなくていい。一瞬でも道を確保できれば、あとは上の二人に任せましょう」


 奏は眼前に広がるクローンの大軍に目を向けながらそう告げると、秀へと視線を移した。彼もそれに応じ、二人はしばらく、互いの出方を探るように見つめ合った。かつて敵として刃を交えた二人が、今は同じ目的のために肩を並べようとしている。しかし、その視線には、いまだ拭い切れない緊張が漂っていた。


「おいおい、ここに来てラブロマンス見せつけられちゃあたまったもんじゃないぜ」


 亮介は冗談めかして言ったものの、その声は微かに震えていた。


「それ以上言ったら、置いていくから」


 奏は冷たい眼差しを亮介へと向けた。ゴーグル越しに見るその表情は、亮介の冗談を一瞬で封じるには十分な迫力があった。


「それじゃあ……行くぞ」


 泰志の声はわずかに震えていた。銃を握る手には自然と力が入り、足元も思うように定まらない。目の前に広がるクローンの大軍を前に、恐怖を押し殺すことなどできなかった。


 泰志と亮介が岩陰から飛び出した瞬間、作戦は始まる。自分一人では、到底生きて戻ることなどできない。だからこそ仲間たちと力を合わせる計画を立てたのだが、それでもなお、眼前に立ちはだかる敵との戦力差はあまりにも大きかった。


 しかし、もう後には引けない。泰志は周囲を守る秀、奏、ナイトに、後方から援護する竜二と真由美に、そして二人の狙撃手を守る愛に、自らの命を預けることを決めた。


 隣にいる亮介と目を合わせる。彼もまた、緊張を隠しきれない様子で泰志を見つめていた。それでも、互いに小さくうなずき合うと、泰志は震える足に力を込め、意を決して岩陰から勢いよく飛び出した。


 絶望の先に待つ、田原絵美子という微かな希望に向かって。

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