円環
一行は、カプセルとカプセルの隙間を縫うように進んでいく。その一つひとつに、異なる姿、異なる顔立ちの少年少女たちが眠っていた。不気味にも思える光景だったが、彼らにもそれぞれの記憶があり、歩んできた人生があったのだと思うと、泰志は胸が締めつけられるような感覚に襲われた。この無数のカプセルすべてに、それぞれの物語がある。その一つひとつに思いを巡らせていては、とても耐えられそうになかった。そう感じた泰志は、時折、カプセルから視線を逸らしながら歩いていた。
ふと振り返ると、奏が通り過ぎるカプセルに、時折そっと手を添えているのが見えた。彼女はそのたびに足を緩め、悲しみとも懐かしさともつかない表情で、中に眠る少年少女たちの顔を覗き込んでいた。泰志はそんな奏の姿をしばらく見つめていたが、何も声をかけることはできなかった。
その少し先では、竜二が真由美を心配そうに見つめていた。彼女は幾分落ち着きを取り戻していたものの、相変わらず口を開こうとはしない。失われていた記憶を取り戻し、幼馴染である泰志と竜二のことも思い出したはずだった。しかし、今の彼女の表情には、記憶を取り戻す前と変わらない深い悲しみが浮かんでいる。
もしかすると、すべてを思い出したことで、かえって自分たちを拒絶しているのではないか。そんな不安が泰志と竜二の胸に芽生えていた。記憶を取り戻した彼女に、今の自分たちはどう映っているのだろう。そう考えると、二人とも容易に声をかけることができずにいた。
「あそこだ」
ナイトが進行方向を指さし、開いたカプセルの位置を知らせた。その先には、確かに透明なカプセルの蓋が開いているのが見えた。
一行はそちらへ進路を変え、先ほどよりも足早に歩き始めた。
やがてカプセルのそばに辿り着くと、その中には、まだ目を閉じたままの少女が横たわっていた。
宮本愛だった。
泰志はしばらく彼女を見つめていた。やがて愛はゆっくりと目を開き、周囲を確かめるように上体を起こした。
「……あれ、上川くん?」
目をこすりながら泰志を見上げた愛は、続いて彼の背後にいる者たちへと視線を移した。
「古谷君も生きてたんだ! あと、ついでに五十嵐君も」
「ついでってなんだよ」
目覚めて早々の遠慮のない言葉に、亮介は思わず言い返した。
そんなやり取りを気にする様子もなく、愛は奏とナイトへと視線を向ける。
「……なんだか面白いメンバーになってるね」
そう言って微笑む愛に、奏は不意を突かれたように目を見開いた。つい先ほどまで命を失い、カプセルの中で眠っていたとは思えないほどの明るさに、驚きを隠せなかったのだ。
そして、愛の視線は真由美へと移った。
「遠藤さん……」
愛は真由美の沈んだ表情をしばらく見つめたあと、何かを確かめるように泰志へ視線を向けた。泰志はそれに応えるように、小さくうなずく。
「そっか!」
愛は詳しい事情を聞くこともなく、何かが変わったのだと察したように明るく返事をした。
そんな彼女に、泰志はまっすぐに目を向け、口を開いた。
「宮本。また俺たちの力になってくれ」
思い詰めたような泰志の表情に、愛は一瞬驚いたものの、その顔にはすぐにいつもの笑顔が戻った。
「私にできることなら」
そう言って、愛は泰志に手を差し出した。泰志はその笑顔を見つめ、かすかに微笑むと、差し出された手を握って彼女を立ち上がらせる。
再び仲間たちの輪に加わった愛を見て、泰志はようやく少しだけ肩の力を抜いた。
しかし、まだ終わりではない。
泰志は顔を上げると、カプセルの列の向こうにある、もう一つの淡い光へと視線を向けた。
愛を加えた一行は、もう一つのカプセルへと向かって歩き出した。その足取りは、先ほどよりもどこか軽くなったように感じられた。
「っていうかさ、一番最初に生き返らせるのが、まさかの『フィアンセ』とはねえ! いやあ、激熱すぎるだろ!」
泰志の後方を歩いていた亮介が、わざと芝居がかった口調で声を張り上げた。ことさら強調された「フィアンセ」という言葉に、一行はそれぞれ少なからず反応を示す。
「そんなんじゃないって」
泰志は呆れたように答えたものの、その目はわずかに泳いでいた。幸い、先頭を歩いていたおかげで、その表情を仲間たちに見られることはなかった。泰志は誰にも気づかれないよう、小さく安堵の息を漏らす。
「ふーん……」
亮介は意味ありげに声を漏らすと、ちらりと真由美の背中に視線を向け、何事もなかったように元の位置へと戻っていった。
そのやり取りを聞いていた真由美は、わずかに表情を曇らせていた。
「そう言う五十嵐君は、生きてて何か良いことでもあったの?」
愛は前を向いたまま、亮介を軽くあしらうように問いかけた。
「俺だってデートの一つや二つくらい楽しませてもらったさ」
「へぇ?」
愛が真偽を確かめようと振り向くと、亮介はにやつきながら、さりげなく奏の方へ顎をしゃくっていた。
その仕草に気づいた愛が奏へ視線を向けると、奏もまた、何かを察したように目を細めた。
「木ノ本さん……だよね! ……ほんとに五十嵐君と?」
奏はその問いに答える代わりに、無言で目を閉じた。そして、愛にだけ見えるようにわずかに体を傾けると、親指で刀の鍔を押し上げ、鞘から鈍く光る刃を覗かせる。
「残念、脈無しみたいだよ?」
愛はまるで他人事のように、淡々と亮介に告げた。
もう一つのカプセルまであとわずかというところで、泰志はふと歩みを緩めた。
「どうしたの?」
ナイトとひとしきり話していた愛が、泰志の後ろから前を覗き込むように体を傾けた。
「空だ……」
泰志の視線の先には、ガラスの蓋が開いたカプセルがあった。しかし、その中には誰の姿もなく、一行は足を止めると、泰志を中心に散らばるようにしてカプセルを覗き込んだ。
「やす、誰を復活させたんだ?」
「ああ……えっと」
竜二に問いかけられ、カプセルの周囲を回り込んでいた泰志が答えようとした、その時だった。
不意に背後から腕が伸び、冷たいナイフの刃が泰志の首元に突きつけられた。泰志は思わず息を呑み、身動きを止める。突然の出来事に一行の間に緊張が走り、亮介と竜二が反射的に銃を構えた。
その一方で、奏だけは刀に手をかけようとしなかった。彼女の視線は泰志の首元に突きつけられたナイフに注がれており、その見覚えのある刃の形に、かつて一騎打ちで向き合った時の光景が脳裏をかすめる。奏はわずかに目を細めたものの、何も言わず、静かにその場に立っていた。
やがて、泰志の背後から囁くような声が聞こえてきた。
「懲りないやつだな、上川泰志」
聞き覚えのある声に、泰志は目を見開いた。首元からナイフがゆっくりと離れ、恐る恐る振り返ると、そこには右手にナイフを構えた秀の姿があった。
「城崎くん!?」
「サウスポーじゃん!」
愛と亮介は懐かしさと驚きの入り混じった声を上げ、秀のもとへ歩み寄った。その様子を、竜二は少し離れた場所から微笑みながら眺めていた。
「俺はもうサウスポーじゃない。右手もまともに使える」
そう言って秀は右手を目の前に掲げ、手のひらを返しては指を握り、開いた。かつて失われていた右腕が、今は確かにそこにある。秀自身もその感覚が不思議なのか、何度か同じ動きを繰り返しながら、自分の手をじっと見つめていた。
そんな秀の姿を、奏は少し離れた場所から静かに眺めていた。彼女の左手は、無意識のうちに腰に帯びた刀へと伸びている。その視線に気づいた秀が顔を上げると、二人の目が合った。どちらも口を開こうとはせず、ただ互いを見つめている。二人の過去を知らないナイトでさえ、その間に漂うただならぬ空気を感じ取っていた。
「おい! もしかして、サウスポーとできてたのか!?」
そんな二人の様子に気づいた亮介が、わざとらしく声を張り上げた。
「ったく、どいつもこいつもいちゃつきやがって」
呆れたように両手を顔の高さまで上げる亮介に、奏と秀は示し合わせたかのように、思わず身震いするほど鋭い視線を向けた。
「五十嵐君、そろそろ斬られるんじゃない?」
愛はいたって冷静な口調で、亮介に忠告した。
「城崎……」
泰志はそれまでの微笑みを収め、真剣な表情で秀に向き直った。しかし、彼が言葉を続けるよりも先に、秀が静かに口を開いた。
「言いたいことも、俺が何をすべきなのかも、この状況を見ればなんとなく理解できている」
落ち着いた口調でそう告げる秀に、泰志は言葉を飲み込み、背筋を伸ばした。
「また、やっかいになる」
秀はナイフを腰の鞘に収めると、泰志の前に右手を差し出した。その右手は、確かにそこにある。かつて革命軍としての彼と対峙した時、力なく垂れさがっていたそれとはまるで違っていた。
戻ってきた仲間の姿に泰志は再び微笑み、差し出された右手を自分の右手で強く握りしめた。
その様子を見ていた愛が二人のそばへ歩み寄り、固く結ばれた手にそっと両手を重ねた。
「城崎君、おかえり」
愛はうっすらと涙を浮かべながらも、まぶしい笑顔を秀へと向けた。
「あ、ああ」
不意に向けられたまっすぐな歓迎の言葉に、秀は少し戸惑ったように返事をすると、ほんのわずかに頬を赤らめた。
一方、少し離れた場所では、真由美が無表情のままカプセルのガラスに手を添え、仲間たちの様子を眺めていた。再会を喜ぶ声が響いても、その表情は少しも変わらない。羨望も寂しさも、そこから読み取ることはできなかった。ただ静かに立ち尽くす彼女を、ナイトと竜二は不安げに見つめていた。
やがて一行は、愛と秀を新たに仲間へ加え、再びエレベーターへと乗り込んだ。ゆっくりと上昇を始めたガラス張りのエレベーターから、彼らは眼下に広がる無数のカプセルへと目を向ける。
そこには、今もなお眠り続ける少年少女たちの姿があった。彼らは目を開けることも、言葉を口にすることもない。それでも一行には、眠る彼らが自分たちに望みを託しているように思えてならなかった。
否、遠ざかっていく無数のカプセルを前に、そう信じるほかに、彼らへ向ける顔がなかったのかもしれない。




