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少年戦争  作者: Mittsu
24/34

白日

 人工照明に煌々と照らされた室内で、一行は束の間の休息を取っていた。特に奏は、先の戦闘で変異体の強烈な一撃を受け、つい先程まで自力で身動きすることさえ困難な状態だった。


 そんな彼女の様子を見ていた泰志は、また一つ、この世界の異様な身体の仕組みを目の当たりにすることとなった。


 「……起き上がって大丈夫なのか?」


 何事もなかったかのように上体を起こし、肩を回して動きを確かめる奏の姿に、泰志は驚きを隠せず問いかけた。


 「ええ」


 奏は表情を変えることなく、落ち着いた口調で答えた。


 周囲を見渡しても、彼女の回復を不思議がる者はいない。どうやら、この世界ではそれほど珍しいことではないらしい。


 頭部や胴体に致命傷を負わない限り、多少の負傷であれば短時間で治癒し、元の状態へ戻るようだった。


 しかし、かつての秀のように、四肢に重大な損傷を負った場合はどうなるのだろうか。失われた右腕が戻らなかったことを思えば、この回復能力にも限界があるのかもしれない。


 泰志は奏の無事に安堵する一方で、思案に沈んでいた。


 傷ついても、すぐに回復する身体。命を落としても、再び戦場へ戻される仕組み。


 それは少年少女たちを守るためのものなのか。それとも、終わりの見えない戦争を続けさせるためのものなのか。


 泰志は、この世界の仕組みが長きにわたる戦争にどのような影響を及ぼしてきたのか、考えずにはいられなかった。


 その一方で、亮介は皆に背を向け、ゴーグルの手入れに追われていた。先の戦闘で機械の破片を浴び、レンズにひびが入ったゴーグルを取り外すと、ポーチから予備のレンズや部品を取り出し、慣れた手つきで修理を進めていた。


 泰志は、これまで一度も彼の素顔を見たことがなかった。以前の自分であれば、こっそり覗きに行ったり、「どうして目元を隠すんだ」と問いかけたりしていただろう。だが今は、その理由を無理に聞き出そうとは思わなかった。ただ黙って、作業に没頭する彼の背中を見つめていた。


 少し離れた場所では、ナイトが施設内の装置に目を向け、表面に手を触れながら何かを確かめていた。その傍らで真由美もまた、壁面にそっと手を添え、静かに視線を巡らせている。


 真由美の表情は、先程までの冷たさとはどこか異なっていた。何かを思い出そうとしているのか、それとも別のことを考えているのか。泰志には分からなかったが、彼女が何かに思いを巡らせているように感じられた。


 「待たせたわね。行きましょう」


 奏は滑らかな動きで立ち上がると、傍らに置いていた刀を腰に据えた。


 その声を聞いた亮介は、最後の部品を手早くはめ込み、慌ててゴーグルを装着すると、皆の方へ振り返って立ち上がった。


 ナイトは一行よりも少し先へ進み、振り返って仲間たちを待っていた。


 奏と亮介が立ち上がると、真由美は壁に添えていた手をゆっくりと下ろし、泰志たちの方へと振り向いた。その表情には、再び冷たさが戻っているように見えた。


 一行は、ナイトを先頭に施設の奥へと足を進め始めた。


 入口からは想像もつかないほど、内部の天井は高かった。五人の足音が広大な空間に反響し、静まり返った施設に不気味な余韻を残していた。


 以前目にした移設前の施設とは違い、そこには埃一つ見当たらなかった。床も壁も不自然なほど清潔に保たれており、長い年月を経た施設とは思えないほどだった。


 誰かが手入れをしているのだろうか。泰志はそう考えたが、周囲に人の気配はまるでなかった。奥へ進むにつれ、その違和感は得体の知れない不気味さへと変わっていった。


 ナイトもまた、時折周囲の設備に目を向けていた。以前知っていた施設との違いを確かめているのか、その視線にはどこか慎重さがうかがえる。


 普段であれば、隊列を組み、周囲を警戒しながら進むところだ。しかし今は、誰からともなく歩幅を合わせ、互いの距離を詰めていた。


 見知らぬ施設への好奇心と、何が待ち受けているか分からない恐怖。その二つが入り混じる中、五人は自然と身を寄せ合うようにして、静かな通路を進んでいった。


 「不安にさせるようで申し訳ないのだが、一つ気になることがある」


 ナイトは前方を見据えたまま、静かに口を開いた。周囲の設備を眺めていた一行の視線が、彼へと集まる。


 「ワタシがこの施設を出た時、あの出入口は自動制御になっていた。外へ出てしばらくすると、自動的に閉まる仕組みだったはずなんだ」


 その言葉を聞いた泰志は、扉が開いた直後、亮介たちを助けるためにナイトとともに駆け出した時のことを思い返した。


 もしあの時も自動制御のままだったなら、二人が離れた時点で扉は閉まっていたのではないか。


 そうなれば、たとえ亮介たちを救い出せたとしても、再び施設へ入ることはできなかったかもしれない。


 そして、ナイトはその可能性を承知の上で、仲間を助けるために扉を離れたのだろうか。


 泰志は先を歩くナイトへと目を向けた。


 その背中は、まるで何か大きなものを背負っているかのように見えた。


 「で、それがどうして不安要素になるんだ?」


 亮介は、珍しく軽口を挟まずに率直な疑問を口にした。どうやら彼も、この不気味な空間に少なからず気圧されているようだった。


 「つまり、ワタシたちが開けられなかった扉を、何者かが内側から開けた可能性があるということだ。それに、ワタシと上川くんが扉を離れている間に、自動制御が手動制御へ切り替えられたのかもしれない」


 ナイトは前方を見据えたまま、淡々と説明を続けた。しかし、その声にはわずかな戸惑いが感じられた。かつてこの施設にいた彼でさえ、今起きている異変を理解できていないのだろうか。


 ナイトの言葉が途切れると、再び五人の足音だけが通路に響いた。その音さえも、先程までとは違って聞こえた。


 「私たち以外にも、すぐ近くに誰かがいたってこと?」


 奏は冷静な表情を崩さず、ナイトの方へわずかに顔を向けた。その問いかけに、彼は小さくうなずいた。


 泰志と亮介は顔を見合わせると、ほぼ同時に銃を構えて後方へ振り返った。しかし、そこには誰の姿もなかった。


 真由美は表情を変えることなく、黙々と歩き続けていた。しかし、その表情には、先程施設の入口で見せたような、何かを訝しむ気配がわずかに感じられた。


 警戒を強めながら進んでいた一行は、やがて円形の広い空間へと足を踏み入れた。そこは周囲を滑らかな壁に囲まれ、入口から続く通路以外に出口らしきものは見当たらなかった。床も壁も不自然なほど清潔に保たれており、どうやらここで行き止まりのようだった。


 一行は互いに視線を交わすと、それぞれ散らばって辺りを調べ始めた。


 「ここからはどうやって行くんだ?」


 泰志は、広間の中央に立ち、何かを探すように天井を見上げていたナイトに問いかけた。ひときわ高い天井に、彼の声が反響する。


 「ここにはエレベーターがあったはずなんだが……」


 ナイトによると、かつてはこの広間の中央に、施設の下層と行き来するためのエレベーターがあったという。しかし、彼自身も施設を出る際に内部を詳しく調べたわけではなく、エレベーターがどのような仕組みで動いていたのかまでは覚えていないようだった。


 二人のやり取りを聞いて、亮介と奏も広間の中央へと歩み寄ってきた。亮介は足先で床を軽く叩き、その音の響きを確かめていた。


 泰志はふと、少し離れた場所に立つ真由美へと目を向けた。


 彼女の様子が、どこかおかしい。


 何かに気を取られているのか、一点を見つめたまま、まるで目を逸らそうとしない。不思議に思った泰志は、彼女の視線を追うようにして顔を向けた。


 そこには、一人の女性が立っていた。


 白いワンピースをまとい、その輪郭からは淡い光がにじみ出ている。顔はぼんやりとかすみ、表情をはっきりと読み取ることはできない。しかし、その女性もまた、真由美をじっと見つめているようだった。


 「お、おい!」


 泰志に続いてその存在に気づいた亮介は、驚きの声を上げながら銃を構えた。その声に反応し、ナイトは槍を握り直し、奏も無言で腰の刀に手を添えた。


 女性は、ほんのわずかに顔の向きを変えた。表情は読み取れないが、その視線が真由美からほかの四人へと移ったように感じられた。


 「この人、どこかで見たような気がする……」


 呆然と立ち尽くす真由美は、女性から目を離すことなく、つぶやくように言った。


 その言葉に、ナイトと亮介、奏の三人は顔を見合わせた。しかし泰志には、その女性の姿にはっきりとした見覚えがあった。


 初めて目にしたのは、この世界へ転移する直前。銀色の立方体が放つ眩い光の中だった。


 二度目は、愛とともに移設前のMOTHERの施設へ足を踏み入れた時。その時は奏が後からやって来たが、奏は今、彼女の存在を初めて目にするような反応を見せていた。


 最初に出会った時から変わらず、女性は一言も発することなく、ただぼやけた顔をこちらへ向けるだけだった。


 そんな得体の知れない存在にもかかわらず、真由美もまた、失われた記憶のどこかに、その女性の面影を見いだそうとしているようだった。


 しかし、しばらくすると女性の輪郭が淡い光に溶け込むように薄れ、その姿は静かに消えていった。


 「何者なの?」


 女性が消えた後も、なお彼女の立っていた場所を見つめ続ける真由美に、奏は問いかけた。しかし、真由美は答えようとしない。


 そこで泰志は、彼女に代わるように口を開いた。


 「俺も、あの人を見たことがある」


 その言葉に、ナイトと亮介、奏の三人だけでなく、真由美も泰志の方へと振り向いた。


 その瞬間、広間に低い機械音が鳴り響いた。音は高い天井や周囲の壁に反響し、どこから聞こえているのか判然としない。一行は警戒を強め、音の発生源を探すように辺りを見回した。


 「この音は……」


 ナイトはそうつぶやくと、全員に広間の中央から離れるよう手で合図を送り、自らもゆっくりと後ずさった。


 しばらくすると、広間の中央で床がかすかに震え始めた。やがて床下から巨大な装置がゆっくりとせり上がり、先程まで何もなかった場所にエレベーターが姿を現した。


 エレベーターが完全に姿を現すと、その基部から白い蒸気が勢いよく噴き出した。やがて機械音も止み、広間は再び元の静けさを取り戻した。


 一行はしばらくの間、誰も口を開かず、様子をうかがうようにエレベーターを見つめていた。


 ナイトが慎重に一歩踏み出すと、その動きを察知したかのように、エレベーターの扉が静かに開いた。


 内部は壁も床も真っ白で、境目さえ判然とせず、奥行きをつかみにくかった。それでも、五人が並んで乗り込めるだけの広さがあることは見て取れた。


 一行は警戒を強め、すぐにはエレベーターに乗り込もうとしなかった。しかし泰志は、施設の入口でナイトが話していた自動制御の仕組みを思い出していた。


 もしこのエレベーターも同じ仕組みなら、いつ扉が閉まってしまうか分からない。せっかく現れた進路を、ここで失うわけにはいかなかった。


 泰志は意を決すると、ナイトよりも先に、ゆっくりとエレベーターへ足を踏み入れた。


 それを見たナイトは、泰志を一人で行かせまいと、足早に後を追った。


 亮介と奏は一瞬、顔を見合わせた。しかし奏は、ふと我に返ったように視線を逸らすと、先にエレベーターへ乗り込んだ。


 最後に亮介と真由美が、周囲を警戒しながらゆっくりと乗り込んだ。


 五人全員が乗り込むと、それを待っていたかのように扉が静かに閉まり、エレベーターはゆっくりと下降し始めた。


 亮介は室内の明るさが気になるのか、ゴーグルの側面に手を伸ばし、何やら調整を始めた。


 先程のけたたましい起動音とは打って変わって、室内は驚くほど静かだった。下降しているはずなのに、振動らしい振動も感じられない。ただ、水中にいるかのように、遠くで何かが動く音だけがかすかに響いていた。


 どれほど下降しただろうか。


 窓もなければ、現在の階層を示す表示もない。真っ白な壁に囲まれた空間では、外の様子を知る術がなかった。


 ほんの数分しか経っていないのか、それとも、もっと長い時間が過ぎたのか。


 泰志は、まるでこの狭い空間に何時間も閉じ込められているかのような錯覚に陥っていた。


 しかし、その静寂は間もなく終わりを迎えた。


 身体がわずかに沈み込むような感覚がしたかと思うと、エレベーターは静かに停止し、目の前の扉がゆっくりと開いた。


 入口付近に立っていた亮介は、警戒しながら恐る恐る外の様子を覗き込んだ。しかし、その横を真由美が何のためらいもなく通り過ぎ、エレベーターの外へと歩み出た。


 「お、おい……」


 亮介は思わず呆気に取られた。


 そんな彼をよそに、奏、泰志、ナイトも真由美に続いて降りていく。亮介は一瞬その場に取り残されたものの、慌てて仲間たちの後を追った。


 そこは、先程までの一面真っ白な空間とはまるで異なる場所だった。


 室内は薄暗く、壁や天井には無数の配管が張り巡らされ、大小さまざまな機械装置が剥き出しになっていた。白く整えられた上層部とは違い、そこには冷たく無骨な機械の姿がそのまま露わになっている。


 所々では、機械の表面に浮かぶ小さな光が、蛍のようにゆっくりと明滅していた。そのかすかな光が周囲の配管や装置をぼんやりと照らし、薄暗い空間に奇妙な静けさを漂わせていた。


 そして、その真正面には、ひときわ巨大な機械が堂々と鎮座していた。


 複雑に入り組んだ配管や装置に囲まれたその機械は、中心部から白い光を放ち、まるで施設全体の心臓であるかのような存在感を漂わせていた。


 一行は巨大な機械の前まで歩み寄り、その中心部から放たれる淡い光を見上げた。


 「遠藤……これが何か分かるのか?」


 泰志は、隣で機械を見上げていた真由美の横顔に向かって問いかけた。


 「分からない……。でも、なぜか知っている気がするの」


 真由美の瞳には、機械の放つ白い光が映り込んでいた。その眼差しは、失われた記憶の中にある答えを、目の前の光から見いだそうとしているかのようだった。


 いつもの鋭い眼差しは影を潜め、そこには戸惑いと、何かを必死に思い出そうとする切実さが浮かんでいた。


 この世界に来てから初めて目にする彼女の表情を、泰志はしばらく黙って見つめていた。


 その時、二人の前に淡い光が浮かび上がった。


 光は次第に人の輪郭を形作り、やがて白いワンピースをまとった女性の姿となった。先程、エレベーターのあった広間に現れた、あの女性だった。


 亮介も奏も、そしてナイトも、今度は武器を構えようとはしなかった。ただ二人の後方に立ち、突然姿を現した女性を静かに見つめていた。


 女性の顔は相変わらずぼんやりとかすみ、表情を読み取ることはできない。近づいてくることもなければ、言葉を発することもなく、ただその場に佇んでいた。


 泰志は、そんな女性をまっすぐに見据えた。


 これまで何度も目にしてきた不可解な存在。胸の奥に浮かんだ一つの可能性を、確かめるように口にする。


 「MOTHER……」


 その瞬間、女性の背後に鎮座する巨大な機械が、低い電子音を響かせながら起動し始めた。


 中心部から放たれていた白い光がゆっくりと赤みを帯び、やがて淡い赤色へと変わっていった。


 淡い赤色の光が一定の間隔で明滅し始めてから、しばらく経った頃だった。


 目の前に佇んでいた女性の姿が、光に溶け込むように静かに消えていった。


 その直後、広い室内のどこからともなく、一人の女性の声が響き渡った。


 「ようやく……来てくれましたね……」


 その声は穏やかで、聞く者を包み込むような不思議な温かさを帯びていた。部屋全体から響いているようで、どこから発せられているのか見当もつかなかった。


 一行は、声に呼応するように明滅する、巨大な機械の中心部の赤い光を見つめた。


 「MOTHER……」


 ナイトが小さくつぶやいた。


 兜に覆われた顔から表情を読み取ることはできなかった。しかし、その声には、どこか懐かしさがにじんでいるように感じられた。


 泰志は無意識のうちに足に力を込めた。


 目の前にいるのは、この世界の根幹を握る存在なのだ。


 穏やかな声とは裏腹に、その場には張り詰めた空気が漂っていた。


 「あなたを待っていましたよ、上川泰志。……いいえ、『解放者』」


 奏と真由美は、その言葉に思わず泰志へと目を向けた。ふと視線を動かした真由美は、隣にいる奏と目が合いそうになり、すぐに顔を背けた。


 「やっぱり、あなたが……」


 奏は驚きを隠せない様子で、泰志を見つめていた。


 泰志は二人の反応に戸惑い、何も言えないまま仲間たちを見回した。


 「今日は、これまでで一番嬉しい日になりそうです」


 MOTHERの穏やかな声が、再び室内に響き渡った。


 「私の招いた解放者が、二人とも来てくれたのですから」


 その言葉に、五人は一斉に巨大な機械へと視線を戻した。


 泰志は思わず息を呑んだ。


 解放者が、二人?


 自分以外にも、この世界へ解放者として招かれた者がいるというのか。


 泰志は困惑したまま、淡い赤色に明滅する機械の中心部を見つめていた。


 亮介、ナイト、奏の三人は互いに顔を見合わせた。


 「もしかして、俺?」


 亮介はいたって真面目な表情で、自分自身を指差した。それに対し、ナイトは腰に手を当て、何も言わずにうつむいた。


 「……遠藤さんなんじゃない?」


 奏は亮介の方には見向きもせず、真由美へと目を向けた。


 その視線に気づいた真由美は、一度うつむいたものの、やがてゆっくりと顔を上げ、奏と目を合わせた。


 「彼女は記憶の処理に不具合が起きている。この世界では、明らかに異質な存在だから」


 奏は真由美の目を見つめながら、淡々と説明した。


 真由美は何も答えず、再び視線を落とした。その表情には、相変わらず冷たさが残っていた。


 「彼女に、そのようなことが起きているのですね。私のシステムに生じた不具合が、原因なのかもしれません」


 MOTHERの穏やかな声が、室内に響いた。


 その口調には驚きこそ感じられなかったものの、真由美の異常を以前から把握していたような様子もなかった。まるで、彼女もまたほかの少年少女たちと同じように、元の世界の記憶を失っているものと考えていたかのようだった。


 しかし、MOTHERは真由美が解放者なのかどうかについては、何も答えなかった。


 「……彼女のことじゃないのか?」


 ナイトはゆっくりと顔を上げ、巨大な機械を見つめながらつぶやいた。


 「彼女は解放者ではありません。彼女は、解放者を招き入れるために必要な存在だったのです」


 MOTHERの言葉に、五人の間に困惑が広がった。


 真由美は何も言わず、ただ巨大な機械の中心部を見つめていた。


 「それは、どういう……」


 泰志は喉の奥が詰まるような感覚を覚えた。真由美が自分をこの世界へ招くために利用されたというのなら、その理由を確かめずにはいられなかった。


 「この世界を忌まわしい戦争から『解放』するためには、あなたのような『記憶を持つ者』が、どうしても必要だったのです」


 MOTHERは、泰志の動揺など意に介さないように、穏やかな口調で説明を続けた。


 「しかし、自ら望んでここへ来た者は、システムの影響によって元の世界の記憶を失ってしまいます。ですが、あなたは違います」


 淡い赤色の光が、MOTHERの声に呼応するように明滅する。


 「あなたは、自ら望んでこの世界へ来たわけではないのです」


 五人はすぐにはその言葉を理解できず、沈黙した。


 泰志には、元の世界の記憶がある。だからこそ、自分が望んでここへ来たわけではないという説明には、思い当たるところがあった。


 しかし、真由美も奏も亮介も違う。


 彼らは、この世界へ来る前のことを覚えていない。自分たちが何を願い、何を思ってここへ来たのか。それを確かめるための記憶さえ、すでに失っているのだった。


 「私は……どうしてここに……?」


 真由美はうつむいたまま、小さく体を震わせていた。


 奏はまだMOTHERの説明を理解しきれず、困惑した表情で真由美の背中を見つめていた。


 「MOTHER、一つ聞きたい」


 ナイトが静かに口を開いた。


 「あなたは上川君を招き入れるために、意図的に遠藤さんをここへ連れてきた。そういうことか?」


 その声は冷静だった。しかし、真由美へと視線を向けるナイトの語尾には、わずかな怒りがにじんでいた。


 ナイトの問いかけに、巨大な機械の中心部で淡い赤色の光がゆっくりと明滅した。まるで、返答を考えているかのようだった。


 「そうとも言えますが、そうでないとも言えます」


 MOTHERは穏やかな声で答えた。


 「彼女がこの世界へ来ることは、避けられないことでした。たとえ私が望まなかったとしても、いずれ彼女はここへ来ていたことでしょう」


 その言葉を聞いた真由美は、震える手を強く握りしめた。しかし、顔を上げることはできなかった。


 「ですが、私は知ったのです。彼女を追って、この世界へ足を踏み入れる可能性のある人物がいることを」


 MOTHERは一度言葉を区切った。


 「それが、上川泰志。あなたです」


 泰志は息を呑んだ。


 「あなたが彼女を追うように、私はその可能性を利用しました。ですから、『利用した』という言い方をするのであれば、その対象は彼女ではなく、あなたの方だったと言えるでしょう」


 あまりにも穏やかな声だった。


 まるで、それが当然の選択であったかのように、MOTHERは語った。


 泰志は何も答えられなかった。


 竜二とともに銀色のキューブに触れた、あの日のこと。


 初めて目にした、この世界の光景。


 愛の笑顔。秀の背中。そして、銃を向けてきた真由美の姿。


 この世界で出会った人々と、目の当たりにしてきた数々の別れが、次々と脳裏をよぎった。


 そのすべての始まりに、MOTHERの意思があったというのか。


 泰志は巨大な機械を見つめたまま、言葉を失っていた。


 「上川泰志。あなたは『解放者』としての役割を果たしてくれたのですか?」


 巨大な機械の中心部から放たれる淡い光が、ゆっくりと泰志を照らした。まるで、MOTHERが彼に視線を向けているかのようだった。


 泰志には、解放者として成し遂げたと言えることなど、何一つ思い浮かばなかった。


 戦争を止めることも、この世界の異常を突き止めることもできなかった。


 そして何より、真由美を救い出すことさえも。


 仲間たちとともに、ようやくMOTHERのもとへたどり着いた。それでも、泰志の胸に浮かぶのは、これまで果たせなかったことばかりだった。


 「何もできてねぇよ……」


 泰志はうつむき、固く握りしめた拳を小さく震わせた。


 怒りなのか、悔しさなのか。それとも、どうしようもない悲しみなのか。自分でも、その感情を整理することができなかった。


 しばらくの沈黙が流れた。


 やがて、泰志を照らしていた淡い光が、ゆっくりと弱まっていった。まるで、彼に寄せられていた期待が失われていくかのように。


 「そうですか……」


 MOTHERの声には、先程までの喜びが感じられなかった。


 「やはり、今回も駄目でしたか」


 その言葉には、明らかな落胆がにじんでいた。


 あふれ出しそうな感情を必死に押し殺す泰志に、MOTHERはなおも穏やかな声で告げた。


 「それでは、『もう一人の解放者』に託すことにしましょう」


 その言葉とともに、巨大な機械の中心部から一筋の光が伸び、部屋の奥に広がる暗闇をゆっくりと照らし出した。


 光の先に、一人の少年の姿が浮かび上がった。


 そこに立っていたのは、古谷竜二だった。

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