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少年戦争  作者: Mittsu
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抜錨

 真由美は背中にライフルを背負っているため、一見して戦う意思がないように思えた。しかし、その視線は一行に冷たく注がれていた。呆然と立ち尽くしたまま、何も言葉を口にしない。


 「遠藤…」


 驚きを隠せない泰志だったが、その言葉は心を落ち着かせるかのように小さかった。名前を呼ばれた真由美は、ほんの一瞬だけその冷たい眼差しを泰志へと向ける。そこには、以前の取り乱した様子は欠片も残っていなかった。


 「こいつ、俺たちの後をつけてきてたのか!」


 亮介は声を大きくし、ライフルを構えようとする。しかしその前に、奏が彼の前に身を出し、真由美の方へ近付いた。奏もまた、真由美に冷たい眼差しを向ける。その左手の親指は、刀の鍔を押し、刃を覗かせていた。


 二人の間を、張り詰めた空気が包み込む。


 「どうして、長瀬を撃ったの?」


 奏は無表情で真由美の目を見つめたまま問いかける。しかし真由美は何も答えない。ただ、何かを訴えるかのように奏を見つめ続ける。


 「どうして撃ったのかと聞いている!」


 直前まで冷静だった彼女は、刀の柄を力を込めて握りながら、感情を爆発させた。普段の彼女からは想像のできない姿だった。


 怒りを込めて踏み出した足が砂埃をたて、二人を隔てる壁のように舞い上がる。


 しかし、それでも真由美は口を開かなかった。


 「私やあいつのことは眼中にないってことね」


 奏は怒りの中に呆れを混じらせ顔を引きつらせる。


 彼女が今まさにその刃を真由美に向けようとした時、その横に泰志が歩み寄った。奏は横目に泰志を見つめる。そして、真由美の冷たい眼差しも、遅れながらもゆっくりと彼に向けられた。


 真由美は目の前にいる泰志に対しても、口を開かなかった。彼女の様子を見た泰志は、静かに口を開く。


 「遠藤、お願いだ…俺に…俺たちにお前の気持ちを教えてくれ」


 泰志は瞬きもせず、目を逸らすこともなく、ただ彼女の目を見つめながら自身の想いを静かに言葉に乗せた。


 真由美はほんの少し目線を下に向ける。彼女に大きな動きはない。しかし泰志は、横にいる奏の前に手を伸ばし、真由美の答えを待った。奏は、今までに見たことがなかった彼の堂々とした立ち振る舞いに、ほんの少しだけ呼吸を乱す。


 「…わからないの」


 真由美はうつむきながら、その小さな声を泰志へと返した。


 「あなたを見ていると、なぜだか分からないけど嫌な気持ちになる。あなたのこと知らないのに。それから解放されたくてあの人を撃った」


 真由美は誰とも目を合わせようとしない。その小さな声は、顔を上げるとたちどころに消えてしまいそうだった。


 亮介は、ライフルを握る力を少しずつ緩めて銃を下ろす。そして、そばにいたナイトは、奏の後ろ姿に目を向けていた。


 奏は、刀の柄を握り締めていた震える手を、何かを振り払うように離した。そして、真偽を確かめるかのように真由美の表情を見つめた後、彼女に背を向け離れる。その姿には、納得は見られない。しかし彼女は、自分の気持ちを押し殺すかのように、地に着く足に力を込めていた。


 泰志は、うつむく真由美を見つめる。彼女はなおも顔を上げない。それを見て彼は、鼻からゆっくりと息を吐き、口元に微かな笑みを浮かべる。


 「ありがとう」


 落ち着いた口調の彼の言葉に、真由美はゆっくりと顔を上げ始める。しかし、彼女の顔が上がり切り、その目が泰志に向こうとした瞬間、彼は彼女に背を向けた。


 「今は無理に前を向かなくてもいい。歩けるようになったら、一緒に歩こう」


 彼は、目を見せないよう軽く振り向きながら、真由美に語りかけた。


 そうして泰志が不気味に揺れる変異体を見つめていると、隣に奏が歩み寄って来た。彼女の目には、まだ冷たさが微かに残っていた。しかし、その目は泰志と同じ方向に向けられていた。


 「私はやるべきことをやる」


 そんな彼女の隣に、ライフルを抱えた亮介が歩み寄る。


 「俺らに害がないなら、ついて来てもらうのもありかなって思ったんだけどねえ。美人なら大歓迎だし」


 のらりくらりと体を揺らしながらニヤつく彼を、心底冷たい眼差しで奏が睨みつける。


 「キモい…」


恒例になりつつある奏と亮介のやり取りを、ナイトは柔らかな表情で見守っていた。そして、ゆっくりと三人に歩み寄る。彼の目もまた施設の入り口に向けられた。


 そんな四人の後ろ姿を見た真由美は、何度か言葉を飲み込みながらも、ようやく口を開いた。


 「あなたたちに付いて行けば、何か変えられるのかな…」


 彼女のその声は、独り言のように小さかった。しかし、泰志は聞き逃さなかった。


 「遠藤、一緒に戦おう」


 彼は真由美の方へ振り向き、目を見つめながら優しく語りかけた。


 彼女は返事をしない。しかし四人の方へとゆっくり小さな一歩を踏み出した。


 「"精鋭"が二人もいるなら何とかなるかもな。まぁ俺という最強がいるからもともと余裕か」


 その辺にしておけと言わんばかりに、ナイトは鼻で笑った。


 真由美は四人のすぐ近くには寄らない。しかし彼女の中の何かは、たしかに彼らの抱く思いの中に混ざっていた。


 「もう少し近付いても問題ないか?」


 「あと数十メートルほどなら視認されないはずだ」


 泰志の問いに、ナイトは冷静に答える。彼らは身を低くして変異体に近付きながら、攻略の糸口を探し始めた。


 近付けば近付くほどに、変異体の異常性が際立っていく。ナイトと同じく、その肌は薄紫色をしており、装甲を身に付けている。しかしナイトのそれとは比較にならないほどに巨大だった。全身を覆う筋肉は鎧のように異常な発達を遂げ、その上には分厚い装甲板が幾重にも連なっていた。試しに弾丸を撃ち込まずとも、それが通用しないことが予想できた。極めつけは、手にした柱のような武器。しかしよくよく目を凝らしてみると、それはナイトが扱う槍と同じものが幾重にも束ねられた、非常に不格好な"鈍器"になっていた。顔面は武骨な面で覆われ、その裏で唸る声が面を通して周囲に響いていた。


 「バケモンだなありゃ」


 匍匐の姿勢で自身のゴーグルのレンズを調整しながら、亮介がつぶやく。


 「倒さなきゃ入れないの?誰かが気を引いてその隙に施設に侵入すれば被害は最小限にできる気がするけど」


 片肘で体を持ち上げ、目を細めながら奏が作戦を提案する。入口が小さいために、一度侵入に成功してしまえば、その巨体は成す術がないのではないかと考えた。


 「確かに一つの手だが、リスクが大きい。ワタシは入口の扉が正常に動作するのかを最近確かめた訳ではない。ぶっつけ本番で扉の前に行き、それが開かなかった場合全員が危険に晒される可能性が高い」


 この世界に長くいるナイトでさえ、その扉が開くのを確かめたのは、彼がMOTHERのもとを去ったその時だけ。そこから何十年もの間、その扉が正常に動作し続けられる状態にあったかどうかは、現実的に考えて非常に疑わしかった。


 「私が注意を逸らす」


 作戦を練る四人の後方から、小さくも決意のこもった声が聞こえた。そこには姿勢を低くし、その冷たい視線を変異体へ向ける真由美の姿がある。


 四人は真由美を方へ振り返った。しかし、彼女は変異体から目を逸らさなかった。その姿は、計り知れない勇気を持っているようにも、自分以外誰も頼らないと決めているようにも見えた。


 「馬鹿言うなよ。"お姫様"だけに戦ってもらう勇者一行がどこにいるんだよ。…あ、ちなみに勇者は俺な」


 彼女に向けていた視線を再び変異体の方へ向けながら、亮介は言った。


 「遠藤、何か手があるのか?」


 泰志は彼女の目を見ながら問いかける。その問いかけに、彼女は一瞬だけ彼の目を見た。


 「倒す手立ては思いつかないけど、撒ける可能性はある」


 そう言うと彼女は、自分たちの歩んできた方角に目を向けた。そこには無数の機械が障害物として存在する。彼女は変異体をその場所に誘導した後、身を隠すことで、施設の入り口から一時的に遠ざけようと考えていた。


 「確かにそれなら、施設から距離を取れて扉の状況を落ち着いて確認できる。そして、障害物を利用してあいつと戦うことも」


 奏は冷静な口調で語る。その言葉は一見、真由美の意見に賛同しているようにも見えたが、その一方で、真由美の提案に自分の考えを重ねようとしているようにも思えた。


 「それなら、入り口の調査をナイトに任せて、俺と五十嵐と遠藤と木ノ本で、やつを引きつけるって言うのはどうだ?」


 泰志は、ナイトの表情を確かめながら一つの案を出す。その様子を、真由美はじっと見つめていた。


 「確かに戦力は多い方がいいかもしれない。だけど、やつが入口から離れたからといって、やつ以外の存在が入口付近にいないとも限らない。だから、あの人を援護できる存在が必要」


 真由美は、入口の方をじっと見つめながら冷静な口調で語った。調査中のナイトを援護するには、彼の近くに留まりながらも遠距離から攻撃できる、銃を扱う者が適任だと、彼女は視線で訴えているようだった。


 「じゃあ、ポンコツ王子様がクローンの兄さんを守るんだな」


 亮介の唐突な言葉に、泰志は驚いた表情で彼に目を向ける。


 「戦闘経験豊富な俺があいつを相手にした方が良いからな。それに…」


 亮介は、相変わらずのふてぶてしい態度で自画自賛する。しかし次第にその表情は真面目なものに変化していく。四人は、彼の続く言葉に聞き入る。


 「それに、ハーレム状態の方が戦闘意欲が湧いてくるしな」


 四人の淡い期待は、瞬く間に打ち砕かれた。泰志は呆れすぎて言葉が出ず、奏と真由美の凍るような眼差しが亮介へと向けられる。


 「彼だけ戻ってこなかった時は、二人に始末されたと考えることにしようか」


 ナイトはいたって冷静な口調で語る。亮介は軽くにやけながらも「おい」と言い、姿勢を低くしたまま後方へ移動していった。奏はそんな彼になおも冷たい眼差しを向けながら、彼と距離を置いて同じ方向へ移動した。


 一行は各々の配置についた。真由美は変異体から数百メートル離れた障害物に身を隠し、標的に向かって照準を合わせる。奏と亮介はそれぞれ真由美と少し離れた位置に身を隠し、引きつけた変異体の背後に回れるように備える。そしてナイトと泰志は、変異体と真由美たち三人との直線状のルートから少し横に逸れた位置に身を隠し、施設の入口へ駆ける準備をする。


 泰志とナイトの準備完了の合図である、ナイトの槍を高くかざす動きが、障害物がうまく壁となり三人にのみ伝わった。


 真由美は、変異体の腕周りにあるわずかな装甲板の隙間に照準を合わせ、引き金を引いた。


 銃声に反応を示すこともなかった変異体のその場所に、弾は見事に命中した。しかし変異体はものともしていない様子で弾丸が飛んできた方向へ振り向く。真由美は慣れた手つきでボルトを引き、即座に次弾を装填し、再び照準を合わせる。


 再び銃声が響き、今度はそれに反応した変異体は体を真由美の方向へ向けた。その動きのせいで、変異体の面にあるわずかな隙間を狙って放たれた弾丸は、面の装甲に弾かれた。彼女の攻撃場所を把握したかのように、変異体は地響きのような咆哮を発する。作戦が開始された。

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