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少年戦争  作者: Mittsu
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第21章 奇抜

 「そりゃあ…難儀だな」


 亮介は、泰志・ナイト・奏の三人がここに至るまでの経緯と、現在の目的を聞き、言葉を詰まらせた。彼は三人と出会う前に、仲間たちと共に田原絵美子のいる場所を、遠目ながら確認していた。それゆえに、彼はすぐにその困難さを理解できた。


 「見たところ、君はかなり腕が立つ射手だと思われるが」


 先頭を歩くナイトは、振り返らずに亮介へ問いかけた。その言葉に、亮介はまんざらでもない表情をする。


 「分かってんじゃん、このクローンのお兄さん」


 心なしか亮介の歩幅が大きくなる。泰志はそれを聞いて、ナイトの背中に目を向けながらやれやれといった表情でにやつく。ナイトの足取りは変わることなく常に一定のままだった。


 最後尾を歩く奏は、周囲に目を利かせ、亮介の話にはまるで無関心のようだった。


 「しかし、なんたってその"田原様"は、そんなとんでもねぇ場所にいるもんかねえ」


 呆れた表情で溜息を吐き、亮介は言った。それは一行にとっても、もっともな疑問だった。"最後の生き残り"である科学者が隠居するにしては、いささか物騒すぎる場所だったからだ。この世界を創り出した存在であるなら、クローンたちによる包囲も、ある程度は制御できるのではないか。


 「全てはMOTHERに繋がっているのね…」


 しばらく口を開かないでいた奏が、うつむきながらつぶやいた。


 「MOTHER…」


 奏の言葉に釣られるように、泰志もつぶやいた。そして彼には、そのつぶやきが道標のように思えてならなかった。ナイトの大きな歩幅に合わせるように歩いていた泰志は、その足を止めた。後続の亮介と奏は、彼の不自然な停止に不思議そうな表情を見せる。


 「なあナイト、MOTHERはこの世界のどこかにいるのか?」


 泰志は距離の開いていたナイトを呼び止め、問いかけた。ナイトは歩みを止め、ゆっくりと振り返る。


 「…居場所なら分かる」


 ナイトは冷静な口調で答え、泰志の反応を確かめるように見つめ続けた。


 「もしクローンの大軍に対抗できる手段があるのなら、MOTHERがそれを知ってるんじゃないか?」


 彼の問いかけを聞き、奏と亮介はその答えを気にするようにナイトに目を向けた。しかし、ナイトはそれにすぐには答えなかった。


 「なんか訳あり?」


 亮介はナイトの表情が気になり、肩の力を抜きながら軽く問いかけた。それに観念したかのように、ナイトは重い口を開く。


 「"彼女"の居場所は、革命軍の陣地にほど近いうえに、田原絵美子の居場所にいた変異体の住処になっている。戦闘になることはまず間違いない。それに…」


 「それに?」


 ナイトの口にした二つの事柄で、既に困難な道であることを察してはいたが、まだ何かしらの希望はあると思い込みたい気持ちのあった泰志は、彼の次の言葉を祈るような表情で待った。


 「それに、"彼女"は不安定な状況だ。無事に会えたとしても、果たしてまともな成果を得られるかどうか…」


 よくよく考えてみれば、それはごく当然な予想だった。異常を起こして制御不能となり、長い間この世界に"負の連鎖"を与えてきた存在が、今このタイミングで自分たちに都合よく協力してくれるとは到底思えなかった。


 「どちらにせよ戦うしかない。だったら勝率の高い方を選ぶべきじゃない?」


 考え込む三人に対し、奏は落ち着き払った表情で提案する。その言葉に反応する三人に対し、彼女は続ける。


 「それに、MOTHERが協力しなかったならその場で破壊すればいい」


 そう口にした彼女の表情は冷酷だった。しかしそれは、一つの選択肢としては間違いでないように感じられた。元凶がMOTHERならば、その元凶を絶てば解決する。一見強引かつ残酷な判断のように思えたが、筋は通っていた。


 「かわいい顔して、案外怖いこと考えるのな」


 「キモい…」


 亮介が場の雰囲気を変えようと放った一言は、目にもとまらぬ速さで斬り捨てられた。


 泰志は、MOTHERへの対処を語る奏の表情と言葉に、彼女がこれまでに失ったであろう多くの仲間たちの想いが宿っているように思えた。この世界で長く生きてきた奏にとって、MOTHERへの感情は、憎悪に近いものだったのだろう。


 「MOTHERを破壊することが、この世界を本当に救うことになるかは分からない。だけど、革命軍の木ノ本がいるし、住処にしてる変異体の数が多くないのなら、そっちの方が可能性は高いかもしれない」


 泰志は、奏の表情をうかがうように彼女に目を向けながら言った。奏は初め、目を合わせようとしなかったが、最後にほんの一瞬だけ泰志の目を見た。


 「変異体の詳しい数は定かじゃないが、過剰に増殖していなければ手に負えなくもない数だった。もっとも、もう二十年近く前のことになるが」


 泰志の案を補足するかのように、ナイトは付け加えた。


 「MOTHERのもとへ行こう」


 泰志は、反応を確かめるようにナイト、奏、そして亮介の顔を見た後、ナイトへ道案内を依頼した。微かな追い風が、彼らの背中を押すように時折小さく吹いた。


 MOTHERへの大まかなルートをナイトから聞いた奏が、途中から先頭を歩くようになっていた。今進んでいる道は革命軍のエリアであり奏たちの領域。革命軍の人間に遭遇しにくいルートを選び進むことができた。


 初めてその地に足を踏み入れる泰志と亮介は、今までの自然の多い風景から、廃墟や残骸がところどころに散らばる風景に変わっていく様子を物珍しそうに見渡しながら歩いていた。二人は時折足元を引っ掛けて転びそうになる。


 「なんでこんなに荒れ放題なわけ?」


 列の後方を歩いていた亮介は、奏に向かって少し大きめな声で尋ねた。


 「黙って歩いて。死にたいの?」


 彼の声で発見されることを恐れた彼女は、振り向くことなく冷静に亮介へ言葉を返した。


 その時、雰囲気を保とうとした泰志は、亮介に質問を投げかけた。


 「五十嵐はなんで付いて来ようと思ったんだ?」


 亮介の性格から、今までその理由を特に気にしていなかった泰志は、ここに来てふと疑問に思った。一緒にいた仲間と別れてまで、自分たちのような"奇妙な一団"に加わるメリットが果たしてあったのだろうかと。


 「まあ一応ポンコツくんっていう古い仲間がいたからなあ。こう見えても俺、義理堅いわけ」


 今までの亮介に対してであれば、どの口が言うんだと可笑しくなるところだったが、仲間たちとのやり取りを見ていた泰志は、呆れ顔をしつつも、そうかもしれないと信じる気持ちが湧いていた。


 数時間歩いた一行は、鍾乳石のように地面から突き出した朽ち果てた機械が一面を覆う地帯に差し掛かった。


 「気味の悪い場所だな」


 機械の隙間を縫うように進む。そこは一見して、襲撃されやすいように思えた。足の踏み場に四苦八苦する泰志と亮介に対し、奏とナイトは慣れた動きで流れるように進んでいく。


 泰志は初め、どうしてこんなルートを選んだのだろうかと疑問に思った。しかし、二人の動きを見て、それにはしっかりとした理由があることを理解した。奏はナイトに尋ねるまでもなく、彼がこの場所を通ったことがあるのだろうと察していた。そして二人は近接戦闘を専門としている。遮蔽物の多いこの場所は、身を隠し忍び寄られる危険性があるが、同時に銃撃には不向きな場所だった。もし襲撃されたとしても、二人には遮蔽物を利用して相手に接近するという戦術がある。物言わぬ二人は、それを把握した上で進んでいた。


 その時、奏は唐突に足を止めた。泰志と亮介は、互いの足が止まるタイミングが合わずぶつかりそうになった。


 「…木ノ本?」


 泰志は彼女が、どこか周囲の気配を探るように感覚を研ぎ澄ませているように思えた。背中を向けたまま立ち尽くす彼女に、泰志と亮介は若干の不気味さをおぼえる。最後尾のナイトは、静かにうつむき、一瞬だけ後方に目を向けた。


 しかししばらくして、奏は何事もなかったようにまた歩き始めた。泰志と亮介の二人は、何が何だか分からず、互いに顔を見合わせる。そして、後方から調子を変えずに歩いてきたナイトの姿に急かされるように、慌てて歩き出した。


 地面の機械の数が減り、視界が開けてきた頃、地平線には夕焼けが沈みかけていた。


 「ここで野宿しましょう」


 奏は機械の積み重なった場所を指して言った。


 人工物と自然が奇怪に混ざり合う大地を月明かりが照らす。


 小さないびきをかく亮介を見て、自身と眠ろうとした泰志はふと、座りながらある方向をじっと見つめる奏の姿が目についた。周囲を警戒しているにしては不自然だった。


 そして、腰掛けていたナイトも、時折そんな彼女に目を向けている。そんな不思議な光景を泰志はしばらく眺めていた。


 うっすらと陽が登り始める。目を覚ました泰志は、いつのまにか眠っていたことに今更ながら気が付いた。しかし、少しだけ出発の時間より早かったために、亮介も目を覚ましたばかりだった。目頭に手を当て、ぼやけた視界を整えた泰志の目の前では、奏が立てた膝に両腕を枕のように置き、そこに顔を乗せて、昨晩と同じ方向に目を向け続けていた。


 「眠らなくて良かったのか?」


 一点を見つめ続ける彼女に向かって、同じく一晩中起きていたであろうナイトが、冷静な口調で問いかけた。


 彼女は姿勢を変えないまま、鼻から大きく息を吸い口を開いた。


 「ええ」


彼女の返事には少しだけ疲れが見えたが、その後、どこか意を決したように立ち上がった。


 ナイトもそれに合わせるように立ち上がり、それを見た泰志は亮介を起こそうと彼に目を向けるが、亮介はちゃっかり目を覚まし、自身の支度を済ませかけていた。進路を見定めゆっくりと歩き出す奏の表情には、消えかけていた冷たさが再び見えるような気がした。


 奏の進路選びが功を奏したのか、一度も接敵することなく目的の場所へ辿り着いた。いつの間にか足元の土は途切れ、正体の分からない人工物が地面を覆っていた。数百メートルほどまっすぐに続くその生命感のない道の先に建物が見える。しかしそれは、泰志が想像していたよりもはるかに小さい。広大な人工物の地面に対してあまりにも不釣り合いだった。


 「MOTHERって随分小さいのな」


 遠目ながらぽつんと佇む外観を見た亮介はつぶやいた。


 「地上に出ているのは入り口部分だけだ。施設自体は地下にある」


 ナイトは、どこか故郷を想うかのように、施設を眺めながら言った。


 一見すると彼の表情には、MOTHERへの大きな感情は見えなかった。


 「どうしてMOTHERのもとから離れていたんだ?」


 この世界とナイトが生まれてからの長い間、少年少女たちは絶えず入れ替わってきた。しかし、ナイトとその生みの親であるMOTHERはこの世界に存在し続けている。彼がその間、MOTHERという存在と共に過ごさなかった理由が気になっていた。他のクローンたちは想定外の存在だったとしても、ナイトはMOTHERが望んだ姿そのものだった。つまりMOTHERにとっては"本物の我が子"のような存在なだけに、不自然でならなかった。


 「ワタシは彼女の願いを知っていた。だがそれが強まれば強まるほど、その願いとは逆の結果に繋がっていった。それを止めることもできず、かと言って見ていることもできなかった。だからワタシは、彼女とは別の視点から解決策を探すことにした。だが結果は見てのとおり」


 ナイトはMOTHERの施設入り口をじっと見つめながら、落ち着いた口調で語った。彼の口にした「MOTHERの願い」という言葉に、奏が反応を示した。


 「"彼女の願い"って?」


 「彼女は、異常により自身や世界が狂ってもなお、当初の目的を完全に見失ってはいなかった。それほどまでに、彼女の想いは強かった」


 「"当初の目的"ねぇ…」


 亮介は、地面に残る微かな砂粒を足でかき回しながらつぶやくように言った。泰志の目には、MOTHERについて語るナイトの姿が悲しく映っていた。彼のためにも、MOTHERの答えを聞きたい。そんな気持ちが彼の中に湧き出していた。


 そんな泰志が施設入り口にふと目を向けた時、その答えを得るための"大きな障壁"が視界に入った。


 それは建物の裏側からぬらりと現れ、その周辺を徘徊しだした。距離が離れているために小さくは見えるものの、建物の全高は、おそらく七、八メートル。その建物に匹敵する高さの生物が、そこにはいた。


 「あれだ」


 ナイトは施設入り口に向けていた目線を外すことなく言った。巨体を運ぶ地響きが聞こえてくるような感覚に陥る。今まで見たこともない存在に、泰志と亮介は言葉を失っていた。


 泰志は、この先奏はどうするのかと彼女に目を向けたが、彼女はうつむいて立ち尽くしていた。彼女の様子にナイトは、彼女の判断を待つかのように視線を向けた。


 奏はうつむいたまま体を後ろへと向けた。その先にはぽつぽつと大きな機械の塊が地面にあるだけだった。


 「…いい加減、出てきてもいいんじゃない?」


 彼女は正面にあった塊の方に目を向けながら問いかけた。ナイトも後ろ目でその場所を見つめている。泰志と亮介は何が何だか分からず、少し身を乗り出すようにして、その機械の塊を見つめた。しばらくの沈黙の後、その陰から一人の人物が現れた。


 真由美だった。

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