揚棄
互いに少し距離を空けて歩く三人の足取りは重かった。奏が新たな戦力として加わったとはいえたったの三人。彼女の戦闘技術を目の当たりにした泰志でさえ、それだけではあのクローンの群れに挑むには無謀だと感じていた。今の三人は、その無謀さを埋められるだけの手立てがなおも浮かばずにいた。クローンの襲撃は避けつつも、宛てもなく進む三人には、吹き抜ける微かな向かい風でさえも、行く手を阻む壁のように感じられた。
周囲を見渡せるよう、三人は小高い丘を進んでいた。時折、はるか遠くの下層から銃声のような音が微かに響いてくる。先頭を歩くナイトは、その音に振り向きもせずただ正面方向に注意を払いながら進んでいる。奏は、周囲の状況に加え、どこか彼の背中にも注意を向けているようにも見えた。
丘の斜面が下り坂に差しかかった時、ナイトが異変を察知し足を止めた。彼が後続に留まるよう伸ばした手が、奏の目の前に現れる。彼女はその手に、一瞬だけ警戒の表情を向け足を止める。泰志はその様子を見て、少し遅れて足を止めた。
「身を隠せ」
彼は冷静ながらもどこか焦りのある口調でそう言うと、瞬時に付近にあった岩陰に身を潜めた。奏も彼の言葉の最中に何かを察知したのか、彼とほぼ同時に別の岩陰に向かって移動した。泰志は何がなんだか訳が分からない。ナイトの言葉は聞こえていたものの、二人が互いに異なる方向へ身を隠したために、身を移す方向に迷いが出た。
その瞬間、進行方向奥の複数の場所から、一斉に三人に向かって銃弾が撃ち込まれた。泰志は地面に足を滑らせながらも身を低くし、一番傍にあった、盾にするには心もとない大きさの岩陰に身を隠した。
銃撃は止まない。複数の方向から降り注いだと思ったら、しばらくして今度は別の方向から降り注ぐ。互いに射撃のタイミングを計っているかのようだった。岩の端で勢いよく弾かれる弾丸を避けるように身を縮める泰志は、弾の飛んでくる音の中に、不自然な金属音が混じっていることに気付く。
カン、カン、カン、カン、カン。
一定の間隔を空けて鳴り響くその音の方向に目を向けると、岩陰に身を潜める奏が、刀の鍔と岩をぶつけていた。五回鳴らしたら、少し間を空けてまた五回。明らかに意図して鳴らしている。泰志は怯えながらもその光景を不思議そうに見つめる。そしてしばらくすると、少しだけ異なる金属音が、同じリズムで反対側から鳴り響いてきた。泰志の位置からは、奏とナイト両方が見えたため、今度はナイト側に目を向ける。彼は奏と同じように槍を使って音を出していた。二人の行動には必ず意味があると踏んだ泰志は、必死にその意図を考える。弾丸で弾き飛ばされる岩の断片も気にならないほどに思考を巡らせた彼は、相手の銃声にに意識を向けた。絶え間なく鳴り響く銃声は、その発する位置を微妙に変えている。なるタイミングこそほとんど同時のようにも思えるが、よく耳をすませば、二つの銃から発せられる銃声と三つの銃から発せられるそれとで交互に繰り返されていた。
銃撃してくる一団は、全部で五人で構成されているようだった。奏とナイトの二人は、近接武器のために遠距離では反撃できない。しかし彼らは彼らにできることをしようとしていた。
三人が身を隠した岩場は、周囲の遮蔽物から距離があったために、全員身動きが取れない。襲撃者の弾丸が尽きることはない。身を隠す岩も、少しずつ削り取られていく。まさに絶体絶命の状況だった。
そんな中、泰志はあることに気が付く。二人による銃撃タイミングの際に、彼らが標的にしているのは、ナイトと奏が身を隠す岩場だった。おそらくそれは、泰志が身を隠している岩よりも、二人のそれの方が大きく、行動の自由がききやすいからではないかと考えた。
相手は、その二箇所に身を隠しているのが、反撃のできない近接武器を持つ二人だとは気が付いていないはず。それはつまり、二人の銃撃タイミングには、自身の銃撃によるわずかな反撃が可能ということだった。
泰志は身を縮ませながらも、自身の銃の確認をする。時折耳元を、弾丸と弾かれた岩の破片がかすめる。
自分には自分のできることをする。彼は意を決してタイミングを測る。
泰志は、二人が音で伝えてきた襲撃者の人数と射撃のタイミングの本当の意味を理解した。二人は、唯一反撃の術である銃を持つ自身に対して、その糸口を掴ませようとしているのだと。
銃を握る手に力が入る。三人による銃撃に切り替わってからしばらく経った。あと少し。もう少し。岩の破片で切れた顔の傷など気にはしない。さあ、来い。
その瞬間、銃撃が二人のタイミングに切り替わった。
泰志は、不器用ながらも、狭い岩に背中を押し込むように体の向きを入れ替える。相手の位置などすぐには分からない。しかし今は、この引き金を引くしかない。
岩から体を乗り出し、銃声のする方向目掛けて一心不乱に連射した。しかし、その弾丸は襲撃者の位置とはまるで違う場所に着弾する。彼の決死の足掻きは、無意味に終わるかと思われた。
しかし、奏とナイトの二人がそうはさせなかった。
泰志の放った弾丸で、一瞬銃撃の手が止まり二人の襲撃者が身を隠した隙を突き、二人は一斉に飛び出す。二人の動きに気が付いた襲撃者の一人が、駆けて来る奏に対し銃を構える。しかしその構えた銃めがけて、高速で槍が飛来し衝突する。そのあまりの衝撃に、体が後方に吹き飛ぶ。もう一人の襲撃者が、今度は接近するナイトに銃を向けた。しかし、時すでに遅し。目と鼻の先に奏の刃が煌めく。
しかしその時、奏に向かって銃を向ける別の襲撃者の姿があった。
「止まれ!」
奏は刀の刃を襲撃者の一人の首に突き付けたが、一歩遅かった。彼女の動きは止まった。駆け寄っていたナイトも合わせて動きを止める。泰志は弾切れを起こし何もできないでいた。
三人は諦めの表情で立ち尽くす。
「妙な技を使うクローンと革命軍の女の子…変な組み合わせだな」
泰志はその声に聞き覚えがあった。装填に手こずっていた銃を下げて、その人物の方へ目を向ける。
「…五十嵐?」
そこには、ふてぶてしい態度で仁王立ちする亮介の姿があった。
彼の首元に、残り一つの命の印が光る。
彼は今解放軍として、その仲間と共に泰志たちの前に立ちはだかっていた。
抵抗できないナイトと奏の姿に対し、にやけた表情を向けていた亮介は、その目を泰志の方に向けた。
「…上川?!」
かつて同じ解放軍として戦った亮介は、同じ陣営で復活することで、その記憶を保持していた。
「お前、革命軍じゃないよな?」
考えてみれば、それは当然の疑問だった。
「違う。…というか今はどっちでもない…っていうのが正しいのか?」
泰志は、初めははっきりと答えたものの、次第に自分でも訳が分からなくなっていた。
「なんだそりゃ」
もはやこれまでと、立ち尽くすナイトと奏。二人の攻撃を受けて、なおも警戒する亮介の仲間たち。その場に似合わぬ泰志と亮介の妙な空気が、場をさらに混乱させていた。
「おい亮介!撃っていいのか!?」
痺れを切らした彼の仲間が叫んだ。
「待てって。そんなに焦んなよ。この俺が今話をつけてんだから」
亮介の態度は、"ボス"そのものだった。以前の、愛や秀とのやり取りからは想像できない姿だった。彼の指示にもしっかりと従っている。
「上川…じゃなくてポンコツくんか。王子様も、ついに誰彼構わず仲間に加えることにしたのか?」
彼は命の数が減っても、仲間を率いるようになっても、その軽口には変わりがなかった。にやにやとした表情を三人に向ける。奏はその表情に不快感を覚え、冷めた目で彼を睨みつける。
「こいつらはれっきとした仲間だよ」
泰志は、ナイトと奏に銃を向け続ける亮介の仲間の方を見ながら、落ち着いた口調で言った。しかし彼らは、泰志の言うことなど一切信用していないかのように、なおも二人に銃を向け続ける。
「仲間ねえ…。"ポンコツ王子様とその愉快な仲間たち"ってか?…って、そこの美人な革命軍のお姉さん、よく見たら俺のこと切り倒した人じゃねえか?」
亮介は奏のことを思い出し、彼女の顔に目を向けるが、視界に入れるのも不快と言わんばかりに、彼女は彼と一切目を合わせようとはしなかった。
「お、ツンデレか?」
亮介の軽口はとどまるところを知らなかった。もはや彼の仲間たちも訳の分からない表情で、彼や三人を見つめる。
「…キモい」
奏は目を逸らしたまま、小声で吐き捨てるように言った。
「なかなかズバッと言うねぇ…」
亮介は、彼女が唐突に放った、短くも破壊力のあるその言葉に一瞬怯んだ。泰志はその光景を見て小さく吹き出す。傍に立っていたナイトも小さく鼻で笑った。しかし、亮介の仲間たちはそのやり取りに付いていけていなかった。
「五十嵐さん!どういうことなのか説明してくれよ!」
「この女、たしか革命軍の精鋭部隊所属ですよ!」
奏は真由美たちと行動を共にすることが多く、刀という目立つ武器を扱うことから、亮介たちにもその顔と所属を知られていた。
彼らは、ナイトと奏の力を目の当たりにした彼らは、二人への警戒を解こうとしなかった。今にも亮介の制止を押しのけて引き金を引きそうな勢いだった。亮介は小さくため息をつき、彼らの方を向いて口を開いた。
「あー分かったよ。こいつらは俺が監視しといてやる」
彼が嫌々そうに言った言葉に、その場にいた全員が不思議そうな表情に変わった。亮介の仲間達は、互いに顔を見合わせる。
「それってどういう…」
仲間の一人が、不安げな口調で亮介を見上げながらつぶやいた。亮介は彼を仁王立ちで見下ろす。
「こいつらが俺たちに害を与えようとしたら、最強であるこの俺が止めるってことだよ。そのために俺はこいつらを監視するためについていくことにする。だからお前たちは基地に戻れ」
亮介は、仲間たちへ一方的に言葉を放った。誰も彼についていけてはいない。
そんな彼らの様子を見た亮介は、今までの軽薄かつふてぶてしい態度とは異なる、真面目な調子で声を抑えて言う。
「俺を信じろって」
それは、かつて仲間だった泰志でさえ見たことがないものだった。仲間達は一瞬戸惑いの表情で互いの顔を見合わせるも、「五十嵐さんがそう言うのなら」と構えた武器をゆっくりと下ろし、小走りで丘を下って行った。去っていく彼らの後姿を、亮介は口元をわずかに微笑ませながら黙って見守っていた。
泰志の知らない間に、亮介は彼らにとって"偽りのないリーダー"になっていたのかもしれない。泰志はそう思いながら、亮介の横顔を眺めていた。
仲間たちの姿が見えなくなると、亮介は三人の方へ振り向き、再びふてぶてしい態度をとる。
「と、いう訳なんで、よろしくぅ」
泰志は、いつもの調子の彼を見てどこか呆れたような表情に変わるも、にやつく彼の表情につられるように鼻で笑う。ナイトも、やれやれと口元を緩ませながら拾い上げた槍を背中に担いだ。一方の奏は冷めた表情で刀を鞘に納めていたが、その目はしっかりと亮介へと向けられていたのだった。




