↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年戦争  作者: Mittsu
19/35

認容

 陽が登り始めた頃、二人は標高の高い峡谷地帯に差し掛かっていた。時折吹きすさぶ風と、深い谷間に、泰志は吸い込まれそうな感覚に陥る。


 田原絵美子の居場所へと彼を案内するため前を歩くナイト。その姿は、彼が生み出されてからの長い間に、幾度もその場所を歩いたことを物語っているように思えた。


 しかし泰志は、ふとそれを見て疑問が浮かんだ。通い慣れるほどの場所に、田原絵美子がいるのだとすると、これまでにその人物と会ったり話したりすることができたのではないかと。


 「その田原っていう人に会うのは初めてなのか?」


 泰志はナイトの背中に向かって、ほんの少しの疑念の表情を浮かべながら問いかけた。


 「君が思っていることは分かるよ。…説明するより、直接見てもらった方が早いと思う」


 ナイトは背を向け、歩調も一切変えないまま言った。


 やがて、谷間の下層にある古びた建物を見下ろせる場所へと辿り着いた。そこでナイトは、泰志を止めてそこへ目を向けるように指示した。数百メートルは離れているであろうその場所を、泰志は目を細めて注視する。


 そこには、無数のクローンが建物周辺を埋め尽くす姿があった。しかし彼がもっとも恐怖を覚えたのは、それとは別の存在だった。


 「あのでかいのはなんだ…?」


 豆粒ほどにしか見えないクローンの中に、遠く離れた距離からでも容易に視認できるほどの巨体が複数混じっていた。クローンと似た外見ではあったが、全身を覆う装甲の多さと、過剰なまでに発達した肉体が、その異様さを際立たせていた。


 「あれは"変異体"だ。量産過程で異常反応が起きて稀に紛れ込む」


 泰志はこの時、昨晩ナイトが田原の居場所について話す時のためらいの表情と、彼が先程話していたことの理由を理解した。


 しかしそれと同時に、"変異体"という存在を知った彼は、姿形が異なるものであっても、彼らクローンにとっては"同種"として見られていることから、ナイトへある提案をした。


 「あんたは、あいつらと意思疎通したり、敵って認識されずにやり過ごせたりしないのか?」


 知能レベルは異なっても姿形は変わらない。純粋だが、まことに合理的な問いかけだった。


 「初めはワタシもそう思った。そして試した。しかし結果はこの通りだ」


 ナイトはそう言うと、自身の胴鎧を外して泰志にその内側の体を見せた。そこには、塞がってはいるものの、槍に貫かれたような巨大な傷跡が複数箇所、痛々しく刻まれていた。泰志は、それをみて傷ましく思うと同時に、以前にクローンの槍に突かれた自身の体に手を当てた。


 「見た目は同じ、高度な知能もない、なのにどうして私たちを敵と認識するのか分からなかった。だが、数十年調べてようやく分かった。彼らはおそらく、染色体等の、その生物固有の形成物質を、感覚的に察知して判断しているのだと思う。ワタシが生み出された直後から、生産工程に変更がなされたのだろう。だから、ワタシと彼らは、厳密には異なる種ということになる」


 泰志は、途中から追いついていなかったが、彼の締めの言葉でなんとか理解が追いついた。


 彼らを退けない限り、田原から話を聞くことはできない。泰志の中に、大きな絶望が湧き出していた。


 「ここを突破するには、ワタシたち二人では不可能に近い。心当たりのある人間はいないか?」


 ナイトは、このことを知りながら泰志を焚き付けていた。しかし当の泰志には、彼の"策"に乗るか乗らないかの選択の余地すらなかった。


 「残念だけど」


 泰志は、どこか心無い口調で返した。


 途方に暮れた二人は、クローンたちに見つかるのを恐れ、一旦その場を離れて付近の森の中に入った。


 「夜になったら、あいつらも大人しくなるんじゃないのか?」


 「残念だがそれは無理だ。たしかに彼らは夜に活動を停止する習性がある。だがここ数ヶ月、彼らの活動が活発化している。夜にも見に来たが、対して数に変化はなかった」


 泰志の案は、あっけなく却下された。その答えを聞いて、彼は以前に木ノ本が同じことを口にしていたのを思い出した。そして、今の状況を打開するために、彼女の力を借りられないかと考え始めた。


 しかし、彼女の冷たい眼差しが脳裏に浮かび、その望みを捨て去る。


 気の沈みに合わせるように顔をうつむかせた時、地面のあるものに目がいった。


 そこには、黄緑色の蛍光液が溢れ出た雫のように落ちていた。よくよく周囲の地面に目を向けてみると、地面を移動するように列をなして落ちている。


 「おい、これ…」


 泰志は、ナイトに呼びかけ地面の液体を指差した。


 「近くに誰かいるのかもしれない」


 ナイトは冷静に言った後、液体を見続けていた泰志を置いて、周囲を調べ始めた。その様子を見た泰志は、どこか彼に反発するように、別方向を調べ始めた。


 落ちた液体は道標のように森の奥へと続いていた。黄緑色に光るそれは、この世界で傷を負った時に見た血液と同じものだった。


 「上川泰志。こっちだ」


 冷静ながらも、先程までよりも声を大きくしたナイトに呼ばれ、泰志は彼のもとへ歩み寄った。


 泰志が近寄った先で、ナイトは憐れむような表情で地面を見つめていた。


 そこには、クローンの槍に体を貫かれたまま膝をつき息絶えた一人の少年の姿があった。地面に落ちた蛍光液は彼のもとへと続いており、そこで途切れていた。


 「傷を負って逃げてきた先で襲われたのだろう」


 ナイトは冷静に状況を分析していた。地面を向きうなだれた少年の膝下に落ちた拳銃を拾い上げ観察する。


 しかし、泰志はその拳銃にどこか見覚えがあった。銃身下部に伸びる弾倉と細長い銃口。モーゼルピストルだった。そして、彼は少年の顔を覗き込んだ。


 真由美とともに自身の前に立ち塞がり、彼女に撃たれた少年、長瀬だった。


 泰志がそれに気付き唖然としていた時、ナイトは何かを察知し、唐突に周囲を見まわし始めた。


 その瞬間、付近の木の上から一つの影がナイトに向かって刃を振り下ろした。警戒を強め、背中の槍に手を伸ばしていたナイトは、かろうじてその一撃を槍で受け止めた。甲高い金属音でそれに気が付いた泰志は、襲い来る影に目を向けた。


 革命軍の証であるスカーフ、力強くも華麗な身のこなし、そして手にした一本の刀。そこには、怒りと憎しみの表情でナイトを睨みつける木ノ本の姿があった。


 木ノ本の一撃を弾き距離を置くナイトを、彼女は瞬きひとつすることなく、息を荒らしながら刀を構え睨み続ける。


 ナイトは冷静に、彼女の動きを確かめながら槍を構え直す。


 「木ノ本…!」


 彼女の姿を見るなり、泰志は彼女に呼びかける。しかし、彼女にその声は届いていないようだった。すぐそばに泰志がいるにも関わらず、彼女は一切視線を逸らそうとはしない。


 さらに名前を呼ぶ泰志を尻目に、彼女は地面を強く踏み込み、一気にナイトとの間合いを詰めた。速い。ナイトの懐に潜り込んでくる彼女の目は、冷たく真っ直ぐにこちらに向けられていた。


 槍の振りが間に合わないナイトは、彼女の攻撃位置に自身の装甲を当てに行くように防御体制をとった。彼女は防御されたことなど意に介さず、その場所目掛けて斬り込んだ。刃は装甲によってかろうじて防がれたが、衝突の強烈な衝撃にナイトの表情が歪む。


 痛みに耐えながらも、ナイトは身を翻して彼女と距離を取り、槍を振るうのに適した間合いを確保する。大袈裟な振りの動作を始めるナイト。それを見た彼女は即座に立ち位置を変えるため、姿勢を低くし上体を横にずらす。しかしそれはナイトのフェイントだった。先程とは違う無駄のないコンパクトな構えと振りで、位置を変えたばかりの彼女目掛けて勢いよく槍を放つ。


 その刃先が彼女の顔に迫った時、その体はまるで流れる水のごとく、瞬時に刀の刃を顔付近へと運び、槍の軌道を変える。そしてそのまま、槍の上を滑らせるように、その刃をナイト目掛けて振り払った。


 ナイトの目と鼻の先に彼女の刃が迫った時、彼女は攻撃を止め、かわすようにナイトから距離を取った。ナイトは足元に異変を感じて地面に目を向ける。複数の弾丸が足元に撃ち込まれていた。木ノ本は体勢を整えながら、弾丸の放たれた方向に冷たい目線を向けた。そこには、銃を構えた泰志の姿があった。彼は届かない声を弾丸に託し、彼女の足元に放ったのだ。


 戦闘を振り出しに戻した彼の訴えは、彼女の意識を向けさせることに成功した。


 「あなた、どうしてここに?」


 彼女は横目で泰志を睨みつける。しかしその体は、依然として戦闘体勢を崩すことなく、ナイトへと向けられていた。


 「俺たちを攻撃するな」


 泰志は落ち着きを装いつつも、その声はどこか震えていた。


 「あなたのことはどうだっていい。私はただ仲間の仇を取るだけ」


 そう言うと彼女は、再び目線をナイトへと向けて刀を構えた。それを見たナイトは、槍を短く持ち守りの体勢を取る。空気が張り詰めていく。ナイトが足の位置を変えるために踏み込んだ足が枝を踏み、その折れる音が空気を変えた。


 木ノ本は再び、目にも止まらぬ速さでナイトとの距離を詰める。ナイトの右半身目掛けて刀を振り抜く。ナイトは読んでいたと言わんばかりに、手にした槍を力強く体の右側の地面に深く突き刺し、槍の柄でその一撃を受け止める。しかし思ったほどその刃に力が込められていない。彼女は防がれることを察して、次の一撃に移るためあえて力を弱めていた。


 槍の柄をかすめるように振り抜いた刃は、素早くその向きを変えて、ナイトの左半身目掛けて振られた。


 しかし、そこにナイトの体はない。予想外のことに、彼女は振り抜いた刀をすぐには止められなかった。視界の外に目を向けると、ナイトは地面に突き刺した槍を使い、体を宙に持ち上げていた。なびく旗のように、ナイトの体が宙を舞う。彼女が咄嗟に防御体勢を取ろうとした瞬間、ナイトの強烈な蹴りが彼女の肩に直撃した。彼女の体はくの字に折れた。その一撃で、彼女は吹き飛ばされ、地面を転がる。


 痛みに耐えながらも、彼女は倒れた体を起こそうとする。


 「そこまでにしよう。ワタシはあなたの仲間の命を奪ったクローンではない」


 言葉を発するナイトの姿を見た彼女は驚き、刀を拾い上げようとする手を止めた。彼女は目を見開きナイトを見つめる。


 「見た目こそ彼らと同じだが、君や君の仲間を殺そうとは思っていない」


 ナイトは、地面に刺していた槍を抜きながら、淡々と説明した。


 しばらくして息が落ち着いてきた彼女は、立ち上がりながら泰志を見て口を開いた。


 「どういうことか説明して」


 消えゆく長瀬を見守った後、三人はクローンの襲撃を避けるため、付近の岩場に場所を移した。泰志とナイトをなおも警戒するように、木ノ本は二人と少し間隔を空けて岩に腰掛ける。


 「あなたが他のクローンと違うのはよく分かったわ。気が立っていたとはいえ、ごめんなさい」


 彼女は少しうつむきながらも、彼にまっすぐに目を向けて言った。ナイトは自身の装甲の調子を確かめた後、冷静な調子で口を開いた。


 「さっきの一撃は効いたよ」


 「それはお互い様」


 何とも言えない空気がその場を包み込む。再び二人が武器を手にするのではないかと気を揉み、泰志は唐突に口を開いた。


 「なんで木ノ本はあの場所にいたんだ?」


 施設で傷ついた長瀬と共に姿を消した二人が、どのような道を辿ってきたのか気になり、彼女に問いかける。


 「長瀬の傷は思ったより深かった。見晴らしのいい場所を避けて迂回していたら、谷底に大量のクローンと妙な姿の生き物がいた。そいつらに見つかって逃げてる途中に長瀬がやられて…」


 彼女は初めは冷静に語っていたが、次第にその顔はうつむいていった。


 泰志はその話を聞き、彼女ももまた、自分たちと同じ場所を訪れていたらしい。しかし、彼女の様子からは、そこに田原絵美子がいることを知っているようには思えなかった。長瀬の死を悼む彼女に対し、泰志は慎重に言葉を選びながらさらに問いかける。


 「その、長瀬はどうしてあの時、俺を撃たなかったんだ?」


 真由美に命じられるも、それを拒絶した彼の姿に、泰志はどこか他の人とは違う彼の思いを見た気がしていた。そして彼女もまたその場にいた。彼の死に悲しみを覚えている彼女なら、その答えを知っているのではないかと感じていた。


 「あいつは、怒りと憎しみに支配されていた遠藤を心配していたの。あなたのことを"おかしなやつ"と言っていたけど、私からしてみれば、あいつも十分"おかしなやつ"。この戦争を終わらせたいと本気で願っていたんだから」


 泰志はまた、彼の知らないところに真由美を想う気持ちがあったことに驚いた。しかしその表情には、どこか複雑な気持ちが混じっていた。


 「あいつも私も長い間この世界にいた。でも、私は戦いのことばかり考えていたのに、あいつはこの世界そのものについて考えていたのかもしれない」


 彼は"解放者"の一人だったのだろうか。泰志はいつの間にか、自身と彼の境遇を重ねるようになっていた。会話をしたこともなく、ただ敵同士として相対した彼に、泰志は背中を押された感覚を持った。


 「さて、今度はあなたたち"おかしな二人組"の事情を聞かせてもらおうか」


 彼女は話を途切れさせるように、唐突に二人に話を振った。急な彼女の言葉に戸惑いの表情を見せる泰志に対し、ナイトはいたって冷静にその口を開いた。


 「ワタシたちは、MOTHERや戦争からこの世界を解放するために、そのヒントを持つ一人の人間を探している。しかしその人間を救うためには、あなたも見たクローンの群れる場所を突破する必要がある。その手立てを探していたところだ」


 彼の説明は簡潔だったが、彼女の興味を引くにはそれだけで十分だった。


 しかし、彼女の興味を示した表情は、次第に険しいものへと変わっていた。


 「その目的と情報が本当だったとしても、あのクローンを排除するには相当の戦力が必要でしょ。遮蔽物のある場所ならともかく、あんな開けた場所で戦うとなると、少なからず犠牲が出ることは覚悟しないと」


 彼女は冷めた口調ながらも、いたって冷静な分析結果を二人にぶつけた。二人には返す言葉もなかった。


 「…長瀬の残りの命は、あといくつあったんだ?」


 泰志は重い口を開き、つぶやくように木ノ本に問いかけた。その言葉には、微かな希望が宿っていた。しかし、その問いに対して、彼女は何も答えずうつむく。


 長瀬ならどうするのだろうか。泰志は心のどこかで、彼に助けを求めていた。しかし彼はここにはいない。そして、彼女の態度から察するに、恐らくもうこの世界にはいないのだろう。その場には、長瀬の抱いていた微かな思いだけが寂しく漂っていた。


 その沈黙を破ったのは、木ノ本だった。


 「私も行こう」


 彼女のその短い言葉には、その場にいる全員の想いが込められているかのようだった。泰志は驚き、彼女の方へ顔を向ける。しかし彼女は彼から目を逸らすかのように視線を変えた。一方のナイトは表情一つ変えない。


 「木ノ本奏。残りの印は三つ。近接戦闘と対象護衛を専門にしている」


 彼女の唐突な格式ばった自己紹介に、泰志は不思議そうな表情をする。しかしナイトと奏の二人はそんな彼を気にも留めず、先程よりも短く間隔を空けて歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。