第16章 震撼
泰志と愛の二人は施設内をなおも散策しながら、木ノ本捜索の今後について話し合っていた。
「恐らくだけど、この施設には革命軍の人たちはそうそう近付かないと思うよ」
うつむく姿を、モニターの放つ光に照らされながら愛は言った。それを聞き泰志は疑問の表情に変わる。革命軍の陣地に近いこの場所に、当の革命軍が近づかないとは妙だと感じていた。確かに建物周囲にはクローンが身を潜めており、内部も荒れてはいる。しかしこんなにも重要な情報がある場所を果たして放置するだろうか。
「なんでそう思うんだ?」
「"この施設が重要だから"よ」
泰志はますます訳が分からなかった。重要ならば常駐してでも守るのが当然だと考えた。しかし、彼女の続けた言葉は意外な視点を持っていた。
「確かにここは重要。それは間違いない。今まで私たちが知り得なかった情報の宝庫だもん。じゃあここで、そんな上川くんに質問タイム。上川くんは、欲しい情報が載ってる本を読んでその情報を手に入れたら、その本を次はいつ読む?」
泰志は初めは彼女の質問の意図が理解できず無意識にそれに答える。
「内容を忘れた時…」
答えを言い切る瞬間に彼ははっとする。
「そう。よっぽど読み返したくなるような好きな内容じゃない限り、情報を覚えてる間は読まない人が多いと思う。それがここ」
泰志はそれを聞いてからも少し考えを巡らせていた。それを見た彼女はさらに続ける。
「それに大量にいたクローン。革命軍の人たちが定期的に訪れているのなら、真っ先に害のあるクローンを倒すはず。でも見た感じ、少なくとも最近、クローンが倒された形跡はないし、数が減っているようにも見えない。だから昼間には訪れることはない。だとすると夜。だけど今のここの感じだとそれもなさそうでしょ?」
彼女はそう言い終えると泰志に向かって微笑んだ。そのしばらくぶりの笑顔を見た彼は、不意をつかれたかのように不自然に目を逸らした。
「なんか引っかかるんだよ。その"情報を知ってるからしばらくは必要がない"っていうのが…」
泰志はなおも目を逸らしながらつぶやくように言った。
「んー、なんだろ」
愛はわざとらしい表情で考える素振りを見せる。しかし声は、本当に分からないでいるようだった。
「情報…」
泰志はそうつぶやいた後、何かに気が付いた。
「革命軍はこの情報を持ってるんだよな。ということは、この情報を知ってて戦ってるってことになるよな?」
その問いかけに愛はうつむきながらうーんと考え込む。
「でも、みんながみんな知ってるとは限らないんじゃない?リーダーみたいな人がいて、その周辺の人しか知らないとか」
「でもこの場所は隠せない。革命軍の手によって隠されている感じもない。だろ?」
彼が感じていた違和感の正体は、その"得た情報"を彼らがどう理解し、どう扱っているかという部分にあった。
愛はそれを聞き、小さく口を開けてうなずいた。しかしその時、二人の会話に不意に加わる者がいた。
「なぜここに革命軍が来ないのか、教えてあげましょうか?」
二人はその声に驚き、声のする方向を振り向きながら慌てて銃を構えた。そこには、壁にもたれて腕を組んだ木ノ本の姿があった。
「お前…」
泰志は銃を下ろし、安堵のため息を吐いた。彼女は冷たい目を二人に向けながら口を開いた。
「そもそも、どうして私たちが革命軍って名乗ってるか知ってる?」
彼女の不意をつく問いに、二人は顔を見合わせた。二つの陣営がなぜ争っているのかさえ知らない二人は、その問いに答えられるはずもなかった。
「あなたたちも見たでしょ。"MOTHER"っていう存在についての情報を。私たちはそのシステムからみんなを守るために戦い始めた。この世界に革命を起こすために」
彼女の語り口は、次第に怒りを含んだかのように強まっていく。そして彼女は二人にその冷たい目を向けて言い放った。
「そしてあなたたちは、この世界の人たちに害を与える存在の片棒を担いで、私たちの目的を妨害する存在なのよ」
二人はその言葉に唖然とする。ただ命を守るために戦ってきた行為そのものが、彼らにとっては悪そのものとなっていたことを突きつけられた。
彼女の威圧感に圧倒されながらも、愛は口を開く。
「…でも、それなら戦わずに解決する方法だってあるじゃない」
泰志は愛の言い分に納得していた。どちらが初めに攻撃を始めたにせよ、武器が作られ、それを使い始めたからこそ争いが激化し、戦争状態となった。その事実が、初めから対話という選択肢を互いが捨てていたことになるのではないか。
しかし考えを巡らせるうちに、泰志はそれを思い出した。
「宝物庫の実装…」
彼はつぶやくように言った。まさにそこに争い激化の原因があった。初めは存在しなかった武器という存在が、システムにより突如この世界に実装された"宝物庫"によって解き放たれたのだった。
「そう。かなり昔のことみたいだけど、それによって元々二つの派閥で争っていた者同士が本格的に戦争し始めた。まあ、あなたたちの派閥は、"戦争から解放する"って大層な名目を掲げてたみたいだけど」
木ノ本は嫌味っぽくほんの少しの笑みを浮かべながらうつむく。"解放軍"という二人の所属する陣営の名は、彼女からしてみればとんでもなく馬鹿げたものに見えていた。
「だけど…、武器が手に入るからって、みんながみんなそれを使って戦うとは限らないじゃない…」
愛は、名前も顔も知らない遠い過去のこの世界の人々に希望を託すように言った。
「あなたの言う"理想の人間"は確かにいたかもしれない。だけど現実は違う」
愛の希望を、木ノ本はいとも簡単に切り伏せた。
「あなたは目的を果たすために戦いたい。でも命を落とすのが怖い。でもそのチャンスが増えるとしたらどう?」
"三つの命"。それは初めは二つ、次に三つと、明確に目的を持って実装されていた。
二人は返す言葉が見つからなかった。知識の差以上に、彼女の訴えかける目が二人の意思を折っていた。
「…そしてこの場所は、そんな不毛の争いを止めるという決意を無くさないための私たちの負の遺産。システムが移設された後の抜け殻」
彼女はそう言い残すと、部屋を後にするために二人に背を向け歩き出した。
彼女の去り際の背中を見るのは二度目だった。今度は口を開く。そう決意した泰志は、背を向ける彼女に問いかける。
「俺たちはどうすればいい?!どうすれば真由美を連れて帰れる?!」
立ち去る彼女の足が止まり、背を向けたまま話し始める。
「もう諦めた方がいい。彼女はあなたには止められない。それに…」
彼女は一瞬言葉をつまらせるが、すぐにまた口を開いた。
「それに、彼女は今ここに向かってる」
そう言い残すと、彼女は闇の奥へ消えて行った。




