第15章 核心
泰志と愛は真由美のもとを目指し歩み続けていた。以前までは具体的な宛てもなく、ただ革命軍の陣地へと向かっていたが、廃墟群で出会った木ノ本の足取りを追えば真由美へとたどり着くのではないかと踏み、彼女の痕跡を辿っていた。以前は真由美とともに戦っていた彼女が、なぜ今は一緒ではないのかが疑問ではあったが、彼女が言い残した言葉から予想するに、まだ彼女と真由美には関りがある。いささか心もとない根拠ではあるものの、二人にはもはやそれを望みとする他なかった。
敵となり襲ってきたとはいえ秀の命を奪った後の二人は、明るい会話の一つもなく、時折周囲に目を向けつつも、その目は下へ向けられていた。夕日に照らされた影の揺れは、どことなく迷いを抱えていた。
陽が沈みつつある空の下、二人が目を向けたはるか遠くでは、活動し終えて水辺に向かうクローンの姿が散見された。泰志にはそれが、仕事を終え自らの居場所へと帰って行く人間のそれと同じに見えていた。知能も高くなく野生動物のような彼らにも果たすべき目的があるのだろうか。そんな考えが頭の中に湧いてくる。
そんな時、二人の目の前に巨大な建物の影が現れた。微かな夕日を背景に黒くさびれた姿がずっしりとたたずんでいる。野宿するには最適かと思われるが、かつて廃工場で襲撃を受けた二人は道を進む以上に警戒する。人影も気配もない。既に革命軍陣地にほど近い場所ということもあり、彼らの注意は一層高まっていた。しかし同時に、今までに見たことのないその異様な外観に、真由美や木ノ本の手がかりを連想させられたために、歩み寄ろうとする足を止めることはできなかった。
二人が建物の入り口付近に差し掛かった時、そこには異様な光景があった。巨大な水槽のようなものが建物を囲うように配置されていた。表面は黒ずみ、中には藻のようなものが漂っている。やがて微かな光に照らされて、水槽の中に潜むものの姿が露わになった。水中で息を潜める無数のクローン。彼らはその汚れた水の中から侵入者を監視するかのように、動くことなくじっとこちらを見つめてくる。
恐怖と不安で二人は一瞬歩みを止める。水槽の上部は開け放たれ、内部は野ざらしになっていた。しかし彼らは二人を見てはいるものの、そこから這い出してくる様子はない。安心する一方で、その様が一層不気味さをかき立てる。
一方で、彼らは何か重要な物事を守るかのようにそこに存在している。二人は恐る恐るながらも、水槽の合間を縫って建物の内部を目指す。クローンたちは水槽の中に身を潜めながらも、歩いていく彼らの方向へ視線を向け続ける。二人は目と鼻の先にあるその顔から目を逸らすように進み続ける。彼らが何を思い何を伝えようとしているのか。二人にはまるで分らなかった。
その異様さと不気味さゆえか、建物内に来ても一向に人間の気配は感じられなかった。
「この施設…まだ生きてる…?」
内部を見渡しながら愛がささやくように言った。内部の計器類は埃やカビに覆われながらも、ところどころで微かな光を発していた。
クローンの目が届かなくなった施設内部を二人は銃を低く構えながら進んで行く。照明もなく外の光も届かず薄暗い場所を、計器の放つ心もとない光を頼りにゆっくりと足を踏み出す。床に根を張るかのように伸びたケーブルが彼らの足に絡みつく。
「向こう…明るいよ」
愛は視線の先にあるひときわ光を放つ入口のような場所を指しながら泰志に言った。彼はケーブルにつまずきながらもその場所に目をやり、銃を構えなおして向かい始める。
角に差し掛かると、二人は壁に背中を預けそっと中を覗き込む。暗い場所に慣れてきていた目に煌々とした光が差し込む。目を細めながらもそこに目をやると、複数のコンピューター画面が乱雑に並べられていた。それらの画面には何やら文字や図形が映っている。離れた距離から見るには遠すぎたため、二人は罠を警戒しつつも、そこに吸い寄せられるように近付いた。
周囲には依然として計器類の稼働音しか響いていなかった。二人はモニターに近づくと、まず周囲に目を向けた。その動きにはどこか雑さが混じっていた。
「"MOTHER稼働記録"…」
二人の瞳に光り輝くモニターが反射する。その目は真実を求めるために一点へ集中している。言葉を発することなくただ黙々とモニターに表示された情報を読み進める。
"来訪記録"とあるモニターには、ずらりと人の名前らしき内容が羅列されている。画面端のスクロールバーはほとんど目に見えないほどに小さい。びっしりと記載された、西暦・月日・時間の数値がまるで意味不明の暗号のようにも見える。一気に目の疲れが襲ってきた泰志は、他のモニターに目を向ける。すると彼の隣で別のモニターに目を向けていた愛が口を開く。
「上川くん…これ…」
彼女が見ているモニターに目を向けた泰志は、そこに映る内容に目を見開いた。
"凍結記録"という見出しの下には、一見すると先程と同じような内容が記されている。しかしそこに、その名はあった。
"城崎秀"。
全ての命を失いこの世界から消えた秀の名前と、それが記された一覧の見出しにある"凍結"。泰志の脳裏を嫌な予想がよぎった。
「たぶんこれ…命がゼロになった人たちのリストなんじゃないかな…」
愛は表情を変えることなく、少し震えながらも淡々とした口調で言った。泰志はそのモニター前にあった埃をかぶったマウスに手を置くと、カチカチと引っかかるような不快な音を立てながらマウスホイールを回し始めた。リストは高速でスクロールされる。しかしそれは一向に最下部に辿り着く気配がない。ふと画面端に目をやると、そこには先程の画面にはあったスクロールバーが存在しなかった。それに気が付いた彼は唖然とし、マウスホイールを回す手を止めた。
彼女の予想が正しいとすると、この世界ではこれまでに数えきれないほどの人が命を失い消えたことになる。二人が先程まで抱いていたこのリストの存在そのものへの恐怖は、消えていった人たちとその膨大な数への恐怖へと変わっていた。
「"MOTHER"って…システムのことなのか?」
泰志は部屋の壁面に広がる計器類を見上げながら言った。"稼働記録"とあるからには、MOTHER自体はおそらく人間ではない。そして"母"の名を冠することから、それはこの世界におけるシステムの根幹ではないか。それは以前に愛が噂程度に聞いた内容通りの予想だった。
そうした統率のもと、自分たちのような少年少女がこの世界に"来訪"と称して連れてこられ、無情にもコマとして争いに巻き込まれている。彼の中では、MOTHERという存在は諸悪の根源として形作られていた。
そうした考えの中、二人は他のモニターへと目を向ける。そのほとんどは、難解な記号や数式、プログラム等だった。しかしその中に唯一理解ができ、二人の興味を非常に引く内容が映し出されていた。
"実装システム一覧"。
そこには、これまでの文字が窮屈に敷き詰められたものとは違い、非常に簡潔にゆとりをもって記載されていた。
"1932/12/16/宝物庫実装"。
"1932/12/16/宝物庫(2)実装"。
"1933/01/23/二つの命実装"。
"1933/03/18/三つの命実装"。
"1933/08/11/Knight製造システム実装 Command error"。
それ以降は無数のエラーコードが並んでいた。
「宝物庫に…三つの命って…」
愛は聞きなれた言葉が、"実装"という無機質な言葉と共に並んでいるのを見て呆然する。その文字量に対して、彼女の受けた衝撃は計り知れなかった。しかしなおも理解できない部分は多い。実装項目直前の数字の羅列。"二つの命"。"Knight製造システム"…。
一方で泰志は、心の中に微かな希望の念が湧き出てきていた。この世界の根幹を司るシステムが、この世界の人々に大きく影響を与えている。それは真由美も例外ではないはずだ。武器を与え、複数の命を与え、記憶を操作し、彼女のことを変えた。そう考えることで、彼は真由美に対して抱いている無力感が薄らいでいくのを感じた。
その時、画面の方を向いていた二人の背後から、先ほどまでとは違った電子音が聞こえてきた。泰志は音のした方を振り向き、その正体を目にして一瞬体をびくつかせた。愛はそれに驚くように同じ方向を向く。
そこには、淡い光を放ってその場に立ち尽くす白いワンピースを着た女性の姿があった。彼女の顔はひどくぼやけており、どんな表情をしているのか分からない。笑っているのか、悲しんでいるのか、怒っているのか、どの表情にも感じ取れるが、どの表情も異なるようにも感じる。しかしその姿は、何かを訴えているようだった。
二人は謎と恐怖で体が動かず、呆然と立ち尽くす。しかししばらくするとその女性は光を弱めながら消えていった。
「今の…なんだったの…」
泰志には彼女に心当たりがある。同じかどうかは分からないが、この世界に来る時に現れた人物に思えた。しかし今もその時も、彼女は何も言わない。近付いて来ることさえしない。不気味に思える一方で、彼女を理解することがこの世界を理解することに繋がるのではないか。そんな予感をさせるほどに、彼女の存在は二人の中に深く刻まれていた。




