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少年戦争  作者: Mittsu
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第14章 剣客

 泰志が気が付いた頃には、木ノ本と竹内の二人の姿は消えていた。


 呆然と立ち尽くす彼を見た愛は、諭すように優しく語り掛ける。


 「そろそろ私たちも行こうか」


 クローンの大軍を退けた彼らだったが、依然として周囲にはその不穏な気配が漂い続けていた。はるか遠くに見える廃墟のそばで揺れる草木でさえ、今の彼らには不気味に映る。二人は自分たちの来た方角を確認した後ゆっくりと歩み始めた。


 二人が戦闘を繰り広げた場所からしばらく進んだ時、二人は道に迷ったのかと思うほどに先程と同じような光景に出くわした。クローンの亡骸がいくつも地面や瓦礫の上に横たわっている。その体には鋭い筋が刻まれ、蛍光液で輝いていた。泰志は木ノ本の剣技を思い出し、足を止めた。彼女の技は、廃工場で見た時もこの場所で見た時も、無駄のないものだった。"一撃に全てを賭ける"という言葉が相応しい。しかし同時に亮介が傷を負った光景も浮かんできた彼は、そこで深く考えることをやめた。やがて、横たわる亡骸に目をやることさえ避け始めた。そんな泰志の様子とは裏腹に、愛は亡骸にある違和感を覚え彼に声をかけた。


 「ねえ、この傷さっきの人が付けたにしては、なんだかところどころ浅くない?」


 亡骸の傷跡は、確かに刃物でつけられたものに間違いはない。しかし、それにしては一つ一つが短く、浅い。"全てを賭けた一撃"というよりも、"手数による猛攻"という印象が強かった。亡骸を見ないようにしていた泰志もこの違和感にはっとする。


 その傷は二人にある武器を連想させた。


 しかしその時、瓦礫の陰から一つの影が素早く二人に向かって襲い掛かる。その手に握られた短くも鋭い刃が太陽光を反射させ、二人の視界に刺し込んでくる。警戒を続け銃を軽く構えていた泰志は、かろうじてその電光石火の一撃を銃で弾く。その瞬間、影の人物の顔が彼の目と鼻の先に現れる。


 革命軍は、敵味方の区別を容易にするために特徴的な装備を身に付けていた。首元にまかれたスカーフ。これこそが革命軍の証であり、首元の印を隠すことで相手に残り命による洞察をさせない役割もあった。


 その人物はフードで顔を隠してはいたものの、その首には革命軍の証であるスカーフが巻かれていた。それを確認した愛は、すぐさま拳銃を構えて狙いを定め引き金を引く。その攻撃を察知したかのようにその人物は身を翻らせた。彼女の引き金を引く指は止まらない。弾丸がフードをかすめ、顔が露になった。頭に鉢巻を巻き、髪を後ろへ流した姿。間違いなく秀その人だった。


 その姿を目の当たりにし、泰志と愛は驚愕する。愛の銃撃はぴたりと止まったが、彼女の追撃を警戒した秀は素早い動きで付近の瓦礫に身を隠した。


 「城崎くん…」


 愛は受け入れられない現実を前に彼の名前をこぼす。泰志もまた驚きつつも、彼は攻撃を受け止めた銃を構えなおし、体勢を立て直した。二人は身を寄せ合い、微かに聞こえる足音の方向へ目を向ける。


 「どうして城崎が…」


 あまりの至近距離だったために彼の顔の認識に時間のかかっていた泰志は、ようやく今の状況について考えを巡らせ始めた。廃工場で命を落とした秀。彼にはその時残り二つの命の印が首元に記されていた。そして今、彼は残り最後の命をもって二人に襲い掛かってきた。泰志は引き金に指をかけつつも構える銃の銃口は少しずつ下がっていた。


 「革命軍に転移したのか…」


 戸惑いで言葉が出ない愛に対して、泰志は彼女に現実を突きつけるかのように言った。


 次の瞬間、二人の意図せぬ方向から投げナイフが飛んできた。愛は地面に倒れこみかろうじてかわすことができたが、泰志は少し反応が遅れたためにナイフが頬をかすめる。自身の傷口から飛び散る蛍光液に目を向けながら彼は体勢を崩した。


 「城崎くん!」


 愛のその叫びは秀への訴えであると同時に、この戦術が彼の得意とするものであることを泰志に伝えた。泰志の中で、廃工場での秀と木ノ本の戦闘の光景が蘇る。ナイフの飛んできた方向に目を向けた後、意表を突くように彼が攻撃を仕掛けた方向。


 「上か!…」


 泰志が頭上を見上げると、そこには高所から切りかかってくる秀の姿があった。彼が降下するために選んだ瓦礫は高かった。ゆえにその刃が泰志に届くまでにはまだ少し距離がある。銃口を上に向け引き金に指をかける。


 しかしその引き金は彼にとってとてつもなく重かった。


 泰志は上体を後ろにそらし、降下しながら振り下ろされた秀のナイフをすんでのところでかわした。秀の無表情な目はじっと泰志に向けられている。その時彼の目に、体勢を崩した泰志の後方で、苦悶の表情で銃口を向ける愛の姿が映った。彼のナイフを持った左手は素早く持ち上がる。次の瞬間愛の銃から弾丸が放たれた。それは泰志の耳元を通過し、秀の左肩付近に向かって真っすぐに飛んでいく。しかし反応した彼のナイフによって、金属音とともにことごとくはじき返された。


 尻もちをつくように倒れこんだ泰志は、ふと彼の右手に目を向ける。その手は左手同様にしっかりとナイフを握りながらも、操る者のいない人形のごとくだらりと垂れ下がっていた。


 「右手は…使えないようね…」


 一発撃ったきりだった愛は、どこかなつかしさと悲しさをにじませた声でつぶやいた。


 秀は腰に手を伸ばす。しかしそこにある投げナイフホルダーは全て空だった。臨戦体勢をとる二人に、秀は姿勢を低くして切り掛かった。標的となった泰志はなおも引き金を引くことはできず、歯を食いしばり両手で銃を強く握りしめることしかできない。


 「城崎くん!やめて!」


 愛は叫びながら、迫る秀に再び照準を合わせる。しかし今度は射線に泰志が入り込む。二人ともが、かつての仲間に対してなす術が無かった。


 強烈な一撃が泰志を襲う。間一髪銃身で受け止めた泰志に対し、秀は既に次の一撃を放つ体勢になっていた。間に合わない。泰志がそう思った瞬間、秀の体が不自然に揺れるのが目に入った。彼はそれを左半身を使って立て直すが、次の一撃は泰志にも彼が盾にする銃にも触れることなく、虚しく空を切った。その不自然な動きは、泰志の体で視界をほとんど遮られているはずの愛でさえ感じ取ることができた。


 秀は攻撃の手を緩めない。しかし次第に彼の動きは不自然さを増していく。泰志は近接戦闘の経験がほとんどないにもかかわらず、その攻撃を防ぎ続けている。危うい一撃がところどころにありながらも、彼にはそれが見えていた。かつての目にも止まらぬ攻撃は見る影もなかった。


 それでも秀は攻撃をやめない。やがて泰志は彼の大きく振りかぶった左手を見て銃を強く握りしめ、衝突した直後に受け流した。


 秀は大きく体勢を崩す。しかし彼の目はなおも泰志に向けられていた。その時、泰志の後方で愛が叫んだ。


 「屈んで!」


 背後から聞こえたその声には、悲しみが入り混じっていた。


 咄嗟にその場にしゃがみ込んだ泰志の動きに合わせ、彼女は一発の弾丸を放った。泰志がその音に反応して見上げると、弾丸が秀の左胸を貫いていた。秀は大きく体勢を崩してよろけた。泰志に向けられていた目がほんの少し見開く。


 それでも秀は片足で踏みとどまりながら、なおもナイフを構えてしゃがんだ泰志にゆっくりと歩み寄る。しかしその歩みは、さらに放たれた二発の弾丸によって完全に止められた。


 愛の拳銃の銃口から硝煙が漏れる。その向こうで彼女は涙を流していた。銃声の残響が微かに耳に残る中、秀は膝から崩れ落ちた。


 彼の左手からこぼれ落ちたナイフが、泰志の前に転がった。動かなくなった秀を前に、愛はその場に力無く膝をついた。その目は悲しみと後悔の涙で溢れかえっている。彼女の涙ぐむ声を背に、泰志の脳裏に秀の記憶がよぎる。かつての面影がないほどに不自然だった彼の違和感。それは初めて彼に会った時に見た光景からふと浮かんできた。


 泰志はうつ伏せに倒れた彼の右手に目をやった。その手にはなおもナイフが握られている。戦いの中一度も振られることがなかったものが、命尽きてなおもその手に握られているということがあるだろうか。


 泰志が、彼の右手にかかったスカーフをめくった時、その違和感の正体がはっきりした。


 そこには、右手に粘着テープでぐるぐると巻きつけられたナイフがあった。彼はナイフを離さなかったのではなく、初めから握っていなかった。


 彼と初めて出会った時に最初に目がいった部分。それは欠落した右腕だった。泰志がそのことに気付いた時、愛が口を開いた。


 「城崎くんは右腕を失ってからも、ずっと戦い続けたの。ずっと、ずっと。私がこの世界に来た時からずっと…ね」


 涙をこぼしながら、彼女の目は秀の右腕に向けられていた。


 「使い方…忘れちゃってたのかな…」


 秀の解放軍として戦ってきた日々は、命を失い、記憶を失い、陣営が変わっても、動かない、動かせない右腕に深く刻まれていた。


 「頑張ったよね…長かったよね…」


 彼女は命がなくなり消えゆく秀の姿を見ながら小さくつぶやいた。


 「ごめんなさい…」


 彼の体が消えゆく最後の瞬間、彼女はそう言ってうつむいた。

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