露顕
なおも銃声は鳴り響く。泰志と愛の二人は少しずつ移動するその音の発生源を目指して速足で向かっていた。愛の提案した理由のとおり真由美の情報が得られる可能性があるかと思うと、泰志の疲れの抜け切らない足もどこか軽く感じられた。
しかし愛は駆け足ながらも物陰を伝い周囲を確認しながら向かう。泰志ははやる気持ちがあるものの、彼女の警戒する表情からそれを抑えながら進む。
いつからか泰志は愛の少し後を付いて行くようになっていた。しばらく進み音が数十メートル先に迫った時、彼女は瓦礫の角で泰志を止めた。予想外に体の前に伸ばされた手に、彼は思わずうっと声を出す。すると彼女は顔をほんの少し覗かせ、ある方向へじっと目を向ける。泰志は彼女の背後から少しずつ同じ方向を覗き込んだ。
人の姿にも見えるそれは無数に地面に倒れていた。しかし明らかに人ではない。毒々しい薄紫色の肌に、彫刻のような薄い鎧、特に目についたのは後ろに長く引き伸ばされたような兜だった。それは槍を手にして倒れ込みぴくりとも動かない。
「クローンよ。撃たれて死んでるみたい」
愛はその場にあるクローンの亡骸にそれぞれ目を通した後、ゆっくりと身を隠していた瓦礫から身を乗り出した。
クローンに近付く彼女の後ろ姿は、どこか好奇心を抱いているようにも見えた。泰志は歩み寄っていく彼女の姿を少しの間見届けた後、続くようにゆっくりとどこか雑さの残る動きで身を乗り出した。
二人は足一つ分ほどの距離までクローンの亡骸に近付きそれを覗き込む。弾痕からは血のように蛍光色の液体が流れ出ていた。体の色と相まって、どこか引き込まれそうな感覚に陥る。
手にする槍は無骨な作りながらも先端は鋭く、頑丈かつ無駄のない形状をしている。泰志は無意識に落ちているその槍に手を伸ばした。亡骸の顔に一瞬はっとして手を止めるも、動かないと見るや再び手を伸ばし掴み上げた。
しかしそれと同時に彼の上体は大きく前のめりになった。とてつもなく重い。それは、以前にぴくりとも動かず持ち上げられなかったライフルや、竜二のライフルの引き金のそれとは違った。ただ単純に重たい。これを扱う得体の知れない生物が目の前にいると考えた時、彼の好奇心は恐怖に変わった。
その瞬間程近い場所で再び銃声が響く。今度は微かに足音のような音まで聞こえた。しかしそれは数も全く想像できないほどに多いようだった。
二人は音のする方へ駆け出した。次第に銃声と足音に加え数人の声も聞こえてきた。それを目前に、かつては何かの施設だったであろう廃墟の角に差し掛かった時、頭上から二人の目の前に何かが降ってきた。二人は足を滑らせながらも目の前で立ち止まる。鋭い槍を両手に、茶色く染まった歯を見せながら二人に迫るクローン。それは、愛よりも大きく体勢を崩した泰志を見た瞬間彼に襲いかかる。
銃声が三発響いた。愛は素早く拳銃を抜きクローンを撃ち抜いた。構えていた槍を力無く地面に落としながらも、その体は目前に迫っていた泰志に倒れかかった。かろうじて押し除けた彼は、慌てて自身の銃を拾う。
「すぐに撃てるようにしといてね!」
彼女の口調は強かったものの、どこか安堵の雰囲気も含んでいるようだった。
倒れ込んでいた泰志が立ちあがろうとした時、周りに複数の動く物体が視界に入った。瓦礫の隙間や付近の水場から、愛の銃声に引き寄せられたかのように次々と呻き声をあげながらクローンが這い出してくる。
二人は有無を言わず走り出す。追っていた銃声のことなど思考から消え去ったかのように障害物を避けながら進路を次々と変えながら襲いかかるクローンを振り切る。
そんな中、しばらく耳に入らなかった銃声が、二人の進路の角から響いた。視界が開けるとそこには、蛍光液の流れ出る左腕を庇いながら必死に銃を乱射する一人の少年の姿があった。迫り来るクローンの大群に、彼の弾はほとんど命中しない。やがて弾倉が空になったが彼は思うように弾倉を交換できなかった。その隙をクローンは狙う。
「くそっ!」
彼の体が無数の槍に貫かれる寸前、愛と泰志の放った弾丸が標的に命中する。少年は間一髪のところで命を救われた。左腕を押さえて倒れ込みながらも二人に目を向けた彼は意外だという表情を見せる。
「竹内!」
二人に救われた少年のもとに、彼の名前を叫びながら駆け寄る少女の姿があった。彼女は腰に下げた鞘から抜いた刀を手に彼のそばで屈みその身を案じる。そして彼女の目は、少年が見ていた泰志と愛の方へ向けられた。
その顔には見覚えがあった。真由美と直接対峙した廃工場。その時そこに彼女の姿はあった。秀と刃を交え、亮介の命を奪った少女だった。
泰志と愛と同じように、彼女もまた二人を見つめる。そこには驚きとともに警戒が含まれているようだった。
しかしそれを遮るかのように付近の物陰からさらにクローンが迫り来る。彼女は力強くも鮮やかな身のこなしでその槍をかわし斬り伏せる。彼女の攻防に目を奪われていた泰志に対し、愛が竹内と少女に向かって叫ぶ。
「後退させて!」
そう発すると彼女は隣にいた泰志の腕を叩き、迫るクローンに発砲しながら二人のそばまで走り出した。それに続いて泰志も大きく息を吸い走り出す。その光景を目の当たりにした少女は、一瞬驚きの表情を見せるもすぐに刀を鞘に納め、倒れ込んでいた竹内の肩を支えて立ち上がった。
響き続ける銃声に引き寄せられて無数のクローンが迫る。そのスピードに対して、負傷した竹内とそれを抱える少女は一歩ずつ確実に歩を進める。愛の弾倉が先に尽きる。
「装填!」
以前にも増して彼女の合図の声は大きい。それを聞き取った泰志は、攻撃を愛側のクローンにも向ける。しかしそれは特異なクローンの足取りに翻弄され、ことごとく外れる。やがて彼の弾倉も尽き焦りを見せた瞬間、彼女は弾倉交換を完了させ再び弾を放った。
泰志が慣れない手つきでようやく弾倉交換を終えた頃には、クローンの数は指で数えられる程度しか残っていなかった。しかしそれでも、何かに引き寄せられるかのように槍を持ち襲いかかって来る。泰志は呼吸を整えながら弾を命中させ、ひとまずクローンの襲撃を免れた。
尽きかけた弾倉を落ち着いた手つきで交換しながら愛は二人の方を向いた。痛みと疲労から苦しそうな表情をする竹内を壁際で肩から下ろした後、少女もまた二人に目を向けた。
愛は彼女を見つめたまま拳銃をホルスターに収める。一方泰志はしばらく周囲を警戒し銃を軽く構えていたが、二人の様子を見て何かを察したかのように銃を下ろした。
「礼は言う。でもどうして助けたの?」
少女は無表情のまま二人に尋ねる。その言葉には、この場で感じた不思議さの他に、以前の彼らの行動に対しての疑問の答えも求めているような気がした。
「だって、困ってたでしょ?」
愛はどこか嫌味っぽさを含みながらも、冗談めいた表情で言った。しかしその回答に少女は納得していない様子だった。
「本当の理由は何?」
彼女は目を少しだけ細めながら愛から泰志へと視線を移した。泰志は一瞬愛に目を向ける。彼女は、言ってしまえと言わんばかりに首を傾げながら彼にほんの少し微笑みかける。
「遠藤真由美がどこにいるのか知りたい」
彼は真由美の名前を直接出した。以前に真由美と共に二人の前に立ちはだかった彼女なら、これだけで伝わるだろうと踏んでいた。彼女はすぐには口を開かない。目線が少しだけ下に下がった。しかしその後、息を大きく吸って吐くと口を開いた。
「彼女はここにはいない。あなたたち、彼女の何なの?」
彼女の表情からは敵の情報を探ろうなどという目的がほとんど感じられなかった。彼女は自分自身の興味である、以前廃工場で彼らが見せた真由美への戦場では到底考えられない行為に対しての答えを本気で求めているようだった。その彼女の姿勢を珍しく思った竹内が、痛む体を無理やり起こしながら口を開いた。
「…こいつらか?…お前が言ってた変な奴らってのは」
泰志と愛は彼に目を向ける。彼は肩で息をしながらなおも右手で左腕を押さえていながらも、面白いものを見るかのような表情で二人に目を向けている。彼女は少し間を置き、小さく『ええ』と答えた
泰志は彼女の冷たい眼差しを見つめながら、しばらく考え込んだ。彼にとっては答えを探すためのわずかな時間だったが、彼女にはそれで十分だった。
「答えられないならいいわ」
彼女はそう言うと竹内のいる方を向きながら静かに、しかし少し足早に歩きだした
彼女の遠ざかる姿に焦りを感じた泰志は、整理のつかないまま慌てて口を開く。
「あいつは幼馴染なんだ」
彼が叫ぶように発した言葉に彼女は足を止めた。
「もっとましな嘘は付けないの?」
泰志の方を振り向くことなく彼女は吐き捨てるように言った。その様子を見ていた竹内は、うつむいて少しの笑みを浮かべながら吹き出す。その様子を見た泰志ははっと我に返る。この世界に来る前の記憶がないことが当然である人たちに対して、ましてや互いに争う陣営同士である相手に対して、最も相応しくない言葉を選んでしまった。それゆえに二人の言葉も表情も納得のいくものだった。彼女は再び歩き出す。その足取りには、かすかな怒りがにじんでいるように見えた。
しかし自分の失敗を悔やんでいる余裕すら、泰志にはなかった。
「あいつを連れて元の世界に戻らなきゃいけないんだ」
彼はその言葉さえも彼女がまともに受け止めてくれるとは思えなかった。しかし彼にはもはやこう伝えるほか思いつかなかった。背中を向ける彼女に見えない視線を送り続ける。彼の言葉に彼女は足を止めることはなかったが、竹内は不思議そうな表情をしてつぶやいた。
「"元の世界"ってなんだ?」
彼の思わぬつぶやきに、微かな突破口を見出した泰志はさらに言葉を続ける。
「俺やあいつは、この世界に居続けるべきじゃないんだ」
竹内の表情はなおも不思議そうに泰志に向けられていたが、少女はその言葉に反応し再び足を止めた。しかし今度はどこか先程と様子が違う。
「じゃあなに?私たちはあなたや彼女と違って"こんな世界に居続けるのが相応しい"とでも言うの?」
泰志の方を振り向いた彼女の表情は、かつて廃工場で泰志に向けられた真由美の冷たい視線を彷彿とさせた。
泰志にはそれ以上成す術がなかった。呆然と立ち尽くす彼に向けていた視線を逸らした彼女は、不思議そうな表情を残す竹内の肩を抱えて立ち上がろうとする。その時彼女は不意に口を開いた。
「お礼に少しだけ知ってることを二つ話す。一つは、最近クローンの活動範囲が以前にも増して広がってる。それから二つ目。…遠藤さんはあなたやあのライフルを捨てた子のことを憎んでる。私たちの想像もつかないほどに…。」
そう言い残し、彼女は竹内を抱えて立ち上がり歩き始めた。しかし竹内は抱えられながらも、何やら気になることがある様子で周囲を見渡していた。
「おい木ノ本、はぐれたあいつはどうする?」
「放っておいても問題ないと思う」
泰志は、少女の名前が木ノ本だと知ったものの、これ以上言葉をかけることはしなかった。彼女の言葉について考えるあまり、遠ざかっていく二人の背中さえ気にならなくなっていた。




