更生
泰志と愛の足取りは一見希望に満ちていたが、その内側には傍からは見えない重みがのしかかっていた。泰志はうつむきながら、その足を再び基地の出入り口へと進める。重さによって少し下がった彼の背中を見ながら歩いていた愛は、優しい口調で口を開く。
「私ね、ここに戻される時に不思議なことがあったの」
彼女のいつもと異なる雰囲気に彼は足を止めて振り返る。彼女の表情から少なくともその出来事は彼女にとって悪いものではなかったのだと察した。
「この世界に来た時からそんな人会ったこともないのに、なんだか大切な人がいて、その人も私のことを大切にしてくれてた気がするの」
彼女の表情はうつむきながらも、どこか遠い記憶の先にある存在に心ときめかせているようだった。
「…って、可笑しいよね!ここに来る前の記憶はないんだし。ひょっとして上川くんのことなのかな?」
彼女は場を和ますように冗談を重ねて彼のことをからかった。
「たぶん、違うんじゃないか?」
彼は表情を隠すように振り向きながらつぶやき、再び歩き始めた。その表情を少しにやけながら見届けた彼女は遅れて歩き出す。
「まぁ確かに、上川君に優しくされたことない気がするし!」
彼女は彼が背中を向けているのをいいことに、顔のにやけを強めながら声を大きくして言った。
彼女の軽口に嫌気がさしたかのようにしばらく黙って歩いていた泰志は、急に前を向いたまま口を開いた。
「なあ…なんでそこまで助けてくれるんだ?」
彼は以前から、特に廃工場で真由美と初めて直接対峙した時の彼女の対応から抱えていた疑問を彼女にぶつけた。いくら命が複数あるとはいえ、"おかしな"二人の"おかしな"話に乗っかり、彼女たちをはじめとしたこの世界の住人にとっては理解しがたい奇行を前にして自らの命を懸ける彼女の姿は、当の泰志にとってはそれこそ"おかしなもの"として映っていた。もちろん彼女の行為自体は彼にとって大変に助けになるものであり、今となっては物凄く幸運なことだったと彼自身も感じている。ゆえにこの質問をすることで彼女の貴重な助けすら得られなくなるのではないかと彼は不安でいた。しかし彼女の「大切な人」の話を聞いた彼は、そこに何かしらの理由があるのでないかと考え思い切って聞いてみることにした。
愛はその質問を、まるで予想していなかったかのように急に静かになった。しかしそれに対して泰志は足を止めて振り返ることはしない。
「もしかして上川くん、私のことからかってる?」
彼女はわざとらしい笑みを浮かべながら泰志に歩み寄りつぶやいた。彼もまたその答えに対して想像していなかったために少し体をのけぞらせるようにして抜かしてくる彼女を見ていた。彼女が少し前を歩き出したその時再び口を開いた。
「本当はね、今回に限らずさっき言ったことが何度かあったの。この世界に来たばかりで戦いにも慣れていなくて眠ることすら怖かった。でもその時初めてその光景を見たの。今でもその人が誰なのか分からないけど、決まって私が辛かったり苦しかったりする時に来てくれるの。もうその人に助けてもらいっぱなし。だから私もその人が私にしてくれたように、誰かの助けになりたいって思ったの。あの人ならきっとそうするかなって」
彼女は正体の分からないその人物に優しさと希望を重ねこの混沌とした世界を生き抜いてきていた。彼女が妙に明るいことについても、泰志はこの時妙に納得した。
彼女に優しさを与えた人物について知ることはできない。しかし今の二人もまたその人物に支えられているのではないか。泰志と愛は話した後微かに気力が湧いてきた気がしていた。
入り口付近に到着した頃、泰志は真由美や竜二たちを探しに行くにあたって重要なことを見失っていたことに気が付いた。最初に向かった際には五人のメンバーだった。愛や秀、亮介といった実力のある者たちが運よく加わり泰志と竜二の無謀ともいえる行いをサポートしてくれた。しかし、入り口から差し込む外の日差しを目にした時、彼らがいないという現実が一気に押し寄せる。五人でも無理だったことを二人となった今行えるはずもない。仲間を失った経験は、ここに来て日の浅い泰志でさえも容易に想像できた。
かといって、"革命軍の精鋭部隊を殲滅しに行く"も全滅し、再度向かおうとする者に手を貸そうとする者が到底現れるとも思えない。意志だけではついてくる者は現れないと、泰志は自身の無力さを痛感した。
「たぶん、仲間は増えないと思う」
「そうね…」
彼の絶望の気持ちをすでに察していたかのように愛は答える。うつむき悲しみ考える彼の姿を見ていた彼女はもらった優しさを早速振りまいた。
「二人でもいいんじゃない?かえって目立たないかもしれないし」
彼女は冗談交じりな笑顔で泰志に語り掛ける。しかしその首の残り二つの印がその時妙に目についた。
しかし彼女の冗談交じりの案も一概にはないとは言えなかった。秀や亮介のような実力者をもってしても敵わなかったほどの相手に対し、これ以上の戦力をもって向かうことは限りなく不可能だった。ゆえに戦力を増やすという視点を完全に捨て去り、隠密というそれらしい理由にシフトすることは、非常に合理的だった。唯一の同行者である愛には実力もある。今の泰志には、これ以上を望むことそのものが真由美から遠ざかる行為のように思えてならなかった。
「そうだな。二人で行こう」
考え込んだ後泰志は入口の光を見つめながら答えた。その目には寂しさと決意が入り混じっていた。
一方愛はその答えを聞き、意外そうな表情をする。顔を上げた彼の横顔をしばらく見つめた後、彼女は再び笑顔を見せる。
「おやおや?決意新たにしたっていうのに真っ先に他の女の子と"デート"しちゃっていいのかな?」
そう言ってにやける彼女の方へ振り向いた泰志だったが、彼女の笑顔を見た途端に彼もほんの少しにやけた。それを見た愛は不思議そうに彼を観察するように覗き込む。
「お前がデートしたいってことか?」
彼の予想外の返答に、愛は少しの間固まっていた。
二人は入口の前で再度装備を確認する。以前は一つ一つの確認に対して時間をかけることはなかった。それは泰志がこの世界に来て間もなかったことから経験が今よりも浅く、愛は泰志と竜二を率いるという立場を担う経験者だったという理由がある。しかし今回二人が装備を確かめる表情と手つきはそれとは違っていた。互いに経験を積んだというのに一つ一つを見つめながら丁寧に確認し詰めていく。二人の瞳にはその一つ一つがもう会うことのできない仲間のように思えてならない。ここにはもう戻って来られない。そんな予感が彼らの頭を支配していた。ようやく全てを確認し終えた二人は大きく吸った息に対して小さく吐き出し、悲しみと謎の待ち受ける世界へ歩み始めた。




