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少年戦争  作者: Mittsu
10/34

履行

 目を覚ますとそこは見たことのある天井だった。以前に暗闇の中ランタンの光に照らされていた景色は、陽の光に照らされて見知らぬ場所のようにまた違う雰囲気を出していた。


 ソファーを力無く押して起き上がった泰志は、ふと同じ室内のベッドに目を向ける。あの日はそこに竜二の姿があった。この世界と真由美について話す姿が、まだ思い浮かべられる。


 彼はうっすらと気が付いていた。竜二は真由美に対し、幼馴染以上の感情を持っているのではないかと。しかし彼の姿がそこにない以上、今となっては知る由もない。もっともいたとしても、泰志が彼に対してそのことについて確認できるかと言われれば、それはまた別の問題である。


 幼馴染として、同級生としてではない。泰志もまた、彼の抱いているであろう想いと同じものを自身の中に微かに感じていたからだ。


 泰志はそれを知るのが怖かった。それは竜二もまた同じかもしれない。竜二の気持ちを尊重して言わなかったという綺麗な言い訳が頭をよぎる。しかし彼は死の直前まで真由美に自身の気持ちを伝えた。そのことを考えた時、綺麗な言い訳すら思い浮かべることができなくなった。


 部屋の鏡に陽の光が反射して目に差し込んでくる。片目を軽く閉じ自分の姿に目をやる。首の三つあった印が二つに減っていた。自分には後これしか猶予がない。そう感じながら泰志は首筋の印を指で優しくなぞっていた。


 かつての仲間達の姿を探しに、泰志は部屋を出て施設内を歩き始めた。命を失った者は復活した時、定められた陣営の基地内に転移することを彼はこの時自らの体をもって実感した。


 見知った顔もいれば初めての顔もいる。しかしその中にかつて彼を支えた存在はなかった。真由美を探しに出発する時の彼らの顔を思い浮かべる。その首筋には少なくとも皆二つ以上印があったように思う。


 自分より早く目を覚ましてどこかに行ってしまった。自分が先に目を覚まし先走ってしまっている。そんな"都合の良い可能性"が先に頭をよぎるが、すぐにそれは別の可能性で押し潰される。記憶を失い革命軍として生きている。生きていることを喜ぶ気持ちの裏側で、そんな彼らと命の奪い合いをするのかと思うと、彼は部屋に置いてある自身の銃を拾い上げることを躊躇った。


 彼は自身の銃を見つめる。かつて拾い上げることができなかった他人の武器。そんな風にこの銃も今の自分には持ち上げることさえできない。仕舞いにはそんなことまで考えるようになってしまっていた。


 その時、銃を前に手を出して立ち尽くす泰志の前に部屋の扉を開けて入ってくる者がいた。彼はその音を聞き自身の姿を隠すように真後ろを振り向く。


 愛が扉に手をかけてこちらを見つめていた。泰志の崩れかけていた決意を支える感情の柱があと一歩のところで踏みとどまった。


 「宮本…?」


 「上川くん…じゃなくて王子様、元気?」


 彼女は静かに、しかし優しく彼に微笑みながらつぶやいた。彼女の首にはあと一つの印が刻まれていた。


 「私も話に聞いてただけだから、実際に復活した時はどうしたらいいか分からなかったよ」


 まだ日差しの差し込む部屋の中、互いにソファーに腰掛けながら愛は口を開いた。彼女の泰志との記憶は失われてはいないようだった。


 「竜二や城崎、五十嵐のことは見てないよな?」


 泰志はそう問いかけた後、自身の過ちに気付くかのようにうつむいた。記憶に関して異例の存在である自身に対して彼女は例に則った存在。それゆえに彼女が同じ陣営で復活し自身のことを覚えているからといって、三人のことまで覚えているとは限らないと考えた。


 「見てないよ…。私もしばらく探したんだけどね。上川くんとは入れ違いになっちゃってさっき見つけたって感じなんだけどね」


 彼女はどうやら三人についての記憶を保持しており、そのことについて何も疑問を感じていない様子だった。


 彼女は明るい物言いをするものの、二人の沈んだ気持ちはそう簡単に浮かんではこなかった。


 「あの時は聞けなかったんだけどさ、どうしてその遠藤さんって子に二人ともあそこまで必死になれたの?」


 その質問は泰志の心の中へ、彼女も意図していなかったほどに深く入り込んだ。それゆえに彼は返答に戸惑う。真由美を知る竜二という存在も、亮介という冗談で場を収める可能性のある存在も今はない。彼のその様子を見た愛は何かを察したかのようにさらに問いかける。


 「あの子のこと好きなの?」


 彼女はその質問が、彼にさらなる苦悩を与えることを知りながらも、彼の顔を少し覗き込みながら表情を確かめる。


 悩む時間が増えるほどに答えを語っているものになってしまうと彼は考え始めた。うつむき視線少し逸らす自分にさらに目線で詰め寄る彼女にはそうした魂胆もあるのだと。そして彼は意を決した。


 「昔あいつの家に竜二と行った時に竜二が転けて怪我したんだ。それをあいつが治療してるのを見て、羨ましいと思った」


 それは三人が小学校高学年の頃に起きた些細な出来事だった。しかし彼の中にはずっと竜二を気遣い慣れない手つきで手当する真由美の姿が刻み込まれていた。その時の彼女の表情は、最後に見た冷え切ったものとはまるで比べ物にならないほどに、彼には魅力的に見えた。


 彼を揶揄うように覗き込んでいた愛は、ゆっくりと元の姿勢に戻っていった。その表情には、どこか納得したような清らかさがのぞいている。


 「古谷くんも一緒の気持ちなんだ」


 彼女は明るさは保ちながらも落ち着き払ったように視線を下に向けてつぶやいた。やがて彼の気持ちを代弁するかのように立ち上がった。


 「だったら二人を探そ!」


 彼女の立ち上がる勢いに押された泰志は背もたれに倒れ掛かるようにして彼女を見上げる。泰志は彼女の目にかつての真由美の優しさを見たような気がした。しかし彼女の前向きさとは裏腹に、泰志の中には現実的な事実がのしかかってくる。


 「でもあれだけやってもあいつには届かなかった」


 その事実は彼が一番身に染みて感じていた。


 彼女はその言葉を聞き我に帰ったかのようにうつむき明るさを弱める。しかしその時記憶の片隅にあったある存在が無意識に頭をよぎり言葉となって見えない姿を現した。


 「MOTHER…」


 泰志に加え、言葉を発した彼女自身もそれを不思議に思い互いに目を見合わせる。


 世界の根幹に関わる存在。その正体が果たして何であるのか二人には分からなかった。しかしこの考えることさえ苦しみに繋がる問題に対して答えを求めることができるとすれば、その存在しかないと泰志も思い始めていた。


 「そのMOTHERについて、情報は他に手に入らないか?」


 この世界での経験が長い愛が、その存在の有無程度しか知らなかったことを考えた泰志は、ほとんど望みを託さずにそう言った。しかし、彼女の答えは意外なものだった。


 「この場所に、もしかしたらその情報が得られるかもしれない場所があるよ」


 泰志はそれを聞き、微かに希望に満ちた眼差しを彼女に向ける。しかしそれとは対照的に、彼女の表情には先程までの明るささえもない不安が見えていた。


 愛は不安な表情を残しつつも、泰志とともにその場所へ向かっていた。彼の知らない基地の深部。先程まで見かけていた通行人やたむろする人々の姿はなくなっていた。日差しは届かず壁は黒ずみどんよりとした空気が彼の不安感を加速させる。


 「上川くんはまだここに来たばっかりだけどさ、自分の命が最後の一つになった時どんな気持ちになるか…考えたことある?」


 ただでさえ高まる不安な気持ちをさらに煽るかのように、愛は目的地へ向かって歩きながら彼に尋ねた。彼女の後ろに付いて歩いていた泰志は、振り向かずに話す彼女に微かな恐怖を抱きながらも歩き続ける。


 彼が質問に答える前にその扉は見えた。周囲の朽ちかけた内装に似つかわしくないほどに頑強な扉を彼女は力を込めて押し開けた。周囲の空気よりもさらに重い扉が不穏な軋み音を立てながらゆっくりと開く。


 「ここはね…そんな"残りの命"に縛られた人達の居場所…」


 彼女がそう言いながら泰志に見せた光景に、彼は呆然と立ち尽くした。


 恐怖に震え、武器を捨て、戦うことを諦めた少年少女たちが、薄暗い部屋を埋め尽くしていた。


 「田島くんたちは、ここのことを"臆病者の住処"なんて呼んで面白がってたけど、私はそうは思わない…。誰だって消えてなくなるのは怖いに決まってる。そんな恐怖は突然来るんだよきっと。私だってここに来たいって思うようになるかもしれない」


 愛は優しくそして悲しく真実を話した。その言葉には、彼女が秘めていた恐怖や不安をようやく吐き出すことができたという晴れやかさがあるような気がした。しかし彼女はうつむく。


 「でも本当はね、上川くんには教えるべきじゃないと思ったの。あなたの心を折っちゃうんじゃないかって」


 彼女はようやくその悲しさを含めた表情を泰志に向けて言った。それを見た彼は一度うつむくものの、その顔を再び目の前の光景に向けた。


 「手がかりを探そう…」


 彼はそう言うと、当てもないままに室内へ足を踏み入れた。


 体を丸めて座り込む者、無気力に寝そべる者、彼らの作り出すほんのわずかな床の見える隙間を踏みながら二人は歩み続ける。部屋の中の彼らからすれば異様に見える二人に対して、恐怖の表情を見せる者さえいた。そんな者のそばを通る時は、二人は無意識に歩みを速めた。


 そんな中泰志はふと、この部屋の中の者たちに優しく語りかけている少年を発見する。彼はうつむく少年の肩に優しく手を添えながら、何やら話している。不思議に思った二人は彼のもとへ歩み寄る。


 「あの」


 泰志は様子を伺うように体を倒して短く声をかけた。少年は泰志へと目を向けると、優しくも悲しみを拭いきれていない笑みを浮かべ彼のもとへ近付いてきた。


 「やあ…誰かさがしているのかい?」


 彼の優しさは一見すると泰志たちに向けられているかのようだったが、その声の押さえ具合からして周囲の者たちへの優しさも含んでいた。


 「この世界について詳しい情報を持ってる人がいないか探してるんだけど…」


 彼に合わせるように泰志も声を抑えて問いかけた。その問いかけに対して彼は優しく微笑んだ。


 「心当たりがあるよ。でも無理に聞き出そうとはしないって約束してくれるかな?」


 二人は彼の優しい口調にどこか恐ろしさを覚えた。


 しばらく彼に案内されて歩いた二人は、布団に包まり壁に寄りかかって座る一人の少年のもとに導かれた。その少年は無気力な眼差しで三人を見上げた。案内してくれた少年は二人に目で合図した後他の少年のもとへと歩き去っていった。


 泰志は肩から下げた銃が少年の前に垂れ下がらないように腕で捲り上げながら、少年の前にしゃがみ込んだ。愛も落ち着いた表情で隣に座る。


 「お願いがあるの。MOTHERについて何か知っていることがあれば教えてほしいの」


 塞ぎ込む少年に対して、愛が柔らかく優しい口調で問いかける。少年は"MOTHER"という言葉に反応するかのように少しだけ顔を起こした。


 「…どうして?」


 少年は今にも潰れそうな声を絞り出した。


 二人は顔を見合わせ躊躇するも、顔を再び沈めようとする少年の姿を見た泰志が口を開いた。


 「俺にはこの世界から連れて帰りたい人がいる。その人を助けるためにこの世界について…MOTHERについて知る必要があるんだ」


 泰志は決意を固めて整理した言葉で優しく彼に言った。すると少年は泰志のその言葉に強く反応を示した。


 「君も…解放者なのか?!」


 初めて耳にするその言葉に二人は疑問の表情を浮かべながら互いに顔を見合わせる。


 「解放者?」


 たまらず愛は少年に言葉の意味を問いかけた。少年は少しのためらいを見せたものの、すぐに泰志に向かって口を開いた。


 「僕にはこの世界に来る前の記憶があるんだよ。…君もそうなんだろう?」


 次第に潰れていた声に力を取り戻してきた彼の言葉に二人は驚愕した。


 「ああ、俺にも、一緒にこの世界に来た友達にも元の世界の記憶がある」


 泰志は、失われていた光が微かに灯り始めた彼の目を見てはっきりと答えた。その言葉には彼が答えを求めているという信念が込められていた。それは見事に少年に届いた。


 「MOTHERはこの世界の仕組みを制御する者。それと同時に、この世界に戦争を巻き起こした元凶でもある存在。そんな"彼女"が意思を持ってこの世界に導いた存在…それが解放者なんだよ」


 初めは勢いに乗っていた少年の語り口は、なぜか終いの頃には弱まっていた。だが見るからに彼の表情に嘘は感じられなかった。二人はすぐには彼の言葉を理解することができなかったが、MOTHERの存在に次いで、泰志は自身と同じ境遇の彼に強く興味を持った。


 「君はどうやってここに?」


 「陸軍士官学校に入学できることが決まった喜びで自分の教室を駆け回っていたら、見慣れない四角い物体があったから触った…。そうしたらこの世界に居たんだ」


 「りくぐんしかん…学校?」


 泰志は自身と同じ高校生かと思いながらもどこか不思議な表情でつぶやく。


 行く先々で謎が増える泰志は次第に求める答えに貪欲になっていく。


 「MOTHER以外でこの世界について知っていることを教えてほしい」


 泰志の口調は少しずつ早まっていく。そんな彼に急かされ怯むように少年の語り口は徐々に力を失いながらも語る。


 「君以外にも何人か解放者に会ったことがある…だが皆死んだ…死んだら何も残らない…それが恐ろしい…!」


 少年は次第に体を震わせ始めた。その様子を見た泰志は我に帰り愛と顔を見合わせた。彼は反省を込めて声を弱めた。


 「ごめん。もう大丈夫。俺が…俺たちがなんとかするから」


 少年を落ち着かせるために発した言葉は、次第にその重さを帯び始めた。泰志はその重みを胸に部屋を後にした。

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