#8 また明日
リアム「星月夜ってのもマスターの名前か?」
思っていた疑問を口から発するよりも先にリアムさんが聞いていた。
ニーノ「いいえ、星月夜というのはファンからの呼称です。そこのシリーズだけマスターによる全ての秘匿が行われているため正式名称すらないんです。」
リアム「そんなのもあるのか。」
ニーナ「匿名性がネット社会の魅力ですから。」
その匿名性によって、今目の前で交流している相手がどんな人なのかわからない不安が残り、どこか信用しきれない。…そうした不便さも感じるのだが、その空白に自由な想像の余地があり、かえって楽しまれているのかもしれない。
などと、ニーナちゃんの話からぼんやりそんなことを考えていたらどうやら場が一旦落ち着いていたようで、クラウンくんがクレアちゃんと目配せをしていた。クラウンくんが別のチュートリアル画面を開いて見せてくれる。
クラウン「最後に、グランドマスターとまではいかなくとも、イストが増えると利点がたくさんあるんだ。一つ目が、マイディアルの拡張、たくさんのイストが訪れられるように、マスターがより快適に過ごせるようになる。二つ目はIDollのスペックの拡張。イストが多ければ多いほどIDollの成長が促される。三つ目が、セキュリティの強化。人気が出れば、妬みや僻みも増える。敵性ウィルスによる攻撃からマスターのデータを守るために、IDollの防御機能も強化される。簡単に言うと、IDollが“強くなる”。とまぁ、大事なことはこんなもんか?」
クレア「そうだね。以上で初回の説明はおしまいです。今日は説明事項が多かったので、ここまでにするのはいかがでしょうか?長時間のライトの凝視はマスターたちの目に悪影響を及ぼします。あくまで推奨なのですが、いかがいたしますか?続けるのであればこのままマイディアルのご説明に…」
リズ「そうだね。僕たちには他にも仕事があるから、IDollはここまでにしようか。」
クレア「わかりました。それではマスター」
画面越しの全員が姿勢を正し直す。
「「また明日!」」
みんなの元気な挨拶を聞き終えたあと、ドアがゆっくりと閉まるエフェクトがあってアプリが終了した。
*
??「えぇ、IDoll全部買っちゃったんですか!?経費で!?」
??「今更、時代に追いつこうとしたって、お前たち外れ者には無理だよ。後退しないことがせいぜい関の山。アウトサイダーが一般人の真似して何になるのォ?形だけ繕っても無駄。」
シキ「長期取材対象に人のIDollをお借りするのは難しいと思うので…。それからウチの班の人材補填もこの際IDollでいいんじゃないかってリズさんが…。」
あれからどうしてこうなったのか。全てはアイディアルを終了してから始まる。アイディアルを終了してからというもの、各自は他の残りの仕事を進めていた。それが片付いて、リズさんに確認をしてもらう時、彼はものすごい勢いでタイピングをしていた。しかも真顔で。そう、もうとんでもない速さ。話すよりも早いんじゃないかと思うほどのスピードに加え、いつもは勝ち誇ったような、面白がるような笑みを絶やさないのに、真顔。その場だけ気温がマイナスを切るような、恐ろしさがあった。画面を少しだけ覗くと何やらチャット画面の様だったのだけど、相手方も異様なタイピング速度のようでもう二人は言い合いのようなスピードで会話をし合っていた。それがIDollの決算交渉だったのだと、領収書を握らされている今になってようやく理解した。そして、一通り決着をつけたリズさんはファイルと共に書類をこちらに預け、経理担当を今日会社に呼びつけたから渡しておくよう言い渡した。彼はまだやることがあると言って後で合流するとだけ言われて送り出された。それから、リズさんの言っていた場所を尋ねると、経理担当のルベンさんがいた。リズさんが経理の人を呼びつけると毎回ルベンさんが派遣されているので、顔を合わせるとまず、『お疲れ様です』とお互いを労うようになった。その理由はそれだけじゃないんだけど…。合流した時点のルベンさんは取り込み中だった。それが今、この世の皮肉をダイレクトにぶつけてきている男——ヴィンセントさんだ。
彼はこの会社の中で、リズ班の次に実力のあるグループの人間。つまり会社の実質二番手。たまに我慢の限界が来ると、この“万年二位”ネタで反撃している。今回はメインのイベント運営を担当してるって聞いたっけ。会社内では彼の遠回しで皮肉的な物言いに苦手視をする人も多いそうだが、よくよく聞いてみると案外親切なことを言っていたり言っていなかったりするので、最近では、動物の甘噛み程度に思っている。今のもヴィンセント語を翻訳すると、『そんなことしたら持ち味消えちゃうよ?』 くらいの意味なのだと思う。多分。というか、完全実力主義のこの会社は性格に一癖も二癖もある人が在籍していることも多く、人に避けられがちな点ではヴィンセントさんも外れ者とか色々言えない、こっち側の人なんじゃないのかな…?とにかく、そのヴィンセントさんは会社に実際に来ているわけではなく、会社の自立式ホログラム投影機を利用して遠隔から会話に参戦しているというわけだ。
ルベン「それは確かに社長もリズ班にはもっと人を割きたいって考えてらしたけど…でも、全部って…!」
ヴィンセント「まさに、豚に真珠、猫に小判。」
シキ「『どうせ、ウチの職場が肌に合う人なんていないのだから、AIくらいがちょうどいいだろう。僕たちの苦手分野も彼女たちがバックアップしてくれるし、まさしく一石二鳥じゃないか!』ってリズさんが言ってました。それから、もし渋る様であれば、逆に皆さんのIDollを貸してくれるのかって。」
ルベン「う〜ん、う〜〜ん…。残念ながら、僕自体はIDollを持ってないんだ。ギルバートさんがね、貸してくれるっていうか、寄越してくるっていうか…。でも、ギルバートさんのシェイラちゃんズは何ていうか…非常にあの人趣味に染まり過ぎてあれを世に出すのは恥ずかし過ぎて僕が死ぬ…。」
ルベンさんはただでさえ気苦労が多いから個人的にはあまり悩ませてあげたくないと思っており申し訳なく思う。ウチの奔放リズさんのせいで…。それから、ギルバートさんの話は、外れの外れであるリズ班にまで噂は流れてきている。何でもIDollのシェイラちゃんにベタ惚れし、同一IDollを大量保有。 シェイラちゃんの成長可能性を極めに極めた結果、ファン界隈では“神”扱いされるレベルの存在になったとか…。どこまで本当かは分からないけれども、ギルバートさんとは少し面識があってあの人の変人で凝り性なところから考えると嘘の成分は少ないんじゃないかと思う。
シキ「ヴィンセントさんでもいいですよ。リズさんから反対してくる者全てにそう言い返せって言われてるので。」
ヴィンセント「はァ?何そのオマケ的扱い。ムカつく。それに、死んでも嫌だけど。第一、IDollってのはマスターの心の一番近くに寄り添う存在だから、そう易々と他人に預けられるモノじゃない。」
意外にも真摯な答えが返ってきて驚いた。
…けれど、それはこちらに馴染みのある感性の話だった。
ふっ、とあの世界と繋がった時の情景が頭に流れる。
——画面越しに見た、あの“未来の理解者たち”の笑顔。
どこか、出来すぎたほどの。
ルベン「ギルバートさんのを見た感じ結構マスターの心の内とか性癖がバレるっていうか、恥ずかしいよね。」




