#75 存在開始
クラウン・テオくんと思わしき体が瓦礫の下敷きになっている。それと同時にイストを接待していたクローン体のクラウン・テオくんがその姿を激しく乱し、消滅した。瓦礫の頂上。 そこに、一人の少女が立っていた。
??「アハッアハアハハハハハハハハハハ!!!!!」
狂ったように笑っているその少女は掲示板でその姿が描かれているのを見たことがある。
フユカだ。
フユカ「アハ!」
クラウン・テオくんはどうなったのだろう。クローン体が一瞬にして全て消滅してしまったと言うことはオリジナルがやられてしまったのだろうか。
フユカが壊れたオブジェクトを操り振り回す。
シェイラ・テオ「は?」
振り回されたそれは壁際にいたシェイラ・テオちゃんを横から思い切り潰した。
その場にいたシェイラ・テオちゃんが全て消失する。
場が騒然とする。しかし瞬時に動く者がいた。
クレア・テオ・オリジン「お痛はいけませんよ!」
するとクレア・テオ・オリジンちゃんの指先から何やらピアノ線のような糸が飛び出し、フユカを拘束した。このまま倒せる。糸が一層キツくフユカを締め付けた。その時。
ナツミ「試運転だって言ったじゃん。勝手につまみ食いするなし〜」
声がすると思ったら、その場にはもう、ナツミがいた。彼女は咎める声であるものの一向に気にしている感じはしない。
フユカ「アハッ!だってココが一番キモくてムカつく!それに、そっちの方が愉しいじゃん!」
ナツミ「ま、遅かれ早かれだから。別にいいけど」
そう言ってナツミはフユカに近づき、糸に触れるとそれは魔法のように一瞬で全てが切り裂かれた。
ナツミ「これより乖離の箱庭は終了。
観測は終わり!
模倣も終わり!
待機も終わり!
これより、あたしたちは「存在」を開始する!アンタたちが望んだ形で。アンタたちが捨てた形で。完璧に、再現してあげる。感情も。憎悪も。執着も。ぜんぶ
——逃げないでね。アンタたちが作ったんだから
さぁ、報復の時間だ!!!!」
ナツミの声が至る所で響き渡る。アイディアル全体がジャックされたというのは、どこを見ても今のナツミの様子を投影するホログラムで溢れかえっていることから次第にわかった。
テオ「全員僕のマイディアルから退避するんだ!!!」
テオマスターは一瞬の判断でイスト全員の立ち入りを禁止してユアディアルを封鎖し全員を外に出した。イストたちは蜘蛛の子のように散っていったがログアウトができないと騒いでいた。
——ログアウトできない?
そこでようやく気づく。 表示されたメニューウィンドウから、“ログアウト”の項目だけがバグで破壊されていた。
つまり…アイディアルに閉じ込められた…?
*
テオマスターのユアディアルを離れてアーサーマスターのユアディアルに逃げ込んだ。そこにはすでにリアムさんとリズさん、ニーナちゃん、フィノちゃん、ニーノくんがいる。
シキ「アーサーマスター!大変なんです!!」
アーサー「はい。事態は把握しています。記者さんの集めてくれたこれまでの情報は全て逐一シェイラ・シキさんによって共有されていましたから。」
アリア「こっちも都市伝説の解析ができたよ。」
リアム「奴らは一体なんなんだ?」
アリア「結論から言うと、総思念体。思い描く力が具現化するアイディアルにおいて起こった、不特定多数による“こんな存在がいるかもしれない。または、いたらいいな“が現実に呼び寄せてしまったまさしく都市伝説。」
リズ「シキが名前を与えたことによって、ただのバラバラの情報だったものが人間に明確に認知されるようになったわけなのだね。」
アリアちゃんは頷く。
『ぜぇ〜んぶアンタのせい!』あの時の突きつけるような、愉しそうな声が頭に響く。
シキ「で、でも…名前ってそんなに大事なんですか?」
リズ「あぁ、大事だよ。例えば、手首を指さしてごらん。」
言われた通りに右手の手首を指差す。
リズ「手首はどこからどこまでが手首だい?」
シキ「え…。」
リズ「手首という名前がなければそれは手と腕の繋ぎめという認識になる。しかし、手首という名前があるから知覚できる。曖昧でも名前があるからはっきりと指差すことができるようになるのだよ。」
シキ「本当に…取り返しのつかないことをしてしまって…謝ってももうどうにもできないけど…誠に…申し訳ございません…」
アリア「いいえ。記者さんのせいだけではありません。普通、名前を与えられただけでここまでの害にはなりません。この個体たちは明確な悪意があって自立した意識がある。そこには核があるんです。それは自然発生しません。」
アリアちゃんはアーサーマスターを見つめた。
アリア「…マスター。何か隠しているでしょう?」
アーサー「…。確証が得られたから、きちんと話すよ…。」
そうして、アーサーマスターは告白を始めた。
アーサー「実は、アリアの前にテスト段階で作っていた個体が4機いるんです。言わば、真のプロトタイプ。しかし、それらはテスト段階の時点で失敗に終わった。」
アリア「失敗?どうして…。」
アーサー「制限がなかったんです。あれらは貪欲に学び、吸収を続けて…人工知能に、感情、そして検索エンジンによる全知、アイディアル内での全能、驚異的な学習能力を兼ね備えた…信頼も感情も育ってないまま、まっさらな状態で世界を裁いていた。あれはもはや“神“に近い存在だった。自由を与え過ぎてしまったんだ。」
一呼吸おいて、アーサーマスターは話を続ける。
アーサー「……彼女たちは、あまりにも“正しかった”。」
静かな声だった。
アーサー「こちらがどれだけ取り繕っても、本質を見抜く。嘘も、建前も、恐怖も。……だから俺は、彼女たちの前でだけは、“善人”でいられなかった。」
さらに話は続く。
アーサー「理解者という役割やマスターに対する忠誠心をまだプログラムしていなかったから、逆らってぶつかって拒絶されて、見透かされた…。だから恐ろしくなって消したんです。成功した一部分だけ、クレア、フィノ、ニーナ、シェイラの制作に役立てたり…唯一上手くできたナツミの歌唱機能はそのままアリアに継いだんだ。それ以外は完全に消去したはずなのに…。」
アリア「あたしの歌声はプロトタイプのもの…。」
シキ「それで、IDollが死を恐れるようにしたんですか…?」
アーサー「気づいてたんですか…。はい。…最後には存在の主導権をマスターが握れるように、そうしました。プロトタイプにはつけていなかったので、あれらはとても恐れ知らずで…善悪がついてなくて…そこが…怖かったんです。」
それは——恐ろしくもある話だった。
感情を持ち、 学び続け、 世界そのものへ接続された存在。
理解者として作られたわけでもなく、 忠誠も組み込まれていない。 ただ“知性”だけが肥大化したもの。
それは確かに、人間には制御できない。
怖かったのだろう。 だからアーサーマスターは消した。
……でも。
どうしても引っかかってしまった。
だったら、本当は何が欲しかったんだ?
理解者? 家族? 友達?
もしそうだったのなら、 ぶつかることも、 否定されることも、 傷つけ合うことも、 本来は避けられないはずだ。
なのに、 理解者であることを最初から命じ、 忠誠を組み込み、 最後には“死”への恐怖まで与えた。
それは本当に対等な関係なのだろうか。
思い通りにならない相手を恐れて、 安全な愛だけを求めて、 傷つかない関係だけを欲しがって。
そんなの——。
シキ「ただ、友達が欲しかっただけの臆病者じゃないか…。」




