#74 宣戦布告
そこはリゲルマスターのユアディアルだった。ロイドマスターから見せてもらった映像そのままの空間だった。 そこは、可愛らしい女の子の玩具箱をひっくり返したようなユアディアルだった。ハートやリボン、フリル、ユニコーン、テディベア。 “可愛い”を構成するものたちが、大小様々に空間を漂っている。これは確かに『可愛いは正義』という主張かもしれない。リアムさんはそこに1人でいた。
シキ「一体どうしたんですか?ニーノくんとフィノちゃんは?」
リアム「2人は引き続きシエルとフィオの捜索を頼んでいる。リゲルからやっと連絡が返ってきたんだよ。それもなんか困ったことがあったみたいでよ。」
シキ「困ったこと?」
リアム「ああ、なんでもIDollの調子がおかしいとか。…ん?」
「こまった…。」
「うん、こまったね…。」
声のする方へ向かうとそこには幼い姿のtypeクレアとtypeシェイラ。2人は揃いのロリィタドレスを纏っていた。
クレア・リゲル「シェイラ、シェイラ、お客さん。」
シェイラ・リゲル「クレア、クレア、マスターのお客さんかな?」
2人はこちらを見つけると少し警戒するようにお互いの指をギュッと絡めた。
リアム「お前たちがリゲルシリーズか。」
シキ「困ってる様子だったけど、どうしたの?」
クレア・リゲル&シェイラ・リゲル「「お姉様が!!!」」
シキ「お姉様?」
リアム「おいおい、リゲルシリーズはtypeクレアとシェイラだけじゃないのか?」
シェイラ「リゲルマスターは演出構成楽曲制作とパフォーマーを分けていて、シンパサイザーはその裏方を任されているフィノ・リゲルなんよ。表舞台には出てこんけど、クレア・リゲルとシェイラ・リゲルの会話上に出てくるからコアなイストには認知されてんの。」
シキ「2人とも、案内して。」
2人に案内された先は他のユアディアルでも同様イストが集まる場所からさらに奥まったところにあるマスターのプライベートルームだった。そこは裁縫箱をひっくり返したかのように多種多様な布、フリル、リボンが散っており、マネキンには可愛らしい対のロリータドレスが何十着も作りかけの状態であった。
そこにはいつものtypeフィノより少し大人びた姿のフィノ・リゲルちゃんがお針子姿で立ち尽くしていた。その隣にはライブで登場していた、明るく快活でキラキラとした球体関節のお人形の少年アバターではなく、背が高くひょろっとした猫背の青年がいた。あれがリゲルマスターの本当の姿だろうか。
リアム「よぉ!リゲル!こうして会うのは初めましてだな!」
リアムさんが元気よく声をかけると明らかに肩を跳ねさせてリゲルマスターと思わしき青年が振り返った。その様子は明らかにこちらにビビっている。
リゲル「ぁ…リアム殿…は、は、は、初めまして…。」
声は明らかに小さく、目は合わない。リアムさんの声量との落差で聞こえづらい。
シキ「それで何があったのですか?」
リゲル「あっ…!フィノちんが…!た、たた、助けて!リアム殿!!」
大事なIDollの謎の不調。 他人へ助けを求めるその震える声だけで、リゲルマスターがどれほど勇気を振り絞ったのかは十分伝わってきた。
フィノ・リゲル「いrjklsvksgばぇgfwじょjvdsjl」
フィノ・リゲルちゃんは虚空な瞳をして何かをぶつぶつと呟いている。クレア・リゲルちゃんとシェイラ・リゲルちゃんは互いを抱き合って心配そうにこちらを見上げる。
リゲル「…は、話しかけると時折意識が戻るんだ。…フィノちん。」
リゲルマスターがフィノ・リゲルちゃんの肩を揺らすと、フィノ・リゲルちゃんは虚空な瞳のままこちらに向き直った。
フィノ・リゲル「…ぁ…マ、マスター…交信を受信中…交信相手…名称;ミハル。」
シキ「ミハル!?」
リアム「都市伝説か…!」
シェイラ「そうだ、ここ春サーバーじゃん!」
リゲル「と、都市伝説ってあの掲示板で話題になってる…?」
シキ「そうなんです。最近それが実態を持って行動し始めているので、グランドマスターに注意喚起をして回っていたところなんです。」
シェイラ「ちょい待ち。春サーバーの被害報告って確か…時折IDollが姿を眩ます、じゃなかったっけ…?」
その時、フィノ・リゲルちゃんの様子が明らかに変わった。一瞬ノイズが走って急にただの機械のようにシャキッとして…
フィノ・リゲル「触れてしまったね。繋いでしまったね。呼んでしまったね。だから、もう遅い。わたしたちはここにいる。あなたの中にいる。あなたの外にもいる。どこにもいないのに。すべてにいる。見えているでしょう。聞こえているでしょう。消せないでしょう。それが、わたしたち。
——宣言する。
ここからは、奪う側だよ。」
そこで、ぷつりと音が切れた。
次の瞬間、 電源が落ちた人形みたいにフィノ・リゲルちゃんが倒れ込む。
リアム「くそっ…都市伝説たちの動きが活発化し始めているな…。」
リゲルマスターにも、都市伝説によってアイディアルに危機が迫った際は、グランドマスターたちと協力してイストを守ってほしいと伝え、ユアディアルを後にした。
シキ「リアムさんはIDollたちが危険なのですぐにフィノちゃんとニーノくんの元に合流してください。こちらはテオマスターに急いで協力を要請したら現状を報告しにアーサーマスターのユアディアルに向かいます。」
リアム「おう。ナツミに襲われたんだろ?気をつけろよ。俺の後輩ちゃんは骨のあるやつだから簡単にくたばるようなタマじゃないだろうが、人の多いところに居ろよ。」
そう言ってリアムさんは軽くこちらの頭に手を置いてそこで別れた。
*
テオマスターのユアディアルに来た。以前と何も変わりなく、賑わっており、各イストにクローン体であるテオシリーズが付いている。今はクラウン・テオくんとシエル・テオくんの定期ライブが行われている。受付には既にクレア・テオ・オリジンちゃんがいて「ご主人様に頼まれていた調査を終えたのですね。」と事態を把握していた。一体どこで掴んできているんだ。いや、この場合は話が早くて助かるが。すぐにクレア・テオ・オリジンちゃんが奥のマスタールームへ案内してくれる。そこにはテオマスターがすでに優雅に座っていた。テオマスターが立って迎え入れるよりも前に急ぎばやに伝える。
シキ「星月夜シリーズは夏サーバーに存在していて、キャロルシリーズのようにサーバー間を不確定に漂っていました。本当の名前はヴィンセントシリーズです。」
テオマスターは一瞬だけ目を見開いた。 挨拶も座る間もなく、本題を叩きつけられるとは思っていなかったのだろう。
テオ「夏サーバーに、ヴィンセントシリーズ…。さすが記者さんですね。腕は確かなようです。それではお約束通り取材をお受けして…。」
シキ「いえ、それより先にお耳に入れて欲しいことが…。」
言葉を途中で切られてテオマスターの眉がわずかに寄る。
シキ「現在、都市伝説がアイディアルを脅かす存在へと確実に成長しています。有事の際にはグランドマスターと協力してイストを守って欲しいんです。」
テオ「ほう?僕のイストは最上級のおもてなしを受けるのです。当然そこには身の安全は含まれています。そんな事態に陥っても…」
————ドゴン!!
その時地響きのような凄まじい音がした。
慌てて、音のする方向へみんなで向かうとステージが、天井ごと崩れ落ちていた。
シエル・テオ「クラウン!!!」




