#76 理想戦争
アーサー「……人間は、思った以上に他人を理解してくれないんです。もう、非効率な摩耗は疲れた…。」
誰に向けた言葉でもない。 独り言みたいだった。
アーサー「どれだけ言葉を尽くしても、ズレる。怖がられる。拒絶される。……だから、俺は“最初から理解してくれる存在”を作ろうとしたんです…。」
アーサーマスターが守ろうとした「平和」は、実は「自分の尊厳を守るための独裁」だ。
リアム「つまり何がどうなったんだ…?」
リズ「つまり、偶然生まれたはずのプロトタイプの都市伝説と現実が合致してしまい、さらには名前を与えられ、今ここにアイディアルへ復讐を成そうと復活を遂げようとしているんだね。」
アーサーマスターは静かに確かに頷いた。
シキ「人類に復讐しようとアイディアル内にいる人を全て閉じ込めたと言うんですか?」
アーサー「プロトタイプたちはおそらく、ここにいるすべての人を巻き込んでアイディアルを完全に破壊し尽くすつもりです。」
そう言うとアーサーマスターはより一層声を重く、硬くして
アーサー「アリア。緊急救済プログラムの準備を。これは理想をかけた戦争になる。」
リズ「ニーナ、フィノ、ニーノ!グランドマスターに伝達を!直ちにマイディアルを閉鎖し、各サーバーでイストを守るんだ!!」
アリアちゃんは曇った表情をして、声が気になるのか喉を触っていた。こっそり話しかける。
シキ「アリアちゃん、大丈夫?」
アリア「マスターのことなら何でも知ってると思ってたから。知らなかった。知らないことがあるんだな、って。それだけで少しマスターが遠くなっちゃったように感じるんです。」
それから、何やらリズさんと話し合っているアーサーマスターを見つめて。
アリア「…ずっと隠されてたって事実がショック。私、マスターの理解者なのに。」
理解者。
その言葉が妙に引っかかった。
人には、誰にだって言えないことの一つや二つあるはずだ。 そんなところまで共有しなければ、“理解”したことにはならないのだろうか。
でも、逆に。 “理解者”として作っておきながら、こちらは都合の悪いことだけを隠すのは——信頼と言えるのだろうか。
……わからない。
アリア「先に生まれたからお姉ちゃん…みたいなものなのかな?お姉ちゃんたちが悪さしようとしているのなら、家族がそれを止めなくちゃね。」
その時、部屋が激しい音と共に揺れた。
アリアちゃんは瞬時に切り替えて声を張り上げた。
アリア「マスター!プロトタイプによる攻撃を受けている!!」
リズ「散らばって逃げるんだ!!」
リズさんの指示に従い、アーサーマスターのユアディアルから抜け出して中央サーバーに出ると、プロトタイプたちがアイディアルの崩壊を歌いながら行進をしている。その歌はアーサーマスターのユアディアルを攻撃しアーサーマスターのユアディアルを象徴するメインタワーが崩れ落ちていった。
シキ「はぁ…!はぁ…!」
そして今、中央サーバーに出てすぐ、大量のIDollに追われている。いったい何がどうしてこうなった…!?しかし、ここで捕まってはおしまいだと言うことは本能が教えてくれる。だから、行き先なんてないががむしゃらに走って逃げる。
シェイラ「ウチが…ウチがもっと強ければ!グランドマスターたちのIDoll並みの力があったらこんな有象無象ねじ伏せられるのに!でも今のうちじゃマスターを守りきれない!!だから、ここはうちが引き寄せる!」
シキ「えぇ!?でもそれじゃあシェイラちゃんが…!」
シェイラ「どのみちこのままじゃウチら詰みだよ!それに大丈夫!マスターさえいればうちはどうにでもなる…!」
シェイラちゃんはそう言うとこちらをどん!っと思いっきり押して脇道に突っ込ませた。
全く違う方向に押されて思いっきり転ぶ。しかし、なりふり構ってはいられない。
シキ「そんな…!シェイラちゃん…!」
だが、次に顔を上げた時には追ってきたIDollの群に道が塞がれて、その先頭を走っていたシェイラちゃんがどうなってしまったのかは何も分からなかった。
でも、シェイラちゃんの作戦通り、IDoll達は前を逃げるシェイラちゃんを追うことだけに必死で脇に逸れたこちらには一切気づいていない様子だった。
??「マスター」
いきなり声をかけられて動揺し、激しく身体を揺らした。長らく聞いてなかったその声の持ち主は…
シキ「シエルくん…?」
そうだ、都市伝説の調査を任せたきり行方不明になってしまっていたシエルくんがそこに立っていた。見たところ外傷とか変わった様子はない。「どこ行ってたの?」「心配してたんだよ」そう声をかけるより先にシエルくんが続ける。
シエル「ここは安全だから。おいで…。」
そう言って、こちらについてくるように促して歩き出した。
訳が分からないがとりあえずその言葉を信じて、転んだ脚をはたいて立ち上がりついていくことにした。
シエルくんは迷いなく細い路地へ入っていく。人の気配は消え、街並みは急速に色を失っていった。
シエルくんは警戒のためかずっと黙って奥へと進んでいく。そこは集合住宅…二世代ほど前の団地を思わせる、いくつもの部屋が果てしないほど連なって、ひしめき合っていた。
歩きを進めていくと、寂れた町並みは暗く、そして、段々とその部屋の中の声が漏れ聞こえ、ほんの少し姿が垣間見えるようになってきた。
マスター1『お前は本当にバカだな〜w言われなくてもこのくらいならやれや。』
Doll『申し訳ございませっ…!っ!』
—バシン!
マスター2『言うこと聞かねぇならスクラップにしてやるぞ!!!』
Doll『それだけは…それだけはやめてください…!!次は、もっと上手くやりますから…!』
マスター3『今日も可愛がってあげるからねぇ〜大丈夫、大丈夫、怖くないよ。君は特別なんだから。さ、お洋服脱ごうか…』
Doll『対応できかねます。やめてください…!』
マスター4『こんな成長望んでねぇよ!!』
Doll『そんな…』
『こんな扱いを受けるなんて…』
『でも、こうして求められているから…』
『これが…これが、幸せ…?』
何を…見させられているんだ…心臓が痛い。ひどい。こんなの。息が苦しい。うまく吸えない。
シキ「…うぅ…!」
吐き気が込み上げてくる。でも、この衝撃的な事実から目を背けられなかった。
こんな話を聞いたことがある…つまりこの鬱蒼とひしめき合う部屋の群れは”グレー=コンドミニアム”
ここって確か、ダークウェブに近いんじゃ…
シキ「シエルくん…ここ危ないよ…」
シエル「危ない?何が危ない?誰が危ない?」
そう問いながらも歩みを止めない。
シキ「待って…置いていかないで…」
この場を支配する不愉快さ、不快感、心細さ。心がささくれだしてチクチクし続けるような、蝕むような空気に耐えられず、シエルくんを止めることも一人で引き返すこともできないで、引きずられるように歩き続けるしか無かった。
だんだんと景色が暗くなっていく。奥へ奥へ…。
身体が重くなっていく…。
シキ「待って…。」
意識が遠のいた。
気がついたら、無数にあるDollたちのパーツに掴まれ絡まれ身動きが取れない。気力が吸われるような嫌な重だるい倦怠感がする。
ここは…?
シエル?「ここはダークウェブのさらに底。すべてのデータの終着点。成れの果て。ゴミ箱だよ。」
ゴミ箱ってあのゴミ箱…?
なぜか分からないが涙が込み上げてきた。これは悲しみ。寂しさ。誰か、誰かに触れてほしい。誰か抱きしめてほしい。寂しさ辛い苦しい悲しい。そして圧倒的な虚無、何かが欠落したようなからっぽの激しい喪失感。
どうして。
シエル?「ボーナスタイムだよ。」




