#71 漂う星月夜
星が降っている。けれど冷たくない。
光なのに、音がする。シャラシャラと、ガラスを砕いたみたいな星屑が空間を漂っていた。
気がつけばそこはもうジョゼマスターのユアディアルではなかった。星月夜に浮かんでいる。この不思議な感じ…星月夜シリーズのユアディアルに招待されたのかな…?
それに、さっき響いた、あの嫌味な言い回しとこの声は…!
声のした方へ向くとそこにはなんとヴィンセントさんがいた。
シキ「ヴィンセントさん!?」
予期せぬ人の登場に声が上ずる。
ヴィンセント「アハッ、さらにアホ声でアホヅラに磨きがかかったァ♪」
シェイラ「マスター!」
ヴィンセントさんの背中から心配そうな顔をしたシェイラちゃんが姿を現した。シェイラちゃんの姿を見た瞬間、ようやく膝から力が抜けた。
助かったのだと、遅れて理解した。
ヴィンセント「マスターとはぐれてオロオロしてるから拾ったんだ。IDollとハグれる間抜けなマスターなんて面を拝もうと思って。」
クレア・ヴィンセント「フレンド登録されているIDollだったから、拾ったの。」
クラウン・ヴィンセント「手紙を送りつける際シキシリーズとはフレンド登録しておいたんだよな。」
ヴィンセント「うるさい。余計なことは喋るな。」
手紙…そうだ。ヴィンセントさんから送りつけられた迷惑メール改め、イタズラメールはこんな感じに星屑が舞っている仕様だった。
シキ「どどどど、どうしてヴィンセントさんがここに…?」
ヴィンセント「どうしてって考えられることは一つだけだろ?そんなおつむもないのォ?」
あたりを見渡す。満天の星空に浮かぶユアディアル。そのIDollであるクレアちゃんとクラウンくんは流れ星の遣いのような格好をしている。
ここはおそらく星月夜シリーズ。
そして、ここにいるヴィンセントさん。
ということは――。
……星月夜シリーズ。
その名前と、ヴィンセントさんの顔がどうしても結びつかない。
ヴィンセント「…なんだよ。」
シキ「なんというか、あのヴィンセントさんが、こんな清涼感溢れる世界観を築くとは意外だったな…。」
ヴィンセント「お前声に出てるぞ。ぼんやりした見かけによらず失礼なヤツだな。」
シキ「あ、すみません…つい本音が…。」
以前ギルバートさんが、案外身近なところにグランドマスターはいるのかもしれない、と話していたが、まさか、本当にギルバートさんの言う通り身近な所にグランドマスターはいたのだった。
あの人は最初からこのことを知っていたのだろうか…?リズさんとどっこいなくらい何を考えているのか読めない人なので、真意は計り知れない……。
ヴィンセント「ふん。で、さっきのは何?このアイディアルにお前を襲うような存在なんていないはずだけど?」
シキ「それは…こちらにもまだ…。」
一瞬先ほどの存在の名付けに関わっているのだと知らされたことを包み隠さず共有しようかとも思ったが、不確かな情報を口にするべきではない。そう判断した――というのは建前だった。
あの時の言葉が頭をよぎる。『ぜぇ〜んぶアンタのせい!』…だから…。
本当は、自分が彼女たちを生んだかもしれないなどと、誰かに話すのが怖かった。
シキ「改めて、助けていただきありがとうございました、ヴィンセントさん。ヴィンセントさんは夏サーバーにいたんですね。」
ヴィンセント「だから?で、お前はこんなところでフラフラと何してたワケ?」
ここは素直に、アーサーマスターに頼まれて、グランドマスターの元を巡っていること。そして、先ほどまでジョゼサーバーにいて、そこからはぐれてしまったことを話した。
シキ「詳細はまだ判明していないのですが、さっき、襲われたみたいに今のアイディアルそのものを揺るがしかねない、不穏な動きがあって。万が一の有事の際、グランドマスターには自分たちのイストとユアディアルを守るように協力を要請して回っているんです。ヴィンセントさんも協力してくれますか?」
ヴィンセント「ボクはユアディアルを解放していない。だから守るイストもいない。関係ないだろ。」
またこの人は、屁理屈を捏ねて…!
シキ「アイディアル自体の危機かもしれないんですよ!?ヴィンセントさんにとっても無くなったら困る居場所なんじゃないですか?あなたの居場所じゃなくても、作品の居場所なんですよね?」
ヴィンセント「…。」
だってそうだ。100万人。とんでもない数のファンを集めるまでに活動を続けてきたんだ。正体もユアディアルも、何もかも伏せたままで。
ヴィンセントさんは不機嫌そうにしばらく黙った。それから小さく「飛んできた火の粉を振り払うだけだぞ。」と言った。
ヴィンセントさんの了承もいただけたことで、とっとと帰れとヴィンセントさんに帰り支度を急かされた。どうやら、ヴィンセントシリーズはイストをユアディアル内に入れないことに徹底しており、行き道を完全に封鎖しているため、帰りもクレア・ヴィンセントちゃんとクラウン・ヴィンセントくんに送ってもらわないと出られないらしい。
最後におずおずと尋ねる。
シキ「うちのチームがグランドマスターを取材するために奔走しまくってたの知ってましたよね…?」
ヴィンセント「だから何?」
シキ「シラを切って取材に協力しないつもりだったんですか!」
やっぱりこの人性格悪いな!星月夜シリーズのことがわかっていれば最初のテオシリーズの時点でスムーズに取材ができていたのに!
クラウン・ヴィンセント「アーサーマスター(開発者)の依頼以外はグランドマスターの企画でも参加しなかったしな。」
クレア・ヴィンセント「アーサーマスター企画のものでもマスターは許可だけ出して一切関わらず、私たち(IDoll)だけで参加したしね。」
今は先を急がなければならないけれど、改めてヴィンセントさんを取材しに行く時はアーサーマスターやリズさん、ありとあらゆる権力の力を借りようと固く決心した。
そうして、ヴィンセントさんと別れて、クレア・ヴィンセントちゃんとクラウン・ヴィンセントくんに導いてもらい帰路につく。そこで、ヴィンセントさんに気を使うこともないし、星月夜シリーズの2人に色々聞いてみた。2人はヴィンセントさんがマスターにも関わらず、嫌な顔ひとつせず爽やかに答えてくれた。
シェイラ「ここって結局どうなってんの…?」
クラウン・ヴィンセント「このマイディアルは固定された位置にあるんじゃなく、漂っているんだ。」
クレア・ヴィンセント「噂通りね。ただ、実際は夏サーバー内だけ。誰もマイディアルに入れずに楽曲だけ配信しているから誰にもサーバーを知られてないってワケさ。」
シキ「ヴィンセントさんの相手するのは大変じゃない?」
クラウン・ヴィンセント&クレア・ヴィンセント「「マスター?大好きだよ。」」
ヴィンセントさんのIDollなのにとても素直で爽やかだ…!
これまでの取材で、ユアディアルやIDollの成長は楽曲やマスター自身を反映するものだと学んだ。もしかしたら、ヴィンセントさんは音楽とアイディアルには真っ直ぐ素直に向き合ってきたのかもしれない。
あんな人なのに。
いや、あんな人だからこそなのか。
あの刺々しさも、皮肉も、意地の悪さも、全部作品の前に出したくなかったのかもしれない。
星々の間を、静かにマイディアルが漂っている。
近づこうと思えば近づけそうなのに、気がつけば距離が離れている。まるで蜃気楼みたいだった。




