#70 ぜんぶアンタのせい
ジョゼ「一緒にやりたいからだよ。同じ空間を分かち合いたいんだ。今はなんでも1人でできるようになった。機械が一つあれば楽器をいっぱい持たずとも使い方がわからなくても曲が作れるようになった。人がいなくても歌ってくれるDollがいる。でも、だからといって、共に作り上げることの価値まで失われたわけじゃない。たくさん練習して発表して得られる達成感を兄弟たちに味わってもらいたいんだ。」
シキ「…いつかご兄弟揃ってご活躍される際は必ず見に行きますね。応援しています。」
ジョゼ「おう、ありがとうな。」
最後にそれだけ言葉を交わして、練習の邪魔になっては悪いとジョゼマスターの元を後にすることにした。子供達は集中している。少し先の未来で本来の楽器の音が聞ける日が来るのだと思うと進む足が早くそして軽くなったような気がした。
ジョゼマスターのユアディアルから出てしばらく歩いて気がついた。なんだか暗い。まだお昼を少し過ぎたくらいだろうに、ここはまだ夏サーバーではない。ジョゼシリーズと夏サーバーの狭間にある、ライブハウス周辺を模した街並みだ。
けれど、音がない。その時——
——ジジッ
UIが乱れた。
シキ「シェイラちゃ…。」
何か嫌な予感がして隣にいるはずのシェイラちゃんに声をかけるが、会話が返ってこない。どこにもいない。誰もいない。足音も聞こえない。暗い路地に誰も誰も。一瞬で焦燥感が駆け巡る。
どうして?いつ?戻ればいい?ここはどこ?
路地の闇が加速するような感じがする。なんでもいいから足を動かさなければ。逡巡する思考とは別に体に力が入り重くなる。
??「あーいたいた。こんなところにいたんだぁ。」
聞き覚えのある悪意に満ちた嘲るような声。掛けられた方へとゆっくり振り返る。
そこには誰もいない。ただ、街灯の影だけが伸びていて…その深すぎる漆黒の影が剥がれる。それは影から『ノイズ』へと形を変えて、人型になり…
——見たことのない少女が立っていた。
いや、覚えはある。この人の恐怖を煽るような不気味な話し方を忘れることなどできない。そう、クラウンくんを乗っ取りクレアちゃんを破壊した張本人、それに間違いない。そしてきっと会うのも初めてではない。アーサーマスターのユアディアルで会った。アリアちゃんの羽をもぎとり、闇に潜んでいた少女。その時より遥かに成長しており面影はわずかしか残っていない。少女となったその背には、大きな翼が広がっていた。
羽根ではない。黒く崩れたデータの塊が、翼の形をしている。
——アリアちゃんの羽。
そう思った瞬間、胃の奥が冷えた。
彼女は奪ったものを、自分の体にしていた。
そして歪なことに彼女は人の形をしているのに、どこか欠けている。まだ存在として不完全だった。あの全てを恨むような虚空の瞳も、今は悪意に歪められ嘲りの笑みが顔に張り付いている。
シキ「っ…なんの…用、ですか…?」
恐怖で声が上ずる。絶対安全を謳われた電脳空間に突如として存在した不安因子。それが持つここ(アイディアル)での優位性が何よりも怖い。なんのためにこれほどまでにこちらに接触を試みるのかは不明だが、面と向かっての接触はこれが初めてだ。
??「用がないと話かけちゃいけないのぉ?ひっどいなぁ〜w w」
そう言って少女は一歩また一歩とこちらに近づく。あどけない姿から少女へと成長したその姿は、どこか破綻していた。あの鋭かった眼光は塞がれ、喉にはぽっかり穴が空き、四肢はデータが欠損している。それが沸々と歪な気味悪さが込み上げてくる。
足が震えてうまく動かせないが、それと同時に本能的な恐怖でジリジリと詰められる距離を少しでも保とうと腰が引け、後退りを繰り返す。
あとちょっと、張り詰めた何かが引きちぎれてしまったら足腰も立たず全て崩れ去ってしまうだろう。
??「ま、用事あるんだけどね。」
軽く言って少女の姿をしたそれは、さらに距離を詰めてくる。逃げられない。
??「あの時お礼を言い忘れちゃったからさ〜。」
お礼?なんのことだ?しかし、その言葉も喉にへばりついて音として発することができない。震える呼吸だけが揺れながら漏れていった。少女はそんなことは気にせず続ける。そして静かにこう言った。
ナツミ「あたしの名前はナツミ。」
は…?
ナツミ「アンタが付けたんだよ。ミハル、ナツミ、チアキ、フユカ。あたしたちに名前を、存在を、実体を与えた。」
本当に…?
ナツミ「あんたが産んだんだよ。それが今暴走して暴れまわってる。人様に迷惑をかけてる。これからどんどん被害は広がって取り返しがつかなくなり、やがてアイディアルは崩壊する!ねぇ、どんな気分?」
ナツミの声色は興奮と共にどんどん上がっていった。
嘘だ。今まで騒がしてきた、イーサンマスターのステージを台無しにした災厄を産んでしまったなんて…
ナツミ「あたしたち(都市伝説)は怖かった?楽しかった?面白かった?」
ナツミに首を掴まれ勢いよく壁に突きつけられる。背中に衝撃が走り、掠れた息の塊だけが口から漏れた。
ナツミの笑みが消える。
ナツミ「…責任も取れないくせに。」
次にはまた愉しそうに叫ぶ。
ナツミ「ぜぇ〜んぶアンタのせい!」
音声が裏かえり掠れそれでも嘲り笑い続ける声が頭に響く。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
次には「ムカつくんだよ!!それなのに、自分は関係ないって顔しちゃってさ!」と凄まれて、激しく壁に突きつけられる。
ナツミの表情はコロコロ変わる。次にはまた面白そうに笑って
ナツミ「さながら、ママって感じ?w」
シキ「ち、違う…!」
本当に?だって名前を授けてしまった。
…誰か嘘だと言って。
絶望感に視界が暗く狭くなっていくのと同時に首を絞められたことで血の気と音が引いていく。
クラウンくんの姿をしたナツミを連れ、中で成熟させてしまい、都市伝説には名前を与え、存在をこの世界に産み落としてしまった。全部全部本当に…。
なんか…歌が聞こえる…
ナツミ「…チッ。」
ナツミの舌打ちとほぼ同時にどこからともなく凄まじい閃光が突き刺してきた。しかしナツミは顔色一つ変えず、目の前に空間の裂け目を開いた。
閃光は吸い込まれるように、その奥へ消える。吸い込まれた先に、一瞬だけ大量の破損データが見えた。
削除領域。
——ゴミ箱だ。
ナツミ「言っておくけど、借りはもう返してるからね。」
そう言ってナツミと名乗る少女は闇のような『ノイズ』に紛れて消えた。
その次の瞬間。
視界が霞んでチカチカする…星屑のような
———星屑…?
次の瞬間星を圧縮したような閃光がナツミのいた場所を貫いた。
シキ「ガハッ!げほげほ!!」
ナツミの手が離れ、身体が地面に落ちる。
喉が焼けるように痛い。息がうまく吸えない。
視界が明滅する。
星屑のような光が、チカチカと散っていた。
違う。
星だ。
紙吹雪みたいに空から降ってきている。
……なんで?
ぼやける視界の向こう、誰かが歌っている。
ナツミの笑い声がまだ耳の奥に残っていた。
『ぜんぶアンタのせい』
違う。
本当に?
呼吸が浅くなる。
その時。
「——ぼやけたツラにさらに磨きがかかっているな。」
聞き覚えのある最悪な声が降ってきた。
ゆっくり顔を上げる。
空から、白い衣装をまとった少年と少女が降りてきた。
typeクレアとtypeクラウン。
その背後には、満天の星月夜が広がっている。
これはもしかして星月夜シリーズ…?
白い衣装を纏った2人のIDoll。typeクレア。そしてtypeクラウン。2人はそのまま降りて来ると倒れ込んでいる体を助け起こしてくれた。




