#6 マスター登録
リズ「ふむ…まぁ、最新のAI搭載の実質アンドロイドを買うんだこのくらいは想定の範囲内だろう。」
実質アンドロイドという表現に違和感を覚えたがそれどころではなかった。
シキ「だ、大丈夫なんですか!?ただでさえ、活動方針が時代錯誤で会社内のやっかみになってるから経理ともうまくいっていないのに…。」
リズ「何も会社の金で私腹を肥やしているわけじゃないんだから、引け目に感じることは何もないじゃないか。同じ腫れ物扱いでも、僕たちは会社の中でトップの成績を出している。実力は認めざるを得ないんだから、奴らにとっては目の上のたんこぶさ。それに社長からのOKが出れば誰も何も逆らえない。」
リアム「社長出してくれっかなー。」
リズ「僕は一任されているからその必要はないほどの権限を持っているのだが…。…IDollは会社一丸となって取り組んでるビッグプロジェクトだ。ここは一応社長も揺さぶっておくか。」
リズさんの何やらぶつぶつと漏らす声が聞こえて背筋が凍った。今この人社長のことアイツって言った…?度々社長と親しいようなそぶりを見せるのは知っていたけど、会社でも一目置かれる成績残してるし、謎にとんでもない権限いっぱい持ち合わせているし……この人、本当に何者なんだ。
アリア「大丈夫ですかね…?あ、2体以上のIDollの同時購入の場合、それに伴い割引が入るので金額に変更がありますね…。少々お待ちください…。」
リズ「…支払いの件は後でも構わないかい?」
アリア「あ、ご心配なく!分割も可能ですので、無理のない範囲での支払い方法を…。」
リズ「いや、支払い方法ではなく話そのものだ。この件は後で僕としよう、ということだよ。できるかい?」
アリア「…。」
アリアちゃんは何も返さずリズさんを見つめた。その赤と金の瞳が一瞬、電子スクリーンのように光ったように見えた。
アリア「…承認されました。はい!承ります。では、飛ばしてマスター登録に移行させていただきますね。」
アリアちゃんの言葉に合わせて、契約書のような書面データが画面いっぱいに表示された。
書面の手前にページの端を暖簾を分けるようにしてアリアちゃんが出てきた。
アリア「コチラをお読みの上、ここと…ここにチェックを入れて、マスターになられる方は下記に必要情報を入力し、署名をお願いいたします。」
リズ「控えの印刷を忘れずに頼むよ。」
アリア「PDFデータもご用意しますね。」
シキ「わかりました。アリアちゃんもありがとう。あの、これって会社で買うので会社で登録しちゃっていいんですかね?」
リズ「逆に君の情報で登録しようというのかい?」
シキ「え…いや…。」
リアム「それは度胸あるな!!」
シキ「そんなことしませんよ!!でも住所とかは会社でいいとして、マスターは誰がなるんですか?社員みんな…?」
リアム「そこは代表者として社長の名前を書くんだよ。」
リズ「…いや、待ってくれ。アリア、マスター以外の人間がIDollにどれほど影響を与えられる?」
アリア「あんまりケースがないのでデータが少ないですが、ほとんどの機能は制限されますね。個体にもよりますが、特にフィノ派生はほとんど何も応じないかと。」
シキ「じゃあ、一応社員みんなということで…。」
アリア「うーん…不特定多数をマスター登録するのはおすすめしませんね。IDollサービスとはそもそもマスターとIDoll一対一で絆を育み、成長し、あなただけのあなたの理解者になるのが根本。ですので、その対象が多数に向くとどこかに歪みが生じる可能性があります。」
リズ「ならば、僕たち3人にしよう。3人に対し8人ならできるだろう?」
アリア「…。」
アリアちゃんはまた答えない。その真剣な表情の赤い瞳はまた電子的に光っている。輝いているというよりも人工的に光っている、というような表現が適切だ。おそらく、アリアちゃんはこの間に何処かと通信しているんだ。情報の処理の可能性もあるけど、とにかくラグのように固まって動かなかった。
アリア「…拝命。…演算終了。承認を確認。」
今までの感情豊かなアリアちゃんの声とは思えない感情のない事務的で機械的な呟きを耳が拾った。
リズ「運営もこのデータは欲しいんじゃないかな?」
アリア「はい、そうですね。新しい試みですので大変興味深いです!」
リズ「だろうね。そこら辺の取引も金銭同様に、ね。これはビジネスだから。」
アリア「わかりました。では、その点も含めて報告しておきますね。ではでは〜気を取り直して、マスターになられる方が決まったことですし、サインをお願いします!」
終始含みのあるリズさんに対して何を話すつもりだろうとか、全部リズさん任せでいいのかと思いつつ、任せておけば大丈夫だろうという妙な安心感と、触れてはいけないものに近づいているような感覚が同時にあった。リズさんもことがうまく運んで機嫌が良さそうだし、深く考えることはやめていいのかな…?リアムさんからペンを受け取り、アリアちゃんが指し示す欄に3人それぞれサインをした。
アリア「はい!!確認しました!これで全工程終了です!本当にお疲れ様でした!ここから待ち受けるはバーチャル世界、アイディアルでのみなさんの楽しき日々です。…と、その前に。現在アイディアルでは多数のアクセスの結果、サーバーを春夏秋冬に分けさせていただいてます。サーバーごとに異なる季節感、景観を楽しめますが移動不可というわけではないので、お好きなサーバーを選んでください。そこにあなたの世界を展開します。」
3人で顔を見合わせる。好きな季節はあれどバーチャル世界でまで体感したいほどのことではないため、選びにくい。特にここにいる人たちはバーチャルとは縁遠い。外に出歩き、直接外気と触れ合うのが好きな人たちの集まりだ。だから皆思うことは同じだろう。リズさんが窓の外を見る。外は青々とした葉が少し眩しすぎるくらいの陽の光を室内へと跳ね返し、外に飾った透き通った水底のような風鈴が吹き付ける風を受け、チリンとなったのが窓によって優しく和らげられ、耳に届いた。
リズ「…じゃあ、今の季節で夏がいいだろう。」
アリア「わかりました!それではIDollのインストール及びあなたの世界の展開作業に移行します。以降のご案内はみなさんの選ばれたIDollが行いますので気軽にお話しください!以上、ここまでのご案内はIDollサービスチュートリアル担当の少女型IDollプロトタイプ、アリアがお送りしました!私はアーサーシリーズのIDollとしてライブも行っていますので、良ければまた会いに来てくださいね!みなさんとまたお会いしてお話しできるのを心待ちしています!!」
アリアちゃんはとびきりの笑顔で手を振り別れを告げた。画面がホワイトアウトしていく。アリアちゃんの輪郭は完全にぼやけて見えなくなっていった。次の瞬間、白い画面の白さはライトの輝きへと変わり、眩いものとなっていく。画面は再びライブスタジオへと切り替わり、何かのイントロが流れ出した。画面の下部にはDOWNLOADING…の文字が表示され、進捗を報告するバーが僅かながらにも満たされていく。どうやら次に始まるライブ映像はさっき見た中継とは違い録画のようであった。幾人かの歌声が聴こえる。画面は目まぐるしく変わり、それに合わせて曲も一見、統一感の取れないような変化を見せた。こういうのはいわゆるメドレーというんだったっけ。切り替わる曲の中では何かとよく耳にする、聞き覚えのある曲も多かった。
制服、アイドル、ゴスロリ、妖精、和服、サブカル、バンド、星、甘ロリ、ショーガール……。
さまざまな衣装で、異なる場所に立ち、まったく違う曲調の歌を歌っている。パフォーマンスをしているのは先ほど紹介にあった8人で間違いないはずであろうが、そこに自信が持てないほどだった。…本当に同一人物なんだろうか?声音は変わらないけれど、声色は曲調ごとに大きく違う。外見なんてもっと顕著で髪型に留まらず、髪の長さ、髪色、年齢も違うように見える。そこまでいったらもはや別人と定義しても差し支えないのではないだろうか。IDollの成長とは聞いていたけれども、ここまでとは驚きが隠せなかった。そして、ここまで異なるIDollに成長するのであれば、自分達の子はどのように成長してくれるのか、これからのことを想像すると、胸が掻き立てられた。なるほど、こうやって期待を膨らませるのか。IDollの人気の片鱗が見えたような気がする。たくさんの曲が集約されたメドレー曲は1パートは短いものの全体として長く楽しませてくれる。それも終わりに近づき全ユニットが集まって大サビに入り始めたようだ。こうして集合してみてもユニットの違いがはっきりとわかり、全員が同じスタートラインから始まったことが信じられなくなるくらいだった。




